2009年 8月 のアーカイブ

漢字の現在:幻の「数字」

2009年 8月 6日 木曜日 筆者: 笹原 宏之

漢字の現在 第44回 幻の「数字」

 銀行を目指して「就活」する学生は少なくない。めでたく就職していった卒業生の話を聞くと、銀行員になると、研修でまずは「行員としての数字」が手できちんと書けなければならないと教わり、お手本の数字を元に、何時間もひたすら書き取り練習をさせられ、その数字の形が身に付くのだという。やっと前期を終え、1000名を超えた受講生の採点のために、数字を自己流に、それさえも乱れがちな形で書いている身には、耳が痛い話だ。

 ここまでの2回(第42回第43回)で、子供のころに見て以来、失われていた記事との巡り逢いについて記したが、もう二度と見つけることはできないだろう、と諦めているものもある。その一つが、銀行の数字の形に関する1、2ページの記載である。切り取っておけば良かったと後悔しているが、それを見たのは小学生のころだったのかもしれない。

 新聞社か銀行の広報誌やパンフレットだったか、無料で配布される薄く小さな冊子だったような覚えがある。小中学生の頃に住んでいた家の中で開いたその何かには、銀行ごとに決められているというアラビア数字の書き方が表になって対比されていた。簡単な説明も、確か縦書きでなされていた。

 そこには、信用金庫や郵便局のたぐいの数字まで示されていたようにも思える。証券会社のそれもあったかもしれない。そうした金融機関ごとに数字の書き方、形が少しずつ微妙に違っている、という説明が記されており、「本当にそのとおりになんて書けるものなのかな」などと、ひねくれつつも素朴に思った。ともあれその冊子は、図書館に入れてもらえるような書籍でも、誰かが保存してくれているような「おまけ」のたぐいでもなかったと思う。

 これは、社会的な属性による字形の差の典型であり、後に定義付けを行うことになった「位相文字」(位相的字形)そのものともいえる。小学生の時といえば、社会科見学で、郵便ハガキが全自動で読み取られ、地区ごとに振り分けられている機械を見て驚愕したものだった。そのような時代であり、そうした新規のシステムとも関係して、数字の字形が注目されていたのかもしれない。

 きっとそれは1970年代のことだったのであろう。高度成長期に続く安定成長期にあった当時、定期預金は利率が7%を超えており、子供ながらに僅かな小遣いやお年玉を預貯金に入れることは楽しみであった。今の、普通預金では逆に手数料を取られかねないともいうような超低金利時代には信じがたいことであるが。

 銀行という建物や行員は、子供の目から見ても光り輝いていた。一つ一つの銀行にしっかりとしたカラーが感じられ、大金と数字をコンピューターできちんと管理しているさまは大層立派に感じられた。かつての銀行では、お金を少しでも預けに行けば、窓口や係の人が貯金箱など土産を何か必ず手渡してくれ、それが楽しみであった。また、電車も冷房車が珍しい時代であり、夏の暑い日には、クーラーがきいているフロアーは実に快適だった。まだ、我が家では扇風機しかない時代だったため、その清浄な大企業に涼みにだけ入ったことも確かあったような気がする。

 前に記した、銀行ごとの数字が対比された記事で、伝統や慣習に裏打ちされた個々の金融機関の誇りのようなものさえも、それぞれの数字の形を通して読み取れた気がしたのかもしれない。

 その後、軒を競っていたそれらの銀行が次々と統廃合された。大手証券会社も廃業し、郵便局までも民営化された。その結果、今、数字の字形の差はいったいどうなっているのだろう。次々と起こった合併や倒産などで、全体の字形差の幅が小さくなったことだけは想像できるし、頑張れば現状は捕捉できるのだろうが、30年前の実際は復元できるものだろうか。

 数字の形について、各国から来た留学生たちに尋ねてみると、外国と日本とではだいぶ違っている。外国同士でもまた差がある。しかし、何よりも国内における公的な機関同士であっても、かつては意外なほど多様性を帯びていたということが、忘れられない。

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【筆者プロフィール】

『国字の位相と展開』笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
 早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)などがある。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞

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【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「懐かしい字を掘り起こす」でした。

この連載への質問、また「ここでこんな字が使われていた」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「漢字の現在」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。

