2010年 4月 のアーカイブ
漢字の現在:「円」ではなく、金偏によるお金の漢字
2010年 4月 29日 木曜日 筆者: 笹原 宏之漢字の現在 第63回 「円」ではなく、金偏によるお金の漢字
中国は、他国の貨幣単位であっても、自国の「元」を用いて表現し、中国語でそれを発音しようとする、いわば集約化の傾向があることを前回、確かめた。
それに対して韓国は、現地つまり相手国の音を、それが固有語であろうと漢語であろうと語種や出自を問わず、すべて外来語のように扱って、ハングルで表記するという明確な立場をとっているのであった。漢字を介在させれば、その判断にも迷いが生じるところがあったのだろう。多様化を容認する態度とも見えるが、そこには徹底した漢字離れの状況が反映していたのである。
さて、日本は、どうだったであろうか。中国に対しては「元」と漢字表記をして「ゲン」と日本漢字音で読む。すなわち自国漢字音尊重主義である。一方、漢字を使わなくなってきた韓国に対しては、「ウォン」とカタカナ表記をし、そのまま「ウォン」と読むという相手国漢字音(現地発音)尊重主義となっている。つまり態度に使い分けが生じており、中国と韓国とのちょうど中間の方法をとっていることになる。日本は何ごとにつけ、曖昧というと何も分からなくなってしまうが、外来の事象を自己の独自のフィルターを通してなるべく自国へと取り込み、そこで細分化して、各々に意味やイメージの付与を行うという、多様性を広げていく方向を選ぶようだ。
これは、漢字圏において、互いの姓名をどのように表記し、いかに読むか、呼ぶかという、歴史的な事情もかかわる問題の根底に潜んでいる、無意識化した慣習なのであろう。
さて、中国では、タイのバーツ(บาท 記号 ฿)を「銖」(zhu1 ジュー)という漢字で表すことがある。タイ語は、中国語と系統的には類縁関係にあるともいわれ、種々の共通点が見られる。「タイ」も「泰」や「
」などの字がそれぞれ近似の発音によって当てられることがあるが、そもそも漢語の「大」と同源だと説かれることもある。言語類型論では「シナ(漢)・タイ語派」が示されたことがあるように、実は互いに共通性をもつ近い言語であるが、タイ国ではインド系の文字を使用しており、両者の関連は意識されにくくなっている。一方、タイ系の少数民族には、中国でもベトナムでも漢字を改めた独特な文字を用いているものがあり、漢族や京族に近い印象を得かねない。こういった点からは、やはり文字が言語や民族の本質を覆い隠してしまう危険性を、一端ながらうかがうことができよう。
この「銖」という字では、現地タイ国での発音から遠く、意味も単位は単位でも元々中国では重さを表していた。これによく似た「
」という造字を、以前、中日辞典で見かけ、中国では他国の貨幣単位を音訳するために、漢字をわざわざ造っていることに、必要から生まれたものとはいえ驚いたものだ。広東語の発音がベースにあったのだろう。これこそ、「銖」の元の姿だったのでは、と思えてこないだろうか。
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【筆者プロフィール】
笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)などがある。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。
【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「お金の「圓(円)」を互いにどう呼ぶか」でした。
この連載への質問、また「ここでこんな字が使われていた」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「漢字の現在」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。
国語辞典入門:小学生向け辞典 漢字表記 ○△×
2010年 4月 28日 水曜日 筆者: 飯間 浩明第16回 漢字のランクは示すべきだ
前回も述べたように、子どもは意外にむずかしい漢字を知っており、また、漢字を積極的に覚えようという子もいます。そこで、学習国語辞典(学習辞典)では、常用漢字にない字も載せてほしいと、要望を記しました。
さて、そのようにどんどん漢字を載せるとすると、次には、学習辞典で漢字のランクを示す必要はあるか、という問題が出てきます。つまり、その漢字が学習漢字なのか、学習漢字にない常用漢字なのか、それとも、常用漢字にない字(表外字)なのかという情報は必要か、ということです。「この漢字を使ってはいけません」と制限しないならば、学習漢字とか常用漢字とかいう表示はいらない、という理屈も成り立ちます。
現在、学習辞典では、漢字のランクを示すものと、示さないものとがあります。
ランクを示す場合、多くは、学習漢字(1006字)は無印です。たとえば、小学校1年生で習う【先生】【入学】も、6年生で習う【吸収】【砂糖】も、印はありません。
学習漢字にない常用漢字(939字)は、○とか▽とかいう印をつけてあります(辞書によって違います)。たとえば、【○炎○症】【○駆○逐】【○殊○勲】といった具合です。これらは、中学以降で習う漢字です。
さらに、常用漢字にない字は、×印をつけたり、参考表記(前回参照)を表す[ ]に入れたりしています。たとえば、[×鮟×鱇][×潰×瘍][×贔×屓]というように。これらは、学校では習わない字であり、一般にも漢字で書かなくていいとされます。
このほか、小学校で習う読み方かどうかなど、細かいことについても印があります。
一方、ランクを示さない場合は、当然、何の印もありません。【先生】【入学】【吸収】【砂糖】【炎症】【殊勲】など、この通り、区別なく記します。「贔屓」などの表外字はどうするかというと、そもそも漢字を示さず、「ひいき」という仮名見出しだけを立てています。
ランクの印は、示すべきか、示すべきでないか。私はこれまで、子どもは学年別配当表、常用漢字表といったことにこだわらずに漢字を覚えればいい、という趣旨のことを述べてきました。それならば、ランクを示さない辞書を支持するのかというと、まるで反対です。私は、辞書では、漢字のランクは示すべきだと考えます。
「どれから覚えればいいか」という指標が必要
どういうことか説明します。まず、私は、文章の書き手にとって、学習漢字とか、常用漢字とかいうものは、無意味とは言わないまでも、参考以上のものではないと考えています。この考えははっきりしています。
私の文章は、比較的漢字を使わないほうだと思います。本節でも、「子供」「難しい」と書かずに、「子ども」「むずかしい」と書いています。「供」「難」は常用漢字にありますが、ひらがなにしています。
一方、常用漢字にない字は、律儀に、できるだけ使わないようにしています。例外として、音読みする熟語は、だいたい漢字で書きます。たとえば、「牽引」の「牽」は表外字ですが、「けん引」とは書きません。
一般に、誰だって、漢字を書くときには、その字が漢字表にあるかどうかなんて、あまり気にしません。その字が常用漢字かどうか、いちいち確かめながら書くのは、役所やマスコミなど、限られた範囲の人だけでしょう。したがって、一般的な文章の書き手に対して、辞書が○や×などの記号で漢字のランクを示す必要性は薄いと思います。
ところが、漢字を覚えるために辞書を引く人に対しては、漢字のランクを示すことは絶対に必要です。とりわけ、大量の漢字を学習中の子どもにとって、その漢字が「今覚えるべき字か」「もっと大きくなってから覚えればいい字か」「必ずしも覚えなくても差し支えない字か」というランクが示されているかどうかは、学習効率に大きく影響します。
すべての漢字が無印で出ていると、その辞書を使う子どもは、それらの漢字を片っ端から覚えなければならないのかと思ってしまいます。優先順位が分かりません。小学生であっても、中学以降で習う漢字を積極的に覚えていいわけですが、覚えたくない子は、べつに無理をしなくてかまいません。【○炎○症】【○殊○勲】と印があれば、「これは後回しでもいいんだ」と分かり、気持ちが楽になります。
要するに、ランクを示す印は、子どもの学習意欲を抑えるためのものではなくて、どれから手をつければいいかを示す指標の役割を果たすものです。辞書には必要なものであり、これがない辞書は、子どもを途方に暮れさせます。ランクを示さず、しかも、むずかしい漢字はひらがなにしてしまうというのは、きわめて不親切なやり方です。
* * *
注 今回から、文章中に使う漢字を少し増やします。「頃」「誰」「謎」などは、今まで仮名書きにしてきましたが、今年告示される見込みの新常用漢字表に入っているため、漢字で書くことにします。部分的にせよ、「律儀に」漢字表を目安にしてきた私は、規則が変わるたびに振り回されることになりそうです。
