2009年 11月 のアーカイブ
かこつけて(1)―一葉と漱石の「橋」―
2009年 11月 30日 月曜日 筆者: 新井 皓士クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(72)
樋口一葉に『十三夜』という短編小説がある。『たけくらべ』『にごりえ』に次ぐ佳作とされ、主情的ではあるが、社会変動の著しい明治中期の世相を連綿たる擬古文で書き残している。タイトルは、「中秋の名月」とならび賞玩される「後の月(十三夜)」、その片方だけ供え物をするのは片月見として忌む慣わしもあったそうな。因みに新暦ではあるが今年2009年10月は、中秋の名月と十三夜が同じ月の始めと終りにくる、かなり珍しい月でもあった。
さて話は、美しいが平凡な娘「お関」が、身分違いの高級官吏に偶然見初められ、躊躇つつも結局その「奥様」となり「お屋敷」暮らしをするようになりはした、ところが跡継ぎが産まれてからは手のひらをかえしたようなむごい夫の仕打ち、裏切りにいたたまれず、7年目の「後の月」の夜、しがない暮らしの父母の家に密かに逃げ帰るところから始まっている。「婚活」やら「肉食系」などという言葉がはやる今からいえば何とも消極的で一方的に弱い女性の立場のようだが、なにしろ「青鞜」以前、華族士族平民などと戸籍に記録された時代のことである。両親はむろん娘の「出世」を望外の幸せと喜んでいた。
とはいえ事情を詳しく聞くや、娘可愛さに母親は憤慨してまくしたてる。その言葉の中に「人橋たててやいやいと貰いたがる……」という文句があったのだ。それまでぼんやり活字をおっていた僕はおやっと思った。「人柱」とか(東西の)「掛橋」とかいう言葉には時々出くわすが、「人橋」というのは初めだったこと、それに、暫く前から気には掛かりながら追跡不調で放置していたドイツ語の表現を思い出したのである。
それは漱石が体調や精神的変調著しく新聞連載中に一度中断し、後に書き足した『行人』第4部「塵労」に出てくる文言で、いわく、「人から人へ掛け渡す橋はない(Keine Brücke führt von Mensch zu Mensch.)」。どうです、いかにもいかにもで、ちょっと気になる科白ではありませんか?
手元の古い版の注には「ドイツの諺」とあるが、K.F.W.Wanderの5巻本諺辞典をみても、Grimmその他2,3の辞典類をみても見当たらず、親友のハーバーマイアー君に聞いてもどこか地方の諺かもしれぬが自分は知らないという。漱石は弟子の小宮豊隆相手に独逸語に取り組んでいたし、Neue Rundschau なども覗いていたから、どこかで見つけ印象的に利用したのだろうから、あえて出典など問わずともいいようなものの、気になりだすと気になるもの、とりあえずインターネットで調べてみたら用例が4つ見つかった。といっても、そのうちの一つはローゼンツヴァイクの『救済の星(Der Stern der Hoffnung)』(1921) なる哲学書を引用する論文であるから、実質的には3例というべきだろう。
ローゼンツヴァイクは、知る人ぞ知る、ハイデガーと並ぶ現象学的実存(ないし先験)哲学の嚆矢ともみなされる存在で、その主著『救済の星』は英仏伊西など主要言語の翻訳はもちろん、最近は日本語の翻訳も出ているそうだ。ユダヤ系ドイツ人で大学の講壇を蹴ったせいもあってか、ハイデガーほど著名にはならなかったが、著作権問題は生じない没後70年を経て、フライブルク大学図書館が電子図書として公開している。僕もこれによって少し覗いてみたが、確かに上の文言が2度出てくる。しかし、文章は明晰なのだが、いかんせん門外漢にはチンプンカンプンだ。なんでも、神(Gott)と世界(Welt)と人間(Mensch)を互いに切り離せない三要素(Elemente)とみなし、論じ来たり論じ去って旧約聖書的な救済思想に至るらしいのだが、興味ある御仁は原文に当たるか翻訳書と格闘してほしい。僕はくじけかける途中で気づいてしまったのである、この書が世に出た頃(1921)には漱石はすでに泉下の人であったし、『行人』を書いたのは大正2(1913)年のことであったから、この文言の出典ではありえないことに。それに『グリトリ書簡集』(Gritli < Margrit Rosenstock-Huessy)と呼ばれる往復書簡集で、当のローゼンツヴァイクがこの文言を使いながら、「誰だかはっきりしないが、どこかに書いてあった」(1918.4.23)と言っているのである。
いま一つの用例はリヒァルト・フォスという人の『人二人(Zwei Menschen)』という長編小説にあった。主舞台は南チロル、激流アイザックでの救助をきっかけに愛し合うようになった若い男女貴族が、母親の信仰ゆえ男は聖職者に変身したため、永遠に結びつけない運命となる。「隔ての崖淵に二人は立つ。差し伸べる腕は空しく空を掴み、身にしみて知るはただ人間:男と女の大いなる悲劇である。人二人が一になることはできない、『人から人へ掛け渡す橋はない』ゆえに」、とまぁ『草枕』の画工風にさわりを訳してみたが、この作が世に出たのは1911年、当時40万部も売れたそうだから、何らかのきっかけで漱石の目にふれたかもしれない。といっても相当長い小説であるから全巻の半ばあたりに出てくるこの文言を直接そこから書き抜いたとも思えないのだが。日記・断片や書簡集にはヒントがみつからなかった。『行人』に出現する格言風ドイツ語(「孤独よ……」)の他の例は、ニーチェの『ツァラトゥストラ』からの引用であることは明らかである。
お関の母親のいう「人橋」が、仲に人をたてて、の意味であることはいうまでもない。一葉の日記にはまたこんな歌もある。「たちまよふ 市(いち)のちまたの 塵のうちに つれなくすめる 月のかげ哉」。女ながらに戸主として、母と妹、そして己が身を養わんがため、悪戦苦闘する「晩年」、数えで23、満で21歳の頃の作である。
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【筆者プロフィール】
新井 皓士(あらい・ひろし)
放送大学特任教授・東京多摩学習センター所長 一橋大学名誉教授
専門はドイツ文学・文体統計学
『クラウン独和辞典第4版』編修委員
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【編集部から】
2008年2月に『クラウン独和辞典』(第4版)が刊行されました。日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。
日本語社会 のぞきキャラくり 第67回 『男』と「だ」
2009年 11月 29日 日曜日 筆者: 定延 利之『男』と「だ」
『男』と『女』で違うのは文(第66回)だけではない。ここでは文節について見てみよう。
『男』が助動詞「だ」と結び付きやすいということは、文についても「雨だ」と「雨」のペアなどを挙げて示した通りである。だが、文節ではこれがさらにハッキリする。たとえば「弁護士が、財産を、…」などとしゃべる話し手は特に『男』でも『女』でもないが、「弁護士がだ、財産をだ、…」のように助動詞「だ」を付けてしゃべるのは『男』である。
