2010年 1月 のアーカイブ
間投詞damn,hell―『英語談話表現辞典』覚え書き(13)―
2010年 1月 21日 木曜日 筆者: 内田 聖二前回はいらだち・狼狽した気持ちなどを典型的に表現する間投詞としてのJesusとChristを概説しました。今回は同じような気持ちを強く表すdamnとhellに焦点を合わせてみます。
Damnには動詞、名詞、形容詞の用法があり、たとえば、形容詞としてはDamn weather!(いやな天気だ!)のようにも用いられ、ここでもいらだった気持ちを伝えることができます。動詞としての用法から Damn! のように一語で、あるいは Damn it! のような目的語itを伴った形で間投詞的に使われ、怒り・非難・不満の気持ちを表します。命令文のようにみえますが、(May) God damn it.(神の罰がありますように)という祈願文が起源です。本辞典では Damn it! を見出し語として次のように説明しています。
1 〈相手の行動に対する怒り・非難・不満を表して〉くそっ, ちくしょう, いまいましい, 何てことだ:/“I broke some cups.” “Damn it! I always tell you not to touch them!” 「コーヒーカップを割ってしまった」「なんてこった! 触るなっていつも言ってるのに」.
2 〈自分の力の及ばないことに対する怒り・非難・不満を表して〉くそっ, ちくしょう, 何てことだ:《交通渋滞に巻き込まれて》Damn it! I should have left earlier. なんてこった, もっと早く出発すればよかった.
3 〈自分の行動に対するいらだちを表して〉くそっ, ちくしょう, しまった:Damn it! I spilled my coffee! しまった, コーヒーをこぼしちゃった! /.
4 〈自分が所有する物の不具合などに対するいらだちを表して〉くそっ, ちくしょう:Damn it, my watch has stopped! くそっ, 時計が止まっちまってる! /
もともと「地獄」を表すhellはheaven(天国)に対する語です。heavenもGood heavensのように間投詞としての用法がありますが、hellのほうが圧倒的に多くみられます。また、Good heavens はどちらかというとやわらかい響きがありますが、hellは日本語の「ちくしょう!」に相当する男性的なはげしいことばです。いらついた感情表現のきっかけになるのは相手のことばがおもですが、自分の発言中にもそのような感情におちいることもあります。本辞典では立項していませんが、次のように記述してみました。用例は三省堂コーパスを改変したものです。
1 〈相手の発言・行為にいらだって〉何だって、くそくらえ、ちくしょう:“Million dollars and the house is yours!” “Hell, you can practically buy the whole area for that!”「百万ドルでこの家はあなたのものです」「くそくらえだ、それだけあればこのあたり全部買えるじゃないか」
2 〈自分の発言中にいらだちをおぼえて〉くそっ、何と言っても、まったくもう:《解雇を言い渡して》“You better get outta here.” “I’m goin’! Hell, you couldn’t pay me to stay.”「出て行ってくれ」「出て行くよ。くそっ、いても給料も払えないくせに」/ Well, why didn’t you come to my party? Hell, everyone else came! どうしてパーティに来てくれなかったんだ?ったくもう、ほかはみんな来てくれたんだぜ。
また、強い感情表現ということから応答のyes/noを強める用法もあります。
3 〈疑問文の答えyes/noを強調して〉もちろん、とんでもない:“Is this your car?” “Hell, no, it belongs to my sister.”「この車、君のか?」「とんでもない、姉のだよ」/ “Are you hungry?” “Hell yeah. I’m starving.”「おなかへってる?」「もちろんだよ、ぺこぺこだ」
なお、賛意を含意する感情表現としても用いられます。
4 〈賛意を表して〉わーお、まったく、よし:“What shall we do? Soccer?” “Well, it looks like rain. Playing TV games?” “Hell, that’s a good idea.”「なにしよう、サッカーは?」「雨降ってくるよ。テレビゲームは?」「よーし、それにしよう」
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【筆者プロフィール】
内田聖二(うちだ・せいじ)
奈良女子大学教授
専門は英語学、言語学(語用論)
主な業績:『英語基本動詞辞典』(1980年)研究社(小西友七編、分担執筆及び校閲)
『英語基本形容詞・副詞辞典』(1989年)研究社(小西友七編、分担執筆及び校閲)
『英語基礎語彙の文法』(1993年)英宝社(衣笠忠司、赤野一郎と共編著)
『関連性理論-伝達と認知-』(初版1993年、第2版1999年)研究社(共訳)
『小学館ランダムハウス英和大辞典』(第2版1994年)小学館(小西友七・安井稔・國廣哲弥・堀内克明編、分担執筆)
Relevance Theory: Applications and Implications, 1998, John Benjamins.(Robyn Carstonと共編著)
『英語基本名詞辞典』(2001年)研究社(小西友七編、分担執筆及び校閲)
『ユースプログレッシブ英和辞典』(2004年)小学館(八木克正編集主幹、編集委員)
『新英語学概論』(2006年)英宝社(八木克正編、共著)
『思考と発話』(2007年)研究社(共訳)
『子どもとことばの出会い』(2008年)研究社(監訳)
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【編集部から】
語用論的な情報をふんだんに盛り込んだ、日本発の本格的な発信型会話・談話表現辞典、『英語談話表現辞典』について、編者の内田聖二先生にご紹介いただきます。
書籍購入者は、http://dce.dual-d.netにて本辞典の全データを収録したウェブ版辞典を無料で使用できます。
漢字の現在:「点々」のもつ意味
2010年 1月 21日 木曜日 筆者: 笹原 宏之漢字の現在 第56回 「点々」のもつ意味
「へ」や「様」という文字や「ハートマーク」には、ここ2回に掲げたように点々という記号が付されることがある。「!」(イクスクラメーションマーク・びっくりマーク)にも、同様に「=」のような2つの線が書かれることがあった。やはり文末の句読点のごとき役目を、この点々のたぐいが兼ねている可能性が考えられる。
「