『三省堂国語辞典』のすすめ その79

2009年 8月 5日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

「たられば」禁止、前を向いて。

魚のタラの写真
【タラは北海道】

 和歌でも歌謡曲でも、「もしも……だったら、……だろうに」と、過ぎたことを後悔するものが多くあります。このような考え方を、俗に「たられば」と言います。

 NHKの朝ドラを見ていたら、くよくよする姉を、妹が叱っていました。

 〈あかん。過去に戻ったらあかん。「たられば」は禁止や。〉(NHK「連続テレビ小説・だんだん」2009.2.6 8:15)

 この「たられば」は、『三省堂国語辞典 第六版』の新規項目であり、また、同じ時期に出た分厚い国語辞典にも収録されたことばです。わりあい最近の言い方と考えられますが、いったい、いつごろから使われ始めたものでしょうか。

肉のレバーの写真
【レバーは肉屋】

 新聞記事では、1980年代にはまだ用例が出てきません。むしろ「ればたら」の例が2例だけありました。90年代に入ると、「たられば」も「ればたら」も使われるようになりますが、とりわけ「たられば」が多く、現在でも圧倒的に優勢です(表記は、ひらがな・カタカナなど一定しません)。この傾向は、インターネットの文章でも同じです。

 これだけを見ると、90年代ごろに広まったことばという感じを受けます。でも、実際にはもっと早くから使われていた可能性があります。

 田辺聖子さんの小説『風をください』(1982年)には、ハイミスのOLが「……たら」「……なければ」と後悔するのに対し、年下の恋人が〈タラは北海道〉〈レバーは肉屋〉と言い返す場面があります(集英社文庫 p.185-186)。「タラは北海道」は、この作品の正編に当たる『愛してよろしいですか?』(1979年)にも出てきます。

田辺聖子作品
【田辺聖子さんの小説にも】

 インターネットで探すと、この一種のだじゃれは、「『たら』は魚屋、『れば』は肉屋」などの形でも使われています。田辺さんが周囲の人のことばを小説に取り入れたのか、それとも、田辺さんの小説からこの言い方が広まったのかは分かりません。いずれにせよ、70年代の終わりには「たられば」の先祖にあたる言い方があったことになります。

 田辺さんが大阪の作家だからというわけではありませんが、このことばは関西で広まったのではないかと思われるふしもあります。関東では「行かなければよかった」と言いますが、関西では「行けへんかったらよかった」と「たら」をよく使います。「ればたら」でなく「たられば」が多数派なのは、関西のことばだからではないかと思います。

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◆飯間先生の記事はここにも⇒「三省堂WebDictionary」ことばパティオ第8回「「串刺し」に堪える語釈でなければならない」

筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

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【編集部から】
生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され、「【サンコク】メディアでの紹介」の記事にある通り、各方面で取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。

ドイツ料理の言葉(5)―煮る―

2009年 8月 3日 月曜日 筆者: 石井 正人

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(60)

weich kochenというと、まず思い出すのはein weich gekochtes Ei(半熟卵)だが、こちらの用法の方が特別で、本来は「柔らかくなるまでしっかり煮る」ということのようである。ドイツ語に限ることではないようだが、kochen(煮る)という概念で料理一般を代表させている食文化では、柔らかくなるまで煮る、とろとろになるまで煮込む、というのが料理の原形であるらしい。典型的なのは、フランスの有名な野菜の煮込み料理ラタトゥイユのようなものであろう。ヨーロッパの家庭料理を探訪する雑誌記事やテレビ番組を見ると、旬の名産物を豪快に大鍋にぶち込んで、2時間煮ます、半日煮込みます、というパターンばかりで苦笑させられることがある。

逆に言うと、柔らかくなった状態こそ、料理の完成した状態なのであり、歯ごたえが残っているとか、素材の天然の持ち味が残っているなどという状態は、未完成だとみなされるようだ。どうも日本人が好む食感の一つ、野菜のしゃきしゃきした歯触りを残しながら、さっと色よく湯がくとか、新鮮な海産物やササミやカルビなどの素材の風味を活かしながら、良い焼き色が付く程度に手早く炙る、というような調理法は存在しないらしい。

