2009年 12月 のアーカイブ
『三省堂国語辞典』のすすめ その100
2009年 12月 30日 水曜日 筆者: 飯間 浩明三国は、進化し続ける。

【『三国 初版』】
『三省堂国語辞典』の編集委員として、その魅力を多くの人に知ってもらおうと書き始めた文章が、もう100回になりました。これを潮に、この連載を終えることにします。
『三国』の魅力は、これまで書いただけではとうてい尽くせず、全部で8万回ぐらいは書き続けられるかもしれません。『三国』には約8万のことばがあるからです。でも、あまり書いては、読者自身が『三国』から発見する楽しみを奪ってしまいます。私の案内は、やはりこのへんでとどめておきましょう。
しめくくりに、私が考える『三国』の長所を、もう一度まとめてみます。

【歴代の『三国』】
まず、『三国』は、新しいことばを積極的に取り入れています。これは、新語辞典の項目をそのままちょうだいするという意味ではありません。たとえば「インカム」は、新語辞典では「収入」(income)しか載っていませんが、『三国』では、テレビのディレクターなどがつけている通信機(intercom)のことも載っています。
また、世間でよく使われるのに辞書に載っていなかったことばを、ていねいに拾っています。たとえば「薄掛け」(毛布)は、スーパーのちらしでも見かけますが、『三国』のほかに載せている辞書はあまりないはずです。
あるいは、意味の変化を見逃しません。たとえば「追記」には、〈DVDなどにデータを追加して記録すること〉という新しい意味が生まれています。『三国』では、このような新しい意味を、ブランチの2や3などとして示しています。
ことばの説明にあたっては、簡単な用語で、短く、分かりやすくまとめています。これを、私は「シンプルな似顔絵」と表現しました。くわしい肖像画よりも、さっと描いた似顔絵の方が実物に迫る場合があることは、何度か強調したところです。
これらの長所は、かつての主幹、見坊豪紀(けんぼう・ひでとし)以来の実証主義に支えられています。つまり、現代語の実例を、新聞・雑誌・テレビなどから数多く採集し、それを紙面に色濃く反映させるというのが、『三国』の方針です。
今回の『三国 第六版』は、こうした従来の方針を受け継ぎ、より徹底させようと努めました。古い『三国』をご愛用の方には、ぜひ、この機会に最新版をお使いになることをお勧めします。『三国』は進化しています。これからも進化し続けることでしょう。
★新年から、「国語辞典の選び方」についての新しい連載を始めます。こちらもどうぞご期待ください。
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◆飯間先生の記事はここにも⇒「三省堂WebDictionary」ことばパティオ第8回「「串刺し」に堪える語釈でなければならない」
筆者プロフィール
飯間浩明(いいま・ひろあき)
早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)
【編集部から】
生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され、「【サンコク】メディアでの紹介」の記事にある通り、各方面で取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。
飯間先生の予告にある通り、今回でこの連載は終了いたします。
新年より、今度は「国語辞典の選び方」をテーマに新連載が始まります。⇒「国語辞典入門」アーカイブ
近刊案内(2010年1月)
2009年 12月 28日 月曜日 筆者: 辞書ウェブ 編集部コンサイスカタカナ語辞典 第4版

三省堂編修所 編
B6判 1,472ページ ¥3,150 ISBN 978-4-385-11062-2
的確な語義と詳細な解説で定評のあるコンサイスカタカナ語辞典の最新版。
日々増え続ける情報通信・医学・園芸・スポーツなど、各分野の外来語の最新語や新しく生まれた語義を収録して項目数は類書中最大の約56,300語収録(カタカナ語約48,100語、アルファベット略語約8,200語)。
表記の揺れの別形ももれなく記述。
大きな活字のコンサイスカタカナ語辞典 第4版

三省堂編修所 編
B5判 1,472ページ ¥4,935 ISBN 978-4-385-11063-9
大好評の「大きな活字」シリーズ。(大活字版は、文字を大きくした拡大版。)
的確な語義と詳細な解説で定評のあるコンサイスカタカナ語辞典の最新版。
日々増え続ける情報通信・医学・園芸・スポーツなど、各分野の外来語の最新語や新しく生まれた語義を収録して項目数は類書中最大の約56,300語収録(カタカナ語約48,100語、アルファベット略語約8,200語)。
表記の揺れの別形ももれなく記述。
冬期休業のお知らせ
2009年 12月 28日 月曜日 筆者: 辞書ウェブ 編集部12/29~1/4 冬期休業
小社では年末年始にあたり、上記期間中、冬期休業いたします。
この期間中にいただいたお問い合わせなどは、1月5日以降の対応となりますので、ご了承いただけますよう、お願い申し上げます。
来る年の皆様のご多幸を祈念いたしますとともに、引き続き当サイトをご愛読いただけますよう、お願い申し上げます。
日本語社会 のぞきキャラくり 第71回 キャラクタの「年」(4)
