地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第71回 田中宣廣さん:『天地人』は米沢に

筆者:
2009年10月24日

今年のNHK大河ドラマ『天地人』の主人公・直江兼続が仕えた上杉家は,2度の領地替えで,現在の山形県米沢に移りました。直江の有名な「愛」の兜の甲冑も米沢市の上杉神社内に保存されています。

今回は,その米沢での方言の商業的利用の,代表的なものを少し紹介します。

[1]「おしょうしな」。「ありがとうございます」の意で,商店の方言メッセージなど,米沢の街の中に多く使われています【写真1】【写真2】。

おしょうしな-1
【写真1】おしょうしな-1
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おしょうしな-2
【写真2】おしょうしな-2
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語源は「お・笑止・な」です。相手に素晴らしいことをしていただき,「恐縮で笑いなど出ない」という意識からでしょう。「お」は丁寧の接頭辞,「な」は終助詞です。

「笑止」は,一つの語源からいろいろな意味になった例です。新潟や東北では「恥ずかしい」の意で使用され,「ショーシー」「ショシー」「オショシー」「ソースー」その他の語形があります。米沢でもこの意味で「ショーシー」と言います。

江戸時代の京都方言で「ショーシ」は,「気の毒な」「かわいそう」の意味でした。

[2]「そんぴん」。語源は「損貧」で,損をしても貧しくなっても自分の意志を変えない「頑固」の意です。上杉武士の気質を表す語です。焼酎やラーメンに使われています【写真3】。ラーメンでは,米沢は内陸部で海から遠いのに,海産物をトッピングし,「頑固」転じて『へそ曲がり』ということです。

「そんぴん」焼酎
【写真3】「そんぴん」焼酎
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[3]『米沢牛』(高級ブランド牛として有名)のお店2軒【写真4】。

上:伝國の「あがやえ」/下:「べこや」新ロゴ
【写真4】上:伝國の「あがやえ」/
下:「べこや」新ロゴ
(クリックで「べこや」旧ロゴも表示)

[3-1]「あがやえ」。上杉神社前の焼肉店「伝國」のメッセージで,「召し上がれ」の意です。店名は,第9代藩主上杉鷹山の『伝國の辞』(3ヵ条の藩主心得)が元です。

[3-2]「べこや」。米沢駅前の焼肉店の店名。「べこ」は牛のことで,方言ネーミングの店名です。今年,お店はリニューアルし,ロゴも変わりました。

[4]「あいべ」。施設名の方言ネーミングです。「あいべ」【写真5】は,「(いっしょに)行こう」の意で,名まえ自体が誘いのことばになっています。東北の他地方では,似た語形・意味で「あべ」などと言います。この施設には,「負けてはならぬ……気合いだべ」「よってってくだい」の方言メッセージもあります。

あいべ
【写真5】あいべ
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[5]方言みやげ他。米沢方言の,方言のれん,方言手ぬぐいがあります。米沢駅には,方言番付がありました。【写真6】

方言のれん
【写真6】方言のれん
(クリックで方言番付も表示)

《謝辞》米沢観光物産協会におかれましては,「おしょうしなガイド」の取材に関して特別のご厚誼を賜りました。ここに記しまして感謝の意を表します。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 田中 宣廣(たなか・のぶひろ)

岩手県立大学 宮古短期大学部 図書館長 教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,地域の自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『近代日本方言資料[郡誌編]』全8巻(共編著,港の人)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。『Marquis Who’s Who in the World』(マークイズ世界著名人名鑑)掲載。

『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。