地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第109回 山下暁美さん:おいしい方言(和歌山県)

筆者:
2010年7月24日

今回は、和歌山県田辺市周辺で集めた味覚に関する景観方言(街角で見つけた方言)を中心にお話します。

左:【写真1】「こいはうまい!」
右:【写真2】あがら丼

【写真1】は、伊賀忍者の装束をした“たなべぇ”がほっぺたにごはんつぶがついているのもかまわず、「こいはうまい!」(これはおいしい!)とあがら丼を食べています。

「あがら丼」【写真2】の「あがら」とは、「わたしたち」という意味です。「わたしたちの自慢の丼」という意味で、名付けられたそうです。自分のことを「あが」と言います。一人称の代名詞「吾」に助詞「が」がついた形です。「田辺へ来たらあがら丼を食べな、あかんど」(紀伊田辺に来たらわたしたちの自慢の丼をぜひ食べてくださいね)と地元の人が勧めていました。「食べな、あかんど」は、直訳すると「食べないといけませんよ」です。「あかんど」の“ん”は、中部地方から沖縄まで分布する少し強い否定の「~ない」です。「もう、話さん」「あがは、知らん」などと言います。

【写真3】「肉がええか?」
【写真3】「肉がええか?」

「魚にするか、肉がええか?」【写真3 魚にしますか、肉がいいですか】は、海の幸、山の幸、どちらも味わいのある特産品であることをアピールしています。「ええか」(いいか)は、関西方言です。勝浦町のほうに行くと「ええにおいのし」(いいにおいですね)などと言います。「のし」(~ですね)は、文末につける丁寧なことばで、21世紀に残したい和歌山のことば10に入っています。

【写真4】「にが! うま! 大人味。」
【写真4】「にが! うま! 大人味。」

「にが! うま! 大人味。」【写真4 にがい! うまい! 大人味。】は、大阪府、三重県などにも見られる表現で、「にがい!」「うまい!」の“い”を省略した表現です。「あま!」(甘い!)「いた!」(痛い!)など、そのときの感覚をインパクトを持って伝えます。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 山下 暁美(やました・あけみ)

明海大学客員教授(日本語教育学・社会言語学)。博士(学術)。
研究テーマは、言語変化、談話分析による待遇表現、日本語教育政策。在日外国人のための「もっとやさしい日本語」構想、災害時の『命綱カード』作成に取り組んでいる。
著書に『書き込み式でよくわかる日本語教育文法講義ノート』(共著、アルク)、『海外の日本語の新しい言語秩序』(単著、三元社)、『スキルアップ文章表現』(共著、おうふう)、『スキルアップ日本語表現』(単著、おうふう)、『解説日本語教育史年表(Excel 年表データ付)』(単著、国書刊行会)、『ふしぎびっくり語源博物館4 歴史・芸能・遊びのことば』(共著、ほるぷ出版)などがある。

『書き込み式でよくわかる 日本語教育文法講義ノート』 『海外の日本語の新しい言語秩序―日系ブラジル・日系アメリカ人社会における日本語による敬意表現』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。