いまは「弁護士がだ、」のように、文節が助動詞「だ」で終わっている例を挙げたが、「だ」の直後に間投助詞が付く場合もほぼ同様である。といっても、「弁護士がださ、」がおかしいように、間投助詞「さ」はそもそも助動詞「だ」と共起しないので、間投助詞「さ」については特に何も言えない。このように間投助詞は一つ一つの個性が無視できないので、以下では「さ」以外の主な間投助詞(「ね」「な」「よ」)を個別に取り上げる。
まず間投助詞「ね」について。「弁護士がね、財産をね、…」などとしゃべる男性はめずらしくもないが、このしゃべり方は『男』っぽくない。だが、助動詞「だ」を入れて「弁護士がだね、財産をだね、…」と言うのは『男』である。
次は間投助詞「な」である。「弁護士がね、」と比べれば「弁護士がな、」はずっと『男』っぽいが、これはあくまで傾向に過ぎない。たとえば老いた母親が子にゆっくり話して聞かせてやる場合、「弁護士がな、…」というしゃべり方はまったく不自然というわけではないだろう。ところが、助動詞「だ」を入れて「弁護士がだな、財産をだな、…」の形にするともはや話し手は『男』でしかなくなる。
間投助詞「よ」の場合はイントネーションが重要になる。そもそも、間投助詞が付く付かないにかかわらず、文節には少なくとも2通りのイントネーションがある。その1つは文節末を急上昇させるイントネーションで、もう1つは戻し付きの末尾上げ(第14回)、つまり文節末でポンと高くして、その後下げる方法である。間投助詞「よ」の場合、この2つのイントネーションの違いが『男』と『女』を分ける。
たとえば「弁護士がよ、財産をよ、…」を、文節「弁護士がよ」「財産をよ」それぞれの末尾「よ」でイントネーションを急上昇させて発音するのは、『女』のしゃべり方である。また、「弁護士がよぉ、財産をよぉ、…」のように書き分ければ察しがつきやすくなるだろうか、文節の末尾でイントネーションをまずポンと高くし(「よ」の部分)、次いで下降させる(「ぉ」の部分)のは『男』のしゃべり方である。ところが助動詞「だ」を付けると、もはや『女』の可能性はなくなる。「弁護士がだよ、財産をだよ、…」と話すのは『男』でしかない。文節が急上昇調でしか発せられないにもかかわらず、である。
このように「さ」以外の主な間投助詞「ね」「な」「よ」を観察すると、間投助詞ごとに違いがあるとはいえ、助動詞「だ」と『男』が結び付くことは皆同じである。
え、「主な間投助詞」というのが気になります? 「主な」と断る以上、「主」でない間投助詞もあるんだろう、ですか?
げっへへ、旦那にはかなわねえや。けど、今回は紙面が尽きちまった。次回お話しいたしやしょう。
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◇この連載の中国語版と英語版
中国語版⇒角色大世界――日本
英語版⇒An Unofficial Guide for Japanese Characters
【筆者プロフィール】
定延利之(さだのぶ・としゆき)
神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL:http://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm
【編集部から】
「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。
地域語の経済と社会 第76回
2009年 11月 28日 土曜日 筆者: 田中 宣廣地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第76回「出雲弁」

【写真1】「だんだん」=ありがとう(松江市)

【写真2】思い出に「だんだん」(奥出雲町)
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【写真3】「レンタカーあーよ」(松江市)

【写真4】「八百万の神にも出雲弁で」(出雲市)

【写真5】「方言菓子『だんだん』」
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【写真6】「松江市営『出雲弁バス』」(松江市)
(クリックで他の面も表示)
今年は,松本清張生誕100年です。清張の長編小説『砂の器』は,現在の島根県奥出雲町の方言が被害者の手がかりとして使われました。(ただし,注意すべき部分もあります)
島根県の出雲弁における言語の商業的利用についてご紹介しましょう。
[1]「だんだん」。
NHKの朝の連続テレビ小説の題名にもなりました。「ありがとう」の意です。第71回の「おしょうしな」も「ありがとう」でした。この意味の方言は,商業的利用がしやすいようです。たくさんありました。メッセージ【写真1】はもちろんのこと,方言ネーミング【写真2】にも多く使われています。
※「奥出雲古民家暖々」では,案内の方から「ヨージンシテ」(お気を付けてどうぞ)と出雲弁で送られました。直接話していただいて「だんだん」という気持ちです。
[2]方言メッセージ(「だんだん」以外のもの)。
松江駅前のレンタカー営業所の「レンタカーあ~よ 借りに来ないやぁ」【写真3】と,出雲大社の「知っちょなはーますか?」(知っていらっしゃいますか?)【写真4】です。文によるものなので,この方言の感じが伝わりますね。
[3]方言菓子。
各地にある,方言の印字された菓子です。クッキーとまんじゅうです【写真5】。クッキーには8種の方言が印字され,共通語訳も付いています。
えなげな(へんな),おんぼらと(ほのぼのと),たばこする(休けいする),だんだん(ありがとう),ちょんぼし(少し),ばんじまして(夕方になりました),ほんそご(かわいい子),まめなかね(元気ですか)
[4]松江市営“出雲弁”バス。
「だんだん」のほか,車体の左右と後方に,方言がたくさん書かれてあります。圧巻です【写真6】。
《謝辞》今回の【写真4】は,樋渡登先生(都留文科大学教授)よりご提供いただきました。ここに記しまして感謝の意を表します。
* * *
〔補遺〕
第66回「世界最小の方言グッズ」の関連する例を補足します。
ロッテ「コアラのマーチ」です。
「おおきに」と書かれて【写真7】,箱の差込(外からは見えない)に解説が付けられてあります。
ちなみに,どの箱にも入っているのでなく,なかなか出逢えません。(私の場合,5箱目に2箇入っていました。差込とも関連はしていないようです)
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【筆者プロフィール】
言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)
田中宣廣(たなか・のぶひろ)
