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国語辞典入門:辞書の使い方 辞書の置き場所

2010年 7月 14日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

第26回 国語辞典をどこに置くか?

 国語辞典を買って帰り、背割れ防止などの、使い勝手をよくする作業はすみました。ところで、読者は、この辞書をどこに置きますか。

 「どこに置こうが、私の自由でしょう」と言われれば、そのとおりです。でも、置き場所によって、国語辞典が活用されたり、されなかったりということがあります。

 ワンルームに住む学生にとっては、どこに置くも何も、置く部屋は1つしかないのですから、問題になりません。勉強机の前か横の、0.5秒で手に取れる場所にスタンバイさせておくのが理想です。外箱は取っておきます。

 問題になるのは、家族で国語辞典を共有する場合です。

 さる家庭を訪問した時、国語辞典が、リビングのガラス戸棚に安置してありました。もちろん箱に入れて、うやうやしく祀ってあります。これはもったいないと思いました。

 辞書は、戸棚なんかには入れないほうがいいのです。何か調べたいことばがあったとき、戸棚の前まで歩いて行って、扉を開け、辞書を手に取り、外箱を外し、ページを開くという動作を経なければならないのは、面倒くさすぎます。いきおい、「まあ、調べるのはやめておこう」となってしまいます。

 「なるほど、ごもっとも」。その家の人はうなずきました。国語辞典を戸棚から出し、テレビの横に置きました。これなら、テレビや新聞で分からないことばがあったときも、すぐに調べられます。私は、自分のアドバイスに満足しました。

 ところが、ずっと後に、ふたたびそのお宅を訪ねると、国語辞典は元の通りガラス戸棚に納まっていました。私は驚きましたが、もう黙っていました。

 その家庭では、ことばを調べる必要性を感じることが、ふだんあまりないのでしょう。それならば、テレビの横に国語辞典があったって、じゃまなだけです。

 でも、ことばに関心のある家庭に対しては、私は強くお勧めします。たとえ目障りであっても、国語辞典は、家族がすぐ手に取れる所に置くべきです。わが家でも、辞書はテレビの下の棚にいつも置いてあります。私は仕事がら当然として、妻も、分からないことばがあるたびに、その辞書に手を伸ばします。

疑問に思ったらすぐ調べる

 誰しも、1日のうちに、いくつもの知らないことばに出会います。いくつもはないだろう、と思うかもしれませんが、意識していないだけです。それらのことばを、できるだけ気に留めて、調べてみるということは大事なことです。

 夫婦で近所に出かけた時のことです。妻が文房具店の日よけを見上げて、ファンシーとは何か、と尋ねました。見ると、〈文具・事務用品・ファンシー・印章・印刷〉と書いてあります。ごく当たり前のことばで、ふつうなら見過ごしてしまうものです。

 私には、とっさに返事ができませんでした。「ファンタジーみたいなもんだよ。ファンシーグッズとか言うでしょう」。これでは、答えになっていません。

 家に帰って、主な国語辞典を引いてみました。「ファンシー」が載っていない辞書もけっこうありました。『新選国語辞典』の語釈が、私には最もしっくり来ました。

 〈普通と変わっていて、デザインなどがしゃれているようす。「―なバッグ」〉

 もっとも、この語釈は形容動詞としてのものです。店の日よけの「ファンシー」は、名詞として使ったのでしょうから、やや特殊な使い方かもしれません。

 こんなことばは、疑問に思ったらすぐ調べなければ、やがて忘却のかなたに消えてしまいます。散歩中のことばだけでなく、放送や活字で目にすることばも同様です。たとえ目障りでも、手近に国語辞典を置いておくことが必要なゆえんです。

 ここから一歩進んで、各部屋に専用の国語辞典を置いておくのも、決して非常識ではありません。寝室で本を読んでいて、分からないことばがあったとき、わざわざ別の部屋へ辞書を取りに行くのはおっくうなものです。書斎のほか、リビングと寝室あたりに辞書があれば、たいへん便利です。部屋ごとに種類の違う辞書を備えておけば、それぞれの特徴を知ることもできます。

 疑問に思ったことをすぐ調べるためには、辞書が素早く引けることも必要です。英語学者の関山健治さんは、早引きのためには、アルファベット(国語辞典なら「あかさたな」)の相対的位置関係を頭に入れておくことが基本だと言います(三省堂辞書サイト 英語辞書攻略ガイド(2) 電子辞書より速く冊子辞書を引く方法)。あとは、ゲーム感覚で練習を積むことです。関山さんは〈使い慣れた冊子辞書は電子辞書よりもはるかに速く引ける〉と断言しています。

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◆飯間先生の記事はここにも⇒「三省堂WebDictionary」ことばパティオ第8回「「串刺し」に堪える語釈でなければならない」

筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

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【編集部から】
これまで「『三省堂国語辞典』のすすめ」をご執筆くださった飯間浩明先生に「国語辞典の知っているようで知らないことを」とリクエストし、「『サンコク』のすすめ」が100回を迎えるのを機に、日本語のいろいろな辞典の話を展開していただくことになりました。
辞典はどれも同じじゃありません。国語辞典選びのヒントにもなり、国語辞典遊びの世界へも導いてくれる「国語辞典入門」の始まりです。

2010年 7月 14日