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◆飯間先生の記事はここにも⇒「三省堂WebDictionary」ことばパティオ第8回「「串刺し」に堪える語釈でなければならない」
筆者プロフィール
飯間浩明(いいま・ひろあき)
早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)
【編集部から】
これまで「『三省堂国語辞典』のすすめ」をご執筆くださった飯間浩明先生に「国語辞典の知っているようで知らないことを」とリクエストし、「『サンコク』のすすめ」が100回を迎えるのを機に、日本語のいろいろな辞典の話を展開していただくことになりました。
辞典はどれも同じじゃありません。国語辞典選びのヒントにもなり、国語辞典遊びの世界へも導いてくれる「国語辞典入門」の始まりです。
深谷圭助先生の辞書引き学習体験会(5月29日)
2010年 4月 27日 火曜日 筆者: ogm以下のイベントは終了いたしました。
「辞書引き学習」基本のステップは五つ! 今すぐ始めたい方はこちらをご覧ください。
⇒「辞書引き学習」とは(監修:深谷圭助)
「やってみよう!」 「辞書引き学習」への取り組み―先生方・保護者の方へ―
ご家庭での取り組みの参考にと、深谷先生にインタビューをさせていただきました。以下をご覧ください。
⇒インタビュー「辞書引き学習」の深谷圭助先生《前編》
⇒インタビュー「辞書引き学習」の深谷圭助先生《後編》
最新のイベント情報は右にあります「おすすめ記事」からご覧ください。今後のイベント情報、また、これまでの報告など関連情報は以下からもご覧いただけます。
⇒「辞書引き学習」についての情報
「親子で深谷先生の辞書引き学習を体験しよう」
「辞書引き学習」の開発者として著名な深谷圭助先生が、みずから指導をしてくださいます。ことばの力を楽しく身につけられる話題の学習法を、親子でご体験ください。
日時:2010年5月29日(土) 午後2時~4時
場所:八王子東急スクエア 4F イベントルーム
東京都八王子市旭町9-1(JR八王子駅から徒歩1分)
講師:深谷圭助先生(中部大学准教授)
対象:小学校1年生から3年生までの児童と保護者のペア(2名1組)
定員:25組 50名様(要予約)
応募方法:くまざわ書店八王子店ないし八王子東急スクエア店にて
『三省堂 例解小学国語辞典 第四版』をお買上げのお客様に
参加整理券をお渡しします
(電話でのお申し込みもお受け致します)
主催・お問い合せ先:
くまざわ書店 八王子店
八王子市旭町2-11F 電話 042-625-1201
くまざわ書店 八王子東急スクエア店
八王子市旭町9-1 東急スクエア7F 電話 042-643-8791
【編集部からのお知らせ】
このウェブサイトにて、深谷先生のインタビューを掲載しています。以下をご覧ください。
⇒インタビュー「辞書引き学習」の深谷圭助先生《前編》
⇒インタビュー「辞書引き学習」の深谷圭助先生《後編》
編集部で立命館小へうかがいました。以下に訪問記を掲載しています。
⇒「辞書引き学習」の立命館小訪問記1
⇒「辞書引き学習」の立命館小訪問記2
各地の辞書指導や辞書を使った学習のもようをリポートします。
⇒「辞書引き学習」訪問記:千葉・水の江小
最新のイベント情報は右にあります「おすすめ記事」からご覧ください。今後のイベント情報、また、これまでの報告など関連情報は以下からもご覧いただけます。
⇒「辞書引き学習」についての情報
辞書の大きさ(1)―袖珍(しゅうちん)辞書―
2010年 4月 26日 月曜日 筆者: 信岡 資生クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(89)
明治5年(1872)は日本で最初の独和辞書が生れた年である。先頭を切ったのは8月発刊の『孛和袖珍字書』(小田篠次郎 藤井三郎 櫻井勇作編 東京 學半社)で、9月にはそれに続いて『袖珎孛語譯囊』(山本松次郎編 長崎 出藍社)が出た。「孛」は孛漏生、孛魯土、孛露西などと宛字されたプロイセンまたはプロシアの略であるが、どちらも「袖珍」を題名に掲げた(珎=珍)。「袖珍」とは「着物の袖の中に入れて携行できるほど小型の」の意味で、今日ならさしずめ「ポケット版」といったところ。両書ともドイツ語の題名は「Taschenwörterbuch」である。學半社版は「Deutsch‒Japanesisches Taschenwörterbuch zum Gebrauch der deutsch lernenden japanesischen Jugend wie der, der japanesischen Schrift und Sprache Kundigen」(原文のママ、japanesischはjapanischの誤記か)、出藍社版は「DEUTSCH‒JAPANISCHES TASCHENWOERTERBUCH ZUM GEBRAUCH für SCHULER, KUNSTLER, REISENDE UND AUSWANDERER」(原文のママ)である。しかし、その大きさは、學半社のほうは本文紙型が16,4×11,3cm、出藍社のは19,5×12,5cmもあり、袖珍でも『クラウン独和 第4版』より大きく、袖と言っても筒袖ではなく、袂を含めた広義の袖の中でないと入らない。『全訳漢辞海 第二版』(三省堂2006)の「袖」の例文に「朱亥袖四十斤鉄鎚」(朱亥(人名)は40斤の鉄槌を袖の中に隠した)があり、1斤500gとしてもかなりの重量のものが袖には入るのである。東大医学部教授だった入澤達吉博士は「明治十年以後の東大醫學部回顧談」(『雲荘随筆』白揚社 昭和10)の中で、学半社の辞書は「厚い真四角な字引で丁度枕に宜いから、それで「枕字引」と申して居った」と述懐しているが、筆者自身が神田の古書店で見つけて成城大学図書館に納入させた『孛和袖珍字書』は、総頁1,373に、厚さが7mmもある堅牢な17,0×12,0cmの表紙が付いた、まさに「枕字引」の呼称に相応しいものである。
ともかく「袖珍」は「掌中」と並んでこの頃の携行可能な小型(?)辞典の題名に好んで用いられた言葉で、他にも『袖珍挿圖獨和辭書 Neuestes Taschenwörterbuch der deutsch‒ und japanischen Sprache, nach dem Standpunkt ihrer heutigen Ausbildung mit besonderer Rücksicht auf die Schwierigkeit in der Beugung der Wörter, und mit dem einigen Anhang』(ホフマン原著 小野 操纂譯 伊藤誠之堂 明治18)、『獨和袖珍字彙 Deutsch‒Japanisches Taschen Wörterbuch』(井上 勤纂譯 字書出版社 明治18)、『袖珍獨和字典 Neuestes Taschen‒Wörterbuch Deutsch und Japanisch』(山脇 玄校閲 田村化三郎纂譯 南江堂 明治26)などや『掌中獨和字彙 Deutsch und Japanisches Taschenwörterbuch』(吉原秀雄譯 六合館 明治19)などがあり、幕府の洋書調所が刊行した本邦最初の英和辞書とされているものも『英和對譯袖珍辭書 A Pocket Dictionary of the English and Japanese Language』(堀 達之助編 文久2)の名であって、縦160×横196mmの横長であった。欧米人の洋服のポケットは大きかったとみえる。
辞書――電子辞書ではなく、紙の辞書――は掌に載るくらいの大きさ・重さがよいと、筆者の大学同期生で『クラウン独和辞典 第4版』の監修者故濱川さんは常々言っていたし、それには筆者も大賛成であった。つまり右利きの人であれば、左の手の平に辞書を載せて右手でページを繰ることができるからである。『クラウン独和辞典 第4版』はちょうどその大きさになっている。
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【筆者プロフィール】
信岡資生(のぶおか・よりお)
成城大学名誉教授
専門は独和・和独辞典史
『クラウン独和辞典 第4版』編修主幹
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【編集部から】
2008年2月に『クラウン独和辞典』(第4版)が刊行されました。日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。
An Unofficial Guide for Japanese Characters 07
2010年 4月 25日 日曜日 筆者: SADANOBU Toshiyuki<< An Unofficial Guide for Japanese Characters 06
Where will you go, Wakanohou?