2009年 12月 27日 日曜日 筆者: 定延 利之キャラクタの「年」(4)
ことばを発するキャラクタの「年」の最下域、『幼児』を紹介するうち、話題が「動詞+です」に移ってしまった。ま、よいではないか。前回に引き続き、動詞に「です」が付いている実例を見てみよう。
さとなお氏の『人生ピロピロ』(2005, 角川文庫)第1章では、「大阪と違って東京本社では、同僚が昼食に時間をかけない。誰も昼食に誘ってくれない」という氏のやるかたない思いが述べられている。ひとしきり憤懣が綴られた後に続くのは、読者から、という形をとった架空のツッコミの導入「え? だったらボクが誘えばいいじゃんって?」であり、そのツッコミに応えて、いや誘ったがダメだったと話は展開していく。「ある日、勇気をふるってお誘いしたですよ、若い部員を」という形で「動詞+です」が現れるのは、そのツッコミに対する抗弁というか報告の箇所である。心の古傷に触れるこの抗弁~報告は、「お誘いしましたよ」ではなく「お誘いしたですよ」で、ぎこちなく余裕なく行われる方がしっくりくると感じるのは私だけだろうか。
同書第4章にはさらに、氏が朝から6食か7食食べたところで先輩に洋食屋へ連れて行かれてビフカツを薦められ、「泣きながら喰ったです。イマイチのビフカツを」というくだりもある。余裕のない報告の形としては、やはり「喰いました」ではなく「喰ったです」でなければと思うのは私だけだろうか。
このような「動詞+です」を、最近になって生じたことばの乱れとして片付けてよいかどうかは、慎重な検討を要する。というのは、「動詞+です」は、実はかなり昔から見られるからである。
たとえば夏目漱石の『坑夫』(1908)では、東京の裕福な家を飛び出してきた世間知らずの若者が「働くです」「やるです」などと言っている。周旋屋にそそのかされて銅山の坑夫になろうとする際に、「坑夫になれば儲かる」と周旋屋があまりに強調するもので、儲かるということがなんだか恐ろしくなり、「僕はそんなに儲けなくっても、いいです。然し働く事は働くです。神聖な労働なら何でもやるです」と青臭い理屈を言う場面である。若者は、周旋屋に連れられてきた銅山でも、「金は儲からないしあなたには無理だ」と忠告してくれる飯場の頭に向かって、だまされてきたのではなく承知の上での坑夫志願だと虚勢を張って「そりゃ知ってるです、僕だって知ってるです」などと言っている。
また、北杜夫の『楡家の人びと』(1964)では、佐久間熊五郎という楡家の書生が楡家の子供たちに「欧州さんは相当の人物であるデスぞ」「この八八艦隊を作ろうとして、われわれがどんな苦労をしたですか」、さらに宴席で酒に酔って「ぼくは生まれながらに楡病院にいる気がするですぞ」「ところで諸君、今日から僕は楡姓になるですぞ」「なかなかやるですぞ、敵さんも」などと言っている。映画監督・山本晋也氏の「動詞+です」発話だって、広く知られているところだろう。
これらの「動詞+です」(少なくとも最近のもの)は、「格」や「年」の低い、つまり『幼児』にやや近い発話キャラクタの言い方として認められるかもしれない。が、「食べるでちゅ」「わかったでしゅ」ほど広く一般に認知されてはいない。「「でちゅ」「でしゅ」が「です」と比べて汎用性が高い」というのは、こうしたことを指している。
◆この連載を続けてお読みになる方は⇒「日本語社会 のぞきキャラくり」アーカイブへ
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◇この連載の中国語版と英語版
中国語版⇒角色大世界――日本
英語版⇒An Unofficial Guide for Japanese Characters
【筆者プロフィール】
定延利之(さだのぶ・としゆき)
神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL:http://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm
【編集部から】
「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。
地域語の経済と社会 第80回
2009年 12月 26日 土曜日 筆者: 大橋 敦夫地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第80回「北信濃方言に親しめるお店」
そのお店は、「游学城下町」として売り出し中の長野市松代(まつしろ)町にあります。「おやき」(第40回)はもちろん、和菓子から洋菓子までを幅広く製造販売する蔦屋本店。

【かりんとう饅頭 大名のおこびれ】
その最近のヒット作が「かりんとう饅頭 大名のおこびれ」です。カリカリとした皮に、しっとり餡が包まれ、まさに絶妙の食感です。
「おこびれ」とは、おやつのことで、「こびり」とも言い、長野県内の他地域では、「こびる(小昼)」(木曽・伊那)「こびれ」(更埴・小県)と言ったりもします。漢字で、「小昼」と書くことができるように、語源のハッキリした語です。
「城下町にはおいしい和菓子(屋)がある」というセオリーをふまえ、お茶のおともにというねらいがネーミングに込められているようです。
このお店には、もう一つ、商品のほかに方言グッズがあります。それは、店員さんお手製の方言一覧(チラシ)です。
