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漢字の現在:あなたを迷わすスーパー…

2009年 12月 10日 木曜日 筆者: 笹原 宏之

漢字の現在 第53回 あなたを迷わすスーパーマーケット?

 先日、急に中国の北方へ行くことになった。教え子の学位審査に招かれてのことで、「○」(博士論文となると「チェック」ではない 第37回参照)か「×」を慎重に書き込む役目となったためなのだが、初めての吉林省は冬の入り口にしてすでに氷点下15度の世界であった。

 さて、その長春市内で、ある看板を見掛けた。


【長春市内のお店の看板】

 「迷你(イ+尓はね)」(mi2ni3 ミーニー)で「ミニ」(英語mini)、「超市」で「スーパー・マーケット」。発音からの訳語と、意味からの訳語とが連なったもので、「ミニ・スーパー」という意味だ。

 この「迷你」といえば、「裙」(qun2 チュン スカート)と熟合した「迷你裙」を思い出す人が少なからずおいでであろう。それが「ミニ・スカート」を意味するものだと聞いた日本人には、「さすが中国の人は、漢字を実にうまく使っている」と、感動する向きがかなりあるようだ。中国の人の「純情さ」に感心することもあったそうだ。中国語の入門書や雑学本のたぐいでも、しばしば「名当て字」のようにして取り上げられている。

 この3字を見て、どのように感じられるかを、日本の学生たちに尋ねてみた。「ミーニー・チュン」のように読むこと、「ニー」は「あなた」、「裙」はスカートのことだとは説明した。すると、次のような回答があった。

 ・男を「迷」わす!(惑わす・誘惑する)
 ・「迷」という字のせいで、ミニスカートを批判しているように感じる
 ・「迷」の字があるから、気の「迷」いで身に付けるもののように思う

 やはり、表記に用いられた漢字が、解釈に影響を与えるようだ。さらに、

 ・「迷」惑な格好というイメージ
 ・目のやり場所に「迷」うから
 ・まだ「迷」っている、若いの意味かと
 ・「迷」った時に使えるスカート
 ・はいてもいいのか「迷」っているため
 ・スカート丈が短すぎてどれか「迷」ってしまうから

などという意見もあった。小さい子が「迷」子になるから、見えそうでハラハラするから、何も利点がないのにどうしてはくのか理解ができないから、などほかにも漢字の意味をなんとなく、あるいは強く意識した回答があった。語を構成する字を視覚的に分析して、語義やニュアンスを見抜こう、考えようとする傾向が日本人にはけっこう強いことがうかがえる。

 しかし、当の中国の人に聞くと、「その外来語に、漢字を当てた人は、意味まで考えたのかもしれないが、私たちはふだん何も考えずに、見たり書いたりしている」という趣旨のことを話してくれた。ミニスカートがかつての中国では珍しく、斬新な服装であったことは確かであるが、それは日本でもそう変わらないことであった。外国語を中国語に取り込むためには、音訳であれ意訳であれ漢字を介するしか選択肢がほぼなく、身近すぎてごく当たり前の存在である表記漢字について、とやかく顧みることすらないものとなっているようだ。

 ほかの中国人留学生たちによると、実際に中国の人々は、「ミーニーチュン」という単語を、子供のころに耳から覚えるのだそうで、それが英語からの外来語とも意識しないうちに、聞き取って習得するわけだ。中国にはむろんカタカナがない。ピンインというローマ字も、きちんとした表記の場面では通常使用されない。

 後になってから漢字による表記を知ることになるのだが、「あなたを迷わせる(惑わす)」なんて意味は、彼女たちによると別に読み取らないのだそうだ。誰に聞いてもたいていそういった答えが返ってくる。漢字は、中国では漢語の発音をさらりと表す文字として第一に機能している。日本のように、漢字の字体や構成、そして字義など目に頼ろうとする表記は、案外さほど意識にのぼってはいないのだ。

 どうも日本人は、漢字について、こうした熟語であっても、「人」「食」「親」など単字であっても、字の意味を深く、とはいえ直感的に、考えすぎる習性があるように思える。一部でもてはやされる新奇な字源説についても、思い当たる点はなかろうか。「子供」などの表記の昨今の状況にもそうした節もあろうし、前回の「豆腐」についても、それは感じられるであろう。

 漢字というものには、必ず深い意味があるはずで、それを読み取らなければ、という思い入れが日本では支配的であるようにも感じられまいか。それは、なまじ、ひらがな、カタカナという主に発音だけと結びつく表音文字と併用されていることとも関わっていよう。つまり、それらと比較すると、漢字は意味を強く担っていて、それが漢字にとって極めて重要なことだ、という意識にもよるのであろう。殷代以来、仮借が表記に多用されてきたこととは別の状況といえる。

 また、漢字の永い歴史、複雑な字体と構成要素の組み合わせによる表現に対しても、一種の「かいかぶり」が生じていないだろうか。日本人は、中国の宗教や思想などに宿った神秘的なイメージに概して弱いようだ。中国でのそれよりも、さらに強いという可能性すら感じられる。時折巻き起こる「漢字ブーム」なるものの根底を支える意識の中心に、このような空想があるのだとすれば、そこからの実質的な展開は望みがたい。そこには、中国の人ならば、日本人と違ってきっと漢字を使いこなしている、という思い込みも重なる点があろう。しかし、中国の人でもやはり漢字は間違えることがあるし、そもそも辞書に載っている字であっても、読みも意味も知らないというケースも多いのである。

 最初に戻って、「超市」は、中国における外来語に対する直訳であり、別の観点からはもちろん意訳といえる。凝縮された意味の表出機能を漢字が十分に発揮している典型例であり、それで熟語を形成しているともみられる。これと、上記の「ミニ」の音訳とは、実は截然と区別してとらえる必要があった。ミニスーパーが、「あなたを迷わすスーパー」という意味が込められているものかどうか、写真を見ていただければ、おのずと明らかではなかろうか(別の色々な意味で迷ってしまうことはあるかもしれないが)。

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【筆者プロフィール】

『国字の位相と展開』笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
 早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)などがある。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞

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【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「「腐」の字嫌いの拡大と他の漢字圏」でした。

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2009年 12月 10日