When the Russian former sumo wrestler Wakanohou Toshinori was arrested for marijuana, then subsequently released pending disposition, he immediately held a press conference. In that press conference, (September 8, 2008), he simply apologized, but in his latest press conference (September 29), he criticized the Japan Sumo Association. Even so, it seems he wants to return to sumo. He had no lawyer with him at this second conference, and it is being called a private rant.
Having no inside information on the sumo world, I don’t completely understand the situation. However, from my layman’s perspective, it seems that having obtained at great pains a “sumo wrestler” character, he has reverted to a “foreigner” character; that is, he has gone from being “Wakanohou” back to “Mr. Soslan Aleksandrovich Gagloev.” This is reflected by the fact that he went from using polite Japanese when answering the journalists’ questions to using plain Japanese.
Even at his first press conference, he used some plain Japanese. For example, there was his use of “ikkai mo inakatta” (didn’t exist once) in his statement: “Ootakebeya, Rohou no heya wa, nankaimo itta koto arimasu. Demo, nioi, mo, marifuana mo kanji, marifuana no hanashi mo, ikkai mo inakatta” (roughly translated: I have been to Otake Stable, Rohou’s stable, many times. But, I didn’t once notice the smell of marijuana, feel marijuana [was being used], nor talked about marijuana with anyone there). Or his use of “imeeji tsuketa” (give a [bad] image) when he said: “Jibun, warui koto shite, Hakurozan-zeki ni Rohou-zeki ni, jibun no i, ime-ji tsuketa. Sore de, Rohou-zeki, Hakurozan-zeki suimasen deshita ” (Because of the bad things I’ve done I have given my own [bad] image to Roho-zeki and Hakurozan-zeki(1); to Rohou-zeki and Hakurozan-zeki , I wish to say I am sorry.).
However, these slips were covered by his use of polite expressions, such as “itta koto arimasu” (…have gone to…) and “suimasen deshita” (I am sorry), and overall, one cannot say his speech didn’t leave a good impression; he gave the impression of a foreigner sincerely struggling with the unfamiliar Japanese language. In this second conference, he used entirely plain, and no polite, Japanese, as exemplified in his statement, “kyou wa kore yori kuwashiku hanashitaku, hanasanai yo” (I don’t want to speak in more detail today). In particular, the use of “yo” at the end of “hanasanai yo” left a bad taste.
Even worse, in this conference he used a lot of his native Russian, all of which was broadcast. From Takamiyama-zeki(2) on, the cardinal rule of foreign sumo wrestlers in Japan has been to “use Japanese, no matter how poorly, when in front of the camera.” In this respect, Wakanohou has gone from being a “sumo wrestler” to a “foreigner.”
However, in Onsei Bunpou no Taishou(3) , a collection of essays I compiled with Masayuki Nakagawa, there is one essay titled “Acquiring Character from Spoken Delivery in Foreign Languages: Analysis of Interviews with Foreign Sumo Wrestlers” written by Ryoko Hayashi. Although the essay explains it in more detail, the gist is that the “sumo wrestler” character is strong gentle, and speaks awkwardly and quietly. So when an interviewer asks, “How was that match?” the wrestler should respond with something like “Hmm… Well, I just gave it my all.” Foreign wrestlers probably first intensively study this “sumo wrestler” Japanese, and thus are good at such responses.
On the other hand, they do not study Japanese that is uncharacteristic of sumo wrestlers, for example language with which they can protest their own innocence while criticizing others (“my boss and other wrestlers were smoking marijuana too, but they haven’t been punished,” or “the fights were fixed” etc.). This is why expressions that do not leave a good impression, such as “hanasanai yo” slipped out. Considering this, Wakanohou probably had no choice but to use Russian at this press conference.
However, if Aleksandrovich makes a big splash with his “foreigner who has lost his sumo wrestler identity” character, I as a character watcher can only be embarrassed at my own obscurity.
* * *
(1) Rohou (Soslan Feliksovich Boradzov) and Hakurozan (Batraz Feliksovich Boradzov) were both sumo wrestlers in Japan. They were expelled from the sport after failing drug tests in 2008.
(2) Takamiyama (Jesse James Wailani Kuhaulua) is a now-retired Hawaiian-born sumo wrestler. He became a naturalized Japanese citizen in 1980.
(3) SADANOBU Toshiyuki and NAKAGAWA Masayuki (eds.), Onsei Bunpou no Taishou (Comparisons of Spoken Grammar). Kurosio , 2007
author
Toshiyuki SADANOBU.
Professor of Linguistics at Kobe University. Ph.D.: Kyoto University, 1998. Research Interests: Personal Experience in Grammar and Communication.
Selected Publications:
(1) Bonnou no Bunpou: Taikien o Kataritagaru Hitobito no Yokubou ga Nihongo no Bunpou System o Yusaburu Hanashi (The Grammar of Earthly Desires: How Our Desire to Narrate Daily Experiences Shape Japanese Grammatical Systems). Tokyo: Chikumashobo, 2008;
(2) Sasayaku Koibito, Rikimu Repootaa: Kuchi no naka no Bunka (Whispering Lovers and Creaking Reporters: Culture in Our Mouth). Tokyo: Iwanami, 2005;
(3) Ninchi Gengoron (A Cognitive Study of Language). Tokyo: Taishukan, 2000.