岩手県立大学 宮古短期大学部 准教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,地域の自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『近代日本方言資料[郡誌編]』全8巻(共編著,港の人)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。『Marquis Who’s Who in the World』(マークイズ世界著名人名鑑)掲載。
【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載。
この連載への質問、また「ここでこんな方言みやげ・グッズを見た」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「地域語の経済と社会」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。
明解PISA大事典:フィンランドの社会と教育事情
2009年 11月 27日 金曜日 筆者: 北川 達夫第25回 フィンランド紀行5
このところ「フィンランド紀行」と銘打ちつつ、実際にはフィンランド教育の概要について紹介してばかりいたので、今回は今次の訪問によって明らかになったことについて紹介することにしたい。
最も目についたのは「少子化」の影響である。フィンランド社会も、他の先進国と同様に少子化に悩まされている。フィンランドの学校では児童・生徒数に応じて予算が比例配分されるため、児童・生徒数の減少は学校経営を直截的に悪化させる。それでも国や自治体の財政状況が豊かならば大した問題にはならないのだが、フィンランド経済は昨年のリーマン・ショックからまだ立ち直れていないようで、現在でも毎週のように大企業が大規模リストラの実施を発表している。国や自治体の財政状況の悪化により教育予算が減らされる一方で、現時点では物価は上昇傾向にあるため、どこの基礎学校の台所事情もまさに火の車であった。あちこちの学校の校長先生が「実際にかかるお金は児童・生徒の数が多かろうが少なかろうが大して変わらない。それなのに児童・生徒数に応じて予算を比例配分するとはひどい制度だ」と嘆く姿は哀れであった。
学校選択の可能な都市部の学校では状況はより深刻である。各校が特色を出すことによって児童・生徒を集めようとするのだが、前回も紹介したように「児童・生徒の能力適性に応じた自己実現が重視されているため、高校や大学に進学することが『望ましいコース』とはあまり考えられていない」ので、進学率の高さを売り物にすることはできない。そういうことは保護者の間で噂にすらならない。外国語の授業時数の多さや、自由選択科目の選択肢の多さを売り物にしたり、芸術科目に特に力を入れていることを売り物にしたりするのがやっとのところ。それで児童・生徒を集めることに成功したとしても、少子化がどんどん進んでいるため、児童・生徒数の減少を食い止めるのがやっとのところ。そこそこの人気校の校長先生が「わが校の児童・生徒数はこの10年で2割しか減っていない」と自慢する姿は哀れであった。
児童・生徒数が大幅に減ってしまった学校では、学校予算も大幅に減額され、最低限の施設管理すらままならない。ある学校では通風の悪さによる結露に悩まされているのだが(1)、児童・生徒数の少なさを理由に何年たっても補修の予算をつけてくれないことに困っていた。また、ある学校では男子トイレが壊れたのだが(2)、児童・生徒数の少なさを理由に修理の予算をつけてくれないため、ここ半年にわたって男子トイレが使えないままであるという。そこの校長が地域の教育委員に向かって「学校の基本はトイレである」と力説する姿は哀れであった。
もうひとつ。第21回でフィンランドの教育は「女子向きのシステム」と呼ばれていると書いたが、このことから男子に対する「ひいき」が問題になっているようである。同じ「でき」ならば、男子に高い評価点を与えるというのである。フィンランドでは4~10の7段階で成績評価するが、同じ「でき」ならば女子には「7」を、男子には「8」を与えるというのである。フィンランドの学校では、すべてのペーパーテストに素点と評価点の対照表がついているため(3)、ペーパーテストでの「ひいき」はできない。だが、レポートや作文などの提出課題であれば、そもそも素点はなく、単に4~10の評価点のみをつけるため「ひいき」が可能になるのである。これについてフィンランド教育省の偉い人は「そういう気分があることは承知しているが、現実に『ひいき』はしていないはずだ」と強く否定していたが、少なくとも「気分がある」ことだけは認めていたから、それが多少は結果に反映することもあるのかもしれない。
* * *
(1) 校舎内の結露はフィンランド各地の学校が悩まされている問題である。古い校舎の場合、保温性を重視するぶん、通風が悪くなってしまうらしい。結露を防ぐには全面的な改修が必要なため、莫大な費用が必要であるうえ、半年から一年くらいは校舎が使えなくなるので、とにかく被害は甚大なのである。
(2) 生徒によって壊されたらしいが犯人は特定できず。犯人が特定されれば、その保護者が修理の費用を出さなければならない。
(3) たとえば30点満点のテストであれば、28~30点は「10」、26~28点は「9」、21~26点は「8」というように、素点と評価点の対照表が付けられている。学校で行なわれるすべてのテストの素点と評価点は公開されており、保護者は自分の子どものみならず、ほかの子どもの素点と評価点を閲覧することもできる。
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【プロフィール】

北川達夫(きたがわ・たつお)
教材作家・教育コンサルタント・チェンバロ奏者・武芸者・漢学生
(財)文字・活字文化推進機構調査研究委員
日本教育大学院大学客員教授
1966年東京生まれ。英・仏・中・芬・典・愛沙語の通訳・翻訳家として活動しつつ、フィンランドで「母語と文学」科の教科教育法と教材作法を学ぶ。国際的な教材作家として日芬をはじめ、旧中・東欧圏の教科書・教材制作に携わるとともに、各地の学校を巡り、グローバル・スタンダードの言語教育を指導している。詳しいプロフィールはこちら⇒『ニッポンには対話がない』情報ページ
著書に、『知的英語の習得術』(学習研究社 2003)、『「論理力」がカンタンに身につく本』(大和出版 2004)、『図解フィンランド・メソッド入門』(経済界 2005)、『知的英語センスが身につく名文音読』(学習研究社 2005)、編訳書に「フィンランド国語教科書」シリーズ(経済界 2005 ~ 2008)、対談集に演出家・平田オリザさんとの対談『ニッポンには対話がない―学びとコミュニケーションの再生』(三省堂 2008)、組織開発デザイナー・清宮普美代さんとの対談『対話流―未来を生みだすコミュニケーション』(三省堂 2009★新刊★)など。
『週刊 東洋経済』にて「わかりあえない時代の『対話力』入門」連載中。
* * *
【編集部から】
学習指導要領の改訂に大きく影響したPISAってなに?
