2009年 11月 のアーカイブ
日本語社会 のぞきキャラくり 第64回 キャラクタの「性」
2009年 11月 8日 日曜日 筆者: 定延 利之キャラクタの「性」
ここしばらく、キャラクタの「品」と「格」について述べてきたので(第60回・第61回・第62回・第63回)、これらと強く関連する「性」についても触れておこう。
たとえば男女共同参画社会基本法や改正・男女雇用機会均等法が施行されるといった、新しい動きは日本にも当然ある。
だがその一方で、性に関する伝統的な通念・期待というものが依然として存続していることも確かな事実である。そして私の考えでは、日本語社会はまさにその通念・期待に大きく寄りかかっている。通念・期待というのは、具体的には「『男』は『女』よりも格が上」、そして「『女』は『男』よりも品が上」というものである。これらの通念・期待に沿う現象を見出すのはむずかしいことではない。
まず「『男』は『女』よりも格が上」について言えば、「貫禄」「風格」「堂々」「恰幅」「押し出し」「重厚」といった、格の高さを思わせることばは『女』よりも『男』を想起させる。「おごそかな『神』(の声)」(第58回・第59回・第60回)という記述に接して、女神をイメージした読者がどれだけいるか。男神と女神、どちらも同じ程度しっくりくるという人が何人いるか。
次に「『女』は『男』よりも品が上」について言うと、「しとやか」「優雅」「優美」といった、品の高さを思わせることばは『男』よりも『女』を想起させる。またたとえば、伝統的な京都のことば、いわゆる京ことばは、「上品」と評されることがあり、「女性的」と評されることもある。同じ一つのもの(京都ことば)に対するイメージ「上品」と「女性的」は、つながっているのではないだろうか。
それに下品なことばは『男』のことばに偏っている。「げっへへ」と笑う人物といえば、まず『男』が思い浮かぶだろう。「男のような口をきく」とは、下品な、つまりそれだけ『男』に近い『女』のしゃべり方である。
では、『男』が「女のような口をきく」のはどうか。夏目漱石『坊ちゃん』(1906)の主人公なら、「気味の悪(わ)るいように優しい声を出す男」つまり赤シャツを「まるで男だか女だか分(わか)りゃしない。男なら男らしい声を出すもんだ」と一刀両断である。だが、実社会ではそれはしばしば「穏やかでソフトな語り口」であり、上品なしゃべり方であったりする。
『女』と同じように「あら」と下降調で驚き、「そうかしら」とつぶやき、「そうだわ。そうなのよ」と納得し、「ほほほ」と笑う、そして特に『おかま』っぽいとも感じられない『男』の話者――そんなのがいるのか、と思われた読者は言語学者ではない。少なくとも日本の言語学者ではない。こういう方を、同業者なら存じ上げないはずはないからである。少し前にお隠れになってしまわれたが、やんごとなきお生まれであったあのお方を。世が世であればという、あの先生を。(今回は楽屋落ちです。スミマセン。)
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◇この連載の中国語版と英語版
中国語版⇒角色大世界――日本
英語版⇒An Unofficial Guide for Japanese Characters
【筆者プロフィール】
定延利之(さだのぶ・としゆき)
神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL:http://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm
【編集部から】
「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。
地域語の経済と社会 第73回
2009年 11月 7日 土曜日 筆者: 日高 貢一郎地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第73回 大分県豊後高田市の「方言まるだし弁論大会」
大分県の北部、丸く突き出た国東半島の付け根に、豊後高田市があります。
最近は、「昭和の町」=古い町並みと外観がそのまま残る市内中心部の商店街=が、観光地として有名になってきています。
ここに、毎年10月に開催され、名物行事になっている方言のイベントがあります。
「なんでんかんでん言うちみい 大分方言まるだし弁論大会」がそれで、昭和58年にスタート。ことしは10月18日(日)に開催され、数えて第25回。四半世紀の歩みを重ねてきました。(途中、“充電”のために2回ほど休んだ期間がありましたが…)
