クラウン独和辞典 ―編集こぼれ話―

92 かこつけて(3)―ライン河の丈くらべ―

筆者:
2010年5月24日

細かい日付は忘れてしまったが、3月の『朝日新聞』に「ライン川、本当は90キロ短かった」というベルリン特派員(支局長?)の記事が載っていた。ネタは『南ドイツ新聞』などらしいから、日本の他の新聞にも類似記事がみられたかもしれない。亡くなった友人に朝日のボンやヴィーンの支局長(といっても、部下は臨時・現地雇いらしかった)などを務めた大阿久という男がいたが、「ヨーロッパ関係の記事をセッセと送っても、日本ではアメリカが中心で大概ボツさ」と、ぼやいていた表情や、当時ドイツ連邦共和国の(暫定)首都はボン、今はとうとうベルリンか、などと妙な感慨にしばしふけっているうち、ふと湧いた心配の一滴がにわかにその輪を広げ始めた。というのは、15年ほど前に『ドイツ・ラインとワインの旅路』という本を出したことがあり、津田さんという写真家のすてきな画像を多くふくむ、まずまずの(?)本なのだが、誤植が幾つかあり、直したいとは思っても、今は古ボンしかないらしい。まぁ知らぬ顔の半兵衛でもよいようなものの、たしか源流行に関連してライン河の長さのことにもふれたはず、もしや間違ったことを書いてはいないか、気になりだしたのだ。本棚の隅から念のため残しておいた修正用の一本を取り出し……以下は、日付を忘れた記事切抜きと小著該当部分の引用だが……

「独メディアによると、独西部ケルン大学の研究者がライン川に関する本を執筆するため、20世紀初めごろの文献を調査していたところ、これまで定説とされてきた1320キロより短い、1230キロとの記述を見つけた。独の公文書などはライン川の長さを1320キロとしていたが、実際に最新の地図などで確認したところ、1233キロ前後であることが判明したという。調査では1932年に出版された事典に、百の位と十の位を取り違えたと見られる「1320キロ」の記述があった。60年ごろには間違った長さの1320キロがほぼ定着してしまったようだという。」

「こう書いて僕はふと疑問にとらわれた。ライン河は1320キロメートルと大概の本に書いてある。源流なるトゥマ湖の地図の裏にも確かそう載っていた。(中略)僕はなんだか落ちつかなくなって、ドライブ・マップと、その上をなぞれば距離換算ができる歯車つき計測器を取り出した。あまり正確ではないが、糸とピンを使うより手軽な、僕自慢の小道具だ。これで図面をたどってみると、どうやらコンスタンツから北海にそそぐ河口まで、2000キロ前後であるらしい。源泉からコンスタンツまでは2百数十キロ。給与額を見て喜んでいたら、税金や年金積立分をゴソッと引かれて、がっかりしたような気分である。」

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どうやら完全には間違いではない、身びいきでいえば、結構いい線をいっているようにもみえる。約千キロと2**キロを足せば、1320より1233に近いからだ。少しほっとしたのだが、もう少し考えてみると、ライン河の長さというとき、ボーデン湖の部分やオランダに入ってからの所謂デルタ地帯の部分をどう計測・加算するか、という問題があって、「正確には」決定できないのではないか、とまた余計な心配(?)が生じてしまった。もっとも、地球温暖化の影響はともかくとして、細かいことを言い出すときりがないかもしれない。ドナウ河についても『理科年表』―4年ほど前のものだが―には2850キロとあるが、これも数種の説があることは小著でもふれている。源流と河口の確定は、誕生と他界の社会的認定より実は厄介なのかもしれない。19世紀に大規模な河川整備工事が行われて、エルザス帰属問題もからむ「オーバーライン」が82キロほど短くなったことだけは確かだが。

筆者プロフィール

『クラウン独和辞典第4版』編修委員 新井 皓士 ( あらい・ひろし)

放送大学特任教授・東京多摩学習センター所長 一橋大学名誉教授 
専門はドイツ文学・文体統計学
『クラウン独和辞典第4版』編修委員

編集部から

『クラウン独和辞典』が刊行されました。

日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。

(第4版刊行時に連載されたコラムです。現在は、第5版が発売されています。)