作成のねらいを伺ってみると、同じ長野県内から嫁いできたものの、日常会話の中に飛び交う方言に戸惑うこともしばしば。はてなと思う語を書き留めて、おもしろいと思われるものを一覧にし、お店で配ったところたいへん好評だったとのこと。帰省の際に、お店を訪れた松代町を離れた方にも、喜ばれたとの由。何度かのバージョンアップを重ね、今の版に至っているそうです。
地元・松代町を愛する社長さんのもと、地域の方はもとより、たくさんの観光客をおもてなしすることに努めているお店の力作2点でした。
◆この連載を続けてお読みになる方は
⇒「地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―」アーカイブへ
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【筆者プロフィール】
言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)
大橋敦夫(おおはし・あつお)
上田女子短期大学総合文化学科教授。上智大学国文学科、同大学院国文学博士課程単位取得退学。
専攻は国語史。近代日本語の歴史に興味を持ち、「外から見た日本語」の特質をテーマに、日本語教育に取り組む。共著に『新版文章構成法』(東海大学出版会)、監修したものに『3日でわかる古典文学』(ダイヤモンド社)、『今さら聞けない! 正しい日本語の使い方【総まとめ編】』(永岡書店)がある。
【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載の始まりです。
この連載への質問、また「ここでこんな方言みやげ・グッズを見た」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「地域語の経済と社会」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。
間投詞Godを中心に―『英語談話表現辞典』覚え書き(11)―
2009年 12月 24日 木曜日 筆者: 内田 聖二前回はもともと普通名詞として用いられていたboyとmanが間投詞に転用された例をみましたが、今回はGodを代表とする、キリスト教にかかわる語が間投詞として用いられる場合を考えてみます。
Godは基本的に神をいい、キリスト教誕生以後は具体的にはイエス・キリストを指す語で、本来は敬虔な気持ちで呼びかける語です。つまり、軽々しく口に出すことがはばかれる性格をもっていたのですが、言ってはいけないことばをつい口にしてしまうほど感情が高ぶっているということを示すために間投詞として用いられるようになったと考えられています。英語ではこのような語をswearwords(ののしり語)ということがありますが、これももとの意味は「誓いのことば」ということです。
突然目の前で思いもよらなかったことなどが起きたときに驚きのあまりつい口に出ることばとしてoh my Godがあります。用例は三省堂コーパスを改変したものです。
《子どもが血だらけの顔をして帰ってきて》 Oh my God! What happened? まあ、なんてこと、どうしたの?/ 《同窓会で久しぶりに会って》“Do you remember the naughty boy next to you? That’s me!” “Oh my God! Oh my God, I do!” 「隣に座っていたやんちゃなやつ、覚えてる?それが俺だよ」「えっ!わー、覚えてる!」
Oh, GodやGod単独でもよく用いられます。驚きのほか、困惑やいらだちなども表します。次は本辞典からの引用です。
2 〈困惑して〉どうしよう, あれ: God, what can I say? どうしよう, 何を言ったらよいだろう.
3 〈いらだって〉おやおや, もう: 《食器を出そうとして》 Oh God, that’s dirty too. おいおい, そいつも汚れてるぜ /《乱雑な売り場を見て上司が》 Oh God, who’s in charge here? Are you? うわー, ここの責任者は誰だ? 君か?
さらに、主張を強めるために自らの発言の前に置くこともあります。
5 〈主張を強めて〉まったく, 実に, 本当に: No one knows what he’s going to do next. Oh God, he’s so strange. 彼の行動を予測することはできない. そう, 実に変わったやつなんだ/ “I’m sure Ben did it.” “Oh God, it’s not him.” 「きっとベンがやったんだよ」「いや, 彼じゃないよ」.
ほかに、Godにかかわる表現はたくさんありますが、たとえば、God bless you は本来の「あなたにも神様がお恵みをくださいますように」という祈願文として使われるほかに、次のような間投詞的な用法もあります。次も本辞典からのものです。
2 〈驚いたり, 怒ったりして〉すごいね!, えらいね!, まあかわいそうに!, とんでもない!:“I’ve got top marks in the exam, Mum.” “Oh, my dear. God bless you!” 「お母さん, テストで一番取ったよ」「まあ, あなたすごいじゃない!」/ 《事実と反することを言われて》 God bless you! I’d never have done it myself. とんでもない! 私がしただなんて!
