2009年 10月 のアーカイブ
『三省堂国語辞典』のすすめ その90
2009年 10月 21日 水曜日 筆者: 飯間 浩明フェレットの、愛される理由。

【ネズミじゃないよ】
知人から、自宅で可愛がっているフェレットたちについて、何度か話を聞いたことがあります。中に病弱なフェレットがいて、知人がいつも献身的に看病していると聞いた時には、胸が痛みました。我が身よりも大切に思っている様子が伝わってきました。
見せてもらった写真の感じから、ハムスターのような小動物を想像していたのですが、フェレットはイタチの仲間です。実物は子猫ほどの大きさで、ひょろ長い胴をしています。
専門のペットショップで観察すると、おりの中をちょろちょろ歩き回り、口をしきりに動かしてえさを食べ、客が来ると、前脚でおりにつかまって立ち上がります。ひとことで言えば、活発で愛嬌のある動物です。なるほど、愛される理由が分かります。
このフェレットを、『三省堂国語辞典 第六版』の項目に選びました。原稿を書くためには、当然の手続きとして、百科事典を含む専門の事典を参照します。でも、その記述をなぞるだけでは、適切な語釈にはなりません。

【褐色のフェレットも多い】
事典によれば、フェレットは白色とありますが、ペットショップには褐色のもいます。また、古代に飼われたがしだいに飼われなくなったとか、ニュージーランドでネズミ退治に使われるとか、一般に実験動物として飼われるとかいう説明も、今日普通に言う「フェレット」のイメージとずれます。というのも、私たちがフェレットを話題にする場合は、何よりもまず、ペットとして取り上げるはずだからです。
ペットとしてのフェレットがどういうものかを知るためには、インターネットが役に立ちます。非常に多くの人が、「我が家のフェレット」について、ブログなどで熱く語っています。写真も満載です。これらのサイトを、ちょうど一軒一軒のお宅を訪問するように閲覧していくと、飼い主がどういう目でフェレットを見ているかが分かります。

【愛らしい表情】
とりわけ、家の中での様子が具体的に分かるのは、「YouTube」などのサイトに集まるビデオ画像です。どのビデオを見ても、フェレットたちは非常に敏捷に動き回っています。かつまた、飼い主に積極的にじゃれつきます。これで可愛くないわけがありません。
この積極性については、百科事典にも〈人によくなれ活発に遊ぶ〔ので古代に飼われた〕〉と記述があります。最終的に、『三国』の「フェレット」の説明は、〈イタチのなかまの小動物。活動的で よく人になれるので、ペットにする。〉となりました。
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筆者プロフィール
飯間浩明(いいま・ひろあき)
早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)
【編集部から】
生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され、「【サンコク】メディアでの紹介」の記事にある通り、各方面で取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。
ドイツの卵、日本の卵
2009年 10月 19日 月曜日 筆者: 石井 正人クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(67)
外国人が成田空港に降り立つなり、辺り一面海の臭いというか魚臭いと感じるというのは、よく聞く話である。われわれには分からないが、われわれもヨーロッパの空港に着くと、何だかピザ屋の換気扇の下にでも立ったような香料の臭いが鼻につくのと同じことのようだ。
大気全体に関わるようなこの臭いは直ぐに慣れて忘れてしまうが、食べ物の独特のにおいとなると、しっかりと好悪や思い出と結びついて、いつまでも忘れられないものだ。それもレシピに書いてあるような香料や香味野菜のことではなくて、もっと根底的な、食材そのもののにおいの違いである。たとえば、卵。
私が聞いた範囲ではヨーロッパ人たちはみな口をそろえて、日本の卵は、特に白味が魚臭いと言う。私の妻などはそれが嫌いで日本ではゆで卵など食べられなかったが、ヨーロッパではじめて卵のおいしさが分かったという。しかし日本が長いあるヨーロッパ人は、日本の卵は魚の風味が付いているから、生でもいけるんだよ、という意見で、これは卵ご飯が好物だという、日本に馴染みすぎの例かもしれない。
今でもヨーロッパでは卵による食中毒で毎年死者が出る。最初から生食を想定していないから、殻の消毒が不徹底らしい。そのせいか、半熟卵も食べたことがなかったという話を聞いたことがある。危険なので火をよく通す習慣なのだろう。生卵となると論外で、日本人は生卵を食べるなどと言う話は、ヨーロッパで格好の土産話になるらしい。ええ!?、さかなだけじゃないの!?という悲鳴が上がって、盛り上がるそうだ。
さるドイツのミステリーを読んでいたら、フランドル絵画の中に、半熟卵の黄味にパンを付けながら食事をしている作品があるのを紹介しながら、この美味しい習慣はいつヨーロッパで失われたのだろうと、書いてあったから、ヨーロッパでも昔は食中毒など気にせず、半熟卵のおいしさを楽しんでいたらしい。目玉焼きの半熟の黄味を豪快にトーストにつけながら食べる、あの美味しいが行儀の悪い食べ方は、アメリカ人しかしないのだろうか。
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【筆者プロフィール】
石井 正人(いしい・まさと)
千葉大学教授
専門はドイツ語史
『クラウン独和第4版』編修委員
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【編集部から】