」は、手紙や色紙のたぐいで、「……宛」という意味で用いられることが多く、名前の部分や「君」などの敬称、ひいては文章の部分を注目させるとともに、それらと区別し、機能を特定する記号としての役割も負わされているようだ。誰宛の手紙かということが一瞬で認識できるのである。相手のところに、ちょうど止まるような意味をもつようなイメージがあったという意見もある。間違いありません、という確認や念押しの意味を見出す女子もいる。「御中」のような意味のほか、「へ」では失礼なので、手紙で行われる二重線で自分宛の「様」「御」を消すかのように「〃」で取り消している、という待遇表現を兼ねた見せ消ちのようなとらえ方もなされている。人々の間で、それに対する解釈は、こうした例のように種々に行われており、新しいところでは、「バイバイ」と手を振る絵文字の右に付される漫画風の動線 (motion lines) やブレのような線と重なる気もするとの指摘も聞かれる。
また、簡易すぎる字面が寂しく、「間抜け」に見えてしまう欠点を補う働きも見出される。「へ」が「屁」に通じてしまうことも別の観点から間抜けではあった。とにかく無愛想とか素っ気なく感じられてはいけないという。また、しまりを与えるという点では以前に触れた「〆」(しめ)とも関連してくる。漢字でもバランスが取りにくかったり、字画が物足りなかったりする字体には、「捨て点」や「補空」が加えられることがあった。たとえば「人」に「〃」が加えられるといった異体字の一群である(ただし、それは「仁」によるという見方など、もとは別字だったとの説も江戸時代には唱えられている)。
「文」という漢字にも、「彡」が加えられた字があるなど、類例も挙げられる。『誹風柳多留』(第24編まで)では、「文」と、「文」に「〃」とさらに右下に「、」が加わった崩し字は、「ふみ」という和語で読むべき例の表記だけに使われているという(前田富祺「川柳の漢字」『漢字講座』7)。見栄えばかりの話ではなさそうで、読みを字形で分担していたようだ。こうした「ふみ」の字や、手紙には「〃」を足すという習慣も、かつて手紙での「へ」の形に、影響を与えたという可能性も押さえておきたい。
この「
」という一つの事象が広く定着したのには、まだほかにも種々の要因が絡まり合っていたことが想像される。「へ」では、助詞の「e」ではなく、カタカナの「ヘ」(現在では多くの文章で「he」と発音する際にだけ使われている)とも読み間違えられかねない。そして、前述のように「屁」に通じかねないので避けたい、なんていう意識もあり、実際にあえて「江」が使用される場合もある(火消しに「へ組」がなかったことも有名だ)。「
」は、「え」や「江」の字形から変化したものか、その「エ」が3画なので、「へ」も3画にしたのかな、という推測まで見られる。「〃」で音を半分に断裁するというイメージを抱く者もある。「その文字の本来の意味を一度消す」とか、「へ〈の手紙〉」「へ〈向けて・宛てて〉」などの細かい文句を省略した記号とする意見と通じる点があろう。何かの変形といえば、「心」という字の変形と見る意見も複数あり、文字に深い意味を求めようとする日本人の心性をここでも見た思いがする。
「へ」を表音的に「え」と記し、その「え」の末尾にやはり「〃」を貫いてみたり、「え゛」(これはここでは濁音符ではない)としてみたり、女子ではグループごとに種々の応用がなされる。こうすることで、確かに宛名との切れ目が明確にもなり、見分けやすくならないこともない。そっくりなカタカナの「ヘ」や、記号の「~」「ー」(伸ばし棒と呼ばれている)など、別の字や記号と区別するために付けられた、いわば示差的特徴として認識されることもある。「0」「7」「Z」などに点画が加わるのと同様にしつつ、宛先として目立たせるというのだ。
先に触れた人生の先輩たちに、都内の小学校の跡地でお話をする際には、こちらも教わることが少なからずある。せめて双方向の授業をと心掛ける中で、年配の女性から、新潟の「田舎」の女学校で、60年くらい前に「○○様
」としたためることがすでに流行していた、という記憶を語っていただいた。これには、脈々と受け継がれているこの字のことがだいぶ分かったような気がして、とても感激した。「たわいもないことでした」と、理由も特に意識されていなかったそうだが、女子は今日のケータイメールに至るまで、さまざまな身の回りのものと同様に、文字をも飾ろうとする傾向が続いていたのだ。これを聞いて、ほかの方にもうかがってみると、なるほどその頃にはあちこちで見られたそうだ。
戦後間もなく、あるいは大正期辺りの女学生であれば、書道も欧文も、ある程度まで嗜みとしても習っていて、古来の伝統についての教養も今よりは概して高く、舶来の事物への憧れもすでにあったことであろう。そこで、この流行が始まったという可能性も感じている。そもそも「ノノ点」と呼ばれる繰り返し記号「〃」も、東洋の「=」(々の祖形)やその崩し(さらに「ヒ」「ヽ」などとなる)のたぐいと、西洋の「,,」との影響を受けて、日本で発展したものなのでは、と私は考えている。江戸時代には、日本独自の「ハ」のような形の記号がお家流で縦書きに記された文書の中で、右行を受けて反復させるために、一般的に使われていた。引用符もまた同様なのではなかろうか。
上記の理由のうちで、実際にいくつかが複合していたことが考えられるが、この「
」という字が生まれた時、そして広まった時には、それはどこまで意識されていたのだろう。あるいは、何となく感得できるものがあっただけで十分な、軽い存在だったのかもしれない。
縦書きで記された60年以上前のそれらの手紙は、どこかに1通でも残っていないだろうか。歴史の闇に埋もれさせてはならない、という思いがする。文字コードの関係でパソコンでは、この「
」はふつう打てない。紙と違って画面上では、ほとんど需要がないのであろう。この先、筆記媒体がさらに移り変わっていくなかで、「
」は、どういう意味を意識されながら、どのような人々の間で、いつまで伝承されていくのかも、追いかけ続けていきたい。
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【筆者プロフィール】
笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)などがある。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。
【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「年賀状の「様」にも点々?」でした。
この連載への質問、また「ここでこんな字が使われていた」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「漢字の現在」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。
国語辞典入門:国語辞典と実用辞典
2010年 1月 20日 水曜日 筆者: 飯間 浩明第2回 実用辞典は役に立つ
実用辞典について、もう少しくわしく話しましょう。
一般に、国語辞典をテーマにする文章では、実用辞典について触れることはあまりありません。英語やペン字、その他の付録は便利だとしても、国語辞典としては論ずるまでもないかのように、無視して通りすぎます。