PISA型読解力ってどんな力なの?
言語力、言語活動の重視って? これまでとどう違う?
現代の教育観は変わってきたのか。変わってきたとしたら、そこにどんな経緯があるのか。
国際的に活躍する教材作家である北川達夫先生がやさしく解説する連載「明解PISA大事典」。金曜日に掲載しています。
間投詞ohとah―『英語談話表現辞典』覚え書き(9)―
2009年 11月 26日 木曜日 筆者: 内田 聖二前回は元来ことばになっていなかった音から文字化された間投詞について述べました。今回は同じような成立過程をもつohとahについて考えてみます。(ahは残念ながら立項していませんでした。機会があれば補足したいと思います。)
日本語でもなんらかの状況を前にして反射的に出る語に「あっ」とか「えっ」、あるいは「あれ」「おや」といった間投詞があります。ohとahはその使い方に似ています。次は本辞典のohの語義4の記述です。
4 まあ, あらっ, えっ, ああ, 何と(◆予想しなかったことを見たり聞いたりしたことに応答する強い感情表現. 音の長短・イントネーションの変化が伴う) 《感嘆して》 Oh, aren’t those flowers lovely! まあ, あの花, 何てきれいなんでしょう! / 《同情して》 Oh, I’m really sorry to hear that. まあ, それは本当にお気の毒ですね
対応するahの用法としては次のようなものがあります。(用例は三省堂コーパスから改変。)
《ホテルの窓から外を見て》Ah, beautiful. Just as he promised. あー、ほんとにきれい.彼が言ってたとおりだわ.
この用法が基本的な使われ方ですが、これらの語はこのような直接感情表現として用いられるよりも、むしろ前回言及しました談話辞として働く場合のほうが多くみられます。いくつかあるなかで本辞典から次の語義に注目してみましょう。
6 〈知らなかったことを知ったとき〉えっ, まあ, そうなの? “She is going to marry next month.” “Oh, really? I’ve never heard of that.” 「彼女来月結婚するんだよ」「えっ, そうなの? 初耳だわ」.
ここでのohは前言の内容を知らなかった、予想していなかったという含みがあります。それに対して、ahには、ohとは対照的に、耳にしたことが予想外のことではなく、一時的に意識のなかになかったことを含意する用法があります。
‘Why are there so many people today?’ ‘The Shosoin Exhibition has just started.’ ‘Ah, that accounts for it.’ 「今日はなんでこんなに人が多いのだろう」「正倉院展が始まったんだよ」「そうか、それでか」
ここでahが使われているのは、それまでまったく知らなかったことが伝えられたのではなく、既存の知識にあったもののなかから思い出したことを暗示しています。
このようにみてみますと、基本的用法である、驚きを表すohとahにもそのようなニュアンスの違いが感じられることがわかると思います。上のohの語義4の用例では、その注記にありますように、思っていなかったことに対する驚きを表しているのに対し、ahの最初の例は、「彼」からあらかじめ教えてもらっていたとおりのことであったという、想定の範囲内のことを示しています。
辞書でohとahいずれの語を引いても「あっ」とか「えっ」、あるいは「あれ」「おや」という日本語が目につきますが、相互に言い換えることはできない場合が多いのです。「あっ」と「えっ」の例で言えば、外出先で財布を忘れたのに気がついて、「あっ、財布忘れた!」、登校して1時間目が試験ということがわかって、「えっ、今日試験だった?」と言いますが、それぞれの状況で互いの間投詞を言い換えることはできません。(ちなみに、後者の例で「あっ」を使うと、忘れていたという含みが出てくるでしょう。)
日本語を学んでいる外国人にとって日本語の間投詞を適切に使いこなすことが難しいように、我々日本人にとっても英語の間投詞を正しく使うことは至難の業ですが、基本的な違いを知っておくと多少なりともその微妙な違いを理解するのに役立つはずです。
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【筆者プロフィール】
内田聖二(うちだ・せいじ)
奈良女子大学教授
専門は英語学、言語学(語用論)
主な業績:『英語基本動詞辞典』(1980年)研究社(小西友七編、分担執筆及び校閲)
『英語基本形容詞・副詞辞典』(1989年)研究社(小西友七編、分担執筆及び校閲)
『英語基礎語彙の文法』(1993年)英宝社(衣笠忠司、赤野一郎と共編著)
『関連性理論-伝達と認知-』(初版1993年、第2版1999年)研究社(共訳)
『小学館ランダムハウス英和大辞典』(第2版1994年)小学館(小西友七・安井稔・國廣哲弥・堀内克明編、分担執筆)
Relevance Theory: Applications and Implications, 1998, John Benjamins.(Robyn Carstonと共編著)
『英語基本名詞辞典』(2001年)研究社(小西友七編、分担執筆及び校閲)
『ユースプログレッシブ英和辞典』(2004年)小学館(八木克正編集主幹、編集委員)
『新英語学概論』(2006年)英宝社(八木克正編、共著)
『思考と発話』(2007年)研究社(共訳)
『子どもとことばの出会い』(2008年)研究社(監訳)
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【編集部から】
語用論的な情報をふんだんに盛り込んだ、日本発の本格的な発信型会話・談話表現辞典、『英語談話表現辞典』について、編者の内田聖二先生にご紹介いただきます。
書籍購入者は、http://dce.dual-d.netにて本辞典の全データを収録したウェブ版辞典を無料で使用できます。
漢字の現在:「腐」の字嫌いの拡大と他の漢字圏
2009年 11月 26日 木曜日 筆者: 笹原 宏之漢字の現在 第52回 「腐」の字嫌いの拡大と他の漢字圏
「豆腐」を「豆富」と表記すること(前回)については、気付いていない人が案外多い。東京でも「くさる」を「とむ」に替えた「豆富」や、それを異体字に換えた「豆冨」は、もちろんスーパーや商店で、ときどき見掛けるようになっている。特に居酒屋などチェーン店のメニューでは、それらが席巻している感がある。
ただ、薄暗い飲み屋で、酔った眼ではそういうものをじっくりと読み込むこともなかろう。注文を決める行為は、表記に込められた作家の繊細な意図まで読み取ろうとするような小説の熟読とは目的が大いに違うこともあって、そうした表記が見過ごされることが多いのだろう。気づいても、しゃれと流せるような場面でもあるためか、意外と印象に残っていないという人が多いのだ。
