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『三省堂国語辞典』のすすめ その91

2009年 10月 28日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

お役所仕事は、たしかに困るけど。

東京都庁
【この役所の仕事ぶりは?】

 インターネットのサイトを見ていると、『三省堂国語辞典』でおもしろい語釈や例文を見つけたと紹介されていることがあります。個性的な語釈・例文というと『新明解国語辞典』のそれが思い浮かびますが、『三国』を見てにやっとする人もあるようです。

 たとえば、「マダム」の例文に「バーのマダムといっても、やとわれマダムです」とあるといいます。なるほど、おかしみを誘うかもしれません。第二版からで、「雇われマダム」ということばを示すためだったのでしょう。後の版で「雇われマダム」は別に立項されましたが、この例文は残り、今に至ります。今回の第六版では、「雇われマダム」は項目にせず、「雇われの身」などとともに「雇われ」の用例としました。

役人の後ろ姿
【お役所勤め、ごくろうさま】

 あるいは、「さすが(に・の)」の項目で、「さすがは田中君だ」「さすがに田中だ、よくやった」などと、4つの例文すべてに田中君が登場していたという指摘もあります。これも第二版からです。たしかに奇妙というわけで、第五版では「山田君」「中川」「中村」などと改められた代わりに、田中君は消えてしまいました。

 第六版の改訂時に問題になったのは、「役所」の例文です。なにしろ「お役所仕事は のろくてこまる」というのです。ひとつしかない例文がこれでは、役所勤めの人は憤激するかもしれません。

 辞書によっては、「役所」の項目で「お役所仕事」ということばに触れ、形式的で遅い仕事ぶりのことだと説明したものもあります。『三国』の「役所」の例文も、「お役所仕事」を説明するつもりで「……のろくてこまる」と書いた可能性はあります。ところが、『三国』には別に「お役所仕事」の項目があるため、やはりこの例文は不必要なのです。

『東大生が書いたお役人コトバの謎』
【三省堂刊 お役所ことばの本】

 これも、くしくも第二版からのものです。『三国』の第二版は、主幹の見坊豪紀(けんぼう・ひでとし)が初版の刊行後に着手した用例採集の成果が盛りこまれ、ユニークさの度合いが高まっています。私の好きな版であることは断っておきます。

 第六版では、「役所」の用例は「お役所ことば」に改め、あわせて「お役所仕事」への参照の印をつけておきました。必ずしもこれで辞書のユニークさが弱まったとは言えないでしょう。私個人としては、役所に対していろいろ言いたいことがありますが、辞書を編集するに際しては、個人の不満・憤懣を表すのは控えておきます。

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筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

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【編集部から】
生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され、「【サンコク】メディアでの紹介」の記事にある通り、各方面で取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。

2009年 10月 28日