2008年2月に『クラウン独和辞典』(第4版)が刊行されました。日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。
日本語社会 のぞきキャラくり 第61回 キャラクタの「格」4類(上)
2009年 10月 18日 日曜日 筆者: 定延 利之キャラクタの「格」4類(上)
キャラクタの「品」と「格」の違いを具体例で示したが(第60回)、格について、なお言いたいことがある。それは、ことばを発するキャラクタの格は、とりあえず4類に大別するとかなりスッキリするということである。(今回はそのうち3つを紹介する。) 前回述べた「感動詞」や「終助詞」の観点だけでなく、「間投助詞」そして「ことばのスタイル」の観点も含めて、このことを示してみよう。
まず『特上』について。おごそかな『神』キャラのように、格が非常に高いキャラクタは、丁寧なスタイルではしゃべらず、ぞんざいなスタイルでしかしゃべらないのが原則である。『神』は「それでよい」などとおごそかに告げるから有難いのであって、『神』が「それでいいです」と言ったらもはや『神』ではないというのはこの原則の一例である。もっとも、『神』は『神』でも『女神』なら「あなたはそれでいいのですよ」のように言えるから、原則はあくまで「原則」に過ぎないが、実はその『女神』は『神』(男神)よりおごそかでなく格が低いのだ、あまり『神』らしくないのだと言ったら読者は驚くか。このあたりは、少し後で述べるキャラクタの「性」の問題なので、ここで詳しくは触れないが、この『女神』が、『(男)神』なら発することのない終助詞「よ」を発しており、それだけ人間くさい位置にあるということぐらいは、いまの段階で指摘しておいてもよいだろう。
『神』よりぐっと低いところに目を移すと『人間』の領域が見えてくる。「それでだな、私がだな」のように、文節末で間投助詞「な」「ね」などを発することができるのも、「行ったよ」「イヤだわ」のように広範な終助詞を自由に発することができるのも、『神』にはない『人間』の特性である。(『神』と『人間』の間には、ゴルゴ13のように、『神』ほどではないが、多くの終助詞・感動詞・間投助詞を発さず感情を出さない、まさに『超人』的なキャラクタが観察できる。ことばを発するキャラクタの格を「とりあえず」4類に大別、と上で述べたのはこうした事情による。)
この『人間』の中で格が高いのが『目上』であり、さらにその下には『目下』がある。したがって、ここで言う『目上』は『特上』を含まない。『神』キャラは『目上』ではない。
あの人は得意先だから、自分はあの人に対しては『目下』として振る舞う。頭を下げて「例の件、どうかよろしくお願いいたします」と言う。だが、こいつは部下だから、自分はこいつには『目上』として振る舞う。肩を叩いて「例の件、君もよろしくな」と言う――こういう『目上』『目下』は「スタイル」変化の範囲におさまる(第4回)。だが、『目上』『目下』がいつもそうなるわけではないのだった。相手に対していったん揉み手をして媚びへつらい、阿諛追従を重ねて『目下』として振る舞ったら、状況が変わっても相手は自分をなかなか『目上』とは認めてくれないのだった(第49回・第50回)。また、相手に対していったん『目上』として振る舞ってしまえば、状況が変わっても『目下』に降りるわけにはいかないということがあるのだった(第51回・第52回)。こういう『目上』『目下』はすべてキャラクタとしての『目上』『目下』であり、今述べているのはまさにこれにあたる。
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◇この連載の中国語版と英語版
中国語版⇒角色大世界――日本
英語版⇒An Unofficial Guide for Japanese Characters
【筆者プロフィール】
定延利之(さだのぶ・としゆき)
神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL:http://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm
【編集部から】
「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。
地域語の経済と社会 第70回
2009年 10月 17日 土曜日 筆者: 大橋 敦夫地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第70回「地域で愛されている「方言手ぬぐい」」
上越観光物産センター(新潟県上越市)で
一昨年のGACKT謙信に続いて、今年は妻夫木兼続で熱く燃えている上越。その熱気に誘われ、当地を訪れ、例によってお土産品を物色していると……。ありました! 方言グッズの元祖「方言手ぬぐい」が。
「越後高田方言同友会」謹製の方言手ぬぐい
この手ぬぐいの製作に関わられ、現在も販売を続けていらっしゃる小川祐右氏(小川呉服店/上越市南本町)にお話を伺いました。それによると、この手ぬぐいは、25年前に、高田東ロータリークラブ20周年の記念引き出物として作られたのだそうです。選者10名くらいで、数の多い言葉から順位を決めたとのこと。
残念ながら、現在は「越後高田方言同友会」の活動は行われていないそうですが、手ぬぐいの息は長く、法事の引き出物・同期会の手土産として求められているとのことでした。
信州の「海」、上越海岸
山に囲まれた地域に住む信州人にとって、海はあこがれの行楽地。夏場を中心に長野ナンバー・松本ナンバーの車が上越地域を行き交います。
長野市を中心とする北信地方の方ならば、番付を見て「ああ、これなら知ってる」という語も、「オマン・セウ・ズル・バラコクタイ」など、3分の1くらいあるのでは?
