『英語談話表現辞典』覚え書き

(15) 修辞表現:皮肉

筆者:
2010年2月18日

今回は修辞表現としての皮肉(irony)をとりあげたいと思います。皮肉の一般的な言語学的定義は、「言っていることと反対のことを意味する表現」ということになるでしょうか。たとえば、授業に遅刻してきた学生に「早いな」と言うような場合です。このとき、重要なことがいくつかあります。まず、反対のことを言っているということが聞き手に明らかでなくてはなりません。つまり、話し手も聞き手もその逆の事実を知っていることが前提になります。また、文字通り「遅いな」と直接的に表現する場合にはないなんらかの表現効果が生まれるということもポイントになります。さらに、皮肉であることを明示するために強勢やイントネーションも文字通りの解釈の場合とは異なることにも注意したいと思います。

事実と反することを言うには否定文を使うのが手っ取り早いやり方で、どんな文も否定表現が可能ですが、以下では、肯定表現でそのような皮肉を表す決まった言い方のいくつかを本辞典の記述から紹介したいと思います。

まず、その典型としてThank you.があります。この表現は言うまでもなく、文字通り「ありがとう」を意味しますが、皮肉を込めることができます。以下は本辞典からの引用です。

2 〈皮肉っぽく〉まったくありがたいことだ:You are saying you’re leaving without saying anything to me. Thank you. 君は僕に何も言わずに出て行こうって言うんだね. 結構なこった.

日本語の「ありがとう」も同じような使い方をします。

同様に、I like that.も文字通りには肯定的な意味になりますが、皮肉表現としてよく使われます。

2 〈他人の好ましくない行為やせりふの直後で憤慨して〉 (さんざん苦労[期待]したのに)そりゃないでしょう:You’re not going to eat the meal I fixed for you? Well, I like that! あなたのために食事を作ったのに, それを食べないって言うの? あんまりじゃない! (◆文頭にwellを冠して調子を整えることが多い)

まさに、‘I don’t like that.’ という状況ですが、その逆の表現になっています。文字通りに日本語にすれば、「そいつはいいや」ぐらいに相当するでしょうか。

肯定的な含みがある語句としての (That’s) great. や Good for you! にも同じような用法があります。

4 〈皮肉として〉ご立派ですこと:If that’s what they want to believe in, great. もしそんなことを彼らがよいと思いたいのなら, まあ, 結構なことですこと

3 〈皮肉として〉よかったな, それはいい:“You’re giving me a headache.” “Good for you!” 「お前は頭痛の種だ」「それはよかった」/ “I’ve got to review for exams.” “Good for you!” 「試験の準備をしなくちゃ」「よかったな」.

いずれも普通使われる肯定的な意味合いとは反対のことを主張しています。

次はmindを用いた表現ですが、mindは「気にする」という否定的な含みを表しますので、否定命令表現が逆に積極的な意味となり、よって皮肉を表すことがあります。

3 〈反語的に〉 〈存在を無視されて〉A〈人〉のことを気をつけてくれよ, 少しは気を遣ってくれよ:“I’m so sorry I forgot to invite you to my wedding reception.” “Don’t mind me! It is not rare you make such an apology.” 「本当にごめん. 結婚式の披露宴に君を招待するのを忘れたんだ」「気をつけてくれよな! いつもそんな言い訳を聞かされてばかりだから」.

ここでは、訳語として話し手が意図する意味を採用していますが、‘Don’t mind me.’ は文字通りには「私のことは気にするな」という意味ですので、そのまま皮肉的に言うと、「私のことなんか(どうせ)気にしなくていいさ」というひねくれた気持ちを表す言い方になるでしょう。

筆者プロフィール

内田 聖二 ( うちだ・せいじ)

奈良女子大学教授

専門は英語学、言語学(語用論)

主な業績:

『英語基本動詞辞典』(1980年)研究社(小西友七編、分担執筆及び校閲)
『英語基本形容詞・副詞辞典』(1989年)研究社(小西友七編、分担執筆及び校閲)
『英語基礎語彙の文法』(1993年)英宝社(衣笠忠司、赤野一郎と共編著)
『関連性理論-伝達と認知-』(初版1993年、第2版1999年)研究社(共訳)
『小学館ランダムハウス英和大辞典』(第2版1994年)小学館(小西友七・安井稔・國廣哲弥・堀内克明編、分担執筆) 
Relevance Theory: Applications and Implications, 1998, John Benjamins.(Robyn Carstonと共編著)
『英語基本名詞辞典』(2001年)研究社(小西友七編、分担執筆及び校閲)
『ユースプログレッシブ英和辞典』(2004年)小学館(八木克正編集主幹、編集委員)
『新英語学概論』(2006年)英宝社(八木克正編、共著)
『思考と発話』(2007年)研究社(共訳)
『子どもとことばの出会い』(2008年)研究社(監訳)
『語用論の射程』(2011年)研究社

英語談話表現辞典

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