ちなみに、誰かがくしゃみをしたときに Bless you. と言うことがあります。
4 〈相手がくしゃみをしたときに〉お大事に, お気をつけて(◆通例Godを省略し, やや上昇調で) “Atchoo!” “Bless you.” “Thank you.” 「はくしょん!」「お大事に」「ありがとう」 (◆言われた人はThank you. と応える)
これは、くしゃみをすると魂が抜けてそこへ悪魔が入り込んでくるという迷信があり、そのことから神に守ってもらおうということから生まれた表現と言われています。
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【筆者プロフィール】
内田聖二(うちだ・せいじ)
奈良女子大学教授
専門は英語学、言語学(語用論)
主な業績:『英語基本動詞辞典』(1980年)研究社(小西友七編、分担執筆及び校閲)
『英語基本形容詞・副詞辞典』(1989年)研究社(小西友七編、分担執筆及び校閲)
『英語基礎語彙の文法』(1993年)英宝社(衣笠忠司、赤野一郎と共編著)
『関連性理論-伝達と認知-』(初版1993年、第2版1999年)研究社(共訳)
『小学館ランダムハウス英和大辞典』(第2版1994年)小学館(小西友七・安井稔・國廣哲弥・堀内克明編、分担執筆)
Relevance Theory: Applications and Implications, 1998, John Benjamins.(Robyn Carstonと共編著)
『英語基本名詞辞典』(2001年)研究社(小西友七編、分担執筆及び校閲)
『ユースプログレッシブ英和辞典』(2004年)小学館(八木克正編集主幹、編集委員)
『新英語学概論』(2006年)英宝社(八木克正編、共著)
『思考と発話』(2007年)研究社(共訳)
『子どもとことばの出会い』(2008年)研究社(監訳)
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【編集部から】
語用論的な情報をふんだんに盛り込んだ、日本発の本格的な発信型会話・談話表現辞典、『英語談話表現辞典』について、編者の内田聖二先生にご紹介いただきます。
書籍購入者は、http://dce.dual-d.netにて本辞典の全データを収録したウェブ版辞典を無料で使用できます。
漢字の現在:「サンタさんへ」 「へ」に点々?
2009年 12月 24日 木曜日 筆者: 笹原 宏之漢字の現在 第54回 「サンタさんへ」:「へ」に点々?
小学校高学年の男児が、平仮名の「へ」の右側の部分に「〃」を交差させて「
」と書いていた。友達への手紙の宛名でのことだ。聞けば、10歳前後になるクラスの女子が手紙などでそう書いているからという。
親が教えたことがすべてであったころは、遥か昔になってしまった。子供ながらに、親や教員など大人だけでなく、友達や漫画などの影響を共有する自分の文字社会ともいうべきものを持っているようだ。この宛名に付く助詞「へ」の書き方は、私が小学生の頃にも見たことがある。懐かしさが出る気がするので、今でもたまに使うという女子学生もいる。
これは、教科書にも辞書にも新聞にも、載ることはまずない。いわゆる変体仮名として位置付けられたこともない。しかし、確かに世の中には存在しているのであって、実は性別や年齢によって使用に傾向性が存在する位相文字として、気になっている。そば屋などに貼ってある芸能人や作家などのサイン色紙にも、縦書きでも横書きでも、宛名の後に同様に記されていることがある。この場合には成人男性であっても用いるのは、筆記素材・内容を含めた場面というまた位相の一種が働いた結果であろう。
この形の平仮名(カタカナにもこの形があったのだろうか)は、いつごろから現れたものなのか。こういう深い意味が意識されない素朴な現象は、実はなかなか答えを見つけにくい。友達へ回す気軽な手紙などというものは、博物館にも通常は収蔵されないだろうし、即座に、あるいは何かの折に当事者によって処分されてしまうもののようだ。「へのへのもへじ」(「へへののもへの」などとも)のような落書きに用いられる文字絵のほうが、まだ江戸時代の記録がいくつか残っていて、その来歴がある程度まで辿れる。こうして、細かなことを交えつつ縷々ブログに書きつけているのも、実はそうした事柄を何とか記録に残しておきたいという気持ちがそうさせているのかもしれない。
人生の先輩の方々と向かい合うひと時も、大切な経験となる。その形の「へ」は、「相手に失礼になるので、使いません」という意見をいただいた。若年層の特に女子にも、そう聞いたという者がある一方で、渡す相手を見て、飾りとして親愛の情を込めることがあるそうだ。なるほど、ただの勢いで加えていたら、そう広まるものではないだろう。「〃」の部分を「ハートマーク」に換えて「
」と書かれることもある。確かに、ハートのような記号的な感じで「
」を使用していたという女子もいた。そうしたなかばデコレーションとしてのアイテムではなく、漫画で描かれる表情の影響なのか、頬が赤く照れている感じを描いていると感じる人も意外といて、遊びを超えて主に告白に用いる、キスマークに当たるとまで考えを及ぼす男子もいる。絵文字のハートマークも、男子には思いが倍加され、曲解される傾向があるので、要注意かもしれない。
アクセント、アクセサリーだけにワンポイントということなのか、1本だけで「ノ」とする人もある。何も考えずにただ流行にのっただけという人もいれば、相手に届ける、切手のような役割という意味を伝えたくて、という女子の声もある。その人のためだけに、という意味だったのかな、と改めて思いかえす人はやはり女子であった。友人としての感謝とか、特定のあなたに限定で送るという感じとか、敬意、丁寧さを表すとかいう男子もいた。