URL:http://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm
角色大世界――日本 07
2010年 4月 25日 日曜日 筆者: 定延利之(中文)若之鹏呀,你要走向何方?
由于吸食大麻被逮捕,而后以处分保留的形式释放出来的原外国籍相扑力士若之鹏寿则,突然又召开了记者会。在刚释放后的记者会上(2008年9月8日),他从头到尾一直都在道歉,而这次的记者会上(2008年9月29日),却在谴责相扑协会,但他还说想回到相扑协会。在这次记者会上他的代理律师不在,因此也有人说这是他个人的鲁莽冒失行为。
虽然我不了解相扑界的内部情况,但连我这个外行也能感觉到,若之鹏从自己千辛万苦才塑造的“相扑力士”角色形象又回到了原来的“外国人”形象,从“若之鹏”回到了“格古罗耶夫·索斯朗·亚历山大罗维奇(本名)”,走了回头路。这表现在,例如,他在回答记者提问时,说的日语不是敬体形式,而是非敬体(简体)形式。
他在第一次的记者会上的确也使用了简体。如在他说的“大嶽部屋、露鵬の部屋は、何回も行ったことあります。でも、匂い、も、マリファナも感じ、マリファナの話も、1回もいなかった(Ootakebeya、Roho-no heya-ha,nangai-mo i-tta koto arimasu。Demo,nioi、mo、marijuana-mo kanji、marijuana-no hanashi-mo,ikkai-mo inaka-tta。大岳部屋的露鹏(俄籍相扑力士)的房间我去过好多次。但是,味道……也……大麻的味道也没闻到,关于大麻的话也没有说过,一次也没有。)”中使用了简体 “いなかった(inaka-tta 没有)”。以及在“自分、悪いことして、白露山関に、露鵬関に、自分のイ、イメージ付けた。それで露鵬関、白露山関、すいませんでした(Jibun,warui koto shi-te,Hakurozan-zeki、Roho-zeki-ni jibun-no i image tsuketa。Sorede,Hakurozan-zeki、Roho-zeki,suimasen-desi-ta 我,做了坏事,白露山力士(俄籍相扑力士)、露鹏力士(俄籍相扑力士)也因我给了大家坏印……印象。所以,露鹏力士、白露山力士,对不起。)。”的“イメージ付けた(image tsuketa 给了印象)”也是简体。
但都被他说的“行ったことあります(I-tta koto arimasu 去过)”、“すいませんでした(Suimasen-desi-ta 对不起)”这些敬体弥补了,所以,人们就会认为“这个外国人尽管不能自如地使用日语,但还是尽量努力地使用礼貌的日语(敬体)说话”,不能不说他给人们留下了较好的印象。但是这次他却说:“今日はこれより詳しく話したく、話さないよ(Kyo-ha kore-yori kuwashi-ku hanashi-taku,hanasanai-yo 今天我不想再详细地说了,不说(了))。” 没有礼貌的敬体,不礼貌的简体完全暴露了出来,尤其是“話さないよ(hanasanai-yo)”的表示强调的“よ(yo)”非常不好。
更糟糕的是,在这次记者会上,他用母语俄语说话的部分比较多,而这些又都通过电视报道给了观众。从已入日本国籍的高见山(原美国籍的现相扑师傅)开始,外国籍相扑力士似乎就有了一个铁的规定“即使日语不好,在摄像机前也一定要说日语”,就这一点来说,在这次记者会上若之鹏已不再是“相扑力士”,而只是一个“外国人”了,是的,已经变了。
去年,在我与中川正之先生编纂的论文集《音声语法对照》(黑潮出版)里收录了林良子女士的一篇叫《论外语语言音声中的角色形象习得――通过对外国相扑力士的采访分析》的论文。这篇论文里详细论述的是,“相扑力士”的形象是性格和善、身体强壮,木讷寡言、不善言谈。当被记者问道“今天的比赛感觉怎么样?”时,做“呼―、呼―,不管怎么说,我竭尽全力了” 等简单的回答就可以。外国籍的相扑力士,首先集中学习的应该是这些“相扑力士语言”吧,所以对于记者的提问都是和气简短的,这正是其巧妙之处。但是,像若之鹏“其他的相扑力士和师傅也都吸大麻了,却没受到处分”、“有假比赛”等为自己强烈辩护,大肆谴责他人等这样与“相扑力士”形象不相配的话,怎样用日语巧妙的表达是应该没有进行集中学习的。所以若之鹏才有了“話さないよ(hanasanai-yo 不说(了))”这样给人印象不好的发言。这样想来,似乎觉得,他用俄语也许是不得已的选择。
但是,如果在分析这次记者招待会何以失败时,这位鲁莽放纵行事不稳的亚历山大罗维奇先生,以“‘相扑力士’形象崩溃的外国人”这一形象再次为大众所欢迎的话,我作为角色形象观察研究者,只会自愧自己能力的疏浅了。
author
定延利之(SADANOBU, Tosiyuki)
神户大学大学院国际文化学研究科教授。文学博士。
专业:语言学、交际学。现在正在进行的课题:《与人物形象相应的音声语法》的研究、《以日语、英语和汉语对照为基础,制定有益于日语音声语言教育的基础资料》。
著作:《Ninchi Gengoron (认知语言论)》(大修馆书店,2000)、《Sasayaku Koibito、Rikimu Repotaa―Kuchi-no-naka-no Bunka (喃喃细语的恋人、用力说话的报告人―口中的文化)》(岩波书店,2005)、《Nihongo Fushigi Zukan (日语不可思议图鉴)》(大修馆书店,2006)、《Bonno-no Bunpo―Taiken-o Katari-tagaru Hitobito-no Yokuboo-ga Nihongo-no Bunpo Shisutemu-o Yusaburu Hanashi (烦恼的语法―人们想谈体验的欲望会动摇日语的语法体系)》(筑摩新书,2008)等等。
日本語社会 のぞきキャラくり 第87回 『ごまめ』の時代?
2010年 4月 25日 日曜日 筆者: 定延 利之『ごまめ』の時代?