これは不当な扱いというべきです。その呼び名にかかわらず、実用辞典はあまり役に立たないという偏見があるのかもしれません。でも、私たちが日常の読み書きで困ったとき、実用辞典があれば、じつは、ほとんどの用は足りるものです。
たとえば、テレビを見ていると、出演者が「シンタン問屋」ということばを使い、アナウンサーが分からなかったという場面がありました。シンタンとは何か。実用辞典の『広辞典』を引いてみると、〈薪炭 たきぎと炭。燃料。〉と出ています。
あるいは、コマーシャルを見ていると、〈脂肪の吸収を抑える〉の「抑」の右側が「卯」になっていました。「こんな字だっけ?」と気になり、やはり『広辞典』で確かめると、「抑」の活字に加えて、楷行草の三体まで添えてあります。満足な答えが得られました。
このように、日常生活で出てくるささいなことばの疑問は、実用辞典でだいたい解消できます。「国語辞典入門」の趣旨から外れそうですが、何千円も出して国語辞典を買いたくないという人は、千何百円程度で買える実用辞典を1冊持っておけば、そんなに困ることはないはずです。
このことは、実用辞典の内容が国語辞典と同じだということを意味しません。実用辞典は、その価格に見合う程度に、「実用上はあまり必要がない」と思われる要素は大胆に削ってあります。その結果、一般の国語辞典ならば少なくとも6万語以上のことばを載せるのに対し、実用辞典は3万から5万語程度のことばに止まっています。
私が小学生のころ使っていた『広辞典』は、国語辞典を上回る分厚さで私を圧倒しましたが、それでも、実際の収録語数は4万5000語にすぎませんでした。厚手の紙を使っていたので、全体も分厚くなっていただけのことでした。後に、語数は5万語まで増えましたが、紙が改良されたため、かえって1センチ近くも薄くなりました。
実用辞典は「いらないことば」を削っている
実用辞典で削られている「いらないことば」の筆頭は俗語です。たとえば、「すってんてん」とか「からっけつ」とかいう語を引いても出てきません。もっとも、こんなことばは手紙にも使わないし、漢字を調べる必要もないので、載せなくても正解ともいえます。
また、派生語も多く省略されます。ふつうの国語辞典には「広がる」も「広げる」も載っていますが、『広辞典』には「広がる」しかありません。「広げる」は「広がる」の意味から類推せよということでしょう。
多少困るかもしれないのは、新しいことばが載っていないことです。『広辞典』の最新の第五版補訂版は2009年に出ていますが、これには「インターネット」「携帯電話」「財務省」など、ここ10年前後で広まった新語が入っていません。今の国語辞典なら、たいてい入っている項目です。実用辞典は、国語辞典ほど項目の入れ替えを頻繁に行わないため、こういう部分が出てきます(初版の新しい実用辞典は別です)。
もっとも、インターネットや携帯電話のことは、私たちはよく知っています。事改めて確かめる必要もないので、実用辞典にはなくてもいいかもしれません。「携帯」ということばは載っており、字を確かめる役には立ちます。
つまり、実用辞典に載っていることばは、ひと言で言えば「学校の国語のテストに出てくるような、常識の範囲のことば」と考えれば間違いありません。「『成績』と『成積』のどちらが正しいか」「『シンタン問屋』とは何か」「『脂肪の吸収をオサえる』の『オサえる』はどう書くか」など、これまで挙げてきた例は、知らないとちょっと恥ずかしい、常識に属するものです。こういった問題は、実用辞典で見事に解決できます。大学入試の漢字の答え合わせをするのにも、実用辞典で十分間に合います。
実用辞典が「学校の国語のテストに出てくるような、常識の範囲のことば」を載せているならば、小学生や中学生が勉強のためにこれを使ってもいいはずです。小学生の私が、いわゆる学習国語辞典を使わずに、『広辞典』を使っていたのは、それなりに合理性があったわけです。
ただ、私は、中学に上がるころから、次第に『広辞典』に不満を感じるようになりました。ある理由で、自分のために新しい国語辞典がほしくなったのです。
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◆飯間先生のもう一つの連載は⇒「『三省堂国語辞典』のすすめ」目次へ
◆飯間先生の記事はここにも⇒「三省堂WebDictionary」ことばパティオ第8回「「串刺し」に堪える語釈でなければならない」
筆者プロフィール
飯間浩明(いいま・ひろあき)
早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)
【編集部から】
これまで「『三省堂国語辞典』のすすめ」をご執筆くださった飯間浩明先生に「国語辞典の知っているようで知らないことを」とリクエストし、「『サンコク』のすすめ」が100回を迎えるのを機に、日本語のいろいろな辞典の話を展開していただくことになりました。
辞典はどれも同じじゃありません。国語辞典選びのヒントにもなり、国語辞典遊びの世界へも導いてくれる「国語辞典入門」の始まりです。
社会言語学者の雑記帳3-3 社会言語学者になるまで
2010年 1月 19日 火曜日 筆者: 松田 謙次郎社会言語学者になるまで(3)
さて、大分間が開いてしまいましたが<(_ _)>、社会言語学者になるまでの続きを。
勇躍フィラデルフィアに到着して、学生生活が始まりました。聞かされていた通り、ほとんどの授業内容は最初の頃は簡単ですが、急カーブで難しくなっていきます。
しかーし!一番大変だったのは、以前ここでも書いたフィールドワークの授業です。憧れのLabov教授の担当で、4~5人のグループになり、右も左も分からない(おまけに治安が最悪な!)フィラデルフィアの地図を渡され、市内のある一画を担当し、毎週授業で出される課題とテープレコーダを片手に、担当地域の家々を一軒一軒訪ね歩くのです。治安も悪い中、郊外の大多数が白人という住宅街を、突然怪しげな東洋人が、「すみません、この地域のことを調べているのですが」などと言ってドアを叩いてくる。そう、当然誰も応えてくれません。もっとも私のグループは私以外皆白人だったにもかかわらず同じ結果だったので、人種はこの際関係ないかも知れません。
この授業では、「このリストを読ませて録音し、発音を分析してレポートに書いてテープと一緒に提出しろ」だの、「長時間のインタビューを取って来い」だの、「そのインタビューにあるナラティブを分析して来い」だのと、毎週課題が出されます(ひぃ)。次の授業では我々のレポートが全員に配られ、たまーに褒められ、たいていけなされます(泣) 訪ねた先では”Out!”と追いやられたり、被調査者を探しに入ったバーでは、「日本人は嫌いだっ!」と椅子を投げられそうになったりしながらフィールドから帰り、皆げっそりした顔で課題をやっつけたものです。ちなみにこの時苦労を共にした者は、私以外はみな立派な研究者になりましたヾ(・・;)ォィォィ この授業では他にも、「レストランに行ってオーダーを取られてから勘定を払って出るまでのやりとりを記録せよ」とか、「マクドナルドの店に行き、客の会話に出てくる-ingの発音を記録せよ」などといったユニークな課題も出されました。この授業では、フィラデルフィアという街、そしてアメリカ人との接し方も実践的に学びました。