むろん酔眼ではなくとも、「見れども見えず」の状態となっているのは、人が文脈を眺めつつ、一目で文字列を大づかみに理解し(字の込み入り方はさほど劇的には変化していない)、一つの語として意味を取っているためであり、それ自体は悪いことでも何でもない。ただ、なまじ文字の違いに気が付いて、「豆富」は「豆腐」とは全く別の品だろうと思い込んでいる人もいるので、せっかくの注文の機会を逸してしまうなんてことも起こる。さすがに店を代表する看板に、大きく記す店名にまで用いようとは、島根県外ではあまりならないようだ。
近ごろまた政策上の理由から変化をしいられた国立国語研究所だが、その所員で松江出身の方に興味深いお話をうかがえた。氏は子供の頃、「トウフ」は「豆富」と書くと思い込んでいて、実際にそう書いていたという(本当のことだからこの連載に名前も書いて良いとも言ってくれた)。教科書で「豆腐」という表記を見た時、なぜかと思ったという。
市内で、まだパックに入ったとうふなど、なかった当時、とうふ屋までとうふを買いに行っていたという。水槽の中で掌の上に載せて切り、僅かに角を崩しながら水中から掬う巧みな情景が目に浮かぶ。そうした表記と接触する機会の多い地理的に特色のある生活環境のなせるわざだ。理解表記の使用表記への遷移は自然に起こる。母上もどうして「くさる」なんだと、その「腐」の字について語っていらしたという。
「那覇」「京都」などの訛語のような存在である文字について、今までいくつも触れてきたが、やはりこうした俚言のごとき文字の方が一般には気づかれやすいのかもしれない。
「豆腐」と「納豆」は、名前だけが入れ替わったものだという俗説も、この字面にある「腐」への着眼の結果であろう。中国では「腐」に、やわらかい、ぶよぶよした、といった字義が生じていたともいわれる。一般の辞書には、「くさる」といった意味しか掲げられておらず、もし腐敗の意味を含まない用法による名称だとしても、それは原義から派生した結果か、比喩的に転用された結果なのであろう。
中国では、司馬遷が受けたあの「腐刑」としてさえもこの字が用いられた。それも意味は別であったとも囁かれることがあるが、ともあれ日本における上記のような漢字へのこだわりが中国で「豆腐」に発揮されることはなさそうだ。四川料理の「麻婆豆腐」も、本場ではそのままで、「豆富」は流行らない。現代の中国の人々は、そうした文字よりも先に「トウフ dou4fu」という語のほうを会話の中で耳から覚えるわけである。その発音に漢字をかぶせる、という感じらしい。そのためもあって、概して漢字というものをまずは中国語の発音を表す文字として、とらえようとする傾向がある。日本人が目にずいぶんと頼り、字義や字の醸し出す雰囲気をかなり重視することと大きな違いがあるように感じられる。
沖縄料理の「豆腐
(よう)」でも「富」に替えた新しい表記はあまり広まってはいない。また、韓国料理の「豆腐(두부 トゥブ)チゲ(찌개 鍋料理)」も、韓国内ではそもそもまずはハングル表記となっており、「ブ」(プ)とはどういう意味の語なのかという分析もなされなくなってきていることであろう。そして漢字で書くこと自体が稀となっているのだが、書こうとした時があっても同様だろう(なお、ベトナムでも「Đậu phụ」(ダウフ)として豆腐が食されている)。
それどころか、中国では発酵によって発せられるその特有の「におい」で有名な「臭豆腐」、水気と柔らかさが特徴の「豆腐脳」など、より直接的、即物的ともいえる語を表す漢字と組み合わせた名の食品が販売されている。それについて地元の人々に聞いてみると、そのネーミングにも漢字列にも何の違和感も感じられないのだそうだ。彼の国では概して明確な発想と表現が好まれており、それは良い悪いではなく、文化の根底にある部分のもつ差の一つの現れといえよう。
ただし、とうふではなく、ワインならばどうだろう。「貴腐ワイン」なんて記せば、「貴富ワイン」などとせずとも、前の字と後ろのカタカナ表記の語の効果が醸造のイメージとも重なり、マイナスイメージはすっかり打ち消され、逆に高級感すら感じ取れないだろうか。そう思ったら、「貴富ワイン」という表記も、語源を知ってか知らずか現れ始めている。「富貴」(フキ・フウキ・フッキ)を逆にしたようだ。
食品に過多に添加される防腐剤が問題になっているとも聞く。日本では、「腐」を避けることによる表記の変化は、まだまだ止まらないようだ。
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【筆者プロフィール】
笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)などがある。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。
【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「島根の「腐」らない「とうふ」」でした。
この連載への質問、また「ここでこんな字が使われていた」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「漢字の現在」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。
『三省堂国語辞典』のすすめ その95
2009年 11月 25日 水曜日 筆者: 飯間 浩明三国の説明、けっこう足で書いてます。

【恥ずかしくて赤くなる】
「顔が広い」「目に入れても痛くない」など、『三省堂国語辞典 第六版』には約4000の慣用句が入っています。「慣用」というからには昔から使われているようですが、新しい慣用句もあります。また、あまりにもなじみすぎているせいか、これまでの辞書に漏れていた慣用句もあります。『三国』では、そうした慣用句の発見に努めています。
変わったところでは、「赤くなる」という慣用句が載っています(1982年の第三版から)。こんなものが載るなら、「白くなる」「高くなる」など、何でも載せてよさそうですが、「赤くなる」は、特に恥ずかしいときの顔色について言うので、慣用句と認められます。「青くなる」も、おそれたり心配したりしたときに使う慣用句です。これらを載せたのは『三国』が最初ではありませんが、今出ている国語辞典の中では早いほうでしょう。

【どの口が言うのか】
今回の第六版でも、慣用句を増補しました。たとえば、「どの口が(で)言うのか」ということばは、まだ載せている辞書はあまりないはずです。こんなふうに使われます。
〈〔自分は自信がないくせに〕「私がついてます」って、どの口が言えたんでしょうか。〉(NHK「連続テレビ小説・ちりとてちん」2007.10.26 8:15)。
言いかえれば、「よくもずうずうしく言うものだ」ということです。この言い方は古く、尾崎紅葉『続金色夜叉』(1902年)にも、〈「間さん、貴方はその訳を御存無いと有仰るのですか、どの口で有仰るのですか」〉と出てきますから、辞書に載ってもいいことばです。