国東半島は、「六郷満山」と言われ、「仏の里」とも呼ばれて、仏教関係の史跡や観光スポットの多い地域ですが、地元の若者たちが、暮らしのことば=方言を活かして何か面白いことをやろうではないか、と“よだって”〔企画して〕始めたのがこの大会でした。
弁士1人の持ち時間は5分で、高校生以上なら誰でも応募できます。まずは発表する内容の要旨を400字詰め原稿用紙1~2枚に書いて応募し、原稿審査のうえ、毎年10人程度が本選に出場し、壇上に上ります。
420人を収容する市内でいちばん大きな会場=中央公民館は、早くから詰め掛けた人・人・人で、超満員。大ホールに入りきれない人のためにロビーのテレビモニターにも同時中継し、そこでもまた大勢の人が画面を見つめます。
審査のポイントは大きく分けて2つあり、「表現力」と「方言力」。弁論大会ですから、各自の言わんとする論旨を聴き手にわかりやすく訴えて、なるほどとうなずかせる「表現力」と「説得力」が必要なのは当然のことですが、この大会は「方言」の弁論大会です。従って、とりわけ「方言力」とその「活用力」が求められます。
いくら共通語でいいことを主張しても高い評価は得られません。さりとて方言は確かにふんだんに出てきたが何を言いたいのかよくわからない、というのではこれまた高い得点にはなりません。方言ならではの持ち味を十分に活かしながら、説得力のある話をしなければいけないわけで、「方言」をベースにしつつ、そのバランスを取るのがひと苦労です。
出だしは方言でスムーズに話し始めて快調に進んだものの、話が佳境に入るといつの間にか共通語になってしまい、ハッと気づいて慌てて方言に戻そうとするがうまく切り替えられずに四苦八苦。会場の爆笑を誘うシーンもまま見られますが、それもご愛嬌。
次々に登壇する弁士による、熱のこもった方言での弁論が続きます。
この大会は、暮らしのことば=方言のもつユーモアやバイタリティー、気取らず飾らず、本音を率直に吐露するリアリティーなど、ふだんあまり意識することのない「方言」の持ち味や特長を、改めて見直す、得がたい機会になっています。
《参考》豊後高田市公式ホームページの「今日の出来事」 = http://www.city.bungotakada.oita.jp/dekigoto/hougenmarudasibenron_20091018.jsp
に写真入りで紹介されています。
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【筆者プロフィール】
言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)
日高貢一郎(ひだか・こういちろう)
大分大学 教育福祉科学部 教授(国語学・方言学) 宮崎県出身。これまであまり他の研究者が取り上げなかったような分野やテーマを開拓したいと、“すき間産業のフロンティア”をめざす。「マスコミにおける方言の実態」(1986)、「宮崎県における方言グッズ」(1991)、「「~されてください」考」(1996)、「方言の有効活用」(1996)、「医療・福祉と方言学」(2002)、「方言によるネーミング」(2005)、「福祉社会と方言の役割」(2007)など。
【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載の始まりです。
この連載への質問、また「ここでこんな方言みやげ・グッズを見た」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「地域語の経済と社会」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。
学会情報:第36回語彙・辞書研究会
2009年 11月 6日 金曜日 筆者: 辞書ウェブ 編集部第36回 語彙・辞書研究会 研究発表会のお知らせ
語彙・辞書研究会の第36回研究発表会が下記の通り開催されます。
日時:2009年11月14日(土) 13:30 ~ 17:00
場所:新宿NSビル 3階 南308会議室
(新宿区西新宿2-4-1) 電話03-3342-4920[シンポジウム]
「新語の諸相」
- 木村義之(慶応義塾大学)
- 「新語辞典の形成と展開」
- 田中牧郎(国立国語研究所)
- 「外来語の定着のために」
- 中道知子(大東文化大学)
- 「キャンパスのことば」
- 飯間浩明(早稲田大学)