旅行者の立ち寄るセンターのお土産としては、方言グッズ愛好家にはもちろんのこと、広く信州人にも受けそうな気がします。
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【筆者プロフィール】
言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)
大橋敦夫(おおはし・あつお)
上田女子短期大学総合文化学科教授。上智大学国文学科、同大学院国文学博士課程単位取得退学。
専攻は国語史。近代日本語の歴史に興味を持ち、「外から見た日本語」の特質をテーマに、日本語教育に取り組む。共著に『新版文章構成法』(東海大学出版会)、監修したものに『3日でわかる古典文学』(ダイヤモンド社)、『今さら聞けない! 正しい日本語の使い方【総まとめ編】』(永岡書店)がある。
【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載の始まりです。
この連載への質問、また「ここでこんな方言みやげ・グッズを見た」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「地域語の経済と社会」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。
感情表現―『英語談話表現辞典』覚え書き(6)―
2009年 10月 15日 木曜日 筆者: 内田 聖二今回は感情表現について、これまでと同じく、G(2007年第4版)、W(2007年第2版)、O(2008年発行)の3つの辞書の記述と比較しながら解説したいと思います。
感情表現というと、代表的なのは驚いたときの各種の表現だと思います。ただ、驚きにもいろいろな驚きがあり、その種類によって使われる語句が異なるということに注意が必要です。共通するのは意外なこと、予想していなかったことが起こったときの驚きで、そのとき用いられる代表例がwellです。次は本辞典の記述です。
1 〈驚いて〉あらあら, えっ!, まあ! :《ぶつかった相手が旧友とわかって》 “Excuse me. Are you OK?” “I’m not OK! . . . John? Is that you?” “Mary? Well, well! I didn’t think I’d see you here!” 「すみません, 大丈夫ですか?」「大丈夫じゃないわよ! …ジョン? ジョンなの?」「メアリーか? まさか! こんなところで会うだなんて!」 / Well, well, it’s snowing! I never thought we’d ever have snow here in September! まあ! 雪が降ってる! 9月にここで雪が降るなんて思ってもみなかった.
予想外ということは同じwellの語義2にも通じることです。
2 〈慌てて〉えっ, まさか(◆下降調で): 《試験終了のベルを聞いて》 Well, well, the time is up. えっ! 時間だ.
また、一般にはあまり区別されませんが、驚きにはネガティブなものとポジティブなものがあります。たとえば、いやなことの驚きに使われるものとして、(oh) (my) Godがあります。本辞典では次のように説明しています。
1 〈驚いて〉何てことだ:Oh God, how embarrassing! 何てことだ, ああ恥ずかしい! / God, what a ridiculous thing to do! ああ, 何てばかなことをしたんだ!
ここではいけないことをしてしまったという反省の気持ちが込められています。次のoh dearの例ではよくないこと、いやなことが起こったときの反応を表しています。
1 〈驚いて〉あらまあ, どうしましょう Oh dear, it’s started to rain and I haven’t got an umbrella. あらまあ, 雨が降ってきたけれど, 傘がないわ / 《車の異常な音を聞いて》 Oh dear, something seems to have gone wrong? おや, どこか故障したのかな?
一方、うれしさなどを含意するポジティブな驚きもあります。たとえば、Great! とかTerrific! などがその代表です。
1 〈相手の話に感嘆して〉 (それは)すごい, すばらしいことですね:“Helen has come top of her class again!” “That’s great!” 「ヘレンがまたクラスでトップになったんだよ!」「それはすごい!」 / “I’ve bought a convertible car.” “Great! We can go driving to the seaside.” 「オープンカーを買ったんだ」「まあ, すごい! 海へドライブに行けるわね」.