フィールドワークの他にも音声学、音韻論、語用論、歴史言語学などの授業を取りましたが、たいてい教授が説明し、学生がどんどん質問しながら授業が進みます。リーディングの多さは前からさんざ言われていたので驚きませんでしたが、重要なポイントになると先生も早口になり、スラング交じりになるのには閉口しました。もっとも、そういう時こそ質問のし時です (^0^)┘
最後は試験のこともありますが、たいていペーパーを書かされます。授業で扱ったことに関連するテーマを取り上げ、自分で曲がりなりにも分析をします。学期末にこれが重なるのが非常に大変ですが、こうしたペーパーから博士論文に繋がっていくこともあるので気が抜けません。
日本では、「この道一筋」ではありませんが、一度決めたテーマは何があっても貫徹するのが尊ばれ、テーマを変えることがあまり歓迎されない傾向にあるようです。しかし、アメリカの学生・研究者はあまりそうしたことに頓着しません。極端な例ですが、有名な生成文法家として名を馳せた人が、いきなりばりばりの変異理論的な論文を発表するということも最近ありました。その人が以前何に関心を持っていようが、何年それをやってきていようが関係ない。要は面白くて重要な発見ができ、学界に大きな貢献ができるかどうかだけが問われてしまう。よって学生も学部時代は数学専攻でした、なんて人は珍しくありません。でもそうした人が参入することでどんどん新しい発想が生まれ、新たな発見やパラダイムが生み出されていきます。
これと関連することですが、特にペンシルバニア大では、コンピュータサイエンス、生成文法、社会言語学、歴史言語学の研究者が互いの研究に深く興味を持ち、共同研究も盛んでした。ここでは、「あれはパフォーマンスだから」とか「理想化された話者なんているわけないでしょ」などと言って排斥せず、その枠組みで何が分かるのか、目下の興味や関心にどのように生かせるのかと貪欲に考え、実際にプロジェクトを一緒にやって共著ペーパーを書いてしまうということが日常的に行われていました。日本ではなかなかあり得ないことでしょう。
さて、こうして授業をこなしていくうちに1年目は無事終了。2年目からはリサーチアシスタントとして指導教授の手伝いもすることになり、やがて学会発表をすることになりました。ここら辺はまた次回ということで ε=ε=ε=ε=
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【筆者プロフィール】
松田謙次郎(まつだ・けんじろう)
神戸松蔭女子学院大学文学部英語英米文学科、大学院英語学専攻教授。Ph.D.
専攻は社会言語学・変異理論。「人がやらない隙間を探すニッチ言語学」と称して、自然談話データによる日本語諸方言の言語変化・変異現象研究や、国会会議録をコーパスとして使った研究などを専門とする。
『日本のフィールド言語学――新たな学の創造にむけた富山からの提言』(共著、桂書房、2006)、『応用社会言語学を学ぶ人のために』(共著、世界思想社、2001)、『生きたことばをつかまえる――言語変異の観察と分析』(共訳、松柏社、2000)、『国会会議録を使った日本語研究』(編、ひつじ書房、2008)などの業績がある。
URL:http://sils.shoin.ac.jp/%7Ekenjiro/
【編集部から】
「社会言語学者の雑記帳」は、「人がやらない隙間を探すニッチ言語学」者・松田謙次郎先生から キワキワな話をたくさん盛り込んで、身のまわりの言語現象やそれをめぐるあんなことやこんなことを展開していただいております。
和独インデックス―増加した外来語
2010年 1月 18日 月曜日 筆者: 信岡 資生クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(76)
『クラウン独和辞典 第4版』の「和独インデックス」は、従来のものを全面的に書き改めた。その結果、第3版に比べ、ページ数は8ページ増えて57ページに、見出しは約800語も増加して6,351語になった。試みに第4版の「和独インデックス」の第1ページで新たに立項された見出しを挙げると、アーケード Arkade 女; Bogengang男、アーモンド Mandel女、アイコン Icon中、あいている2 開いている offen、アウトバーン Autobahn女、あえぐ 喘ぐ keuchen 、アクセサリー Zubehör中・男 ;(装身具)Schmuck男、アクセス Zugriff男; ~する zu|greifen 、アクセル Gaspedal中. ~を踏む aufs Gas treten 、あげる2 挙げる(名前、例、理由を) an|geben; (数を) an|führen. の10語で、このうち、7語までがカタカナつまり外来語である。全体として増加された語には外来語が多い。
新しく立項されたこれらの外来語は世相を反映するものである。オリエンテーション Orientierung女 、エコノミークラス Economyklasse 女. ~症候群 Economyklassen- Syndrom中 、キオスク Kiosk男 、
「和独インデックス」のカタカナ立項語は全体のほぼ15%に当る960語ある。ただし、動・植物名はカタカナ書きしているので(例:ミミズ Regenwurm男、イチジク Feige女、ヒマワリ Sonnenblume女)その全部が外来語というわけではない。
ドイツ人との交流や旅先で、カタカナ慣れしている日用品で、それに当るドイツ語がとっさに思い浮かばない際などにも ― 例えばクリップ Klammer女 とか、セロ[ハン]テープ Tesafilm男 ― この「和独インデックス」が役に立つであろう。
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【筆者プロフィール】
信岡資生(のぶおか・よりお)
成城大学名誉教授
専門は独和・和独辞典史
『クラウン独和辞典 第4版』編修主幹
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【編集部から】
2008年2月に『クラウン独和辞典』(第4版)が刊行されました。日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。
日本語社会 のぞきキャラくり 第73回 キャラクタと発話キャラクタ
2010年 1月 17日 日曜日 筆者: 定延 利之キャラクタと発話キャラクタ
発話キャラクタを「品」「格」「性」「年」という4つの観点から述べてきたことに対して(第57回~第72回)、読者がまず感じそうな疑問は、「観点が4つでは足りないのでは?」というものではないかと思う。なにしろキャラクタというものは万物に宿るのであって(第42回)、私たちはたとえば「B型」や「サソリ座」のように、血液型や星座からさえキャラクタを論じることができる。だから、4つでは到底足りないではないかというのがこの疑問である。
この疑問は、一見もっともに思えるが、実は「キャラクタ」と「発話キャラクタ」を同一視しているという誤りを犯してしまっている。「発話キャラクタ」は「キャラクタ」の一種であって、両者は同じではない。たしかに、キャラクタを論じるにあたっては実にさまざまな観点が必要である。しかし発話キャラクタについては、そのうち一部の観点だけで済むというのが私の考えである。