- 「インターネットの新語」
- 〈司会〉伊藤雅光
参加費:1800円(会場費・予稿集代等を含む)。
ただし、学生・院生は1200円。
* 予稿集のみをご希望の方は事務局にお問い合わせください。
(事務局) 〒101-8371 東京都千代田区三崎町2-22-14
三省堂出版局内 語彙・辞書研究会事務局(萩原・山本)
詳しくは、語彙・辞書研究会のウェブサイト(http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/goijisho/)をご覧ください。
人名用漢字の新字旧字:「遥」と「遙」
2009年 11月 5日 木曜日 筆者: 安岡 孝一第46回 「遥」と「遙」
新字の「遥」は人名用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「遙」も人名用漢字なので、子供の名づけに使えます。つまり、「遥」も「遙」も出生届に書いてOK。でも、「遙」が子供の名づけに使えるようになったのは、「遥」より23年も後のことでした。
昭和17年6月17日に国語審議会が答申した標準漢字表には、旧字の「遙」が収録されていました。ところが、昭和21年11月16日に内閣告示された当用漢字表には、「遙」も「遥」も収録されていませんでした。そして、戸籍法が昭和23年1月1日に改正された結果、旧字の「遙」も、新字の「遥」も、子供の名づけに使えなくなってしまいました。
昭和53年11月、法務省民事局は全国の市区町村を対象に、子供の名づけに使える漢字として追加すべきものを調査しました。昭和54年1月25日に発足した民事行政審議会では、この調査をもとに、人名用漢字の追加が議論されました。この時、追加候補となった漢字の一つに、旧字の「遙」がありました。ただ、旧字の「遙」をそのまま人名用漢字に加えるわけにはいかない、と、民事行政審議会は考えました。というのも、この時点の常用漢字表案(昭和54年3月30日、国語審議会中間答申)には、「揺(搖)」と「謡(謠)」が収録されていたからです。つまり、常用漢字表の「揺(搖)」や「謡(謠)」に字体をそろえるなら、旧字の「遙」ではなく、新字の「遥」を人名用漢字に追加すべきだ、ということになったのです。この結論にもとづいて、昭和56年10月1日、「遥」が人名用漢字に追加されました。
しかし、新字の「遥」が人名用漢字に収録されても、旧字の「遙」を子供の名づけに使おうとする人は、後を絶ちませんでした。法制審議会は平成16年2月10日の総会で、人名用漢字の見直しを決定、人名用漢字部会を発足させました。3月26日に発足した人名用漢字部会では、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、平成12年3月に文化庁が書籍385誌に対しておこなった漢字出現頻度数調査、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。平成16年8月25日、人名用漢字部会は、人名用漢字の追加候補488字を選定し、法制審議会に報告しました。この488字の中に、旧字の「遙」が含まれていました。「遙」は、出現頻度が225回で、全国50法務局のうち33管区で出生届を拒否されたことがあって、しかもJIS X 0213の第2水準漢字だったので、追加候補となったのです。
平成16年9月8日、法制審議会は、人名用漢字の追加候補488字をそのまま法務大臣に答申しました。平成16年9月27日、戸籍法施行規則は改正され、これら追加候補488字は全て人名用漢字になりました。旧字の「遙」も人名用漢字になり、それ以降は「遥」も「遙」も出生届に書いてOKなのです。
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【筆者プロフィール】
安岡孝一(やすおか・こういち)
京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。
京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)、『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。
http://slashdot.jp/~yasuoka/journal で、断続的に「日記」を更新中。
『三省堂国語辞典』のすすめ その92
2009年 11月 4日 水曜日 筆者: 飯間 浩明『三国』の郵政改革?