【足で書いた文章】
あるいは、「足で書く」(歩きまわって調べたことをもとに文章を書く)ということばもおもしろいと思うのですが、辞書にはあまり見えません。これも、今回の版に収録しました。『三国』の編集主幹だった見坊豪紀(けんぼう・ひでとし)も使っています。
〈「日本語の現場」という続きものは足で書いた、いい企画記事だと思います。(『辞書と日本語』玉川大学出版部 1977 p.137)
国立国語研究所の「『太陽』コーパス」では、1925年の記事に〈僕の紀行文だけは、これでほんたうに足で書くつもりで、〉とありますから、やはり古い言い方のようです。
最近よく使われる慣用句には、「空気を読む」などがあります。第六版では、「読む」の用例に「その場の空気を読む」を加えましたが、項目に立ててもよかったかもしれません。次の版で候補になりそうな新しい慣用句は、手元にけっこう集まっています。
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◆飯間先生の記事はここにも⇒「三省堂WebDictionary」ことばパティオ第8回「「串刺し」に堪える語釈でなければならない」
筆者プロフィール
飯間浩明(いいま・ひろあき)
早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)
【編集部から】
生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され、「【サンコク】メディアでの紹介」の記事にある通り、各方面で取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。
『枕草子日記的章段の研究』発刊に寄せて(15)
2009年 11月 24日 火曜日 筆者: 赤間 恵都子(15) 中関白家の子息たち~伊周(これちか)~
中宮定子の父 藤原道隆については以前少しお話しましたが、彼は容姿に優れた快活な男性であり、また大変な酒豪で、死因も飲酒が原因の糖尿病ではなかったかと言われています。この道隆の血を引いた息子達を紹介しておきましょう。
『枕草子』に登場して道隆の子息として認められる人物には、道頼、伊周、隆家、隆円がいます。このうち長男の道頼は他の兄弟とは母親が異なり、祖父 兼家の養子となっていました。清少納言は彼について、「にほひやかなるかたはこの大納言にもまさりたまへる(つややかに美しい様子は大納言伊周にも優っていらっしゃる)」と記していますが、父譲りの美男子だったようです。姿かたちだけでなく性格も良かった道頼は、残念なことに父の死の2ヶ月後に25歳で亡くなりました。
次に、正妻 高階貴子を母として生まれ、道隆の後継者として育てられたのが伊周です。定子より3歳年上で、父の威光によって若くして内大臣にまで昇進しました。派手やかな衣装を纏った彼の見栄えのする姿が『枕草子』に描かれています。
平安時代の美男美女に対する感覚で現代とやや異なると考えられている点の一つに、太っていることに対する評価があります。清少納言は、貴人に仕える若い従者については、身のこなしの軽い細身の男性を評価し、あまり太っているのは眠たそうに見えると書いていますが、若き人(身分のある若い人)、乳幼児、そして受領などの年輩者は、太っている方がいいと言っています。高貴な身分の男は、ふくよかで貫禄のある方が位の重みを感じさせたのでしょう。
その点、道隆は関白の地位に相応しい美丈夫として認められていたのですが、息子の伊周の場合は、どうも太り方の度が過ぎていたようです。『大鏡』には、伊周が太っていたため、内裏の狭い通路に押しかけた下人たちを素早く除けられず、仕切の塀に押しつけられたまま身動きがとれなくなって無様な姿を晒したという記事が書かれています。
教養の面では、漢詩を朗詠する伊周の姿が『枕草子』に度々取り上げられ、漢詩の実作も残っていますので、母 貴子の漢学の素養が彼に影響を与えたと考えられます。大柄な身体も朗詠には向いていたのでしょう。
一方、政治的な資質については、父関白の威光と妹中宮の存在がありながら、叔父である道長との権力争いに完敗するわけですから、人の上に立つ器ではなかったと判断されます。伊周に左遷の宣命が下された際の状況について、『枕草子』は黙して語りません。しかし、『栄花物語』には、検非違使(けびいし)が連行に来ても、いつまでも母や妹と手を取り合って泣いている、往生際の悪い伊周が描かれています。また、母親の危篤を知り配流地を密かに抜け出して定子の邸で再逮捕されるなど、情に脆く、自らの行動を客観的に把握できない面があると考えざるをえません。『大鏡』に「嬰児のやうなる殿(幼子のような殿)」と酷評されているのも頷けます。それも若い頃から父の加護の下で甘やかされて育ったためではないでしょうか。伊周は定子とは仲のよい兄妹でしたが、妹の方が指導者としての資質は勝っていたのかもしれません。
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【著者プロフィール】
赤間 恵都子(あかま・えつこ)
十文字学園女子大学短期大学部文学科国語国文専攻教授。博士(文学)。
専攻は、『枕草子』を中心とした平安時代の女流文学。研究テーマは、女流作家が輩出した西暦1000年前後の文学作品の主題や歴史的背景をとらえること。
【主要論文】
「枕草子研究の動向と展望―年時考証研究の視座から―」(『十文字学園女子短期大学研究紀要』2003年12月)、「『枕草子』の官職呼称をめぐって」(『枕草子の新研究―作品の世界を考える』新典社 2006年 所収)、「枕草子「二月つごもりごろに」の段年時考」(『百舌鳥国文』2007年3月)など。
【編集部から】

このたび刊行いたしました『枕草子日記的章段の研究』は、『枕草子』の「日記的章段」に着目して、史実と対照させ丁寧に分析、そこから清少納言の主体的な執筆意志をとらえるとともに、成立時期を新たに提案した『枕草子』研究者必読の一冊です。著者の赤間恵都子先生に執筆にいたる経緯や、背景となった一条天皇の時代などについて連載していただきます。(隔週掲載)
日本語社会 のぞきキャラくり 第66回 『女』と体言
2009年 11月 22日 日曜日 筆者: 定延 利之『女』と体言
『男』と『女』の「品」「格」について述べてきたが(第64回・第65回)、「品」「格」を別にしても―いや実は「品」「格」と結び付くことなのかもしれないが―『男』と『女』には大きな違いがある。それは、特に『女』だけが体言の文を好むということである。
たとえば、降り始めた雨に気が付いたという状況で「あ、雨」と言うのはふつう『女』か『子供』だろう。少なくとも『男』っぽい言い方ではない。文「あ、雨」は名詞「雨」を述語としており、名詞とは最も典型的な体言であるから、この文は体言の文である。
『男』なら、そもそも文の出だしで「あ」などと言うかという問題は措いても、この状況では「雨」よりは「雨だ」だろう。ここでは名詞「雨」に助動詞「だ」が付いており、それだけ文は体言の文らしくない。「特に『女』だけが体言の文を好む」とは、このようなことを指す。