たとえば「美醜」という観点は、世に「美人論」や「ブス論」が絶えないように、キャラクタを考える上では重要なものだろう。だが、『美人』の話し手と『ブス』の話し手で、ことばが違うわけではない。なるほど、『美人』は「わたくしが存じておりますわ」、『ブス』は「あたいが知ってるってんだよ」など、読者はそれらしいことばの違いに思い当たられるかもしれないが、それはキャラクタの「美醜」の違いではなく「品」の違いである。美しくても下品な話し手は「あたいが…」としゃべり、醜くても上品な話し手は「わたくしが…」としゃべる。
またたとえば、「善悪」という観点は、キャラクタ一般を考える際には必要であり、さらに、ことばと関わるキャラクタにとっても必要なことがある。「ニタリとほくそ笑む」というのは『悪者』限定の動作であり、正義の味方の微笑は「笑みがこぼれる」と表現されることはあっても「ニタリとほくそ笑む」と表現されることはない(第43回)。だが、このように「善悪」の観点が必要なのは「表現キャラクタ」、つまりことばによって表現される、動作の行い手などのキャラクタ(第43回・第48回)である。ここしばらくの間(第57回~)、ずっと問題にしてきた「発話キャラクタ」、つまりことばを発する話し手のキャラクタには「善悪」の観点は必要ではない。次の2つのセリフは、このことをよく示している。
「げっへへ、これでよぉ、罪もない市民をよぉ、救えるってぇ寸法だぜ」
「げっへへ、これでよぉ、罪もない市民をよぉ、殺せるってぇ寸法だぜ」
セリフの内容は前の文が善、後の文が悪で大きく異なるが、しゃべり方としては「げっへへ」にしろ「よぉ」にしろ「ってぇ寸法だぜ」にしろ、『下品で格の低い年輩の男』あたりを思わせるという点で2つのセリフは違わない。もちろん、「内容」と「しゃべり方」の線引きは微妙な場合も少なくないし、『悪者』っぽいしゃべり方、『いい者』らしいしゃべり方は傾向としてはあるだろうが(詳細は勅使河原三保子(2004)「日本のアニメの音声に表された感情とステレオタイプ―良い人物と比較した悪い人物の声質―」『音声研究』第8巻第1号)、上のセリフで示したように、善悪が「しゃべり方」に直接関与するとは考えにくい。
B型人間のしゃべり方がA型やO型、AB型の人間のしゃべり方と違っているなら、発話キャラクタを「血液型」の観点から論じることに異存はない。サソリ座人間のしゃべり方が他の星座の人間のしゃべり方と違っているなら、発話キャラクタを「星座」の観点から喜んで論じる。だが、そうした違いが明らかでない現状では、「血液型」や「星座」の観点は取り上げない。「善悪」も同様である。発話キャラクタを観察するための観点としては、「品」「格」「性」「年」の4つで十分、ではないかもしれないが、まぁ、主なところは見られるだろう。
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◇この連載の中国語版と英語版
中国語版⇒角色大世界――日本
英語版⇒An Unofficial Guide for Japanese Characters
【筆者プロフィール】
定延利之(さだのぶ・としゆき)
神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL:http://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm
【編集部から】
「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。
地域語の経済と社会 第82回
2010年 1月 16日 土曜日 筆者: 井上 史雄地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第82回「新潟弁の方言カルタ ― 新方言「なまら」の使い方」
方言は色々な形で楽しまれています。正月にふさわしい遊びのかるたにも、方言を生かしたものがあります。2009年暮れにかつての教え子が新潟弁の新しいカルタを送ってくれました。読み札に方言が使ってあって、小さな字で意味が書いてあります。
新潟弁といえば、前から気になっていたことがありました。北海道の若者の新方言として、「なまら」が「大変」の意味で使われるのですが、離れた新潟県でも同じ言い方をするのです。さっそく新潟弁かるたの読み札をめくりました。ありました!
「なまらでねんて 金銀財宝 掘り当てた」【写真1】
と書いてあります(ふり仮名が余分についているのはサービスと考えましょう)。意味は「ものすごい」です。「大変」の意味の「なまら」は、新潟から北海道に伝わったのだという説があります。このかるた、新潟弁起源の証拠になるでしょうか。
ところで、インターネットで検索すると、「全国郷土かるた資料館」が出てきます。なんと数百点の「全国の郷土かるた」が、県ごとにリストアップされています。丹念にダウンロードして、方言をテーマにしたものを数えたら、2010.1.1版で計72点もありました。
方言を使うかるたは、東北と九州に多くて関東に少なく、37都道府県に見られます。平成期になって多くなったようです。2009年に各地の民間放送局などで出したものが目立ちます。失われつつある方言をいとおしむ気持ちが強くなったことが、底流にあるのでしょう。最近のいくつかはCD付きですので、ランダム再生の機能を使えば、一人でも遊ぶことができます。少子化の時代にはありがたい技術です。
なおこのシリーズでも、第33回 「方言かるた」あれこれ、第35回「方言かるた(おまけ)」でとりあげています。
* * *
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【筆者プロフィール】
言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

井上史雄(いのうえ・ふみお)
明海大学外国語学部教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。
履歴・業績 http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/
英語論文 http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/
「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『日本語ウォッチング』(岩波新書)、『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語の値段』(大修館)、『言語楽さんぽ』『計量的方言区画』『社会方言学論考―新方言の基盤』(以上、明治書院)、『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)などがある。
* * *
【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載の始まりです。
