『英語談話表現辞典』覚え書き

(16) 修辞表現:「いやみ」など

筆者:
2010年3月4日

前回は修辞表現としての皮肉(irony)をとりあげましたが、今回は「いやみ」にかかわる表現を考えてみたいと思います。日本語の「皮肉」はかなり幅広い言語現象を指しますが、前回、一般的な言語学的定義として、「言っていることと反対のことを意味する表現」と皮肉を規定しました。このとらえ方を援用すると「いやみ」もうまく定義することができます。つまり、「真実のことを言って相手に不快感を与える表現」とするのです。前回の例を使うと、授業に遅刻してきた学生に「早いな」と言えば皮肉になりますが、「また遅刻か」と「事実」を言えばいやみになるということです。このような場合も広く「皮肉的」と言えますが、「事実関係」をもとにすると以上のように狭い意味の「皮肉」と「いやみ」を区別することができます。

この意の「いやみ」はその場、その場の事実に即して言うことでそのニュアンスが生じてきますので、定義を直接具現しているような言い方は見あたらないかもしれませんが、ここでは‘I told you so.’という表現を考えてみましょう。忠告や助言などに従わなかった人に対して「言った通りになった」ことを事実として確認することで、「言わんこっちゃない」とか「それ見たことか」といったいやみを伝えることができます。本辞典では次のような記述になっています。

1 〈いらだって〉だから言ったでしょう, それごらん 言わないことじゃない:《子どもと母親の会話》 “Don’t drink too much water. You will upset your tummy.”《翌日》“Mummy, I have a tummy bug!” “I told you so.” 「お水を飲みすぎちゃいけませんよ. おなかが痛くなるから」《翌日》「ママ, おなかが痛いよ!」「ほら, ママが言ったでしょう!」.
3 〈皮肉っぽく〉だから言ったのに, それ見たことか:“Why did she leave me?” “I told you so. You shouldn’t have called her again.” 「どうして彼女に振られたんだろう」「だから言ったでしょう. もう1度しつこく電話したからさ」.

ときには、忠告に従わなかった相手に対して冗談っぽく軽くたしなめる言い方にもなります。

2 〈ユーモアを交えて〉ほら 言ったでしょう:“I missed the train this morning, because I forgot setting the alarm last night.” “See. I told you so.” 「今朝, 電車に乗り遅れちゃった. 昨日の夜目覚まし時計をセットするのを忘れたんだ」「ほーらね, 忘れないように言ったのに」.

また、‘whatever you say’という表現があります。これもいやみの定義と直結しませんが、相手が言ったことを幅広く一般化して「あなたが言うことは何でも」「是認する」ことを意味します。つまり、「あなたが言うことは何でも」「正しい」とか「従う」ということを表します。次例は素直に従う場合です。

1 〈相手の言うことを受け入れて〉君の言う通りにするよ:《ゲームに夢中になっていた2人の会話》 “I think we should stop the game here.” “OK, whatever you say. It’s already midnight now.” 「もうゲームはやめようよ」「わかった, 君の言う通りにするよ. もう夜中だしな」.

さらに、是認の気持ちから、反論してもどうしようもない相手に対するいやみな気持ちや、あきらめ、勝手にしろ、などといった二次的な意味も派生しています。

2 〈相手の発言をしぶしぶ認めて〉わかったわかった, はいはい君の言う通りです:《妻と夫の会話》 “I think you should stop drinking because you have diabetes.” “All right, whatever you say.” 「糖尿病を持っているのだから, お酒をやめるべきだわ」「はいはい, わかりました, 君の言う通りだ」.
3 〈嫌味たらしく〉おっしゃる通りです, わかってるよ:《母親が息子に》 “You must prepare for the coming term test, mustn’t you?” “I know, whatever you say.” 「期末テストの勉強しなくてもいいの?」「はいはい, (言われなくても)わかってるよ」.

筆者プロフィール

内田 聖二 ( うちだ・せいじ)

奈良女子大学教授

専門は英語学、言語学(語用論)

主な業績:

『英語基本動詞辞典』(1980年)研究社(小西友七編、分担執筆及び校閲)
『英語基本形容詞・副詞辞典』(1989年)研究社(小西友七編、分担執筆及び校閲)
『英語基礎語彙の文法』(1993年)英宝社(衣笠忠司、赤野一郎と共編著)
『関連性理論-伝達と認知-』(初版1993年、第2版1999年)研究社(共訳)
『小学館ランダムハウス英和大辞典』(第2版1994年)小学館(小西友七・安井稔・國廣哲弥・堀内克明編、分担執筆) 
Relevance Theory: Applications and Implications, 1998, John Benjamins.(Robyn Carstonと共編著)
『英語基本名詞辞典』(2001年)研究社(小西友七編、分担執筆及び校閲)
『ユースプログレッシブ英和辞典』(2004年)小学館(八木克正編集主幹、編集委員)
『新英語学概論』(2006年)英宝社(八木克正編、共著)
『思考と発話』(2007年)研究社(共訳)
『子どもとことばの出会い』(2008年)研究社(監訳)
『語用論の射程』(2011年)研究社

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