ただ、「〃」の部分に込められた思いは様々なようだ。小学生も高学年になるころから中学生になるころには、校内で怪しげな噂も飛び出す。「
」は、好きな人、親密な人にではなく、縁を切りたいくらいに嫌いな人に対して書くものだ、と。私もそのくらいの歳のころ、クラスで聞いたことがある。ひねくれていたのか、そんなのは後から考えられた、意外性を求めたへそ曲がりによる嘘だ、というように思ったものだ。
しかし中には、宛名の「へ」に「〃」が2本どころか10本くらい書かれたものが送られてきて、落ち込んでしまったとトラウマのようになっている男子もいた。「〃」は同じという意味をもつ繰り返しの記号だと思う人は稀である。「へ」の「〃」の上部にハートマークを載せて、それが白抜きであれば好意、黒く塗りつぶしてあれば敵意を込めていたという女子もいる。たいへんな手間で、陰湿にも思えてくるが、それが矢印になれば、天使の矢のようなものをイメージして使う者も出てくる。
ともあれ、その他者への宛名に付けられる、呼びかけのような部分に対する、もっともらしい風評を契機に、キライな人への「絶交」の意や、もっとひどい、この世からいなくなってほしいという感情などは抱いていないとして、この字から卒業していく者もある。「DEAR ○○」など、古くささのない斬新で、洋風にオシャレをアピールできる表現も身に付いてきて、そちらへの修飾に執心するようになっていく。
つまり、「
」は、プラスとマイナスと両方の正反対ともいえる意識が根底にありうるために、両極端の意味が併存してしまうものとなっているのである。
「へ」に加筆することで、手間をかけたぶん丁寧な気持ちが表しうる。ある女子小学生は、「へ」では大人っぽくってつまらない感じがして、必ずそう書いていた。やわらかくしたくて、何でもいいから加えたのではないか、ともいう。「拝啓」などの代わりの簡単な表現だと考える学生もいる。
「へ」が右下がりになるので、不幸せを願っているようで失礼だし、縁起が悪いので足したのでは、ともいうが、左側へでも下がることには差がない。右下がりは縁起が悪いので、ここでストップという感じでチョンチョンを入れるという女子もいる。文字霊(だま)信仰をもつ人はまだいて、縁起字(第51回・第52回「豆富」参照)という意識は一部でなおも顕在のようだ。
「文字のかわいらしさ」や「イケてる」感は、時代時代で微妙に移ろうが、時代ごとにそれを生み出す「自分のかわいさ」、「かっこよさ」にもつながる。受け取る側も、一般的な手紙のそれと異なるものを見て気が惹かれ、チャーミングでもあるそれを共有することで、互いに愛着を強め、グループ内での仲間意識も同時に固められる。
一方、仲を断つ縁切りは、その通常の文字の線を、鋭くもしっかりと切断しようとするように見える形から生まれた寓意であり、そもそも風聞を信じこみやすい日本人のうちでも、人間関係の機微を味わい、残酷さをもつ思春期の少女が、その働きを足を掬うかのように意外で極端な方向へと、変質させたものであろう。使うと書かれた方が死んでしまうので不吉、縁起が悪いとまで説かれるようになる。都市伝説の発祥とかかわる点もありそうだ(以下、次回)。
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【筆者プロフィール】
笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)などがある。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。
【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「あなたを迷わすスーパーマーケット?」でした。
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『三省堂国語辞典』のすすめ その99
2009年 12月 23日 水曜日 筆者: 飯間 浩明谷底を何と読む、ぎっちょんちょん。

【落ちたらこわい】
「谷底」ということばが、『三省堂国語辞典 第六版』に新しく入りました。といっても、感心する人はあまりいないかもしれません。だれでも知っていることばだし、意味も簡単です。むしろ「わざわざ載せなくてもいいのでは」という声が飛んできそうです。
でも、「谷底」は辞書に載るだけの理由があります。「たにそこ」か「たにぞこ」か、発音が問題になるからです。だいぶ以前のことですが、大学の先生が新聞に投書して、端(はじ)・大輪(だいりん)・古本(ふるぼん)などと濁って発音するのを聞くと〈耳を覆いたくなる〉と書いていました(『朝日新聞』1988.5.20 p.5)。この先生は、「谷底」も「たにぞこ」ではいけないという意見でした。
このへんは、じつはちょっと入り組んでいます。「船底」は「ふなぞこ」、「鍋底」も「なべぞこ」と濁音で言うのがふつうです。茶碗の底に出っぱった支えの部分を「糸底」と称しますが、これも「いとぞこ」と濁ります。

【ここが糸底】
一方、「手底」と書いて「たなそこ」、「水底」と書いて「みなそこ」など、濁らないことばもあります。ただし、こちらは、語源的には「手な底」「水な底」で、「な」は「の」ということですから、厳密な複合語ではないわけです。
「谷底」はどうかというと、「たにそこ」が本来でしょう。もっとも、「船底」「鍋底」などに準じて考えれば、「たにぞこ」でもよさそうです。TM NETWORKの「JUST ONE VICTORY」(作詞:小室哲哉、1992年)という曲では〈山を超え谷底〔たにぞこ〕を進んで〉、THE BOOMの「TIMBAL YELE」(作詞:宮沢和史、1996年)では〈谷底〔たにぞこ〕で砕け散ろうと〉と歌っています。アニメ「耳をすませば」(1995年)の挿入曲「半分だけの窓」(作詞:宮崎駿)の中には〈谷底〔たにぞこ〕みたいな私の部屋〉という語りが入っています。現代の大勢も、まあ「たにぞこ」でしょう。

