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『三省堂国語辞典』のすすめ その93

2009年 11月 11日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

ミカドのご寵愛? ご鍾愛?

猫の置物(明治村・漱石の家)
【寵愛の猫】

 『三省堂国語辞典 第六版』のための改訂作業では、すでに載っているむずかしい語の説明も見直しました。たとえば、「寵愛」は、旧版では〈特別に愛すること。〉とありますが、これでは「楽器を寵愛する」と言えるかのようです。修正することになりました。

 ほかの国語辞典を見ると、「寵愛」は〈上の人が下の者を〉または〈権力者が身のまわりの特定の者を〉かわいがること、という説明が目立ちます。私も、「寵愛」といえば、『源氏物語』の現代語訳の冒頭にある〈帝の御寵愛を一身に鍾(あつ)めているひとがあった〉(円地文子訳)といった言い回しを思い出します。

 ところが、用例を調べると、必ずしも位が上の人が下の人を寵愛している例ばかりではありません。「母が息子を寵愛する」というのはまだその範囲に含まれるとしても、人が鳥や馬を寵愛する場合もあります。芥川龍之介「白」には〈エドワアド・バアクレエ氏の夫人はペルシア産の猫を寵愛している〉と出てきます。

角川文庫 源氏物語
【「寵愛」ならこの物語】

 これらの例をすべて覆う動詞を挙げるなら、さしずめ〈かわいがる〉です。今回の第六版の説明では〈特別にかわいがること。〉とした上で、ただし、代表的な使い方を示すものとして、「みかどの ご寵愛」という用例を添えました。

 一方、「寵愛」とよく似たことばに「鍾愛(しょうあい)」があります。これは、今回新規項目になりました。むずかしいことばですが、たまに小説などで目にするので、採用したのです。これはどう説明すべきでしょうか。

 ふたたび、ほかの国語辞典を見ると、〈深く愛すること〉〈深くかわいがること〉と説明してあるものの、「寵愛」との違いが分かりません。もし、同じ意味ならば、「鍾愛」の項目に同義語として〈……寵愛。〉を記さなければなりません。

渋沢龍彦の小説
【澁澤龍彦『唐草物語』p.32】

 そこで、用例を探してみます。「寵愛」は妃などをかわいがる例が多いのに対し、「鍾愛」は、「鍾愛の孫姫」というように、自分の子や孫に使う例が目につきました。また、特筆すべきは、〈〔蹴鞠(けまり)の鞠は〕鍾愛のオブジェ〉〈〔本の〕一冊を鍾愛して〉など、物に使う例が多かったことです。『大辞林』にも、物の用例が挙がっています。

 ここから、「鍾愛」の語釈は、〈〔人・物を〕深く愛すること。〉と、あえて「物」を明示しました。「寵愛」は物に対する感情には使いにくいでしょう。

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筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

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【編集部から】
生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され、「【サンコク】メディアでの紹介」の記事にある通り、各方面で取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。

2009年 11月 11日