外の天気を人に教えてやる場合も同じである。『女』なら「雨よ」と言うが、『男』なら助動詞「だ」を付けて「雨だよ」と言う。いや「雨だぞ」「雨だぜ」の方が『男』っぽいが、いずれにしろ「だ」が付いている。また、「外は雨だ」と言う人に同意する場合、『女』なら「雨ね」と言うが、『男』なら助動詞「だ」を付けて「雨だね」と言う。「雨だな」と言えばさらに『男』っぽいが、これも「だ」が付いている。(ここでは「よ」「ぞ」「ぜ」「ね」「な」の違いには触れない。)
「きれいな色」「大変な事態」のように、「きれい」「大変」は直後に「な」が付く点で名詞とは区別され、形容名詞などと呼ばれることがあるが、やはり同様である。「色がきれい」「まあ、大変」のように、『女』は体言の文をしゃべる。そもそも『男』が「きれい」などとロマンチックなこっぱずかしいことをしゃべるか、「大変」などと大騒ぎするか、という問題に目をつぶれば、「色がきれいだ」「大変だ」のように、『男』は「だ」を付けてしゃべる。
では、述語が動詞の場合はどうか。子供に「カマキリって飛ぶ?」と訊かれて、「飛ぶよ」と答えるか、「飛ぶのよ」と答えるか。『男』なら「飛ぶのよ」は難しく、「飛ぶのよ」は『女』に偏っている。動詞「飛ぶ」は最も典型的な用言、つまり体言とは対局にあるものだが、「飛ぶ」に「の」が付いて「飛ぶの」になると体言っぽくなる。
形容詞の場合も同様である。「これ、熱い?」と訊かれて答える場合、「熱いよ」と比べて、「の」が付いた「熱いのよ」は『女』っぽい。
『女』が文を体言らしくする手だては、「の」だけではない。今日は欠席だと告げた後で、頭が痛いと理由を付け足すところで「もん(もの)」を付けて、「今日は欠席よ。頭が痛いんだもん」のように言うのも、やはり『男』っぽくない。『男』なら「それは大変だ」と驚くところで「こと」を付けて、「それは大変だこと」と驚くのは『女』である。このように、『男』っぽさを減じ、『女』っぽさを増す「の」「もの」「こと」は、今では文末のことばとして通用しているが、「それはあの人のです」「それはあの人のものです」「それはあの人がしたことです」に見られるような名詞(あるいは準体助詞)としての性質も残しており、皆、体言としての性質が強い。
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◇この連載の中国語版と英語版
中国語版⇒角色大世界――日本
英語版⇒An Unofficial Guide for Japanese Characters
【筆者プロフィール】
定延利之(さだのぶ・としゆき)
神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL:http://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm
【編集部から】
「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。
地域語の経済と社会 第75回
2009年 11月 21日 土曜日 筆者: 大橋 敦夫地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第75回「信州・松本に、えべや!」

【スポーツプラザ ヤマトヤ】
その看板とロゴは、松本市内の老舗スポーツ用品店「スポーツプラザ ヤマトヤ」(松本市大手)の一角を占めています。
「えべや」は、「えぶ・えーぶ[=歩く]」の命令形に「や」がついたもので、「(歩いて)行こう」といった意味合いになります。この「や」は第15回で取り上げた「遊べや」の「や」と同じです。同じ音にかけて、この「や」の部分を「家」と表記しているのは、人が集まるお店を意図してのことだそうです。

【えべ家のロゴ】
また、ロゴが歩く人をイメージしているのも、ウォーキングシューズを扱うお店ならではの凝った部分です。
お店のご主人のお話では、先代が松本市の北方、安曇野のご出身で、よく「えんでく[=歩いて行く]」という語を使っていたとの由。地元への愛着をこめて、方言による命名とロゴの一工夫をされたとのことでした。
ちなみに、「えぶ・えーぶ」の語源をたずねると、「あゆむ(=一歩一歩の足取り。馬や人が一歩一歩足を運んでいく意)」にたどり着き、その変化の過程は、「あゆむ→あゆぶ・あよぶ→あいぶ・あえぶ→えーぶ」となります。第71回に登場の「あいべ[=(いっしょに)行こう]」と同類ですね。
お店でオススメのシューズを履いて城下町の散策に出ると、軽やかで何かいいことがありそうな気がしてきます。
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【筆者プロフィール】
言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)
大橋敦夫(おおはし・あつお)
上田女子短期大学総合文化学科教授。上智大学国文学科、同大学院国文学博士課程単位取得退学。
専攻は国語史。近代日本語の歴史に興味を持ち、「外から見た日本語」の特質をテーマに、日本語教育に取り組む。共著に『新版文章構成法』(東海大学出版会)、監修したものに『3日でわかる古典文学』(ダイヤモンド社)、『今さら聞けない! 正しい日本語の使い方【総まとめ編】』(永岡書店)がある。
【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載の始まりです。
この連載への質問、また「ここでこんな方言みやげ・グッズを見た」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「地域語の経済と社会」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。
明解PISA大事典:「落ちこぼれを出さない教育」の実態
2009年 11月 20日 金曜日 筆者: 北川 達夫第24回 フィンランド紀行4
フィンランド教育といえば「落ちこぼれを出さない教育」なのだそうだ。近年、「落ちこぼれを出さない」は先進各国の標語のようになっており、極端な競争社会として知られるアメリカでさえ「落ちこぼれ防止法(No Child Left Behind Act:NCLB, 2001年)」を定めているほどだから、フィンランドも流行に乗ったのかもしれない。第21回で述べたように、フィンランドの義務教育段階では補習塾も参考書も存在しないから、学校で落ちこぼれてしまうともはや救いがない。その意味では、「落ちこぼれを出さない」ことの重要性は日本よりもはるかに高いのだろう。