「ああ、お月さま。――明日は下田、嬉(うれ)しいな。赤坊の四十九日をして、おっかさんに櫛(くし)を買って貰って、それからいろんなことがありますのよ。活動へ連れて行って下さいましね」
「あんなに大きく見えるんですもの、いらっしゃいましね」
「お掛けなさいまし」
「どうしてあんなに早くお歩きになりますの」
ここに並べたのは、川端康成の『伊豆の踊子』の中で、薫(かおる)という踊子が20歳の「私」に対してしゃべることばである。
「それはあなたの思っているより重いわ。あなたのカバンより重いわ」
なんて、対等っぽく笑うセリフもわずかにあるが、基本的に薫は『目下』の者として「私」に接している。次のように、私に直接ものを頼むことさえはばかられるぐらいである。
踊子はおじさんおじさんと言いながら、鳥屋に「水戸黄門漫遊記(まんゆうき)」を読んでくれと頼(たの)んだ。しかし鳥屋はすぐに立って行った。続きを読んでくれと私に直接言えないので、おふくろから頼んで欲(ほ)しいようなことを、踊子がしきりに言った。
[川端康成『伊豆の踊子』1926]
鳥屋のおじさんには気安く頼めることが、20歳の「私」には頼めない。ということは、これは年齢の問題ではない。身分の問題である。制帽と学生カバンを身につけた「私」は学生様であり、茶店の婆さんには「旦那様」と呼ばれ敬われている。一方、薫は(同じ茶店の客であるのに)婆さんから「あんな者」と蔑まれる旅芸人の娘に過ぎない。だから薫は「私」に対して『目下』としてしゃべっている――という理屈はわかるけど、しかしさすがに時代を感じるね。「なさいまし」とか「お歩きになりますの」とか、ことばの古さもあるけど、薫って、今どきの娘じゃあないよ。だってまだ14だもの。いくら相手が上だっていっても、今の14歳がここまで『目下』キャラを発動するかね。
たとえばお店に行ったら、親がいなくて、14の子供が満面の笑みで出てきて「あ、いつもお世話になっとります。じきに帰ってきますんで。いえいえ、ささ、どうぞお履き物をお脱ぎになって」なんて親並みにしゃべって「シー」と空気でもすするかね。そんな14歳はあんまりいないだろうし、こっちだって14歳にはそういうことは期待しないんじゃないの。
子供がかしこまって平伏する、なんてのも、時代劇にはありそうだけど、今は見ないね。誰に対してもぞんざい口調が許される「格」の最低値を、この連載では仮に『ごまめ』と呼んでいるわけだけど、『ごまめ』を卒業する時期が、昔からすると、遅くなってるってことかねえ。
「格」の最低値『ごまめ』と、「年」の最低値『幼児』が弱い形で連動するってことはもう話したけど(第63回)、『幼児』に次いで若い『若者』とも、『ごまめ』は結びついてきてるみたいだね。これも前に言ったけど(第63回)、親に丁寧な口をきかない、内弁慶ならぬ内『ごまめ』も今は多いみたいだしね。
え、みんなそうなんじゃないのかって? たしかに、マンガ『サザエさん』の磯野カツオや、『ドラえもん』の野比のび太なんかは、親にぞんざいにしゃべってるね。でも、『ゲゲゲの鬼太郎』の鬼太郎や、『一休さん』の一休さんとかは、親に「です」「ます」調で話してるよね。『巨人の星』の星飛雄馬は親に対してぞんざいにしゃべってるけど、上流階級って設定の花形満は親に丁寧にしゃべってるんだよね。
韓国語でもやっぱり、親には丁寧にしゃべるんだけどね。ま、韓国語社会は、どんな悪い奴でも年上には敬語でしゃべるっていうから、一つの巨大な体育会みたいなもんで、日本語社会とはまた違うかもしれないけどね。
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◇この連載の中国語版と英語版
中国語版⇒角色大世界――日本
英語版⇒An Unofficial Guide for Japanese Characters
【筆者プロフィール】
定延利之(さだのぶ・としゆき)
神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL:http://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm
【編集部から】
「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。
地域語の経済と社会 第96回
2010年 4月 24日 土曜日 筆者: 田中 宣廣地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第96回「ワンポイント方言メッセージ」
これまで紹介のとおり,「方言メッセージ」の多くが,目立つように大きく示されます。
しかし,注意して見ていないと見逃してしまう,『ワンポイント方言メッセージ』とでも呼べるような例もあります。今回これを2例紹介します。
1例目は,第84回でも触れた,静岡県の「富士宮やきそば」です。最近,マスコミでもよく取り上げられます。富士宮の現地で焼きたてを食べるのが基本ですが,カップ麺(東洋水産株式会社http://www.maruchan.co.jp/products/search/1097.html)やスナック(株式会社おやつカンパニーhttp://www.082.oyatsu.co.jp/lineup/omiyage/tokai.html)が,静岡県内の観光みやげ店などで販売されています。
「う宮・ウミャー」のメッセージが多くの製品に付けられています。例えば,スナックの箱【写真1】です(カップ麺は第84回で紹介)。静岡県地方の方言で「美味しい」の意の「ウミャー」で,そこに「富士宮」の「宮」を掛けているのも面白い工夫です。企画は,富士宮焼きそば学会http://www.umya-yakisoba.com/で,URLにも「umya」が入っています。
2例目は,茨城県の「なっとう味スナック」(石岡市の株式会社メーコウhttp://www.710379.com/)です。茨城の象徴,水戸黄門と助さん格さんの絵に,茨城の方言のメッセージ「うまかっぺ」が付いています【写真2】。「-ぺ」は確認の意で,メッセージの意味は「美味しいでしょ/美味しいよね」です。「うめ味」と「からしマヨネーズ味」があり,各々で3人の表情や衣装またポーズが異なります。
…ただし,水戸徳川藩主は「江戸定府」(意味や読み方は日本史の勉強のためにもご自分で調べてみましょう)のため,水戸黄門自身が(助さんと格さんも各々別の理由で)水戸の方言を使えたかは?ですが…
皆さんも,方言メッセージについて気にしていると,こういう,小さなものも自然と目に入ってくると思います。
* * *
《補遺》
第86回で,道徳啓発の「方言看板・ポスター類」を考え,不正軽油禁止を呼びかけるガソリンスタンドのレシートの裏面の例と,自殺防止のポスターを紹介しました。
その後,自殺防止のポスターと同じデザインで,パンフレット【写真3】とカード【写真4】も作られて配布されています。
* * *
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【筆者プロフィール】
言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)
田中宣廣(たなか・のぶひろ)
岩手県立大学 宮古短期大学部 准教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,地域の自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『近代日本方言資料[郡誌編]』全8巻(共編著,港の人)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。『Marquis Who’s Who in the World』(マークイズ世界著名人名鑑)掲載。
【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載。
この連載への質問、また「ここでこんな方言みやげ・グッズを見た」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「地域語の経済と社会」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。
明解PISA大事典:生きるための知識と技能
2010年 4月 23日 金曜日 筆者: 北川 達夫第36回 生きるための知識と技能:「生きる力」としての「読む力」の実態
PISAといえば「生きるための知識と技能」である。PISAの結果が発表されるたびに、そういう題名の本が当局から出されることからしても(*)、PISAといえば「生きるための知識と技能」であることがわかる。だから、PISAの読解力についていえば、「生きるための知識と技能」を読解力という観点で測定するということである。平たくいえば「生きるために読む」力のテストということだ。
「生きるために読む」とは、どういうことか? ここでPISAの高級な部分のみ取り出せば、「テキストをクリティカルに読むことによって、よりよく生きる」というようなことになり、「クリティカル・リーディングが必要だ」というようなことになる。だが、PISAは高級な部分ばかりではない。いまやPISAの参加国は70を超え、OECD外の参加国のほうが多くなっている。そういった国々の中には、求人情報や製品情報をきちんと読めるかどうかが「生きる力」と直結しているところも少なくない。
ここで「きちんと読める」という曖昧な書きかたをすると、大きな誤解を招く恐れがある。「きちんと読める」レベルは、国によって大きく異なるからだ。日本では考えられないほど低いレベル――「低いレベル」という言いかたは適切ではないかもしれない。言いかえるならば「サバイバル・レベル」?――で「きちんと読める」かどうかを試さなければならない国も数多く存在するのである。そして、そういう国もPISAに積極的に参加していたりする。よって、PISAにもそのレベルの問題が出題されていたりする。そして、そういう問題の全体に占める割合が、決して低くなかったりするのである。
サバイバル・レベルの読解問題とは、一般的には次のようなものだ。
たとえば牛乳のパッケージが課題文だったとしよう。サバイバル・レベルの場合、牛乳のパッケージのように、身の回りにあるもので何らかの情報の取り出せるもの、そして情報の取り扱いようによっては多少の危険やリスクをともなうものが使われる。
まずは「この製品は何ですか?」を聞かねばならぬ。牛乳のパッケージなのだから牛乳に決まっているなどと考えてはならぬ。製品名が「牛さんのおくりもの」だったりすると、製品が何なのか迷う人がいるかもしれぬ。製品情報の「原材料:生乳」というところきちんと見て、適切に「推論」しなければならぬ。
牛乳を買う場合、やはり「消費期限」や「賞味期限」を見なければなるまい。ということは、読解問題においても、「消費期限」や「賞味期限」について聞かなければなるまい。ここで聞くべきことは多い。「消費期限」や「賞味期限」は何を意味するのか? どう違うのか? 「消費期限4月30日」と書いてあったら、具体的に何をどうしなければならないのか? そもそも、なぜ「消費期限」や「賞味期限」が表示されているのか?