2 〈すごさに驚いて〉すごいね:“She looks nice tonight.” “Yeah. Terrific!” 「今夜の彼女かわいいね」「うん. すてきだね」 / “He earns two million yen a month, I heard.” “Wow, terrific!” 「彼1か月に200万円稼ぐんだって」「へえ, すごい!」.
いずれも相手が言ったことを肯定的にとらえていることを示しています。G、W、Oの辞書には特にそのような記述はありませんが、「すばらしい」という訳語からもよいことに対しての感情表現であることがわかります。
大事なことは、単に「驚き」を表すと言ってもいろいろな「驚き」があり、相互に置き換えることができないことが多いということです。上にあげた例でもそれぞれの語句を他の語句と単に言い換えることはできません。言い換えることができたとしても用いることのできる文脈が変わります。
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【筆者プロフィール】
内田聖二(うちだ・せいじ)
奈良女子大学教授
専門は英語学、言語学(語用論)
主な業績:『英語基本動詞辞典』(1980年)研究社(小西友七編、分担執筆及び校閲)
『英語基本形容詞・副詞辞典』(1989年)研究社(小西友七編、分担執筆及び校閲)
『英語基礎語彙の文法』(1993年)英宝社(衣笠忠司、赤野一郎と共編著)
『関連性理論-伝達と認知-』(初版1993年、第2版1999年)研究社(共訳)
『小学館ランダムハウス英和大辞典』(第2版1994年)小学館(小西友七・安井稔・國廣哲弥・堀内克明編、分担執筆)
Relevance Theory: Applications and Implications, 1998, John Benjamins.(Robyn Carstonと共編著)
『英語基本名詞辞典』(2001年)研究社(小西友七編、分担執筆及び校閲)
『ユースプログレッシブ英和辞典』(2004年)小学館(八木克正編集主幹、編集委員)
『新英語学概論』(2006年)英宝社(八木克正編、共著)
『思考と発話』(2007年)研究社(共訳)
『子どもとことばの出会い』(2008年)研究社(監訳)
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【編集部から】
語用論的な情報をふんだんに盛り込んだ、日本発の本格的な発信型会話・談話表現辞典、『英語談話表現辞典』について、編者の内田聖二先生にご紹介いただきます。
書籍購入者は、http://dce.dual-d.netにて本辞典の全データを収録したウェブ版辞典を無料で使用できます。
漢字の現在:使い込まれた「函」の形は…
2009年 10月 15日 木曜日 筆者: 笹原 宏之漢字の現在 第49回 使い込まれた「函」の形は…

【手書きされた会の名に「了」形】



【「了」形ばかり3つ】
2枚目と3枚目は同じ場所にある。写真では
見えないだろうが、右下の看板にもあった

【小樽市立銭函中学校でも「了」形】

【これは、伝統的な書体としての使用であろう】
札幌で、午前中に集中講義を入れず、時間を空けておいた日に思い立つ。「函」をよく用いる地域では、きっと「了」形が多く用いられていて、たくさん見られるはずだ、という仮説を抱き、それを確認しに出よう、と。
デジタルカメラと裏紙のようなメモ用紙を携えて、ふらりと駅へ出てみる。荷物が重いのは、ぎりぎりになっても遅刻せずに、そのまま講義に向かえるようにと考えると、やむをえない。
函館は思いのほか遠い。片道だけで8,500円以上とあり、これでは往復するだけで6時間以上、3講(東京でいう3限)までに戻れなくなる。北海道だけの地図では錯覚しそうになるが、さすがに広大だ。
そこで、札幌駅にあるJR北海道の路線図を改めて眺めたところ、「銭函」という駅名が目に入った。縁起がいい名前として聞いたことがあったと思う。函館ほどではなかろうが、そこでも必ずや「函」があちこちで使われているはずであり、生活の中で人々が用い、目にしている字体を確かめるには十分である。
実際に銭函駅に着くと、「銭函」の名をPRする看板やパンフレットなどもある。後で、その地はかつては「ごみバコ」とも呼ばれたと聞いた。海岸に打ち寄せる波で、ゴミが流れ着いていたためだという。
海沿いを歩くかぎり文字は少ないが、山側に登っていくと学校もあり、「函」が多数目に入るようになった。概して看板や貼り紙の活字書体は、デザイナーが描いたフォントの通りで、今ひとつ味気ない。きれいはきれいなのだろうが、どこか人間味や個性が感じにくく、誰が打ち出しても、ただ拡大してそこへ飾りを付けても、同じように出力されるかの出来合いのつまらなさから脱しきれない。
一方、手書きや、デザインを施してレタリングをしたような字では、「函」は「了」形ばかりである【写真】。繰り返し書かれる文字は、サインのように簡易化するのだ。しかし多くは無意識のうちに生じる。やはり字は、よく使う人ほど、略して書き、さらに自分のものとして使いこなすのである。手書きの味わいは個性の表出にだけあるわけではない。
