日本語社会 のぞきキャラくり

第76回 異人たち(上)

筆者:
2010年2月7日

「発話キャラクタを論じるのに、「品」「格」「性」「年」という4つの観点だけでは足りないのでは?」という疑問は、これまで(第73回第74回第75回)とはまた違った意味合いで発せられることがあるかもしれない。

それは、「まろは~でおじゃる」としゃべる『平安貴族』キャラや「ワカリマセーン」としゃべる『欧米人』キャラ、「おら、わがんね」としゃべる『田舎者』キャラ、「弁護士がニャ、財産をニャ、…」としゃべる『ネコ』キャラ、「ウソだぴょーん」などとしゃべる『ぴょーん人』キャラなどは、「品」「格」「性」「年」のどれの値をどう指定したところで、出てこないのではないかという疑問である。たとえば、『平安貴族』と『ネコ』の違いが「品」「格」「性」「年」の違いとは思えない、両者の違いを語るには「品」「格」「性」「年」以前に、そもそも「生物としての種」のような観点が必要ではないのかという疑問である。

まったくその通りである。いままで断るひまがなかったが、これを機会に言わせてもらおう。「品」「格」「性」「年」という4つの観点では、発話キャラクタのうち、これまで述べてきた以上にかぎられた発話キャラクタしかとらえられない。『平安貴族』『欧米人』『田舎者』『ネコ』『ぴょーん人』などはすべてとらえられませんごめんなさい。

それなら「品」「格」「性」「年」という観点を持ち出したのはなぜかというと、「発話キャラクタ」は2つのタイプに区別することが可能であり、またその区別は必要だと思うからである。『平安貴族』『欧米人』『田舎者』『ネコ』『ぴょーん人』などは、このうち1つのタイプに属する。そして「品」「格」「性」「年」という4つの観点は、もう1つのタイプをとらえるためのものである。

これら2つの発話キャラクタのタイプを分けることが可能であり、必要だというのは、これらは「発動のされ方」「あり方」「しゃべることば」が違っているからである。まず「発動のされ方」について、具体例から述べよう。

たとえば、電話で友人に「やれやれ、これから長い会議の司会でおじゃるよ」と、ふざけて『平安貴族』キャラでこぼしていた人が、そのまま会議場でも「では皆さん、会議を始めるでおじゃる」などと『平安貴族』キャラで通すとはふつう考えられない。ふつうは「えー、ではそろそろ会議を、おー始めさせていただきます、スー」のように、「本来」の発話キャラクタ(とここでは便宜上言っておく)を発動させてしゃべるだろう。

つまり私たちが発話キャラクタを発動させる実態を考えてみると、そこには「本来」的な発動と、そうでない「臨時」的な発動がある。

たとえば、或る若者は、「本来」の『若者』っぽい発話キャラクタを発動させてしゃべりながら、時に遊びの文脈などで「臨時」的に、「まじめじゃからのぅ」のように『老人』っぽくしゃべったり、「明日も会議でおじゃるよ」のように『平安貴族』っぽくしゃべったりするかもしれない。このうち、『老人』っぽいしゃべり方とは、別人(たとえば或る老人)にとっては「本来」的なものかもしれない。ところが、『平安貴族』っぽい発話キャラクタの発動を「本来」的な発動とする人はいない。『平安貴族』だけでなく、『欧米人』『田舎者』『ネコ』『ぴょーん人』といった発話キャラクタは、「臨時」的に発動されることしかなく、ずっとそれで通されはしない。(つづく)

筆者プロフィール

定延 利之 ( さだのぶ・としゆき)

神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

最新刊『煩悩の文法』(ちくま新書)

編集部から

「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。