明解PISA大事典

第18回 発問:結果から原因の推論「問題解決プロセスの続き」

筆者:
2009年9月11日

前回はフィンランド国語教科書(3年生)の素材文を用いて、問題解決の「きっかけ」づくりについて説明した。「きっかけ」だけを説明して終わるのも奇妙なので、引き続き問題解決プロセスの進めかたについて説明することにしよう。念のため素材文を再掲する(*)

●物語「ちょうど35キロ」のあらすじ●

学校でバザーが開かれている。バザー会場に体重計があり、おじさんが呼びこみをやっている。料金1ユーロで体重を計測し、ちょうど35キロであれば賞品がもらえるとのこと。ユッシ少年の体重は36.5キロ、ラミ少年の体重は33.5キロで、いずれも賞品を獲得できない。そこでユッシは目的を告げぬまま、ラミにレモネードを1.5リットル飲ませる。わけのわからぬままラミはレモネードを飲み、体重計に乗る。ちょうど35キロ! みごと賞品を獲得する。レモネードを飲みすぎて気持ち悪くなったラミが受け取った賞品は、レモネード一箱だった。

この物語の“問題と解決例”は「体重を35キロにすること」、解決策は「(体重33.5キロの)ラミにレモネードを1.5リットル飲ませる」と設定した。

ここでフィンランド国語教科書に示された発問の②と③を見てみよう。

「ラミが素直な性格で、ほかの人に言われたとおりにすることは、この話の、どこの部分で分かりますか」
「ユッシが算数が得意であることは、この話の、どこの部分でわかりますか」

このような発問を「結果から原因の推論」という。「ラミは素直な性格だ」という解釈の“結果”を示し、そのような解釈を成り立たせる“情報(原因)”を文中から探させるのである。文中から解釈の根拠となる情報を取り出させるのだから、いずれもPISAでいえば「情報の取り出し」の発問になる。

日本であれば「ラミはどういう性格ですか?」と問うところだろう。このような発問を「原因から結果の推論」という。ラミがどういう性格かを推論するためには、まず文中からラミの性格を示す“情報(原因)”を拾い、それらの情報と自分の知識や経験とを関連付けて推論し、ラミの性格に関する解釈の“結果”を示さなければならないからだ。

欧米の読解教育では、このような「結果から原因」「原因から結果」という双方向の推論が重視されている。特に小学校の低学年のうちは、「結果から原因」の推論が重要だとされている。「ラミはどういう性格ですか?」という発問よりも、「ラミが素直な性格で、ほかの人に言われたとおりにすることは、この話の、どこの部分で分かりますか」という発問のほうが重要ということだ。

これには大まかにいって、次の二つの理由がある。

1.子どもの思考と語彙の枠を拡げる

小学校低学年では使いこなせる語彙が限られている。そのため「ラミはどういう性格ですか?」と問われると、情報を縮約して答える傾向がある。つまり、「良い子です」とか「悪い子です」など、極端に単純化して答えてしまう。そこで、子どもが自力では思いつかないような解釈を示し、その解釈について考えさせることによって、子どもの思考の枠を拡げると同時に、使いこなせる語彙の枠も広げようというのである。

2.他者の意見の成り立ちを考える

「結果から原因」の推論について、PISAなら次のように問うところである。

●この物語を読んだジョンは次のように言いました。
「ラミは素直な性格なんだね」
この意見の理由を言うとすると、ジョンはどのようなことを言ったらよいと思いますか。
文章の内容にふれながら答えてください。

発問の求める作業内容はほとんど同じなのだが、発問の目的はこちらのほうが明確だろう。つまり、「他者の意見」を示し、その成り立ちを考えさせることが目的なのである。「自分の意見」を求めているのではない。「他者の意見」を成り立たせることを求めているのだ。これはコミュニケーション教育としての意味合いが強い。他者の意見の成り立ちを推論することは、コミュニケーションにおいては重要な技能だからだ。このあたりについて詳しくは、いずれ章を改めて紹介することにしよう。

もうひとつ、ここでの問題解決プロセスにおいては、これらの発問には「解決策を成り立たせている条件に気付かせる」という意味がある。

3.解決策を成り立たせている条件

「体重を35キロにする」という問題を解決するために「(体重33.5キロの)ラミにレモネードを1.5リットル飲ませる」という手段をとるには、「ラミが素直で、人に言われたとおりにすること」「ユッシは算数が得意であること」という二つの条件が必要である。どちらが欠けても物語通りには話が進まなくなってしまう。物語に示された解決策が特定の条件下で成り立っていることに気付くかどうか。その気付きへの“きっかけ”となる発問なのである。ここから派生する発問として次のようなものがある。

「ラミがレモネードを飲むのをいやがった場合、ユッシはどうしたらよいと思いますか」

ラミについての条件が欠けた場合、ユッシはどうすればいいのか。ラミを説得してレモネードを飲ませるか(物語では『わけのわからぬまま』レモネードを飲んでいる)、それとも他の方法を考えるか。さまざまな答えが可能だろう。

物語に示された解決策以外の方法を模索し、そこから最善の解決策を見出せれば問題解決プロセスは完結である。これについては次回

* * *

(*)『フィンランド国語教科書 小学3年生』pp80-81 メルヴィ・バレ他著/北川達夫訳/経済界 2006年

筆者プロフィール

北川 達夫 ( きたがわ・たつお)

教材作家・教育コンサルタント・チェンバロ奏者・武芸者・漢学生
(財)文字・活字文化推進機構調査研究委員
日本教育大学院大学客員教授
1966年東京生まれ。英・仏・中・芬・典・愛沙語の通訳・翻訳家として活動しつつ、フィンランドで「母語と文学」科の教科教育法と教材作法を学ぶ。国際的な教材作家として日芬をはじめ、旧中・東欧圏の教科書・教材制作に携わるとともに、各地の学校を巡り、グローバル・スタンダードの言語教育を指導している。詳しいプロフィールはこちら⇒『ニッポンには対話がない』情報ページ
著書に、『知的英語の習得術』(学習研究社 2003)、『「論理力」がカンタンに身につく本』(大和出版 2004)、『図解フィンランド・メソッド入門』(経済界 2005)、『知的英語センスが身につく名文音読』(学習研究社 2005)、編訳書に「フィンランド国語教科書」シリーズ(経済界 2005 ~ 2008)、対談集に演出家・平田オリザさんとの対談『ニッポンには対話がない―学びとコミュニケーションの再生』(三省堂 2008)組織開発デザイナー・清宮普美代さんとの対談『対話流―未来を生みだすコミュニケーション』(三省堂 2009★新刊★)など。
『週刊 東洋経済』にて「わかりあえない時代の『対話力』入門」連載中。

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