このような「了」形の使用の状況は、函館も同様なのであろう。その字の使用頻度の高い道産子、特に函館や銭函の人々と、道外の人々とでは、傾向に違いがあるのだろう。東京では、「投函」は見られるが、「当用漢字表」の公布以降、「投かん」という交ぜ書きも増加した。「函館」「銭函」という文字列への接触頻度も使用頻度も、現地には遠く及ばない。無論、「はこ」の表記としては、当用漢字以来、「箱」でほぼ統一され、一般化している。「函」という字を見ることはあるが、記す、特に手書きする機会は少ないので、「函館」や「投函」を自信を持っては書けないという人も少なくないのではなかろうか。
中国の函谷関になぞらえた「函嶺」(かんれい)という表現は、神奈川の箱根の雅称であったが、日常生活の中で多用されるものではなさそうだ。しかし、京都の「函谷鉾町」(かんこぼこちょう)などでは、同様の変化が見られるのかもしれない。また、数学者の中には「関数」を嫌い、「函数」という意訳を兼ねた音訳とされる表記に愛着をいだきつづける向きもあり、その手書きでも同様のことが見られるのではなかろうか。
前回以来述べてきた上記の諸点を押さえた上で、つまり種々の細かいことまで踏まえて言うと、この「函」は字体の細部については目くじらを立てるほどには、こだわる必要性は薄い。「正誤」の基準を独自に設けて、そういうことだけを気にするよりも、もっと考えるべきことが漢字には数多く残されている。
字体は変化し、その結果として地域差までもが生まれているのはなぜか。それは、漢字というものが人間へと近づいていくともいえる性質が、漢字が文字である以上、消えることはないことによる。字画が煩瑣で、かつ必要度の高い字は、自然と書きやすく、分かりやすいようにと、人々によって簡易化されていく。それは、京都の「都」という字(第40回・第41回)と類似する現象であり、沖縄の「那覇」の「覇」という字(第1回・第2回)とも、来歴や字体差の大きさという点で違いを有してはいるものの、根底は通じる現象である。それらと異なり、学校できちんとは教育されない「函」のような字であっても、むしろそれはそれであればこそ、地域文字のようになり、民間で受け継がれていくのである。
そうした変化を妨げる字体、構成上のさまざまな条件もクリアできて、字音、字義などの面でも問題がなければ、全く無秩序になるのではなく、類推の作用など何らかの規則性に基づきながら、それは起こるのである。「俗字」は実用性を求めて生み出された、通俗性に富む文字であり、その真髄は、今なお人知れず受け継がれているといえよう。
【補記】 北海道新聞社の方から、明治から昭和初期にかけて、「函館」(箱館)や「銭函」の「函」には「了形」も用いられていることが各種史料でうかがえる由の情報をいただいた。この簡易な字形は早くから用いられており、やはり人々の間で脈々と受け継がれてきたことも定着の一因とみるのが自然のようだ。
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【筆者プロフィール】
笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)などがある。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。
【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「「函」の形」でした。
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『三省堂国語辞典』のすすめ その89
2009年 10月 14日 水曜日 筆者: 飯間 浩明そっけなかった? 「一目散」の語釈。

【急げ! 急げ! 一目散!】
「『三国』(三省堂国語辞典)は語釈がそっけない」という感想をいただくことがあります。私たちは、簡潔で分かりやすい説明を心がけていますが、「簡潔」というのと、「そっけない」というのとでは、似ているようで、ニュアンスが違います。
『三国』はシンプルな似顔絵だという私の考えは、すでに書きました。写実的な肖像画よりも、簡潔な線だけで描いた似顔絵のほうが、人物の特徴を捉えることがあります。和田誠さんの描く単純な線の似顔絵などは、『三国』のイメージに近いと思います。
そうは言っても、「簡潔」というより「そっけない」語釈になってしまった場合があるのは事実で、そういうものは正さなくてはなりません。たとえば「一目散」がそうでした。
このことばは、多くは「一目散に逃げる」などという場合に使われます。「一目散に駆けつける」という使い方もあります。いずれにせよ、懸命に走る様子を表します。

【バス停向かって一目散】
でも、『三国』では初版以来、〈わきめも ふらないようす。一散。「―にかけて行く」〉と説明していました(表記は部分的に変わっています)。〈わきめも ふらない〉というだけでは、仕事や勉強の場合にも使えるかのようであり、誤解を生みかねません。例文には〈かけて行く〉とありますが、これはひとつの使用例を示すにとどまります。
いろいろな国語辞典を引き比べてみても、「一目散」の語釈に「走る」という要素を入れていないものは、(少なくとも今日の辞書には)見当たりません。「走る」という部分を抜かした『三国』の説明は、「そっけない」「不十分だった」と言わざるをえません。
ところが、ここに不思議な用例があります。『三国』の主幹だった見坊豪紀(けんぼう・ひでとし)が、新聞記者から仕事場の取材を受けたときの様子を記した文章です。

【一目散に仕事した?】