【JPって何の略?】
政権交代が起こって以来、連日、目新しいニュースが続いています。10月には日本郵政の新しい社長が、新政権の方針に沿って決まりました。私はこういったニュースからとても目が離せません。政治への関心からということもありますが、「『三省堂国語辞典』の次の版はどうなるんだろう」と考えるからでもあります。
『三国』と日本郵政とは、浅からぬ因縁があります。もちろん、辞書の上での話です。世の中のことばの変化を積極的に採り入れようとする『三国』は、制度が変われば、それをていねいに反映しようと努めます。『三国』の第六版の校了は2007年11月ごろでしたが、その1か月前、10月1日に日本郵政株式会社が発足しました。それで、校了間際の慌ただしいときに、すべりこみで「JP」という項目を入れました。

【郵便ポストも変遷した】
原稿段階では、会社の発足と、第六版の刊行と、どちらが先になるか分からないので、とりあえず「日本郵政公社」という項目を予定していました。それが、直前になって、「日本郵政株式会社」に差し替えられました。でも、辞書の項目として一民間企業の長い名称が載るのは違和感もあり、結局、略称の「JP」が採用されました。「JP」は、第六版の新規項目の中でも、いちばん最後に決まった項目のひとつということになります。
郵便事業の変遷とともに、『三国』の記述はいろいろと変化しています。なかでも移り変わりが激しいのは、「郵便局」の語釈です。

【昔の郵便局(明治村)】
「郵便局」は、『三国』の前身『明解国語辞典 初版』では、〈逓信大臣の管轄の下に、郵便の事業を取扱ふ役所。〉となっていました。これが戦後の改訂版では、〈郵政大臣の管理のもとに……〉に変わり、『三国』でも、初版から第四版まではほぼ同じ説明でした。ところが、2001年の中央省庁再編を経て、第五版では〈総務省の管理の もとに、郵便・郵便貯金などの仕事を取りあつかう所。〉に変わり、さらに、2003年には日本郵政公社が発足したため、途中の刷りから〈日本郵政公社の管理の もとに……〉と修正されました。
今回の第六版で、「郵便局」は〈郵便・貯金・保険の窓口業務などをあつかう・会社(事務所)。〉と改められました。街の郵便局の様子はさほど変わらないのに、語釈だけがぐるぐると変わっているのは、おかしくもあります。次の第七版では、どういう語釈に変わるのか、それとも変わらないのか。私にもまだ分かりません。
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◆飯間先生の記事はここにも⇒「三省堂WebDictionary」ことばパティオ第8回「「串刺し」に堪える語釈でなければならない」
筆者プロフィール
飯間浩明(いいま・ひろあき)
早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)
【編集部から】
生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され、「【サンコク】メディアでの紹介」の記事にある通り、各方面で取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。
耳の文化と目の文化(19)-視覚的な特性(12)
2009年 11月 2日 月曜日 筆者: 新田 春夫クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(69)
形容詞+動詞の構造を持った熟語の場合、形容詞が本来の意味で動詞を修飾しているのか熟語としてひとつの意味をもっているのかの判断には形態的な手掛かりは何もなく、もっぱら意味から判断するしかない。しかし、意味は不確定なものであり、主観的なものであるから、何をもって新しい意味として認定するかはきわめて難しい。そこで改訂新正書法では句として分けて書くのと1語に書くのとの両方を認め、明確に熟語的にひとつの意味だと認められる場合に1語に書くこととしている。ただ、これも個々の句・語によっていつも明確に判断がつくとは限らない。
例えば、frei は「自由な」という形容詞であるが、「自由」にもいろいろな自由があり、frei laufen「(犬などがリードなしで)自由に歩く」などは「物理的に拘束されない」という意味であるから2語に書くのであろう。eine Rede frei halten「(原稿を見ずに)演説する」などは「心理的に拘束されない」という意味でこれも2語に書くことに大体は納得がいく。しかし、 freisprechen「(人を)無罪放免にする」、などは1語に書くが、これもよく考えると「身体の自由がある」、「刑罰などの拘束がない」という意味でそれほど前2例とかけ離れているわけではないように思えてくる。また、den Oberkörper frei machen/freimachen「(医者の診察を受けるなどのため)上半身裸になる」、 den Weg frei machen/ freimachen「塞がっていた道路を通行可能にする」、sich von Vorurteilen frei machen/freimachen「偏見をすてる」などは1語で書いても2語で書いてもよいとされているが、これとても返って曖昧さを増すことにならないだろうか。ただ、freimachen「(手紙に)切手を貼る」などのfreiは単独では使われることはないから、接頭辞的になっており、1語に書くのもやむを得ない。このような問題は形容詞の多義性に原因があり、その例となる熟語はきわめて多数ある。
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【筆者プロフィール】
新田 春夫(にった・はるお)
武蔵大学教授
専門は言語学、ドイツ語学
『クラウン独和辞典第4版』編修委員
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【編集部から】
2008年2月に『クラウン独和辞典』(第4版)が刊行されました。日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。
日本語社会 のぞきキャラくり 第63回 キャラクタの「格」4類(下)
2009年 11月 1日 日曜日 筆者: 定延 利之キャラクタの「格」4類(下)
ことばを発するキャラクタの格はとりあえず4類に大別できるとして、『特上』『目上』『目下』について説明してきた(第61回・第62回)。では、最後に残る4つ目の格とは何だろう?
