日本語社会 のぞきキャラくり

第67回 『男』と「だ」

筆者:
2009年11月29日

『男』と『女』で違うのは文(第66回)だけではない。ここでは文節について見てみよう。

『男』が助動詞「だ」と結び付きやすいということは、文についても「雨だ」と「雨」のペアなどを挙げて示した通りである。だが、文節ではこれがさらにハッキリする。たとえば「弁護士が、財産を、…」などとしゃべる話し手は特に『男』でも『女』でもないが、「弁護士がだ、財産をだ、…」のように助動詞「だ」を付けてしゃべるのは『男』である。

いまは「弁護士がだ、」のように、文節が助動詞「だ」で終わっている例を挙げたが、「だ」の直後に間投助詞が付く場合もほぼ同様である。といっても、「弁護士がださ、」がおかしいように、間投助詞「さ」はそもそも助動詞「だ」と共起しないので、間投助詞「さ」については特に何も言えない。このように間投助詞は一つ一つの個性が無視できないので、以下では「さ」以外の主な間投助詞(「ね」「な」「よ」)を個別に取り上げる。

まず間投助詞「ね」について。「弁護士がね、財産をね、…」などとしゃべる男性はめずらしくもないが、このしゃべり方は『男』っぽくない。だが、助動詞「だ」を入れて「弁護士がだね、財産をだね、…」と言うのは『男』である。

次は間投助詞「な」である。「弁護士がね、」と比べれば「弁護士がな、」はずっと『男』っぽいが、これはあくまで傾向に過ぎない。たとえば老いた母親が子にゆっくり話して聞かせてやる場合、「弁護士がな、…」というしゃべり方はまったく不自然というわけではないだろう。ところが、助動詞「だ」を入れて「弁護士がだな、財産をだな、…」の形にするともはや話し手は『男』でしかなくなる。

間投助詞「よ」の場合はイントネーションが重要になる。そもそも、間投助詞が付く付かないにかかわらず、文節には少なくとも2通りのイントネーションがある。その1つは文節末を急上昇させるイントネーションで、もう1つは戻し付きの末尾上げ(第14回)、つまり文節末でポンと高くして、その後下げる方法である。間投助詞「よ」の場合、この2つのイントネーションの違いが『男』と『女』を分ける。

たとえば「弁護士がよ、財産をよ、…」を、文節「弁護士がよ」「財産をよ」それぞれの末尾「よ」でイントネーションを急上昇させて発音するのは、『女』のしゃべり方である。また、「弁護士がよぉ、財産をよぉ、…」のように書き分ければ察しがつきやすくなるだろうか、文節の末尾でイントネーションをまずポンと高くし(「よ」の部分)、次いで下降させる(「ぉ」の部分)のは『男』のしゃべり方である。ところが助動詞「だ」を付けると、もはや『女』の可能性はなくなる。「弁護士がだよ、財産をだよ、…」と話すのは『男』でしかない。文節が急上昇調でしか発せられないにもかかわらず、である。

このように「さ」以外の主な間投助詞「ね」「な」「よ」を観察すると、間投助詞ごとに違いがあるとはいえ、助動詞「だ」と『男』が結び付くことは皆同じである。

え、「主な間投助詞」というのが気になります? 「主な」と断る以上、「主」でない間投助詞もあるんだろう、ですか?

げっへへ、旦那にはかなわねえや。けど、今回は紙面が尽きちまった。次回お話しいたしやしょう。

筆者プロフィール

定延 利之 ( さだのぶ・としゆき)

神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

最新刊『煩悩の文法』(ちくま新書)

編集部から

「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。