この連載への質問、また「ここでこんな方言みやげ・グッズを見た」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「地域語の経済と社会」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。
明解PISA大事典:「習得」「活用」「探求」とフィンランド教育
2010年 1月 15日 金曜日 筆者: 北川 達夫第29回 習得・活用・探求―フィンランドから日本へ2
最近「習得」「活用」「探求」という言葉をよく聞くようになり、いつのまにか「PISA型学力=活用型学力」という等式が成り立つようになり、それに関連して「フィンランドではどういうふうに活用型授業を……」というような質問が投げかけられるようになった。この類の質問がいちばん困る。日本とフィンランドは違う。日本の考えかたをフィンランドにそのまま当てはめて答えるのは至難のワザである。
とはいえ、世界的な学力観の転換の中で(⇒第12回・第13回参照)、フィンランドにおいても指導方法が転換したことは事実である。これを俗に「注入型」から「喚起・共有・探求型」への転換という。
80年代半ばくらいまで、フィンランドの学校では注入型の授業が行われていた。たとえば、何らかのテーマについて教えるとすると、「注入」型の授業においては――
①先生がテーマについての知識を一方的に教え込む。
②子どもは教えられたことを覚え込む。
③教え込んだことを、きちんと覚え込んでいるかどうかを確かめる。
しかし、世界的に学力観が転換したこと、またこのやりかたは効率的なように見えるが効率的ではないところもある(すぐ覚えるが、すぐ忘れる)ことから、80年代から90年代にかけて「喚起・共有・探求」型の授業へと大転換がなされた。この型で教える場合、次のような流れになる。
①発問「テーマについて何を知っていますか?」
子ども個々の知識と経験を喚起し、それを全員で共有する。
②発問「テーマについて何を知りたいですか?」
子ども個々の疑問を喚起し、それも全員で共有する。
(ここで教師は子どもたちの疑問を整理する)
③分業体制で知りたいことを調べる。
整理された疑問について、グループごとに手分けして調べる。
必ずしも「自分の知りたいこと」を調べるわけではない。
④調べたことを発表する。
グループごとに調べた内容は異なるため、これによって新たな知識を共有する。
⑤終了課題:
たとえば個々に/グループでテーマに関わる説明文を書く。
この方式は、国語の説明文の授業にそのまま当てはめることができる。たとえば、フィンランド国語教科書小学3年生の「モルモット」(1)であれば――
①発問「モルモットについて何を知っていますか?」
②説明文「モルモット」を読む。
③発問「説明文『モルモット』を読んで新たに分かったことは何ですか?」
④発問「モルモットについて、さらに知りたいことは何ですか?」
⑤分業体制で調べる~調べた内容を発表して共有する。
⑥終了課題:説明文「モルモット」に、自分たちで調べた内容を書き加える。
この方法がフィンランドで初めて提唱されたのは80年代半ばとのことだが、普及するには教科書(+教師用指導書)の変化が必要であったため、ある程度定着するまでに10年近くを要したという(2)。
さて、日本はどうだろう。
* * *
(1) 『フィンランド国語教科書 小学3年生』pp37-38 メルヴィ・バレ他著/北川達夫訳/経済界 2006年
(2) フィンランド教育庁Pirjo Sinkoさん、教科書執筆者Mervi Wareさんの談話より。
二人については第27回の注を参照⇒「第27回 フィンランド紀行7」の注へ
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【プロフィール】

北川達夫(きたがわ・たつお)
教材作家・教育コンサルタント・チェンバロ奏者・武芸者・漢学生
(財)文字・活字文化推進機構調査研究委員
日本教育大学院大学客員教授
1966年東京生まれ。英・仏・中・芬・典・愛沙語の通訳・翻訳家として活動しつつ、フィンランドで「母語と文学」科の教科教育法と教材作法を学ぶ。国際的な教材作家として日芬をはじめ、旧中・東欧圏の教科書・教材制作に携わるとともに、各地の学校を巡り、グローバル・スタンダードの言語教育を指導している。詳しいプロフィールはこちら⇒『ニッポンには対話がない』情報ページ
著書に、『知的英語の習得術』(学習研究社 2003)、『「論理力」がカンタンに身につく本』(大和出版 2004)、『図解フィンランド・メソッド入門』(経済界 2005)、『知的英語センスが身につく名文音読』(学習研究社 2005)、編訳書に「フィンランド国語教科書」シリーズ(経済界 2005 ~ 2008)、対談集に演出家・平田オリザさんとの対談『ニッポンには対話がない―学びとコミュニケーションの再生』(三省堂 2008)、組織開発デザイナー・清宮普美代さんとの対談『対話流―未来を生みだすコミュニケーション』(三省堂 2009★新刊★)など。
『週刊 東洋経済』にて「わかりあえない時代の『対話力』入門」連載中。
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【編集部から】
学習指導要領の改訂に大きく影響したPISAってなに?
PISA型読解力ってどんな力なの?
言語力、言語活動の重視って? これまでとどう違う?
現代の教育観は変わってきたのか。変わってきたとしたら、そこにどんな経緯があるのか。
国際的に活躍する教材作家である北川達夫先生がやさしく解説する連載「明解PISA大事典」。金曜日に掲載しています。
人名用漢字の新字旧字:「沢」と「澤」
2010年 1月 14日 木曜日 筆者: 安岡 孝一第50回 「沢」と「澤」
昭和15年6月25日に開かれた国語審議会懇談会には、大日本帝国陸軍から8人の出席者が招かれていました。この懇談会は、陸軍の兵器名称用制限漢字表について、ぜひ話を聞かせてほしい、と国語審議会側がもちかけて実現したものでした。
大日本帝国陸軍が昭和15年2月29日に通牒した兵器名称用制限漢字表は、兵器の名に使える漢字を1235字に制限したものでした。日中戦争の拡大にともない、陸軍では新兵が次々に入営していたのですが、兵器の名に難しい漢字が使われていると、それらの漢字を兵士が読み書きできないという問題が起こっていました。そこで陸軍では、おおむね尋常小学校4年生までに習う漢字959字を一級漢字とし、これに兵器用の二級漢字276字を加えて、合計1235字を兵器の名に使える漢字として定めたのです。この一級漢字の中に、新字の「沢」が含まれていました。旧字の「澤」では書くのに時間がかかることから、新字の「沢」を兵器の名に使い、旧字の「澤」は使わないこととされたのです。
陸軍における漢字制限の成功に鼓舞された国語審議会は、2年後の昭和17年6月17日、標準漢字表を文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、常用漢字1134字、準常用漢字1320字、特別漢字74字、の合計2528字を収録していました。この常用漢字の中に、新字の「沢」が含まれていました。「沢」の直後には、カッコ書きで「澤」が添えられていて、「沢(澤)」となっていました。国語審議会も、旧字の「澤」ではなく新字の「沢」を使うべきだ、と答申したのです。しかし、太平洋戦争のまっさなか、標準漢字表は一般社会には浸透しませんでした。
