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国語辞典入門:小学生向け辞典 語数と子どものことばの発達

2010年 6月 9日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

第21回 学習辞典は何万語必要か

 国語辞典を買うとき、何万語のものを選べばいいかということは、常に読者の関心事となります。学習国語辞典(学習辞典)も、事情は同じです。

 先に、国語辞典というものは、必ずしも語数が多ければいいわけではないと述べました(第4回第10回)。もし、語数が辞書の良し悪しの尺度になるなら、語数が6万語台で比較的少ない『岩波国語辞典』や『現代国語例解辞典』(小学館)は、8万語以上を擁する『新選国語辞典』(小学館)や『旺文社国語辞典』にかなわないことになります。でも、実際は、『岩波国語』も『現代国語例解』も、すぐれた代表的な国語辞典です。

 語数と辞書の優劣が一致しない理由について、なお念を押しておくなら、こんな言い方もできます。けっこうな読書家でも、ふだん疑問に思って辞書で調べることばの大部分は、せいぜい6万語の範囲に収まります。そのため、それ以上の語彙を載せても、乱暴な言い方をすれば、あまり大勢には影響がないのです。6万のことばをしっかり説明してあれば、それだけでも、その辞書はきわめて有用な辞書になります。

 では、学習辞典はどうでしょうか。学習辞典の収録語数は、1万数千語から3万数千語までの幅があります。このうちどれを選ぶのがいいかは、子ども本人の持つ語彙量(理解できることばの数)に応じて異なってきます。

 子どもの語彙量の発達については、実は、ほとんど研究がありません。よく利用されるのは、戦前の1937年の調査結果です(坂本一郎『読みと作文の心理』牧書店)。それによれば、子どもは9歳頃までに約1万語の語彙量を獲得します。その後、12歳頃までに約2万語、15歳頃までに約4万語、18歳頃までに約5万語の語彙量に達します。

 この数字は参考にはなりますが、人によって個人差が大きいことも事実です。今の子どもは、これよりもさらに多くの語彙量を持っていると思います。その子にとって、「やや語数が多いかな」という程度の辞書を選んで、ちょうどいいくらいでしょう。

 私が小学校高学年の頃、大人向けの実用辞典を使っていたことは記しました(第1回第2回参照)。べつに、私がひねくれていたのではありません。この年頃ともなれば、中高生向けから一般向けの辞書に進んでも、決して早くないと考えます。

開始年齢を前倒ししてもいい

 小学生用の学習辞典は、従来は、小学3年生頃から卒業まで使うことが想定されていました。でも、今では、使用開始の年齢をもっと前倒しして、1年生から使ってもまったく問題ありません。このことは、中部大の深谷圭助さんの報告でも明らかです。

 小学1年生で使う学習辞典は、何万語のものでもいいと思いますが、1万数千語もあれば十分です。このレベルの辞書は、幼稚園の年長組からでも使えます(そういう早期教育がいいかどうかは、別問題です)。

 やがて、子どもの語彙量は、1万語、2万語と増えていきます。本を読んでいて、辞書を引いてもないことばが多くなれば、その辞書は買い換え時期を迎えたことになります。

 たとえば、大石真さんの児童文学の傑作『ミス3年2組のたんじょう会』(偕成社文庫、原著は1974年)を読むと、次のようなことばが出てきます。

  うら道 大通り おめかし かくれんぼ 立会人 ビフテキ もうちょうえん

 2万数千語収録のA辞典には、これらは載っていません。3万数千語収録のB辞典には載っています(ただし「立会人」はなく「立ち会い」が載っている)。そうすると、そろそろA辞典は卒業で、B辞典に移ろう、ということになります。

 ただ、B辞典を買っても、やはり載っていないことばがあります。

  かいぞえ人 ごきげんとり 五目そば たなご でめきん 番台 まるがり 

 これらは、この作品にあって、B辞典には見当たらないことばです。

 こんなことを言うと、「なんだ、B辞典もだめではないか」と速断する人がいます。でも、大人の小説だって、大型辞書にもないことばが何十語も出てきます(第5回)。書物の扱う世界は広く、1冊の辞書で覆いきれない部分はどうしても出てきます。「五目そば」などは、一般向けの辞書にもあまり載っていません。

 本を読んでいて、辞書にないことばが数語にとどまっているうちは、まだその辞書は現役で使えます(上に7つも「ない語」の例を挙げたのは、私がしらみつぶしに調べたからで、ふつうはこんなには見つかりません)。また、語数の多い辞書に切り替えてからも、古い辞書を捨てるには及びません。2つの辞書の説明を比べながら使うことによって、多くの発見があるからです。

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◆飯間先生の記事はここにも⇒「三省堂WebDictionary」ことばパティオ第8回「「串刺し」に堪える語釈でなければならない」

筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

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【編集部から】
これまで「『三省堂国語辞典』のすすめ」をご執筆くださった飯間浩明先生に「国語辞典の知っているようで知らないことを」とリクエストし、「『サンコク』のすすめ」が100回を迎えるのを機に、日本語のいろいろな辞典の話を展開していただくことになりました。
辞典はどれも同じじゃありません。国語辞典選びのヒントにもなり、国語辞典遊びの世界へも導いてくれる「国語辞典入門」の始まりです。

2010年 6月 9日