〈〔記者は〕ぎっしりつまったカードを一枚一枚めくりながら、目ぼしいものを書き抜いて帰って行きました。午前から午後まで一日近くすわりこみ、わき目もふらず一目散、といった感じ。じつに熱心猛烈な仕事ぶりでした。〉(見坊豪紀『辞書と日本語』玉川大学出版部 1977 p.137-138)
そのまま読めば、「一目散に帰った」ではなく「一目散に仕事をした」例ということになります。ひょっとして、見坊自身は「『一目散』は走る場合に限らない」という根拠を持っていたのでしょうか。その可能性は否定できませんが、今回の『三国 第六版』では、より自然な語釈になるように、〔走るときに〕という説明を補いました。
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飯間浩明(いいま・ひろあき)
早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
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日本語社会 のぞきキャラくり 第60回 キャラクタの「品」「格」
2009年 10月 11日 日曜日 筆者: 定延 利之キャラクタの「品」「格」
直接引用の制約について話を進める中で、キャラクタの「品」(第57回)と「格」(第58回・第59回)が相次いで登場した。両者とも、厳密に定義することはかんたんにはいかないが、日本語のキャラクタとことばを考える際に両者の区別はきわめて重要と思われるので、ここで両者の違いについて、なるだけ具体的な説明を添えておきたい。
「格」とは、経験や力や地位などから総合的に醸し出されるものである。格上の上にはまた格上がいる。その格上の格上の格上、そこからさらにかけ離れた格上に鎮座ましましていらっしゃるのが『神』である。ここで『神』というのが、惚れた腫れたの大騒ぎを繰り返す神話の中の神々ではなく、どこまでもおごそかな神のキャラクタを指すということは、これまで(第58回)と同様である。
こういう『神』は下品ではない。かといって上品というのも何だかしっくり来ない。「品」とは何よりも巷の人間に想定される概念である。当該社会が課す文化的制約から逸脱せず、その中に大人しく、慎み深く、控えめにおさまるが、その行動はあくまで自由で美しく見え、制約を感じさせない、というのが上品で、そうでないのが下品である。
「うぇー」と大声で驚いたらガタ落ちになる、驚くなら「おや」「あら」などと小声の下降調イントネーション(第26回)で驚くべし、というのは品の問題である。「うぇー」だけでなく、「おや」「あら」などと驚いても『神』ならガタ落ちで、そもそも驚くことじたいアウトというのが格の問題である。「げっへへ」と笑うのは悪いが「ふふふ」ならいいというのは品の問題で、そもそも笑うのはおごそかな『神』としてどうかというのは格の問題である。
つまり驚き方や笑い方という行動のやり方は品の問題であり、驚くこと、笑うことという行動それじたいは格の問題である。これに対して、文末の終助詞はこの両方に関わる。文末で終助詞「よ」を付けたりすると致命傷だ、『神』や、ゴルゴ13のような重厚な人物や、しかつめらしい顔でニュースを読み上げるアナウンサーは文末に「よ」を付けた瞬間にキャラクタが崩壊するというのは格の問題である。「よ」は悪くないが「ぜ」は悪い、はしたないというのは品の問題である。
『子供』はまず低いだろうと思えるのが格であり、『子供』も『深窓令嬢』から『小マダム』まで(第24回・第25回)、いろいろだと思われるのが品である。
文化的制約を破りはしないが、のびのびとした自由さが感じられず、どこかぎこちないという点で品がさほど高くない、格もあまりない、という品・格ともに中クラスの人間が『いい人』キャラなのかもしれない。
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◇この連載の中国語版と英語版
中国語版⇒角色大世界――日本
英語版⇒An Unofficial Guide for Japanese Characters
【筆者プロフィール】
定延利之(さだのぶ・としゆき)
神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL:http://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm
【編集部から】
「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。
地域語の経済と社会 第69回
2009年 10月 10日 土曜日 筆者: 山下 暁美地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第69回「もてなしの方言(北東北地方)」
今回は、「もてなしの方言」のシリーズ最終回になります。次回から「おいしい方言」と題して、味覚に関わる各地の方言の使用例をとりあげ、連載する予定です。楽しみにしてください。
さて、北東北地方で、とりあげる最初の例は、「来さまい!下北共和国」(かさまい!・来てください・第37回参照【写真1】で)す。A4判のむつ市の宣伝冊子の左上に小さく書かれていた方言です。小さくてほとんど気付かない大きさで研究者泣かせです。私の古いカメラで撮った(腕はいいはず?)ものをやっと拡大してご紹介します。下北には、ほかにも「来てください」にあたる言い方があって、「来さまい」「来さいん」「来せ」の順に丁寧度が下がります。
