ドイツの卵、日本の卵
2009年 10月 19日 月曜日 筆者: 石井 正人クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(67)
外国人が成田空港に降り立つなり、辺り一面海の臭いというか魚臭いと感じるというのは、よく聞く話である。われわれには分からないが、われわれもヨーロッパの空港に着くと、何だかピザ屋の換気扇の下にでも立ったような香料の臭いが鼻につくのと同じことのようだ。
大気全体に関わるようなこの臭いは直ぐに慣れて忘れてしまうが、食べ物の独特のにおいとなると、しっかりと好悪や思い出と結びついて、いつまでも忘れられないものだ。それもレシピに書いてあるような香料や香味野菜のことではなくて、もっと根底的な、食材そのもののにおいの違いである。たとえば、卵。
私が聞いた範囲ではヨーロッパ人たちはみな口をそろえて、日本の卵は、特に白味が魚臭いと言う。私の妻などはそれが嫌いで日本ではゆで卵など食べられなかったが、ヨーロッパではじめて卵のおいしさが分かったという。しかし日本が長いあるヨーロッパ人は、日本の卵は魚の風味が付いているから、生でもいけるんだよ、という意見で、これは卵ご飯が好物だという、日本に馴染みすぎの例かもしれない。
今でもヨーロッパでは卵による食中毒で毎年死者が出る。最初から生食を想定していないから、殻の消毒が不徹底らしい。そのせいか、半熟卵も食べたことがなかったという話を聞いたことがある。危険なので火をよく通す習慣なのだろう。生卵となると論外で、日本人は生卵を食べるなどと言う話は、ヨーロッパで格好の土産話になるらしい。ええ!?、さかなだけじゃないの!?という悲鳴が上がって、盛り上がるそうだ。
さるドイツのミステリーを読んでいたら、フランドル絵画の中に、半熟卵の黄味にパンを付けながら食事をしている作品があるのを紹介しながら、この美味しい習慣はいつヨーロッパで失われたのだろうと、書いてあったから、ヨーロッパでも昔は食中毒など気にせず、半熟卵のおいしさを楽しんでいたらしい。目玉焼きの半熟の黄味を豪快にトーストにつけながら食べる、あの美味しいが行儀の悪い食べ方は、アメリカ人しかしないのだろうか。
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【筆者プロフィール】
石井 正人(いしい・まさと)
千葉大学教授
専門はドイツ語史
『クラウン独和第4版』編修委員
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【編集部から】
2008年2月に『クラウン独和辞典』(第4版)が刊行されました。日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。







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