日本語社会 のぞきキャラくり 第88回
2010年 5月 2日 日曜日 筆者: 定延 利之「品」を語れない話し手たち
前回述べたのは、『幼児』や『若者』は「格」の上下を意識しない『ごまめ』になりがちだということ、そして、それを期待する部分が周囲にもあるということである。このように「大人たち(『年輩』『老人』)が意識することを、子供たち(『幼児』『若者』)が意識しない」ということになっているのは、「格」だけではない。「品」についても、似たことが観察できる。
たとえば、「女の人がね、ゆっくり、歩いてきてね、……」と子供が言うのはわかる。だが、「女の人がね、しずしずとね、歩いてきてね、……」と言うのは、子供(少なくとも『幼児』)のわざではないだろう。
「しずしずと歩く」とは、単に静かにゆっくり歩くことではない。「しずしずと歩く」とは、『上品』な人物、それもふつう『女』が静かにゆっくり歩くことである。それは『老人』の「よたよた」とした足取りとは違っている。また、『幼児』の「よちよち」とした歩みとも違っている。
いやいや、『幼児』の歩行をここで問題にしたいわけではない。いまここで問題にしたいのは、歩き手(表現キャラクタ)ではなく、話し手(発話キャラクタ)としての『幼児』である。『幼児』は、『上品』な『女』の動作を見ても、それを「しずしずと歩く」と表現することがない。つまり『幼児』は「品」を語れない。もちろん現実には幼児だってそれなりに上品~下品を感じる。それは私たちの幼年時代を思い起こしてみればわかるだろう。だが「『幼児』キャラ」というものは、「品」を意識せず、「品」を語らないものになっているようだ。
えっ、それは単に、「しずしず」ということばを学校で教わるのが遅いというだけのことじゃないのかって? う~ん、そうかなあ。『上品』な『女』の歩きを「しずしず」と表現する話し手としては、「大人たち」(『年輩』『老人』)を思い浮かべやすいんじゃないですか。『幼児』だけでなく、「しずしず」という言葉を知っているはずの『若者』も、思い浮かべにくいんじゃないですか。
あの、突然ですけど、神サマって、お告げとかで「女王はその時、台座へ向かって静かに歩くだろう」とは言っても、「台座へ向かってしずしずと歩くだろう」とは言わないんじゃないですか?(言うとすれば、おごそかな『神』キャラじゃなくて、かなり人間くさい神サマですよね。)
『神』が『上品』な『女』の歩きを「しずしず」って表現しないのは、『神』が「しずしず」ってことばを知らないからじゃなくて(そんなの当然知ってますよね。『神』だもん)、キャラの問題、つまり『神』は「格」が『特上』だから「品」の良し悪しを語るような俗っぽいことはしないってことじゃないでしょうか。
「品」を語るのは俗世間の人間ども、とりわけ、世俗にまみれた「大人たち」(『年輩』『老人』)のおハコであって、「子供たち」(『幼児』『若者』)にはあまりふさわしくないってことじゃないでしょうか。
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中国語版⇒角色大世界――日本
英語版⇒An Unofficial Guide for Japanese Characters
【筆者プロフィール】
定延利之(さだのぶ・としゆき)
神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL:http://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm
【編集部から】
「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。







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2007年