終戦後も国語審議会は、漢字制限に関する審議を続けました。そして、昭和21年11月5日に当用漢字表を答申します。当用漢字表1850字は、手書きのガリ版刷りでしたが、新字の「沢」が収録されていて、直後にカッコ書きで旧字の「澤」が添えられていました。やはり「沢(澤)」となっていたわけです。もちろん当用漢字表でも、新字の「沢」が正式なものでした。翌週11月16日に当用漢字表は内閣告示され、新字の「沢」は当用漢字になりました。
昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が、この時点での当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には、新字の「沢」が収録されていましたので、「沢」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。しかし旧字の「澤」は、あくまで参考として当用漢字表に添えられたものでしたから、子供の名づけに使ってはいけない、ということになりました。それが現在も続いていて、戦中に兵器の名に使えた「沢」は子供の名づけに使ってOKで、兵器の名に使えなかった「澤」は子供の名づけにも使えないのです。
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【筆者プロフィール】
安岡孝一(やすおか・こういち)
京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。
京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)、『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。
http://slashdot.jp/~yasuoka/journal で、断続的に「日記」を更新中。
国語辞典入門:いろいろな国語辞典
2010年 1月 13日 水曜日 筆者: 飯間 浩明第1回 自分の国語辞典がなかったころ
まず、「国語辞典はどう選んだらいいのか」という話から始めます。といっても、「こういう点に注意しましょう」と、いきなりチェック項目を並べることはしたくありません。それだと、多くの項目にチェックが入った辞書がいい辞書という錯覚を与えるおそれがあります。実際には、辞書はそんなふうに序列化できるものではありません。
それよりも、むしろ、案内者である私自身のことをお話ししていこうと思います。私だって、最初から国語辞典の選び方が分かっていたわけではありません。いくつかの辞書を使ううちに、何となく、「こういう点も大事だな」と、考えがまとまってきたのです。その過程をお話しします。
そこで、いきなりですが、話は1970年代の後半までさかのぼります。
当時、小学校高学年だった私には、「自分だけの国語辞典」というものはありませんでした。たまたま家にあった辞書を使っていました。
家には、少なくとも4種類の辞書がありました。まず、母の使っていた小型の『明解国語辞典』(三省堂)。それから、祖父の部屋には、古びた『広辞苑』(岩波書店)の初版が、でんと置いてありました。
祖父は、よく懇意の本屋さんから勧められるまま、美術全集だの、百科事典だのといった大型本を買いこんでは、部屋に並べておく趣味がありました。その中には、当時刊行中だった『日本国語大辞典』(小学館)という全20巻の大部の辞書もありました。この大辞典は間もなく完結し、私の勉強部屋に並べられました。祖父としては、「お前が使え」というつもりだったのでしょうが、小学生の私にとっては飾り物にすぎませんでした。
さらにあと1つ、父が使っていた集英社の実用辞典がありました。濃い緑のビニールの表紙に『新修 広辞典』と金文字が入り、銅鏡の模様が型押しされていました。板チョコぐらいの大きさにもかかわらず、異様に分厚くて、測ってみると4センチ以上もありました。この厚みは、いかにも知識の宝庫という感じを与えるものでした。
私が最初に使うようになった辞書は、この濃緑色の実用辞典でした。父の書棚から自分の部屋に移し、学校にも持って行きました。
至れり尽くせりの1冊
同じ小型なら、実用辞典でなく、母の『明解国語辞典』を使ってもよさそうなところです。でも、これは学校の勉強に使えないことが明白でした。何しろ、「学校」の見出しのかなが「がっ こう」でなく「がっ こお」になっています。「勉強」は「べん きょお」です。
そんなばかなと思われるかもしれませんが、これは、母の辞書の初版が出たのが終戦以前であり、当時の複雑な旧仮名遣いを知らなくても、発音どおりに引けばいいようにするための工夫だったのです。その方式が、戦後の改訂版にも引き継がれたのでした。でも、1970年代の小学生である私に、これはふさわしくありません。
一方、父の実用辞典は、申し分のないものでした。第一、厚みがはんぱでない。母の辞書の2倍もあります。どんなことばでも載っているという感じがします。実際に、学校で習うことばで、この辞書に載っていないものはありませんでした。
たとえば、「せいせき」は「成績」か「成積」かと迷ってページをめくると、〈成績 でき上がった結果。できばえ。成果。〉と書いてあります。これで問題はすっきり解決です。私は、このようにして、いろいろなことばを引き、覚えていきました。
この辞書にはいろいろなサービスがしてありました。まず、モノクロながら、写真が多く載っていて、その事物が視覚的によく分かります。「原子爆弾」の項目には、キノコ雲のまがまがしい写真さえ載っていました(今の版では、写真は総入れ替えされています)。
また、それぞれの項目に英語がついていて、簡単な和英辞典にもなっています。「人間」は英語でどういうのだろうと思って引いてみると、〈mankind マンカインド〉と書いてあります。小学生の私は、「マンカ・インドというのは初めて知った。あのインドと何か関係があるのかもしれない」と、勝手に納得していました。今考えると、「human being」を載せたほうがよかったのではないかと思います。
そのほか、ペン字体も載っているし、巻末には「電報の送稿用語」もありました。電話で電報を頼むとき、「ア」は「朝日のア」などと伝えるのです。これを覚えたおかげで、「為替のカ、英語のエ、れんげのレ」(帰れ)などと、今でもさっと言うことができます。
『広辞典』は、これほど至れり尽くせりの辞書でした。この1冊さえあれば、ほかに国語辞典はいらないと思われました。
◆連載を続けてお読みになる方は⇒「国語辞典入門」アーカイブ
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◆飯間先生のもう一つの連載は⇒「『三省堂国語辞典』のすすめ」目次へ
◆飯間先生の記事はここにも⇒「三省堂WebDictionary」ことばパティオ第8回「「串刺し」に堪える語釈でなければならない」