このあたり、自由記述で答えるとなると、なかなか難しいものもある。だから、サバイバル・レベルの読解問題では、まず間違いなく多肢選択式の課題になる。
〆の課題としては、たとえば「この製品を買ったら腐っていました。どうしたらよいですか?」というようなもの。実際には、もう少し具体的に聞く。「電話をする場合、どこに(どの番号に)電話したらよいですか?」「製品を取りかえてもらうためには、何をしなければなりませんか?」など。製品情報のところには、製品に問題があった場合の対処法について書いてあるので、そこをきちんと読めるかどうかを問うのである。
PISAの読解力における「生きるための知識と技能」の底辺は、ざっとこのようなものである。もちろん、日本の国語教育の新たな方向性を見出していくのなら、底辺を見てもあまり意味はないかもしれない。だが、いわゆる「PISA型読解力」が、時としてコケオドシのように機能している現状を見るにつけ、その実態を知ることは必要だろう。
* * *
(*) 『生きるための知識と技能』『生きるための知識と技能2』『生きるための知識と技能3』国立教育政策研究所編/ぎょうせい2002・2004・2007
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【プロフィール】

北川達夫(きたがわ・たつお)
教材作家・教育コンサルタント・チェンバロ奏者・武芸者・漢学生
(財)文字・活字文化推進機構調査研究委員
日本教育大学院大学客員教授
1966年東京生まれ。英・仏・中・芬・典・愛沙語の通訳・翻訳家として活動しつつ、フィンランドで「母語と文学」科の教科教育法と教材作法を学ぶ。国際的な教材作家として日芬をはじめ、旧中・東欧圏の教科書・教材制作に携わるとともに、各地の学校を巡り、グローバル・スタンダードの言語教育を指導している。詳しいプロフィールはこちら⇒『ニッポンには対話がない』情報ページ
著書に、『知的英語の習得術』(学習研究社 2003)、『「論理力」がカンタンに身につく本』(大和出版 2004)、『図解フィンランド・メソッド入門』(経済界 2005)、『知的英語センスが身につく名文音読』(学習研究社 2005)、編訳書に「フィンランド国語教科書」シリーズ(経済界 2005 ~ 2008)、対談集に演出家・平田オリザさんとの対談『ニッポンには対話がない―学びとコミュニケーションの再生』(三省堂 2008)、組織開発デザイナー・清宮普美代さんとの対談『対話流―未来を生みだすコミュニケーション』(三省堂 2009★新刊★)など。
『週刊 東洋経済』にて「わかりあえない時代の『対話力』入門」連載中。
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【編集部から】
学習指導要領の改訂に大きく影響したPISAってなに?
PISA型読解力ってどんな力なの?
言語力、言語活動の重視って? これまでとどう違う?
現代の教育観は変わってきたのか。変わってきたとしたら、そこにどんな経緯があるのか。
国際的に活躍する教材作家である北川達夫先生がやさしく解説する連載「明解PISA大事典」。金曜日に掲載しています。
「辞書引き学習」体験会の様子を動画で公開中
2010年 4月 22日 木曜日 筆者: ogm「辞書引き学習」体験会が気になる方 必見!
「辞書引き学習」の開発者である深谷圭助先生が、みずから指導をしてくださる「辞書引き学習」体験会。お子さんが辞書をどんどんひくようになる姿は、いつ見てもうれしく思いますし、保護者の方のアンケートにも「子どものことをたくましく思った」という意見が多数寄せられます。
そんな毎回大盛況の「辞書引き学習」体験会のもようを このたび動画でアップしました!
5月8日に開催予定の三省堂書店・成城店主催「辞書引き学習」体験会、きっと気になっていらっしゃる方も多いはず。迷っているなら、ぜひご覧ください。
前回の三省堂書店・成城店主催「辞書引き学習」体験会動画はこちら↓↓
深谷圭助先生の「辞書引き学習」体験会のご紹介
1時間の濃~い体験会をぎゅーっと圧縮していますので、ほんとはもっとご覧になっていただきたいところですが、いらっしゃっていただくのが一番。ほんのちょっとでどうかお許しくださいませ。
さらに気になった方、遠方の方へ
「辞書引き学習」基本のステップは五つ! 今すぐ始めたい方はこちらをご覧ください。
⇒「辞書引き学習」とは(監修:深谷圭助)
「やってみよう!」 「辞書引き学習」への取り組み―先生方・保護者の方へ―
このウェブサイトにて、深谷先生のインタビューも掲載しています。どうぞご覧ください。
⇒インタビュー「辞書引き学習」の深谷圭助先生《前編》
⇒インタビュー「辞書引き学習」の深谷圭助先生《後編》
編集部で立命館小へうかがいました。以下に訪問記を掲載しています。
⇒「辞書引き学習」の立命館小訪問記1
⇒「辞書引き学習」の立命館小訪問記2
各地の辞書指導や辞書を使った学習のもようをリポートします。
⇒「辞書引き学習」訪問記:千葉・水の江小
最新のイベント情報は右にあります「おすすめ記事」からご覧ください。今後のイベント情報、また、これまでの報告など関連情報は以下からもご覧いただけます。
⇒「辞書引き学習」についての情報
人名用漢字の新字旧字:「郷」と「鄕」
2010年 4月 22日 木曜日 筆者: 安岡 孝一第62回 「郷」と「鄕」
新字の「郷」は常用漢字なので子供の名づけに使えるのですが、旧字の「鄕」は子供の名づけに使えません。「郷」は出生届に書いてOKだけど、「鄕」はダメ。でも、旧字の「鄕」ならば、子供の名づけに使えた時期があったのです。
昭和17年6月17日に国語審議会が答申した標準漢字表には、旧字の「鄕」が収録されていましたが、その字体は真ん中の部分が「皀」でした。昭和21年11月16日に内閣告示された当用漢字表では、標準漢字表とほぼ同じ字体の「鄕」が官報に掲載されました。そして、昭和23年1月1日に施行された戸籍法施行規則は、子供の名づけに使える漢字を当用漢字表1850字に制限しました。したがってこの時点では、旧字の「鄕」は出生届に書いてOKだったのですが、新字の「郷」はダメでした。昭和24年4月28日、当用漢字字体表が内閣告示され、新字の「郷」が当用漢字になりました。これを受けて法務府民事局は、当用漢字表に加えて当用漢字字体表も子供の名づけに使ってよい、と回答しました(昭和24年6月29日)。この結果、旧字の「鄕」も新字の「郷」も、どちらも出生届に書いてOKとなったのです。
昭和52年1月21日、国語審議会は新漢字表試案を発表しました。新漢字表試案は、当用漢字に83字を追加し33字を削除する案で、1900字を収録していました。新漢字表試案1900字は、基本的に明朝体の新字で印刷されており、うち347字にカッコ書きで旧字349字が添えられていました。新字の「郷」にも旧字がカッコ書きで添えられていましたが、旧字の字体は「鄕」となっていました。つまり「郷(鄕)」となっていたのです。昭和56年3月23日に国語審議会が答申した常用漢字表においても、やはり「郷(鄕)」が踏襲されました。