気になるのは温野菜で、この得体の知れない茶色の煮物は何だろうと目を近づけると、クタクタになったインゲンだったりブロッコリーだったりする。同じ考え方の延長で作られるホウレンソウのクリームなど、目玉焼きにかけるのが定番の食べ方らしいが、私は苦手である。野菜をゆでていると、ドイツ人がひょいとのぞいて、もうweichになったかい?と声をかけてくるので面食らったことがある。タケノコでもない限り、weichになったかどうかを、私たち日本人は野菜の料理の目安にはしないからで、むしろ大抵の場合は、weichにしてしまったら失敗ですらある。ドイツ人としては気安く、もう出来たかい?と聞いてくれただけだったのだが。

もっと野菜を食べようとする昨今のドイツの食生活改善によって、だいぶ事情も変わったようだが、まだまだドイツ人は野菜の美味しい食べ方を知らないように思える。


【筆者プロフィール】
石井 正人(いしい・まさと)
千葉大学教授
専門はドイツ語史
『クラウン独和第4版』編修委員


【編集部から】
2008年2月に『クラウン独和辞典』(第4版)が刊行されました。日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。

日本語社会 のぞきキャラくり 第50回 『下』から『上』へ?(後)

2009年 8月 2日 日曜日 筆者: 定延 利之

『下』から『上』へ?(後)

 山崎豊子の『白い巨塔』に登場する業者・野村は、佐々木商店が繁盛していた時と、店主が死に店が傾いてきた今とで、振る舞いがすっかり違う。「昔は揉み手をして、あんなに腰を低くして出入りしていたではないか」となじられても、「そりゃ、あの時はあの時。今は今」といった感じで平然としている。

 「ずいぶんな口のききようだな。おまえ、いつからそんなに偉くなった。『下位者』キャラだったくせに」と、出し抜かれる者は、出し抜く者のキャラクタの変化を言い立てる。これまで述べてきたように、キャラクタが変わることは、遊びの場合を別とすればみっともないことである。

 「あれは、あなたにお世話になっていたから『下位者』のスタイルで接していたのだ。いまは、もはやあなたの世話にはなっていない。だから『下位者』のスタイルでは接しない。自分は状況の変化に応じて『スタイル』を変えただけ」と、出し抜く者はスタイルの変化と片付けたがる。野村の「平然」を支えている考えがあるとすれば、こういうものだろう。

 目上の相手に対してしゃべる場合には、目上へのしゃべり方というものがあり、目下の相手に対してしゃべる場合にもやはり、目下へのしゃべり方というものがある――まさにその通りである。だが、目上相手と目下相手でしゃべり方を切り替える時、それがスタイルの変化にとどまることはむしろ珍しく、そこにはしばしば、人間(キャラクタ)の変化が含まれている。

 とはいえ、それをどこまではっきりと認めるかは微妙な問題である。

 たとえばお客にとってみれば、商人の深々としたお辞儀が自分の財布に頭を下げているだけであり、[いまこの人はお客として自分に金を払おうとしている]という状況に対応してコントロールされたものにすぎないと考えることは楽しいことではない。「人間としての敬意」などと言えば大げさになってしまうが、そこに何かしら状況を越えスタイルを越えたものを期待してしまいがちである。しかし、いちど下手(したて)に出たからといって、お客が破産しても、こちらが廃業しても、おまえは生涯『下』だと決めてかかられたら、野村でなくても、なかなか我慢ならないだろう。

 無論、野村は『白い巨塔』では悪役として、共感しにくく描かれている。だが、野村の行動原理そのものは私たちにとって遠いものではない。「日本と違って欧米では店と客は対等な関係で……」といった(誇張・美化された)話を肯定的に受け取る人、「ジョギングしてたら、バイト先の客に会って、思わずニッコリして愛想言っちゃった。なんか腹立つなあ。ジョギングのコース変えよかなあ」といった若者のぼやきに少しでも共感できる人には、特にそうではないだろうか。

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◇この連載の中国語版と英語版
  中国語版⇒角色大世界――日本
  英語版⇒An Unofficial Guide for Japanese Characters

【筆者プロフィール】

最新刊『煩悩の文法』(ちくま新書)定延利之(さだのぶ・としゆき)
神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL:http://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

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【編集部から】
「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。

地域語の経済と社会 第59回

2009年 8月 1日 土曜日 筆者: 山下 暁美

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第59回「もてなしの方言(九州地方)」

 「もてなしの方言」のシリーズでは、都道府県会館や都内のアンテナショップなどで収集したパンフレットやチラシをご紹介しています。現物を頼りに方言のニーズを地域経済や観光産業と照らし合わせて考えようというのが、この連載の趣旨です。