【「ぎっちょんちょん」を収録】
ところが、意外に思われるかもしれませんが、『三国』は、こういうふうに論争のあることばは、「本来」とされる言い方をわりあいに尊重しています。この項目でも、清音の「たにそこ」を見出しに掲げ、「たにぞこ」は本文に添える形にしました(誤りとはしていません)。さらに、「高い山から谷底見れば」という、俗曲「ぎっちょんちょん」の一節を用例につけました。CDで聴くと、これは「たにそこみれば~」と歌っています。
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筆者プロフィール
飯間浩明(いいま・ひろあき)
早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)
【編集部から】
生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され、「【サンコク】メディアでの紹介」の記事にある通り、各方面で取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。
『枕草子日記的章段の研究』発刊に寄せて(17)
2009年 12月 22日 火曜日 筆者: 赤間 恵都子(17) 中関白道隆の死
中関白とは12世紀頃から使われてきた藤原道隆の通称です。藤原氏の関白の地位をゆるぎないものとした兼家と、摂関政治最盛期を築いた道長の間に、一時期、関白を務めたことから付けられたと考えられています。兼家は一条天皇の外祖父となり、宮廷でも我が物顔に振る舞っていた人物です。その兼家の長男として関白の位を継いだのが道隆でした。
父の威光で異例の出世をしたことは伊周(これちか)の場合と同じですが、政敵となる人物はおらず、スムーズに関白の地位に就きました。容姿端麗、明朗快活、酒豪でよく冗談を飛ばす人物だったようです。周囲に気を配り、場を取り持つことの得意な道隆のエピソードを『大鏡』から紹介しましょう。
道隆と道長兄弟の間には、関白の宣旨を受けるやいなや病没し、七日関白と呼ばれた道兼がいます。その道兼の長男の福足君(ふくたりぎみ)はとんでもない駄々っ子でしたが、ある時、祖父兼家の60歳の祝宴で舞を披露することになりました。その当日、大方の予想通り、福足君は舞台に登るなり駄々をこねて結った髪をほどき、衣装を引き破る始末です。その時、道隆が突然舞台に登り、甥をとらえて舞わせ、自分も一緒に見事に舞いました。道隆の機転のお陰で場は盛り上がり、道兼の恥も隠れて誰もが感嘆したということです。ちなみに福足君は、その後、蛇をいじめた祟りで頭に腫れ物ができて亡くなったと書かれています。
道隆が正妻として選んだのは、高貴な血を引く女性ではなく、内侍(ないし=天皇付きの女官)として宮中に仕えていた高階貴子でした。貴子が男性顔負けの漢詩人だったことは既に述べたとおりです。定子後宮の独創的な文化を作り出したのは、もとをただせば道隆のこの結婚であったと言えるでしょう。
中関白家の当主として大きな存在であった道隆は、次女原子を皇太子妃にした直後の長徳元年四月に、43歳で突然死去します。『枕草子』には、宮中に参内した原子と定子が対面する場面が描かれており、そこでは中宮と皇太子妃になった二人の娘を前に、道隆が、いつものように冗談を言って女房たちを笑わせています。しかし、歴史資料によると、道隆は病のために、前年秋から出仕もままならず、何度も辞表を提出して戻されている状態でした。原子参内から2ヶ月後に死去することになる道隆を描きながら、『枕草子』の記事はそんな不安の陰などみじんも感じさせません。この場面は、『枕草子』で道隆が登場する最後の記事になっています。
『大鏡』では、道隆の病気は長徳元年に流行して多くの人々が亡くなった疫病によるものではなく、飲酒が原因だったといいます。死に際に念仏を唱えるように言われた時、道隆は「済時、朝光なども極楽に行くだろうか」と言ったと書かれています。二人とも彼と相前後して亡くなった道隆の飲み友達でした。
まだまだこれからという時に世を去らねばならなかった道隆ですが、自らの政権掌握に対する執着があまり感じられないのはなぜでしょうか。彼が後継者として定めた伊周は、学才はあっても政治家としての資質は備えていませんでした。道隆の死後に残された中関白家の一族は、瞬く間に零落していくことになるのです。
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【著者プロフィール】
赤間 恵都子(あかま・えつこ)
十文字学園女子大学短期大学部文学科国語国文専攻教授。博士(文学)。
専攻は、『枕草子』を中心とした平安時代の女流文学。研究テーマは、女流作家が輩出した西暦1000年前後の文学作品の主題や歴史的背景をとらえること。
【主要論文】
「枕草子研究の動向と展望―年時考証研究の視座から―」(『十文字学園女子短期大学研究紀要』2003年12月)、「『枕草子』の官職呼称をめぐって」(『枕草子の新研究―作品の世界を考える』新典社 2006年 所収)、「枕草子「二月つごもりごろに」の段年時考」(『百舌鳥国文』2007年3月)など。
【編集部から】

このたび刊行いたしました『枕草子日記的章段の研究』は、『枕草子』の「日記的章段」に着目して、史実と対照させ丁寧に分析、そこから清少納言の主体的な執筆意志をとらえるとともに、成立時期を新たに提案した『枕草子』研究者必読の一冊です。著者の赤間恵都子先生に執筆にいたる経緯や、背景となった一条天皇の時代などについて連載していただきます。(隔週掲載)
