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社会言語学者の雑記帳5 世界はデータでいっぱい

2010年 2月 2日 火曜日 筆者: 松田 謙次郎

世界はデータでいっぱい

 またまたちょっと「社会言語学者になるまで」をお休みして別のオハナシを(;^^)。それは「社会言語学のデータ」というお話です。これまでフィールドワークの話を中心に、自然談話データ、調査票を使ったアンケートデータ、などといった話もしてきましたが、そもそも「社会言語学で使うデータ」とは何なのか。社会言語学者はどこからデータを得ているのか。これを書いてみましょう。

 はい、いきなり結論。それは「何でもアリ」です。自然談話データ、アンケートなどでもなく、ことばであれば事実上どのようなものでも社会言語学のデータになり得ます。それだけ社会言語学とは融通無碍で、自由度が高い学問領域だということです。年2回開催される社会言語学の全国学会である「社会言語科学会」(http://www.jass.ne.jp/)での発表タイトルをざざっと見るだけでも、その多彩さに圧倒されます。いったいこの学会は何なんだヾ(゚Д゚ )、と思うでしょう。でもそれが社会言語学なのです(キッパリ)。

 これまでに使われたデータの中には、ちょっと考えても、ここのエッセイで繰り返し触れてきている各種自然談話のほか、新聞、雑誌などの活字メディア、地名、漫才・落語、(台本を含む)映画、テレビ・ラジオ番組(ドラマ、トークショー(例:「徹子の部屋」)、ニュース、バラエティ番組など)、外国人の話す日本語、手話、公共空間(駅、電車、バス、デパート、街角など)でのアナウンス・書きことば、ネット(チャット、Youtube、ニコニコ動画などの動画を含む)、携帯メール、コーパス、法廷でのやりとり、国会会議録などがあります。なんとこれでもごくごくごくごく一部です。ちなみに公共の場所にある看板や各種表示を手がかりに、地域社会の言語状況を探ろうとする分野は「言語景観学」と呼ばれ、最近盛り上がってます\(^O^)/。

 ね、まさにことばであれば「何でもアリ」でしょ^^ もう何が出てきても驚きません。たとえば「エアコンの取扱説明書」「風邪薬の説明書」「駅のトイレの張り紙」さらに「迷惑メール」でも十分データになりそうです。今この原稿を書いていても、それぞれをデータにしたトピックが浮かんできてしまいます。たとえばトリセツは経年的にどう変わってきているのか、メーカーによる違いはあるのか、助詞、各種活用などのバリエーションはどうなっているのか、なんてことが気になります。そうそう、もうすぐツイッターやmixiの「ボイス」などをデータとして取り上げた論文もどこかに登場するでしょう。

 つまるところ、社会言語学者にとって、世界はデータに満たされていると言えましょう。朝起きてテレビをつければアナウンサーのことばが気にかかり、トイレに入ってふと呟いた自分の独り言について考えてしまう。駅までの道では看板に目が留まり、駅ではもちろんアナウンス、看板、周囲の乗客の話し声などに注目、職場では同僚の話しことば、会議での配付資料(の言語表現)に全神経を集中し。ランチではペットボトルのお茶のラベルをガン見して、午後の職場ではやってくるメールや閲覧するサイト(仕事ですよ、もちろんw)でのバリエーションを探してしまう。仕事帰りにデパートに行こうものなら、店員の話しことばやアナウンスはもちろん、商品名、はては観光で来たと覚しき外国人の買い物姿をそれとなく観察。結局何も買わずに(いつもは買うのよw)帰宅して、夕刊を読みながら新語に気づき、ネットサーフィンをしてまたまた発見をしてようやく寝る。と思ったら、エアコンの「運転を終了します」だの携帯の「充電が終了しました」だのといった機械的呟きに本日最後の社会言語学的考察を加えながら、ようやく眠りに落ちる(-_-)゜zzz

 呆れちゃいますか?でも今日もどこかの社会言語学者がこうした生活を送りながら鋭敏なアンテナを働かせ、これだと思った現象を発見、貪欲にデータを採取し分析を始めているはずです。社会言語学者ならぜーんぜんフツーです。

 もちろんこうしたあり方について、「それは結局面白半分の素人芸で、まともな学者のやる言語学じゃないよっ!」というキビシー声も聞こえてきそうです。私の答えは。「言語について面白いことがわかるのであれば、法的・倫理的問題がない限りデータは何であろうが構わない」です。今までにないソースやメディアから得られたデータは、なにかしら言語について(さらに人間について)新しいことを教えてくれる可能性があります。可能性がある以上、やってみるしかありません。つまらなかったら「ほーら言わんこっちゃない、やーい」ではなく、さっさと次の面白そうなデータを探せば良いんです。さらに言えば、「言語学」なのだから、ことばに関するデータなら何を使っても良いはずです。かつてロマーン・ヤコブソンという有名な言語学者は、「私は言語学者である。ことばに関することで無関係なことはない」と言いました(原文はラテン語)。これは上に書いた社会言語学のデータに関するスピリットと通じるものがあると思います。

 で、最後に一言。誰かなんか面白いデータ知りませんか(笑)。

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【筆者プロフィール】

松田謙次郎(まつだ・けんじろう)
神戸松蔭女子学院大学文学部英語英米文学科、大学院英語学専攻教授。Ph.D.
専攻は社会言語学・変異理論。「人がやらない隙間を探すニッチ言語学」と称して、自然談話データによる日本語諸方言の言語変化・変異現象研究や、国会会議録をコーパスとして使った研究などを専門とする。
『日本のフィールド言語学――新たな学の創造にむけた富山からの提言』(共著、桂書房、2006)、『応用社会言語学を学ぶ人のために』(共著、世界思想社、2001)、『生きたことばをつかまえる――言語変異の観察と分析』(共訳、松柏社、2000)、『国会会議録を使った日本語研究』(編、ひつじ書房、2008)などの業績がある。
URL:http://sils.shoin.ac.jp/%7Ekenjiro/

【編集部から】
「社会言語学者の雑記帳」は、「人がやらない隙間を探すニッチ言語学」者・松田謙次郎先生から キワキワな話をたくさん盛り込んで、身のまわりの言語現象やそれをめぐるあんなことやこんなことを展開していただいております。

2010年 2月 2日