【写真1】
【写真1】(クリックで拡大します)
【写真2】
【写真2】(クリックで拡大します)

 さて、今回ご紹介するのは、九州地方における「もてなしの方言」です。第14回「一日で全国の方言を聞く方法」で紹介しましたが、九州地方は方言グッズが多い地域で、筆者の手元にある資料件数を見ても沖縄県、鹿児島県は、群を抜いています。宮崎県、長崎県、熊本県があとに続きます。いずれも観光資源が豊かな地域だと言えましょう。いくつかを選択してご紹介することにします。沖縄県の「めんそーれ」は第32回で紹介されていますので、ここでは省略します。

 鹿児島県には、いろいろな「もてなしの方言」があります。あまり聞きなれない方言として、まず、「もいんしょれ」(徳之島【写真1】)があります。「いらっしゃいませ」という意味です。「きやんせ」(甑島・こしきじま【写真2(上)】)も、「いらっしゃい」の意味です。

 「おじゃったもんせ!」(おいでください・鹿児島県【写真2(下)】)の「おじゃる」は、「いる」「行く」「来る」の尊敬語で、「オ(いで)アル」が元の形です。現在、この形が鹿児島県と東北地方に残っていることから、京都で昔使われていた形と考えられています。「たもんせ」は、「たもんす」が元の形で、「たもる(賜る)」(補助動詞・~てください)がついた形です。「おいでになってください」つまり、「いらっしゃいませ」という意味になります。「きょうは、ゆくさおじゃったもした」(きょうはようこそおいでくださいました)などと言います。

もてなしの方言(九州地方)
写真1 もいんしょれ 徳之島 鹿児島県
写真2(上) きやんせ 甑島
    (下) おじゃったもんせ!
写真3 来てみらんね 日南市 宮崎県
写真4 待っとるばい 長崎市 長崎県
【写真3】【写真4】
左:【写真3】 右:【写真4】
(クリックで拡大します)

 「来てみらんね」(来てみませんか)(宮崎県【写真3】)の「みらん」の「~ん」は、否定の表現で「食べん」「行かん」などと言います。「ね」は「さー食べんね」のように、「どうぞ食べてください」とていねいに勧めるときに使います。「みない」というと、共通語では否定の意味ですが、宮崎県では「~ない」が命令の表現で「見ない」「食べない」が「見なさい」「食べなさい」の意味になります。

 「待っとるばい」(待っているよ・長崎市【写真4】)の「~ばい」は、「よ」にあたり、軽い念おしの感情を表現しています。

 現物があるのに紹介できなかったのは、「来てんしゃい」(福岡市)、「行っとかんば」(佐賀県杵島郡)、「遊びにこんね」(佐賀市)、「来(こ)んね、住まんね」(宮崎県)、「のみんきね」(宮崎県日南市)、「きなっせ」(熊本県山鹿市)、「よう来なはったな」(熊本市)、「来なっせ」(長崎県東彼杵郡)、「きやんせ」(鹿児島県川内市)などです。実に豊かな表現が用いられている地域であることがわかります。

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【筆者プロフィール】

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
 井上史雄大橋敦夫田中宣廣日高貢一郎山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

『海外の日本語の新しい言語秩序―日系ブラジル・日系アメリカ人社会における日本語による敬意表現』『書き込み式でよくわかる 日本語教育文法講義ノート』山下暁美(やました・あけみ)
明海大学外国語学部・大学院応用言語学研究科教授。博士(学術)。
専門は、日本語教育学・社会言語学。研究テーマは、移民百年を迎えた、ブラジル、アメリカ合衆国などにおける日本語の変化、外国人の日本定住化による共生時代の日本語教育政策。
著書に『書き込み式でよくわかる日本語教育文法講義ノート』(共著、アルク)、『海外の日本語の新しい言語秩序』(単著、三元社)、『スキルアップ文章表現』(共著、おうふう)、『スキルアップ日本語表現』(単著、おうふう)、『解説日本語教育史年表(Excel 年表データ付)』(単著、国書刊行会)、『ふしぎびっくり語源博物館4 歴史・芸能・遊びのことば』(共著、ほるぷ出版)などがある。

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【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載の始まりです。

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この連載への質問、また「ここでこんな方言みやげ・グッズを見た」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「地域語の経済と社会」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。

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