人名用漢字の新字旧字

第48回 「琉」と「瑠」

筆者:
2009年12月3日

「瑠」は昭和51年7月30日に人名用漢字になりました。「琉」は平成9年12月3日に人名用漢字になりました。つまり、現在では「瑠」も「琉」も出生届に書いてOK。「瑠」と「琉」は単なる異体字で、別に新旧の関係ではないのですが、ここではあえて「瑠」を旧字、「琉」を新字と呼ぶことにしましょう。

法務省民事局は昭和50年7月、子供の名づけに使える漢字として追加すべきものを、全国の市区町村を対象に調査しました。さらに法務省民事局は、法務大臣の私的諮問機関として、人名用漢字問題懇談会を発足させ、人名用漢字に新たに28字を追加すべきだ、という結論を得ました(昭和51年5月25日)。この28字の中に、旧字の「瑠」が含まれていたのです。そして昭和51年7月30日、「瑠」を含む28字は、人名用漢字追加表として内閣告示されました。

法務省民事局は昭和63年5月にも、子供の名づけに使える漢字として追加すべきものを、全国の市区町村を対象に調査しました。これを受けて、平成元年2月13日に民事行政審議会が発足し、人名用漢字追加の審議を開始しました。この審議の中で、新字の「琉」の追加も議論されたのですが、旧字の「瑠」がすでに人名用漢字だったので、一字種一字体の原則により、「琉」の人名用漢字追加は見送られました。

平成9年1月24日、那覇市のとある夫婦のもとに、男の子が誕生しました。両親は、この子に「琉」と名づけ、那覇市役所に出生届を提出しました。那覇市としては、実は、この出生届を受理したかったのですが、那覇地方法務局に照会した結果、3月11日に出生届を不受理処分としました。両親はやむをえず、3月19日に「名未定」とした出生届を再提出しました。これに対し、那覇市長の親泊康晴は、みずからが会長をつとめる沖縄県戸籍住民基本台帳事務協議会にこの問題を諮り、「琉」が人名用漢字に追加されるよう、法務省にはたらきかけていくことを決議しました。

ところが、両親が留学のためにパスポートを取得しようとしたところ、「琉」ちゃんは戸籍上「名未定」であるために、パスポートの取得を拒否されました。ここに両親は、子供の名を「琉」とする出生届を受理するよう、那覇市長を相手どって、那覇家庭裁判所に不服を申立てたのです(平成9年7月30日)。

那覇市長は、形式上この不服申立てを受けて立つ一方、8月5日に鹿児島で開催された九州ブロック戸籍事務協議会で、「琉」の人名用漢字追加を強く要望します。さらに10月21日の全国連合戸籍事務協議会総会において、「琉」の追加を法務省に要求する決議が、賛成多数で採択されます。これを受けて、11月13日の参議院法務委員会では、下稲葉耕吉法務大臣が「私自身も、どういうふうな経緯で琉球の琉という字が人名漢字から落ちたか疑問に思う」と答え、「早急に結論を出したい」と約束しました。

平成9年11月18日、那覇家庭裁判所は、子供の名を「琉」とする出生届を受理するよう、那覇市長に命令しました。那覇市側は、この審判に対して即時抗告をおこなわず、12月3日をもって審判が確定しました。同じ平成9年12月3日、下稲葉耕吉法務大臣の名で戸籍法施行規則が改正され、「琉」1字だけが人名用漢字に追加されました。この結果、現在では「瑠」も「琉」も出生届に書いてOKなのです。ちなみに現在、常用漢字の改正が検討されていて、旧字の「瑠」が人名用漢字から常用漢字になる可能性があるようです。その時、新字の「琉」はどうなるんでしょうね。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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