民事行政審議会は昭和56年4月22日の総会で、常用漢字表1945字を子供の名づけに認めると同時に、常用漢字表のカッコ書きの旧字357字のうち、当用漢字表に収録されていた旧字195字だけを、子供の名づけに認めることにしました。 新字の「郷」は子供の名づけに認められましたが、旧字の「鄕」と当用漢字表の「鄕」とは字体が違っていたので、子供の名づけに認められませんでした。この結果、民事行政審議会答申(昭和56年5月14日)では、新字の「郷」だけが子供の名づけに使えて、旧字の「鄕」も当用漢字表の「鄕」もダメということになってしまいました。
昭和56年10月1日、常用漢字表が内閣告示されると同時に、戸籍法施行規則も改正され、旧字の「鄕」は子供の名づけに使えなくなりました。それが現在も続いていて、新字の「郷」は出生届に書いてOKですが、旧字の「鄕」と「鄕」はどちらもダメなのです。
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【筆者プロフィール】
安岡孝一(やすおか・こういち)
京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。
京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)、『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。
http://slashdot.jp/~yasuoka/journal で、断続的に「日記」を更新中。
国語辞典入門:小学生向け辞典 漢字表記 常用漢字
2010年 4月 21日 水曜日 筆者: 飯間 浩明第15回 漢字はなるべく示してほしい
学習国語辞典(学習辞典)は、見出しに示す漢字を、だいたい常用漢字の範囲に止めるものが多いようです。もう少し多くの漢字を載せてもらえないものでしょうか。
子どもは、学校で習う漢字だけで生活しているわけではありません。身近に接する漢字は、むずかしくてもどんどん覚えます。たとえば、アニメの「名探偵コナン」「ケロロ軍曹」「鋼の錬金術師」に使われる「偵」「曹」「錬」などは、小学校では習いませんが、子どもたちは読めるはずです。書ける子も多いでしょう。さらには、「聖痕のクェイサー」「犬夜叉」「涼宮ハルヒの憂鬱」の「痕」「叉」「鬱」など、常用漢字にない字も、彼らはごく自然に受け入れているはずです。
ところが、学校では、昔も今も、習っていない漢字は書かないように指導されることがあります。どれが習った字で、どれが習っていない字かなんて、子どもには判断がつきません。そこで、むずかしい字はとりあえず仮名で書いておこう、と思うようになります。これでは、漢字学習への意欲を削ぐことおびただしいものがあります。
なるほど、学習指導要領では、学年ごとに配当漢字が決められています。でも、習っていない漢字でも、ルビを振れば使えることになっています。第一、配当漢字は、教える側の基準であって、教わる側の子どもたちが書く漢字を制限するものではありません。
漢字を無理強いするのは論外ですが、子どもが覚えたがっているなら、その意欲を育てることは必要です。「薔薇」「憂鬱」を漢字でどう書くか知りたいと思う子はいるし、読み書きできるようになれば、だれだってうれしいはずです。
学習辞典も、学ぼうとする子どもの気持ちに答えてほしいと思います。
試みに、8種の学習辞典で「薔薇」を引くと、漢字を載せるものが2種、仮名だけのものが6種でした。後者の中には、「ばらで売る」の「ばら」と同じ項目に入れているものもあり、粗雑な処理と言わざるを得ません。両者は、もちろん、別語源のことばです。
「憂鬱」を引くと、漢字を載せるものが2種、「憂うつ」とするものが5種、仮名で「ゆううつ」とするものが1種でした。アニメのタイトルの漢字を確かめようとしたのに、ひらがなしか載っていないのでは、がっかりするではありませんか。
「ぞうきん」で分かる漢字表記の方針
学習辞典ごとの漢字の示し方の違いを、もう少しくわしく比べてみます。
比べる項目は、手当たり次第にページを開いて抽出してもいいのですが、読者にも便利なように、特徴のある項目が1か所に集まっているページを選ぶことにします。それは、「ぞうきん(雑巾)」の載っているページです。
「雑巾」の「巾」は常用漢字表外の字(表外字)です。このように、下側に表外字を含む熟語が、たまたま、このページに続いています。「雑巾」「象牙」「造詣」がそうです。これらをどう表記するかが、以下のように、学習辞典ごとにかなり異なっています。
【〈雑×巾〉】/【〈象×牙〉】/【造けい・〈造×詣〉】(A辞典)
[雑×巾]/【象げ】[象×牙]/【造けい】[造×詣](B辞典)
【雑きん】/【象げ】[象牙]/[造詣](C辞典)
【雑きん】/【象げ】/【造けい】(D辞典)
このうち、漢字で書くことを最も熱心に推奨するのはA辞典です。「雑巾」「象牙」は漢字のみを示し、「造詣」は「造けい」「造詣」のどちらで書いてもいいことにしています。
次に熱心なのはB辞典です。この辞典では、【 】(推奨表記)と[ ](参考表記)とを区別しています。つまり、B辞典は、「ぞうきん」「象げ」「造けい」の表記を勧めるものの、「雑巾」「象牙」「造詣」とも書くことを参考に示しています。
C辞典も【 】と[ ]を区別します。「雑きん」「象げ」「ぞうけい」を勧め、参考に「象牙」「造詣」も示します。ただ、「雑きん」の「きん」をどう書くのかは示していません。
最も漢字表記に消極的なのはD辞典です。「雑きん」「象げ」「造けい」と示すだけで、全部漢字で書くときにはどう書けばいいのか、まったく分かりません。
私のこれまでの論旨から言えば、漢字表記を多く示すA辞典やB辞典の方針が望ましいことになります。ただ、まったく注文がないわけではありません。「雑巾」は、漢字を離れて日常語になっているので、「ぞうきん」と仮名で書いてもいいと思います。一方、「造詣」は、漢字を離れては意味をなさないので、2字とも漢字で書くのがいいでしょう。
「雑きん」「造けい」などの交ぜ書きは、「雑菌」「造形」などと勘違いされるおそれもあり、賛成できません。なお一考を望みたいところです。
◆連載を続けてお読みになる方は⇒「国語辞典入門」アーカイブ
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◆飯間先生のもう一つの連載は⇒「『三省堂国語辞典』のすすめ」目次へ
◆飯間先生の記事はここにも⇒「三省堂WebDictionary」ことばパティオ第8回「「串刺し」に堪える語釈でなければならない」
筆者プロフィール
飯間浩明(いいま・ひろあき)
