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『三省堂国語辞典』のすすめ その98

2009年 12月 16日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

ビシッと決め打ち。ボールならいいけど。

学生レポート
【決め打ちレポートはだめよ】

 文章を書くとき、まだ実際に調べてもいないのに、あらかじめ「こういう結論にしよう」と決めてかかることがあります。これを「決め打ち」と言います。「ある程度決め打ちしなくちゃ、書けませんよ」などと使います。単に仮説を立てるのとは違って、結論まで決めてしまうのですから、真実から離れるおそれが強まります。

 「決め打ち」は、『三省堂国語辞典 第六版』で初めて収録しました。「決める」と「打つ」からなるごく平凡なことばの割には、見ただけでは意味が取りにくいので、辞書に載っていれば便利だと思います。

 報道や論文で「決め打ち」をするとろくなものになりませんが、創作なら話は別です。この場合は、結論をあらかじめ決めるというのとはちょっと違います。作家の万城目学さんは、京都を舞台にした小説が大評判になった後、次回作の舞台を奈良にしました。

野球のヒッティング
【野球から来たか?】

 〈「京都の次は決め打ちでやろう、と場所と題名を先に考えた。主人公が何かにしくじってシカの顔になるとか、シカがしゃべるとか」〉(『毎日新聞』夕刊 2007.8.3 p.3)

 小説のテーマよりも、道具立てを先に考えた、ということでしょう。こういった例を考え合わせて、「決め打ち」の語釈は次のようにしました。

 〈あらかじめ段取りを決めて、そのとおりにすること。「―報道」〉

 ところが、「決め打ち」はほかの場合にもよく使われます。たとえば、野球で〈決め打ちすれば、ワンバウンドしそうな低い球をも本塁打してしまう城島〉(『毎日』2001.6.20 p.19)。また、囲碁で〈〔小林光一棋聖(当時)は〕「ここはこう打つものだ」という、いわゆる決め打ちで決断も速い。〉(『朝日』夕刊 1988.8.31 p.7)といった具合です。

囲碁の盤面
【囲碁から来たか?】

 野球も囲碁も文字通り打つものですから、こちらのほうが本来の用法に近いでしょう。これを1番目の意味に載せることにしました。ただ、そもそもの出元は、野球か、囲碁か、それは分かりません。結局、平等に次のように記しました。

 〈1〔碁石(ゴイシ)・ボールなどを〕あらかじめ決めたとおりに打つこと。「ストライクを―する」 2〔上記のとおり〕〉

 このほか、ゴルフ・将棋(指すものなのに?)・株の取り引きなどの例も出てきます。かなり広く使われることばです。

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筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

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【編集部から】
生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され、「【サンコク】メディアでの紹介」の記事にある通り、各方面で取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。

2009年 12月 16日