一般に「落ちこぼれ」というと「学校の授業についていけないこと」を意味する。だが、フィンランドにおいては、それとは異なる意味での「落ちこぼれ」問題が深刻である。現在のフィンランドの教育では学問至上主義が排され、児童・生徒の能力適性に応じた自己実現が重視されているため、高校や大学に進学することが「望ましいコース」とはあまり考えられていない(ちょっとは考えられているが)。基礎学校卒業後の進路として高校を選ぼうが、職業学校を選ぼうが、そこに優劣を見出すことはあまりないのである(ちょっとは優劣を見出すが)。フィンランドの先生たちにとって最も残念なのは、自分の教えた生徒の「行き場がなくなってしまうこと」。つまり、基礎学校を卒業したものの、高校に進学するわけでもなく、職業学校に進むわけでもなく、就職するわけでもない状態。いわば社会的な落ちこぼれ状態なのである。最近では基礎学校卒業生のうち1割近くが「行き場がなくなってしまう」こともあるのだそうで、なかなか深刻な問題のようだ(1)。
さて、「落ちこぼれを出さない教育」の授業風景がどのようなものかというと、どの教科でも意外なくらい授業進度が速い。絶対に習得しなければならないような重要な内容であっても、さっさと進めてしまう。これは日本よりも全体の授業時数が少なく、また単元ごとに割り当てられた授業時数も少ないことによるもので、スタンダードの見えにくいフィンランド教育ではあるが(前回参照)、どこでも共通して見られる現象といえるだろう。
フィンランドの教室における授業の進めかたというと、だいたいどの教科でも「①一斉授業で教科書にそって説明する⇒②ペアないしグループで練習する⇒③個人で教科書を見ながらワークブックで反復練習する」というのが一般的である。このうち①と②に割り当てられた時間が非常に短い。ささっと説明して、みんなで2~3回練習しただけで、すぐにワークブックに取り掛からせてしまう。これを見て、ある日本のベテラン教師は「日本ならばもっとしつこく・ねちこく・大多数が理解したことを確認するまでやるところだが……。これで本当に大丈夫なのだろうか?」と言っていた。全員が理解しているとはとても思えないのに、どんどん進めてしまうからである。
そう、この段階では、どんどん落ちこぼしながら授業を進めてしまうのだ。勝負はワークブックをやっているとき。ワークブックの進行状況を見れば、その子どもが理解しているかどうかは一目瞭然である。理解している場合は、そのまま一人でワークブックを進めればよろしい(2)。理解していない場合は、先生や指導助手がつきっきりで最初から「しつこく・ねちこく」教え直す。それでも理解できない場合は、時間外に補習をする。それでも理解できない場合は、通常の授業から外して「支援授業」(2)を受けさせる。つまり、最初は素早いのだが、後でしつこく・ねちこくなるのである。効率的なような、非効率的なような……。いずれにしても、このようにしてフィンランドの「落ちこぼれを出さない教育」は進められているのである。
* * *
(1) この問題について、ある地方自治体の教育当局者に「行き場がなくなった後はどうなるのか?」と質問したら、「さあ? 本人が決めることだから関知しない」という答えだった。意外に冷たい。
(2) 学校や自治体によって異なるが、一般に算数・国語・外国語など主要科目について通常の授業についていけない場合、別教室で「支援授業」を受けることになる。支援授業によって充分にできるようになれば、通常の授業に復帰することができる。
* * *
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【プロフィール】

北川達夫(きたがわ・たつお)
教材作家・教育コンサルタント・チェンバロ奏者・武芸者・漢学生
(財)文字・活字文化推進機構調査研究委員
日本教育大学院大学客員教授
1966年東京生まれ。英・仏・中・芬・典・愛沙語の通訳・翻訳家として活動しつつ、フィンランドで「母語と文学」科の教科教育法と教材作法を学ぶ。国際的な教材作家として日芬をはじめ、旧中・東欧圏の教科書・教材制作に携わるとともに、各地の学校を巡り、グローバル・スタンダードの言語教育を指導している。詳しいプロフィールはこちら⇒『ニッポンには対話がない』情報ページ
著書に、『知的英語の習得術』(学習研究社 2003)、『「論理力」がカンタンに身につく本』(大和出版 2004)、『図解フィンランド・メソッド入門』(経済界 2005)、『知的英語センスが身につく名文音読』(学習研究社 2005)、編訳書に「フィンランド国語教科書」シリーズ(経済界 2005 ~ 2008)、対談集に演出家・平田オリザさんとの対談『ニッポンには対話がない―学びとコミュニケーションの再生』(三省堂 2008)、組織開発デザイナー・清宮普美代さんとの対談『対話流―未来を生みだすコミュニケーション』(三省堂 2009★新刊★)など。
『週刊 東洋経済』にて「わかりあえない時代の『対話力』入門」連載中。
* * *
【編集部から】
学習指導要領の改訂に大きく影響したPISAってなに?
PISA型読解力ってどんな力なの?
言語力、言語活動の重視って? これまでとどう違う?
現代の教育観は変わってきたのか。変わってきたとしたら、そこにどんな経緯があるのか。
国際的に活躍する教材作家である北川達夫先生がやさしく解説する連載「明解PISA大事典」。金曜日に掲載しています。
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![『新明解国語辞典 第七版[机上版]』7年ぶりに改訂『新明解国語辞典』の机上版。判型は並判より大きいA5判で、さらに文字が大きく見やすい。2色刷。紙面内容は並版と同一。 『新明解国語辞典 第七版[机上版]』](http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/wp-images/smk_kijo.jpg)
![『新明解国語辞典 第七版[小型版]』7年ぶりに改訂『新明解国語辞典』の小型版。並判より一回り小さいA6変型判で、携帯にも便利。2色刷。紙面内容は並版と同一。 『新明解国語辞典 第七版[小型版]』](http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/wp-images/smk_kogata.jpg)
![『新明解国語辞典 第七版[革装版]』7年ぶりに改訂『新明解国語辞典』の革装版。丈夫で使うほどに手になじむ。判型は並版・特装版と同じB6判。2色刷。紙面内容は並版と同一。 『新明解国語辞典 第七版[革装版]』](http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/wp-images/smk_kawaso.jpg)













































































































































2007年