早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)
【編集部から】
これまで「『三省堂国語辞典』のすすめ」をご執筆くださった飯間浩明先生に「国語辞典の知っているようで知らないことを」とリクエストし、「『サンコク』のすすめ」が100回を迎えるのを機に、日本語のいろいろな辞典の話を展開していただくことになりました。
辞典はどれも同じじゃありません。国語辞典選びのヒントにもなり、国語辞典遊びの世界へも導いてくれる「国語辞典入門」の始まりです。
『枕草子日記的章段の研究』発刊に寄せて(25)
2010年 4月 20日 火曜日 筆者: 赤間 恵都子(25) 清少納言の里居~源経房の訪問~
長徳2年の清少納言の里居は、その背景に政治的問題が絡んでいたため、長期にわたりました。清少納言が里下がりをすると、普段ならすぐに出仕要請の手紙をよこす中宮定子も、長徳の変直後の悲痛な日々を送っていた最中でした。前回お話した「殿などのおはしまさで後」の段では、「例ならず仰せ言などもなくて、日ごろになれば(いつもと違って中宮様からのお言葉もなくて、何日もたったので)」と書かれていますが、それは定子が置かれていた状況を考えるとやむをえないと思います。
定子のことを心配しながらも出仕できずにいた清少納言の里居先を、右中将源経房が訪ねてきます。経房は清少納言と親しく、道長にも近い人物です。一方、安和の変で左遷された源高明(みなもとのたかあきら)の四男で、没落貴族の悲劇を身をもって体験した人物でもあります。彼は中宮御所を訪問した後に清少納言の所へ来たようで、定子サロンからの伝言を携えていました。
今日、宮にまゐりたりつれば、いみじう物こそあはれなりつれ。女房の装束、裳、唐衣をりにあひ、たゆまで候ふかな。御簾のそばのあきたりつるより見入れつれば、八,九人ばかり朽葉の唐衣、薄色の裳に、紫苑、萩などをかしうてゐ並みたりつるかな。…
(今日、中宮様の御殿に参上しましたら、非常にしみじみとした風情でした。女房の装束は、裳や唐衣が季節に合っていて、気を緩めずにお仕えしていましたよ。御簾の傍らの開いている所からのぞいたところ、八,九人ほどの女房が、朽葉の唐衣、薄色の裳に、紫苑や萩などの襲(かさね)の袿(うちき)を着て、趣のある様子で並んで座っていたことですよ。…)
女房たちが季節に合わせて身につけている朽葉や紫苑、萩などの着物の色目は秋のもので、時節が秋であることを示しています。女房たちはわざと簾の端を開けて、経房に自分たちの怠りない装束姿をのぞかせたのでしょう。経房の報告は続きます。中宮御所の庭の草が生い茂っているので、「どうして、手入れしないのか」と尋ねたところ、「わざわざ露を置かせて御覧になっているのだ」と宰相の君が答えたこと。さらに、「こんな場所に中宮様がお住まいの折には、清少納言は必ず伺候するはずと思っていらっしゃる甲斐もなく、どうして出仕しないのか」と女房たちが言っていたことです。
中宮御所だというのに、雑草が伸びて荒れたままの庭。おそらく手入れする人手がないのでしょう。それを指摘され、不遇を嘆いたり訴えたりするのではなく、わざと露の置く風情を鑑賞しているのだと答える宰相の君。宰相の君は定子サロンを代表する上臈(じょうろう=身分の高い)女房です。経房が伝えているのは、時勢に取り残された状況の中でも、居住まいを正し、凛とした姿勢を保って生きている誇り高き中宮定子の様子です。それは、清少納言に対する女房たちのメッセージに響いてきます。本来ならあなたこそ、定子サロンの先頭に立って私たちのように振る舞っているはずじゃないのと、彼女たちは言いたかったのだと思います。
この後、しばらくして定子本人から清少納言に便りが届き、それを契機に再出仕するという展開になっています。しかし、この里居で清少納言が再出仕に至るまでには、かなりの時間を要したと考えられます。同時期の清少納言の里居を扱った別の逸話が他の章段にありますので、次回、見てみましょう。
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【著者プロフィール】
赤間 恵都子(あかま・えつこ)
十文字学園女子大学短期大学部文学科国語国文専攻教授。博士(文学)。
専攻は、『枕草子』を中心とした平安時代の女流文学。研究テーマは、女流作家が輩出した西暦1000年前後の文学作品の主題や歴史的背景をとらえること。
【主要論文】
「『枕草子』の官職呼称をめぐって」(『枕草子の新研究―作品の世界を考える』新典社 2006年 所収)、「枕草子「二月つごもりごろに」の段年時考」(『百舌鳥国文』2007年3月)、「ホトトギスを待つ女―道綱母の和歌へのこだわり―」(『日記文学研究 第三集』2009年 新典社)など。
【編集部から】

このたび刊行いたしました『枕草子日記的章段の研究』は、『枕草子』の「日記的章段」に着目して、史実と対照させ丁寧に分析、そこから清少納言の主体的な執筆意志をとらえるとともに、成立時期を新たに提案した『枕草子』研究者必読の一冊です。著者の赤間恵都子先生に執筆にいたる経緯や、背景となった一条天皇の時代などについて連載していただきます。(隔週掲載)
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![『新明解国語辞典 第七版[机上版]』7年ぶりに改訂『新明解国語辞典』の机上版。判型は並判より大きいA5判で、さらに文字が大きく見やすい。2色刷。紙面内容は並版と同一。 『新明解国語辞典 第七版[机上版]』](http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/wp-images/smk_kijo.jpg)
![『新明解国語辞典 第七版[小型版]』7年ぶりに改訂『新明解国語辞典』の小型版。並判より一回り小さいA6変型判で、携帯にも便利。2色刷。紙面内容は並版と同一。 『新明解国語辞典 第七版[小型版]』](http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/wp-images/smk_kogata.jpg)
![『新明解国語辞典 第七版[革装版]』7年ぶりに改訂『新明解国語辞典』の革装版。丈夫で使うほどに手になじむ。判型は並版・特装版と同じB6判。2色刷。紙面内容は並版と同一。 『新明解国語辞典 第七版[革装版]』](http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/wp-images/smk_kawaso.jpg)
















































































































































2007年