ドイツのお菓子(5)―グミ(2)―
2009年 12月 21日 月曜日 筆者: 石井 正人クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(75)
Haribo社の本家グミについて、一つ書き忘れたことがあった。
既に紹介したようにHariboの製品には、一説に3千種と言われるほど数多くの種類があり、日本に輸入されているのはその中のほんの一部である。
クマの形をした5色のフルーツ味のGoldbären「金のクマ」とLakritze「カンゾウ(甘草)」入りの黒い円盤形のグミRotella Schneckeの話は既にしたが、他にも例えば、コーラ味でコーラのビンの形をしたHappy Colaとか、緑のカエルの形で青リンゴ味のFrösche「カエル」とか、トロピカルフルーツの形と味のTropi Frutti、イチゴ・ミルク味で砂糖をまぶした赤い小粒のPrimavera、ひも状のBalla-Balla等々、個人的に好んで口にしたものを上げているだけでもきりがない(大人のくせをしてそんなに色々なグミを食べた方がどうかしているのだが)。
さてこの中にBronchiolというミント味のシリーズがある。Bronchien「気管支」と引っかけた名称で、日本ならさしずめハッカのきいた「のど飴」とか「痰切り飴」とかいったところだろう。
ところでこのBronchiolのシリーズの袋には、日本人なら一目で分かり、おや?と思う、富士山の絵が描いてある。おまけに「純正日本ハッカ入り」と誇らしげにうたってある。恥ずかしい話だが、妻に教えられてこのグミを見るまで、「日本ハッカ」がそんなに有名だと私は知らなかった。(Hariboのグミを日本で論じるのに、Bronchiolを欠かす人があるかと妻に指摘されたのである)日本風を意識したシリーズらしくて、富士山にさらにサクラの花を添えた、Kirsche「サクランボ」風味もある。サクラとサクランボの違いが、日本におけるほど意識されていないらしいのが少々気にはなるが。
第2次世界大戦前まで日本の、特に北海道は世界有数のハッカの生産地で、一時は世界のハッカの7割を生産していたものなのだそうだ。その後は衰退してしまい、今はインドやブラジルが生産の中心だそうだが、それでも日本で改良したハッカが使われ、「日本ハッカ」と呼ばれているのだそうだ。どこで日本の名が発揚されているか分からないものである。
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【筆者プロフィール】
石井 正人(いしい・まさと)
千葉大学教授
専門はドイツ語史
『クラウン独和第4版』編修委員
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【編集部から】
2008年2月に『クラウン独和辞典』(第4版)が刊行されました。日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。
日本語社会 のぞきキャラくり 第70回 キャラクタの「年」(3)
2009年 12月 20日 日曜日 筆者: 定延 利之キャラクタの「年」(3)
ことばを発するキャラクタの「年」を4つの類に分け、そのうち最上域の『老人』を紹介したところで前回は紙数が尽きた。今回は最下域の『幼児』の紹介に入ろう。
『幼児』には、たとえば「まんま」「ブーブー」といった「赤ちゃんことば」を発するという特徴がある。大の大人も赤ん坊に向かって「元気でちたかー」などと「赤ちゃんことば」でしゃべったりすることがあるが、これは相手(赤ん坊)に合わせているだけなので、反例とするにはあたらない。それはちょうど、外国人に「あなたの心配、わたし分かります」などとカタコトの日本語で話しかけられ、日本人が思わず釣り込まれて「ありがとございます」とカタコト日本語で返してしまうことがあり得るからといって(第16回)、「カタコト日本語は『外人』の特徴」という考えを否定しなくてよいのと同じことである。
いま取り上げた「元気でちた」もそうだが、「赤ちゃんことば」のうち、よく目にするものに助動詞「です」の変異体「でちゅ」「でしゅ」がある。変異体といっても、「でちゅ」「でしゅ」は「です」とは少し違った性質を持っている。それは、動詞にも抵抗なく付き、それだけ汎用性が高いということである。
名詞(たとえば「お昼寝」)や形容詞(たとえば「ねむい」)に関しては、「です」「でちゅ」「でしゅ」いずれも付くので特に差はない(「お昼寝です」「ねむいです」、「お昼寝でちゅ」「ねむいでしゅ」)。だが、たとえば「食べるでちゅ」「わかったでしゅ」が自然であるように、「でちゅ」「でしゅ」は動詞(「食べる」「わかった」)にも抵抗なく付く。
これは実は『幼児』の「でちゅ」「でしゅ」にかぎったことではない。「食べるでおじゃる」「食べるでござる」「食べるざます」「食べるっす」などが(いくぶん誇張・戯画化された言い方だったりもするが)それなりに自然であるように、『平安貴族』の「でおじゃる」、『侍』の「でござる」、『上流婦人』の「ざます」、『後輩』の「っす」なども動詞に付く。
これが「です」ならそうはいかない。動詞には「です」が付かない。
いや、付かないというのは言い過ぎである。付くことはある。
たとえば、松本修氏の『探偵!ナイトスクープ アホの遺伝子』(2005, ポプラ社)である。同書には、テレビ番組『探偵!ナイトスクープ』の構成担当者である桑原尚志(しょうじ)氏の文章が引用されている箇所がある。そこで桑原氏は、相原・北川という先輩・後輩のディレクターが番組の作り方をめぐって殴り合うのを目撃したと語り、物を作るとはこういうことか、すごいと感じ入ったと述べている。