次の例は、弘前市を訪れた際、津軽絵作者の山内和人さんじきじきに買った絵葉書に書かれていた方言です。ご本人から承諾を得たこともあってご紹介します。「来いへ来いへ福の神 来いへ来いへイイものみんな こっつぁ 来いへ」(おいで おいで 福の神 おいで おいで 良いものは みんな こっちに おいで【写真2】)と書かれています。良いものは、みんな「来いへ」とまねいているのでとりあげました。相手に丁寧に求める言い方で、「見でけへ」(見てください)のような例もあります。
「きてたんせ」(来てください【写真3】)は、秋田県わか杉国体支援協議会2007が作成した宣伝の文句です。秋田県では、「ごめんして、たんせ」(訪問先で帰るときの挨拶)や、「見てたいや」(見てください)など、「ください」の意味を表す「たい」と、そこから派生した「たんせ」が使われます。
「きてけろ」(来てください【写真4】)は、モリアオガエルのキテケロ君が八幡平の見どころを案内しています。岩手県盛岡市の例です。「けろ」は、「ける」(くれる)が元の形ですが、「けな」(やるな)、「けない」(やらない)などの言いかたがあります。「おでゃんせ」【写真5】(岩手県)はすでに、田中宣廣さんが第31回、41回など数回にわたって書いています。けれどもその表現、表記は、驚くほどバラエティーに富んでいます。
北海道は、未発見です。
| もてなしの方言(北東北地方) | |||
|---|---|---|---|
| 写真1 | 来さまい! | むつ市 | 青森県 |
| 写真2 | 来いへ | 弘前市 | |
| 写真3 | きてたんせ | 秋田県 | |
| 写真4 | 来てけろ | 盛岡市 | 岩手県 |
| 写真5 | おでゃんせ | ||
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【筆者プロフィール】
言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

山下暁美(やました・あけみ)
明海大学外国語学部・大学院応用言語学研究科教授。博士(学術)。
専門は、日本語教育学・社会言語学。研究テーマは、移民百年を迎えた、ブラジル、アメリカ合衆国などにおける日本語の変化、外国人の日本定住化による共生時代の日本語教育政策。
著書に『書き込み式でよくわかる日本語教育文法講義ノート』(共著、アルク)、『海外の日本語の新しい言語秩序』(単著、三元社)、『スキルアップ文章表現』(共著、おうふう)、『スキルアップ日本語表現』(単著、おうふう)、『解説日本語教育史年表(Excel 年表データ付)』(単著、国書刊行会)、『ふしぎびっくり語源博物館4 歴史・芸能・遊びのことば』(共著、ほるぷ出版)などがある。
【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載の始まりです。
この連載への質問、また「ここでこんな方言みやげ・グッズを見た」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「地域語の経済と社会」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。
『フランスAOCワイン事典』刊行記念イベント報告
2009年 10月 9日 金曜日 筆者: 辞書ウェブ 編集部
10月2日(金)の18時30分~22時、TSUTAYA TOKYO ROPPONGIにて、『フランスAOCワイン事典』刊行記念ミニ試飲会を行いました。
編者である佐藤秀良先生と須藤海芳子先生のアドバイスを聞きながら、コトー・デュ・トリカスタンやボルドーなど、事典で紹介されているAOCワインを試飲していただくイベントです。10分程度のセミナーも全部で3回開催しました。
セミナーでは、「ワインの特徴」や「テロワール」の執筆をご担当された佐藤先生が、ボルドーとブルゴーニュの飲み比べや、ボージョレーのクリュの飲み比べなど、テイスティングの基礎をお話しくださいました。右手と左手にボルドーとブルゴーニュを持って、色、香り、味わいを比較してみると、事典に書いてある通りの特徴が実感できます。
ボージョレーの飲み比べでは、製造方法による味わいの違いを丁寧にご説明くださったうえで、日本ではまだ認知度の低いヌーヴォー(新酒)以外のボージョレーの魅力もご紹介くださいました。
主にワインにまつわるエピソードをご執筆くださった須藤先生は、AOCという制度がいかに厳しいものであるか、「シャンパーニュ」訴訟の例をあげてわかりやすく説明してくださいました(詳しくは須藤先生のコラムをご参照ください⇒コラムへ)。また、ピカソやナポレオンのエピソードを例にあげ、ワインが造られた土地の文化や歴史などを知ることで、ワインを飲む時間がいっそう豊かで楽しくなるというお話をしてくださいました。
プロのアドバイスを聞きながらワインを試飲する機会はあまりないせいか、お客様が熱心に先生方のお話を聞いていらっしゃるのが印象的でした。セミナーの後では、会場にいらっしゃる先生方に直接質問をすることができましたので、ワインについての知識を深めていただけたことと思います。また、イベントを通して「ワインを片手に楽しむ事典」という本書のコンセプトをみなさまにお伝えできたのではないかと思います。当日ご来店いただいたみなさま、ありがとうございました。たくさんの方々にご来場いただき、盛況のうちにイベントを終了することができました。
