地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第99回 山下暁美さん:おいしい方言(愛知県)

筆者:
2010年5月15日

名古屋駅構内には、「名古屋うまいもん通り」【写真1】があります。土産店に立ち寄ると、「名古屋でナモ うみゃあ! といえば手羽先だがネェ~」(名古屋でね、おいしいものといえば手羽先だよ)、「じゃがいもベースでカリッとサクサク揚げたてだで いっぺん食べてみゃあ!!」(サクサク揚げたてだから 一度食べてみて!!)とニワトリがまるまる太った手羽を振りあげています【写真2】。その隣に、「どえりゃぁ うめゃぁがやぁ」(とても おいしいよ)【写真3】と、もう一羽のニワトリが自らの肉体美を誇っています。名古屋弁では、連母音(連続する二つの母音)が融合する現象が見られます。「~がやぁ」は、念押し、強意、自己主張の意味とされています。

【写真1】
【写真1】
左:【写真2】 右:【写真3】
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ほかに「うみぁーっ手羽」【写真4】というのもあって、愛知県では、「おいしい」という表現の表記に「うみゃあ!」「うめゃぁがやぁ」「うみぁーっ」などバラエティがあり、ニワトリが元気に叫んで“おいしさ”を伝えています。

箸にも「でら うみゃあ亭」(たいへんおいしい亭)【写真5】という例があります。「でら」は、「どえりゃ」の短縮形です。食の王国をうたって「愛知」を食べつくすという意気込みが感じられます。

左:【写真4】 右:【写真5】
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みそかつドッグ【写真6】は、名古屋名物の一つですが、大須観音の近くで見つけました。「どえりゃ~うみゃ~! 大人気!」(たいへんおいしい! 大人気!)の貼り紙があります。大須観音では、骨董市が毎月開かれていて、「えーもんみつけてちょー」の垂れ幕が下がり、そこには英語、韓国語、中国語で「歓迎」と書かれています。社会の多言語化を反映しています。

【写真6】
【写真6】
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筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 山下 暁美(やました・あけみ)

明海大学客員教授(日本語教育学・社会言語学)。博士(学術)。
研究テーマは、言語変化、談話分析による待遇表現、日本語教育政策。在日外国人のための「もっとやさしい日本語」構想、災害時の『命綱カード』作成に取り組んでいる。
著書に『書き込み式でよくわかる日本語教育文法講義ノート』(共著、アルク)、『海外の日本語の新しい言語秩序』(単著、三元社)、『スキルアップ文章表現』(共著、おうふう)、『スキルアップ日本語表現』(単著、おうふう)、『解説日本語教育史年表(Excel 年表データ付)』(単著、国書刊行会)、『ふしぎびっくり語源博物館4 歴史・芸能・遊びのことば』(共著、ほるぷ出版)などがある。

『書き込み式でよくわかる 日本語教育文法講義ノート』 『海外の日本語の新しい言語秩序―日系ブラジル・日系アメリカ人社会における日本語による敬意表現』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。