問題の箇所はこの直後である。桑原氏は「そのあと相原君、北川君のふたりは一緒に飲みに行ったと思います。ぼくは帰ったですけど」と述べている。
熱~い2人のディレクターに酒席で巻き込まれるのはちょっと、といった腰の引け具合が絶妙に表現されているのは、最後の部分が「帰りましたけど」ではなく、「動詞+です」の「帰ったですけど」であればこそ、なーんて感じるのは私だけだろうか。(続く)
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◇この連載の中国語版と英語版
中国語版⇒角色大世界――日本
英語版⇒An Unofficial Guide for Japanese Characters
【筆者プロフィール】
定延利之(さだのぶ・としゆき)
神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL:http://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm
【編集部から】
「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。
地域語の経済と社会 第79回
2009年 12月 19日 土曜日 筆者: 山下 暁美地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第79回「『京ことば』で綴る写真展」
今回は10月に行われた「第39回京都写真家協会主催『京ことば』で綴る写真展」の会場を訪問したときの話をします(またまた予定を変更して申し訳ないのですが)。パンフレットに会長のあいさつが掲載されています。その中で、会長は、その土地の言葉を例えば、東京弁、九州弁、大阪弁、名古屋弁と呼びますが、当地、京都のことばは、「京都弁」とは呼ばず、「京ことば」と呼ぶ理由について述べています。それは、ともすれば、関西弁に飲みこまれようとする危機から「京ことば」を守る義務を感じるからにほかならないと。写真展では、その思いがじゅうぶん伝わる作品が紹介されていました。
方言は、字づらだけでは伝わらなかったり、ほかのことばでは、ぴったりした表現に言い換えができないことが多くてもどかしい思いをすることがあります。その表現を写真で見ると「ああ、そうだ。な~るほどネェ。」と簡単に理解できます。ここで紹介する写真は、出品した写真家の許可を得て、しろうとの筆者が会場で撮影し、編集したので、元の写真は、もっと美しくすばらしい写真です。
「きしゃ、ごっついな~」(汽車、大きいね【写真1】)と題された、機関車を見ている子どもの写真です。肩車をしてもらっているちいさな子どもの背中と「ごっつい」機関車が対照的です。驚いている子どもの顔が見えるようです。
「よろしゅう おたの申します」(よろしくお願いします【写真2】)は、京都の街角でよく見受ける光景です。挨拶をする場面での人と人との距離の保ち方、視線、腰の折り方までちゃんと見る人に伝わります。人に頼みごとをするときは、「こうでなくっちゃ!」という手本が示されています。
てぬぐいをかぶった年配の婦人が路地ですぐき漬けを売っています。若い女性に「さぶがりやな~」(寒がりだね)と言っています【写真3】。ジャケットを着た若い女性は、寒そうに肩を丸くして手を前に組んでいます。すぐき漬けというのは、千枚漬けと同じく、京都を代表する漬け物で、冬が旬で初物が売られる頃は、とても寒いのです。
最後は、「はんなり」【写真4】です。写真で表現された「はんなり」です。「はんなり」は、「明るく、華やかなさま」を言います。暗闇で舞うほたるが非常にきれいに写しだされています。水面にうつる月の光も華やかさをそえています。第29回「“ほっこり”なべに“はんなり”豆腐でまったりする」でも紹介しましたので、参考にしてください。
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【筆者プロフィール】
言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

山下暁美(やました・あけみ)
明海大学外国語学部・大学院応用言語学研究科教授。博士(学術)。
専門は、日本語教育学・社会言語学。研究テーマは、移民百年を迎えた、ブラジル、アメリカ合衆国などにおける日本語の変化、外国人の日本定住化による共生時代の日本語教育政策。
著書に『書き込み式でよくわかる日本語教育文法講義ノート』(共著、アルク)、『海外の日本語の新しい言語秩序』(単著、三元社)、『スキルアップ文章表現』(共著、おうふう)、『スキルアップ日本語表現』(単著、おうふう)、『解説日本語教育史年表(Excel 年表データ付)』(単著、国書刊行会)、『ふしぎびっくり語源博物館4 歴史・芸能・遊びのことば』(共著、ほるぷ出版)などがある。
【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載の始まりです。
この連載への質問、また「ここでこんな方言みやげ・グッズを見た」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「地域語の経済と社会」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。
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2007年









