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『三省堂国語辞典』のすすめ その88

2009年 10月 7日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

「せいせいしゅくしゅく」に市民権を。

国会議事堂
【政治家用語は不思議】

 計画を予定どおりに、静かに行うことを、政治家などが「せいせいしゅくしゅく」と言うことがあります。最近も、与謝野財務・金融相(当時)がこう発言していました。

 〈せいせいしゅくしゅくと、静かに努力をしていくと。それが、今自民党に求められている。〉(NHK「ニュース7」2009.7.21 19:00)

 テレビの字幕では「静かに努力をしていく」とだけあって、「せいせいしゅくしゅく」の部分が抜けていました。無理もないことで、じつは、「せいせい」を漢字でどう表記すればいいか、国語辞典や、放送局のハンドブックなどには説明がなかったのです。

報道陣の写真
【大臣談話を取る報道陣】

 「せいせいしゅくしゅく」ということばが大きく取り上げられたのは、1992年10月29日付『朝日新聞』の指摘がおそらく最初だろうと思います。その前日、自民党の有力議員たちの発言にこのことばがあり、各紙の夕刊で「整々粛々」「整斉粛々」「清々粛々」、さらにはひらがなのままなど、さまざまな表記が見られたと報告されています。

 以来、注意して聞いていると、「せいせいしゅくしゅく」はたしかに政治家などが使っています。今回、『三省堂国語辞典 第六版』でも、これを新規項目に採用しました。

 とはいえ、困るのは漢字表記です。メディアごとに表記が違うのは述べたとおりで、また、典拠となるような古い文献も見当たりません。かといって、「ぜいぜい」「しくしく」などと同じかな書きのことばと見なすのも違和感があります。

「良人の自白」(明治文学全集)
【「良人の自白」(明治文学全集)】

 表記に関しては、金武伸弥さん(元新聞社校閲記者)の考察が参考になります。意味的に合わない「清々」、辞書にない「静々」などを除けば、「正々粛々」か「整々粛々」が残る、過去には、木下尚江「良人の自白」(1904~06年)に〈鹵簿(ろぼ)正々粛々として〉とある、と言うのです(『あってる!? 間違ってる!? 漢字の疑問』講談社+α文庫)。

 これはいわば政治家用語なので、国会会議録でどう表記されているか確かめます。すると、大部分は「整々粛々」で、約40例拾われました。議事録作成者も金武さんと同様に考えたのでしょうか。ともあれ、政治家が活動する現場での表記は重視すべきです。

 インターネットでは、むしろ「清々粛々」の表記が多いのですが、ワープロでこの字が出てきやすいせいかもしれず、慎重な扱いが必要です。『三国』では[整整粛粛・正正粛粛]の表記を採用し、現代日本語として確かに実在することばと認めました。

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筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

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【編集部から】
生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され、「【サンコク】メディアでの紹介」の記事にある通り、各方面で取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。

2009年 10月 7日