筆者プロフィール
飯間浩明(いいま・ひろあき)
早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)
【編集部から】
これまで「『三省堂国語辞典』のすすめ」をご執筆くださった飯間浩明先生に「国語辞典の知っているようで知らないことを」とリクエストし、「『サンコク』のすすめ」が100回を迎えるのを機に、日本語のいろいろな辞典の話を展開していただくことになりました。
辞典はどれも同じじゃありません。国語辞典選びのヒントにもなり、国語辞典遊びの世界へも導いてくれる「国語辞典入門」の始まりです。
『枕草子日記的章段の研究』発刊に寄せて(18)
2010年 1月 12日 火曜日 筆者: 赤間 恵都子(18) 太政官庁で遊ぶ女房たち
長徳元年四月に中関白道隆が亡くなり、中宮定子後宮は一年間の喪に服します。紅梅襲(こうばいがさね)が好きだった定子の衣装も色とりどりの女房達の十二単も、すべて喪服の鈍色(にびいろ)になりました。その変化は気をつけて『枕草子』を読まないと分かりません。父道隆の死を悲しむ定子の姿も、葬儀の事も、いっさい記されていないからです。
その中で、道隆の服喪中であることを冒頭に示して始まる章段が二つあります。「故殿の御服のころ」の段は、長徳元年の六月末、宮中の大祓えの神事に際して服喪中の定子が内裏から退出し、太政官庁の朝所(あいたどころ)に仮住まいしたときの記事です。朝所は、儀式の折に官僚達の会食場所となった建物です。
そこは清少納言が普段見慣れた宮殿とは異なる瓦屋根の背の低い建物で、格子がなくて簾だけがかかっている簡素な造りでした。興味津々の女房たちは庭に下りて探検をはじめます。時報の鐘を打つ陰陽寮のすぐ横に当たるので、鐘の音が普段より間近に聞こえます。若い女房たちは面白がってそこまで行き、大胆にも階段から高楼に登ります。その様子が次のように書かれています。
これより見あぐれば、ある限り薄鈍の裳、唐衣、同じ色の単襲、紅の袴どもを着てのぼりたるは、いと天人などこそえ言ふまじけれど、空よりおりたるにやとぞ見ゆる。
(こちらから彼女たちを見上げると、全員が薄墨色の裳と唐衣、単襲に紅色の袴を着けて登っている様子は、まるで天女のようだとは言えそうもないけれど、空から下りてきたのではないかと見える)
ここには、女房たちの衣装がすべて喪服であることがはっきりと記されているのです。けれど、彼女たちがいる場所は、普段女性が居るはずもない高い楼閣の上です。それを天から降りて来たように見えると作者は書いています。調子づいた若女房たちは、さらに内裏の建春門付近まで行って大騒ぎし、建物内の椅子に登る、倒すの仕放題です。彼女たちの行動は度が過ぎていますが、華やかで活気にあふれた定子後宮の生活が、一転して服喪による謹慎生活になった鬱憤をここで晴らしていたとも考えられます。そして作者は、不謹慎な彼女たちの行動を描くことによって、喪中の内実から読者の視点をそらしているのです。
さて、太政官庁の建物は、真夏の夜の暑さが尋常ではなかったので、女房たちはたまらず御簾の外に出て臥していたようです。また、古い建物だったのでムカデが一日中上から落ちてきたり、大きな蜂の巣に蜂が群れていたりして大変恐かったとも書かれています。『枕草子』は、王朝女流文学の中でも、日常的に目にする害虫について多く扱っている作品です。「虫は」の段には、松虫や鈴虫など和歌に詠まれる風雅な昆虫の他に、蝿や蟻など人間の生活に入り込んでくる不快な昆虫が登場します。また、「にくきもの」の段では、蚊や蚤が平安貴族たちを困らせていたことを教えてくれます。貴族文学でも気取らない生の生活感覚を伝えてくれるのが『枕草子』の魅力です。
もう一つの「故殿の御ために」で始まる章段には、道隆の法事を開催した長徳元年九月十日の出来事を扱っています。ここで作者が法事について記したことは、清少納言お気に入りの美僧清範の説教が大変心に染みいって悲しかったので、女房たちがみんな泣いたことだけです。この段の中心人物は、法事の後の宴会で朗詠を披露し、定子や清少納言の称讃を得た藤原斉信(ただのぶ)です。彼は「故殿の御服のころ」の段の後半にも登場していますが、長徳元年の『枕草子』に登場し、注目される斉信という人物については次回、取り上げましょう。
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【著者プロフィール】
赤間 恵都子(あかま・えつこ)
十文字学園女子大学短期大学部文学科国語国文専攻教授。博士(文学)。
専攻は、『枕草子』を中心とした平安時代の女流文学。研究テーマは、女流作家が輩出した西暦1000年前後の文学作品の主題や歴史的背景をとらえること。
【主要論文】
「枕草子研究の動向と展望―年時考証研究の視座から―」(『十文字学園女子短期大学研究紀要』2003年12月)、「『枕草子』の官職呼称をめぐって」(『枕草子の新研究―作品の世界を考える』新典社 2006年 所収)、「枕草子「二月つごもりごろに」の段年時考」(『百舌鳥国文』2007年3月)など。
【編集部から】

このたび刊行いたしました『枕草子日記的章段の研究』は、『枕草子』の「日記的章段」に着目して、史実と対照させ丁寧に分析、そこから清少納言の主体的な執筆意志をとらえるとともに、成立時期を新たに提案した『枕草子』研究者必読の一冊です。著者の赤間恵都子先生に執筆にいたる経緯や、背景となった一条天皇の時代などについて連載していただきます。(隔週掲載)








![『新明解国語辞典 第七版[机上版]』7年ぶりに改訂『新明解国語辞典』の机上版。判型は並判より大きいA5判で、さらに文字が大きく見やすい。2色刷。紙面内容は並版と同一。 『新明解国語辞典 第七版[机上版]』](http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/wp-images/smk_kijo.jpg)
![『新明解国語辞典 第七版[小型版]』7年ぶりに改訂『新明解国語辞典』の小型版。並判より一回り小さいA6変型判で、携帯にも便利。2色刷。紙面内容は並版と同一。 『新明解国語辞典 第七版[小型版]』](http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/wp-images/smk_kogata.jpg)
![『新明解国語辞典 第七版[革装版]』7年ぶりに改訂『新明解国語辞典』の革装版。丈夫で使うほどに手になじむ。判型は並版・特装版と同じB6判。2色刷。紙面内容は並版と同一。 『新明解国語辞典 第七版[革装版]』](http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/wp-images/smk_kawaso.jpg)























































































































































2007年