『中』か? いや、そんなものは必要ないと、前回の末尾でも言ったばかりである。では何か?
答は『ごまめ』、あるいは『みそっかす』である(以下は仮に『ごまめ』で通す)。
知ってますか、『ごまめ』。子供たちの遊びの中に入れてもらっている、ひときわ年齢の低い子供。鬼ごっこをしても何をしても、足の遅いその子にだけは特別ルールが適用され、タッチされても鬼にならない。皆と同じようにワーと騒いで、鬼から逃げて喜んでいるが、実質的には遊びに参加していない、そういう幼い子のことである。「そんなの知らない」と言う人は、菅原創・中島賢介(2005)「ごまめ・みそっかすの研究 : 伝承文化としての異年齢の仲間集団における特別なルールに関する調査(1)」(『北陸学院短期大学紀要』第37号、13~24ページ)でも読んで勉強しなさい。
『ごまめ』のキャラクタは、丁寧なスタイルを持たず、もっぱらぞんざいなスタイルでしゃべる。まことに無礼な奴だが、それで仕方ないものと赦され、無邪気でいいやと認められている。もうお分かりと思うが、ここで言う『ごまめ』とは、『目下』のさらに下、最低の格のことであって、典型的な『ごまめ』キャラクタは低年齢の子である。
『ごまめ』は『特上』とは対局にあるはずで、実際、両者は明らかに異なっている。たとえば、「わし」などと言えるのは『特上』だけであって『ごまめ』は言えない。だが、両者が意外にも似通う部分を持っているのは、身過ぎ世過ぎにいそがしい『目上』『目下』から離れた者どうしというところだろうか。
「ハマチ」と呼ばれている魚がやがて成長して「ブリ」という新しい名で呼ばれるように、最初『ごまめ』一辺倒だった幼児は成長するとやがて、『ごまめ』を基本キャラとしながらも幼稚園や学校で先生や他の子と話すといった、限られた場面では『目下』として、さらには『目上』として振る舞い、いっぱしの大人の口をきくということがポツポツと出てくる。そのうちにすっかりそちらが基本になる。ついには『ごまめ』は卒業、……いや、どうなんだろう? 親や配偶者に対して丁寧なスタイルでしゃべったことがないという人は、いないわけではない。その人はいまでも内弁慶ならぬ内『ごまめ』なんだろうか?
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◇この連載の中国語版と英語版
中国語版⇒角色大世界――日本
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【筆者プロフィール】
定延利之(さだのぶ・としゆき)
神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL:http://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm
【編集部から】
「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
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![『新明解国語辞典 第七版[机上版]』7年ぶりに改訂『新明解国語辞典』の机上版。判型は並判より大きいA5判で、さらに文字が大きく見やすい。2色刷。紙面内容は並版と同一。 『新明解国語辞典 第七版[机上版]』](http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/wp-images/smk_kijo.jpg)
![『新明解国語辞典 第七版[小型版]』7年ぶりに改訂『新明解国語辞典』の小型版。並判より一回り小さいA6変型判で、携帯にも便利。2色刷。紙面内容は並版と同一。 『新明解国語辞典 第七版[小型版]』](http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/wp-images/smk_kogata.jpg)
![『新明解国語辞典 第七版[革装版]』7年ぶりに改訂『新明解国語辞典』の革装版。丈夫で使うほどに手になじむ。判型は並版・特装版と同じB6判。2色刷。紙面内容は並版と同一。 『新明解国語辞典 第七版[革装版]』](http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/wp-images/smk_kawaso.jpg)













































































































































2007年









