三省堂国語辞典のすすめ

その86 ふらふら、じゃないよ、フラクタル。

筆者:
2009年9月23日

政治について語るある論客のブログに、「厳密ではなく、フラクタルな……」「曖昧な、フラクタルな……」といった表現がありました。文脈からすると、「フラクタル」を、ふらふらしたもの、とりとめのないものという意味に捉えているようです。

「フラクタル」というのは、自然科学などで導入されている概念で、ふつうは別の意味で用いられます。『三省堂国語辞典 第六版』では、次のように説明しています。

〈どの部分をとっても形が全体と相似(ソウジ)している・性質(図形)。〉

ほかの国語辞典にも同様の説明があります。もっとも、「部分が全体と相似している」というだけでは、イメージが湧きにくいかもしれません。具体的な例が必要です。

フラクタルの例として、いくつかの国語辞典が挙げているのは、「海岸線」や「雲」です。海岸線や雲の輪郭は、遠目に見たときも、近づいて見たときも、ほぼ同じ形をしており、したがって、部分が全体と相似しているというわけです。

海岸線の絵
【フラクタルな海岸線】(筆者描く)

でも、この説明はちょっと難解です。「海岸線も雲も、遠目に見たときと、近づいて見たときとでは、明らかに様子が変わるじゃないか」と思う人もいるでしょう。

海岸線や雲は、たしかにフラクタルの例なのですが、これらはいわば上級編です。『三国』では、もっと単純な形で説明することを試みました。すなわち――

〈例、木が枝分かれをし、その枝がまた同じ形に、無限に枝分かれをくり返している形。〉

これならイメージしやすいでしょう。この木の場合、枝の先端を拡大すると、木全体とまったく同じ形になっており、さらにその先端を拡大すると、またしても木全体と寸分違わない形になっている……と、こういうことが、無限に続いています。

木の絵
【フラクタルな木】(筆者描く)

もちろん、実際にこんな形はなく、あくまで理論上の産物です。ただ、これに近似した形は、自然界に満ちています。本物の木の枝は、木全体と同形ではありませんが、たしかに似ています。同様に、地図の海岸線は、広い範囲を見ても、狭い範囲を見ても、似たようなくねり方をしています。また、雲を遠くから見ても、近くで見ても、輪郭のふわふわの特徴は似ています。海岸線や雲をフラクタルと言うのはこのためです。

国語辞典は、このように長々と説明するものではありません。少ない字数で分かってもらうためには、『三国』で試みたように、「木の形」などを使うのが適当だと考えます。

書籍『フラクタルって何だろう』
【この参考書が面白い】

筆者プロフィール

飯間 浩明 ( いいま・ひろあき)

早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。

URL:ことばをめぐるひとりごと(//www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

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編集部から

生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され(※現在は第七版が発売中)、各方面のメディアで取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。