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辞書の定価

2010年 2月 22日 月曜日 筆者: 信岡 資生

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(81)

前回(第77回)取り上げた『大獨日辭典』(昭和8年 大倉書店)は、著者登張竹風先生自ら記すところによれば、5,000枚に及ぶ校正刷りを7、8校して完成には7年かかったそうで、コンピューターはおろかコピー機もファクスもなかった時代のことを思えば、労苦の程が偲ばれる。奥付に「完成記念價拾圓」とある。人事院の資料によると、当時(1926-37)の国家公務員(1種行政職大学卒)の初任給は月額75円であり、また、別の資料によると1929年当時の大学教員の初任給は、私立で普通55円から高いところでも100円であったようだ。これでは大学を出たばかりの教師にとって10円もする辞書はおいそれとは買えない。現在月給20万円そこそこの教師が2~3万円の電子辞書を買うようなものである。恥ずかしい話だが、筆者自身昭和30年春愛媛大学に赴任したときの給料は9,200円だったと記憶している。だから昭和33年6月に戦後はじめての大型独和辞典である『大独和辞典』(相良守峯編 博友社)が2,500円(特価2,200円)で刊行されたとき、私費で購入するのをためらった覚えがある。

昭和8年当時の大型独和辞典には、片山正雄著『雙解獨和大辭典』(昭和2年 南江堂 昭和6年第一次改訂 昭和9年改訂増補版)があって、革表紙で定価8円(特価7円)であった。「雙解」の名にたがわずドイツ語訳もついていたが、活字はドイツ文字(Fraktur)を使用していた。これに対し、登張著『大獨日辭典』ではラテン字体を用いた。

販売事情を考慮したのか、翌昭和9年12月に大倉書店は『大獨日辭典』の普及版を出した。普及版は、もとがB5判で硬くて分厚い表紙だったのを、半分の大きさB6判に縮刷して軟らかい布表紙とし、定価5円30銭、特価5円80銭とした。この普及版も、上記片山著『雙解獨和』も、戦後の昭和20年代に筆者は古本で入手して大いに活用させていただいたものである。三省堂が『コンサイス獨和辭典』を刊行したのは昭和11年で、定価は3円50銭、また『木村・相良獨和辭典』(博文館)が出たのは昭和15年で、定価は6円80銭(特価5円70銭)であった。

大倉書店は明治中期から大正・昭和のはじめにかけて外国語の辞典を刊行した大手の出版社で、夏目漱石の『我輩は猫である』の初版を刊行(明治39年11月)したことでも知られている。竹風先生の御子息登張正實先生は私の旧制高校時代からの恩師であるが、正實先生から直接お聞きしたところによると、大倉書店の創業者大倉孫兵衛は抜け目のない人物で、道で拾った大金入りの財布をネコババしてそれを元手に出版業を始めたとの噂もあるような男、父竹風は金銭才覚に乏しかったから、この社長にいいようにあしらわれ、幾つもの辞書を出版させた割りには自身の懐はさっぱり潤わなかったとの話である。


【筆者プロフィール】
信岡資生(のぶおか・よりお)
成城大学名誉教授
専門は独和・和独辞典史
『クラウン独和辞典 第4版』編修主幹


【編集部から】
2008年2月に『クラウン独和辞典』(第4版)が刊行されました。日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。

2010年 2月 22日