明解PISA大事典

第29回 「習得」「活用」「探求」とフィンランド教育 フィンランドから日本へ2

筆者:
2010年1月15日

最近「習得」「活用」「探求」という言葉をよく聞くようになり、いつのまにか「PISA型学力=活用型学力」という等式が成り立つようになり、それに関連して「フィンランドではどういうふうに活用型授業を……」というような質問が投げかけられるようになった。この類の質問がいちばん困る。日本とフィンランドは違う。日本の考えかたをフィンランドにそのまま当てはめて答えるのは至難のワザである。

とはいえ、世界的な学力観の転換の中で(⇒第12回第13回参照)、フィンランドにおいても指導方法が転換したことは事実である。これを俗に「注入型」から「喚起・共有・探求型」への転換という。

80年代半ばくらいまで、フィンランドの学校では注入型の授業が行われていた。たとえば、何らかのテーマについて教えるとすると、「注入」型の授業においては――

①先生がテーマについての知識を一方的に教え込む。
②子どもは教えられたことを覚え込む。
③教え込んだことを、きちんと覚え込んでいるかどうかを確かめる。

しかし、世界的に学力観が転換したこと、またこのやりかたは効率的なように見えるが効率的ではないところもある(すぐ覚えるが、すぐ忘れる)ことから、80年代から90年代にかけて「喚起・共有・探求」型の授業へと大転換がなされた。この型で教える場合、次のような流れになる。

①発問「テーマについて何を知っていますか?」
 子ども個々の知識と経験を喚起し、それを全員で共有する。
②発問「テーマについて何を知りたいですか?」
 子ども個々の疑問を喚起し、それも全員で共有する。
 (ここで教師は子どもたちの疑問を整理する)
③分業体制で知りたいことを調べる。
 整理された疑問について、グループごとに手分けして調べる。
 必ずしも「自分の知りたいこと」を調べるわけではない。
④調べたことを発表する。
 グループごとに調べた内容は異なるため、これによって新たな知識を共有する。
⑤終了課題:
 たとえば個々に/グループでテーマに関わる説明文を書く。

この方式は、国語の説明文の授業にそのまま当てはめることができる。たとえば、フィンランド国語教科書小学3年生の「モルモット」(1)であれば――

①発問「モルモットについて何を知っていますか?」
②説明文「モルモット」を読む。
③発問「説明文『モルモット』を読んで新たに分かったことは何ですか?」
④発問「モルモットについて、さらに知りたいことは何ですか?」
⑤分業体制で調べる~調べた内容を発表して共有する。
⑥終了課題:説明文「モルモット」に、自分たちで調べた内容を書き加える。

この方法がフィンランドで初めて提唱されたのは80年代半ばとのことだが、普及するには教科書(+教師用指導書)の変化が必要であったため、ある程度定着するまでに10年近くを要したという(2)

さて、日本はどうだろう。

* * *

(1) 『フィンランド国語教科書 小学3年生』pp37-38 メルヴィ・バレ他著/北川達夫訳/経済界 2006年

(2) フィンランド教育庁Pirjo Sinkoさん、教科書執筆者Mervi Wareさんの談話より。
  二人については第27回の注を参照⇒「第27回 フィンランド紀行7」の注へ

筆者プロフィール

北川 達夫 ( きたがわ・たつお)

教材作家・教育コンサルタント・チェンバロ奏者・武芸者・漢学生
(財)文字・活字文化推進機構調査研究委員
日本教育大学院大学客員教授
1966年東京生まれ。英・仏・中・芬・典・愛沙語の通訳・翻訳家として活動しつつ、フィンランドで「母語と文学」科の教科教育法と教材作法を学ぶ。国際的な教材作家として日芬をはじめ、旧中・東欧圏の教科書・教材制作に携わるとともに、各地の学校を巡り、グローバル・スタンダードの言語教育を指導している。詳しいプロフィールはこちら⇒『ニッポンには対話がない』情報ページ
著書に、『知的英語の習得術』(学習研究社 2003)、『「論理力」がカンタンに身につく本』(大和出版 2004)、『図解フィンランド・メソッド入門』(経済界 2005)、『知的英語センスが身につく名文音読』(学習研究社 2005)、編訳書に「フィンランド国語教科書」シリーズ(経済界 2005 ~ 2008)、対談集に演出家・平田オリザさんとの対談『ニッポンには対話がない―学びとコミュニケーションの再生』(三省堂 2008)組織開発デザイナー・清宮普美代さんとの対談『対話流―未来を生みだすコミュニケーション』(三省堂 2009★新刊★)など。
『週刊 東洋経済』にて「わかりあえない時代の『対話力』入門」連載中。

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