なお、このイベントは株式会社日本リカーの協賛により開催されました。
* * *
◆原産地を名乗れる400種あまりのフランスAOCワインのほとんどを網羅した待望の事典。
◆産地の歴史・文化や、ワインの特徴、テロワールについて詳細に解説。
◆ブドウ品種などデータも充実。
◆付録には、産地地図、用語集、地質年代表など。
◆アルファベット順索引、五十音順索引つき。
◆ボトル画像つき。4色刷。
フランスAOCワイン事典
監修:小阪田嘉昭 編:佐藤秀良・須藤海芳子・河 清美
AB判 416ページ 5,250円(本体5,000)円
ISBN 978-4-385-16220-1
詳しい情報は⇒『フランスAOCワイン事典』のページへ
見本ページは⇒『フランスAOCワイン事典』内容見本へ
人名用漢字の新字旧字:「亜」と「亞」
2009年 10月 8日 木曜日 筆者: 安岡 孝一第44回 「亜」と「亞」
新字の「亜」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「亞」は人名用漢字なので、子供の名づけに使えます。つまり、「亜」も「亞」も出生届に書いてOK。でも、「亜」と「亞」の間には、微妙なせめぎあいの歴史があったのです。
漢字制限に関する審議をおこなっていた国語審議会は、昭和17年6月17日、文部大臣に標準漢字表を答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、 2528字が収録されていました。この2528字の中に、旧字の「亞」が含まれていました。しかし、新字の「亜」は、標準漢字表には含まれていませんでした。
ところが、昭和21年4月27日、国語審議会に提出された常用漢字表1295字には、「亞」も「亜」も収録されていませんでした。これに対し、文部省教科書局国語課は8月2日、常用漢字に関する主査委員会において、新字の「亜」の収録を提案しました。しかし、主査委員会は8月27日の会議でこれを否決し、代わりに旧字の「亞」の収録を決定しました。また、10月1日に主査委員会は、表の名称を、常用漢字表から当用漢字表へと変更しました。この結果、昭和21年11月16日に内閣告示された当用漢字表1850字には、旧字の「亞」が収録されていて、新字の「亜」はどこにもありませんでした。ただし、当用漢字表のまえがきには「字体と音訓の整理については、調査中である」と書かれていました。
字体の整理をおこなうべく、文部省教科書局国語課は昭和22年7月15日、活字字体整理に関する協議会を発足させました。教科書に用いる活字字体を整理すると同時に、一般社会で用いられる活字字体をも整理しようともくろんだのです。活字字体整理に関する協議会は、昭和22年10月10日に活字字体整理案を国語審議会に報告しました。活字字体整理案では、「亞」を「亜」に整理することが、再び提案されていました。
活字字体整理案を受け、国語審議会では、「亞」を「亜」に整理する方向で議論が進みました。この間、昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が、当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には、旧字の「亞」が収録されていたので、「亞」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。一方、国語審議会は昭和23年6月1日、当用漢字字体表を答申します。当用漢字字体表では、旧字の「亞」の代わりに新字の「亜」が収録されていました。昭和24年4月28日に当用漢字字体表が内閣告示された結果、新字の「亜」が当用漢字となり、旧字の「亞」は当用漢字ではなくなってしまいました。
当用漢字表にある旧字の「亞」と、当用漢字字体表にある新字の「亜」と、どちらが子供の名づけに使えるのかが問題になりましたが、この問題に対し法務府民事局は、「亞」も「亜」もどちらも子供の名づけに使ってよい、と回答しました(昭和24年6月29日)。その後、常用漢字表の時代になって、新字の「亜」は常用漢字になりましたが、一方、旧字の「亞」はそれまで子の名に使えてきた経緯を踏まえて、人名用漢字となりました。この結果、現在に至っても、新字の「亜」と旧字の「亞」の両方が、子供の名づけに使えるのです。
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【筆者プロフィール】
安岡孝一(やすおか・こういち)
京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。
京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)、『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。
http://slashdot.jp/~yasuoka/journal で、断続的に「日記」を更新中。













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2007年









