地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第111回 田中宣廣さん:方言メッセージで大観光キャンペーン

筆者:
2010年8月7日

日本の国宝第1号は岩手県にあります。平泉の中尊寺金色堂です。奥州藤原氏四代(清衡,基衡,秀衡,泰衡)の墓所・廟所でもあり,深い仏教的思想のもとに建立された文化財です。松尾芭蕉の『奥の細道』に「五月雨の降り残してや光堂」と詠まれるなど,古くから広く知られています。

岩手県では,この金色堂を含む寺院群の「世界文化遺産」への登録を目指しています。この夏も,昨年と同期間7月1日から9月30日まで「いわて・平泉 観光キャンペーン」を大規模に展開しています。

広告方法は,ネットでの案内//www.iwatetabi.jp/cp/index.php,パンフレットやグッズの配布のほか,ポスター【写真1】3種類の掲示などです。

【写真1 キャンペーンのポスター】
【写真1 キャンペーンのポスター】
(クリックで全3種を拡大表示)

わんこそばのキャラクター,5(人)の「わんこきょうだい」【写真2(2009年版)】が,このキャンペーンで活躍しています。//www.iwatetabi.jp/wanko/

【写真2 昨年のわんこきょうだいと「おでんせ」】
【写真2 昨年のわんこきょうだいと「おでんせ」】

今年は,ポスターに長い文章の方言メッセージを入れました【写真3】。共通語訳なしでもある程度意味が伝わるように,共通語の表現や漢字を入れるなどの工夫もあります。

【写真3 方言メッセージの部分】
【写真3 方言メッセージの部分】
(クリックで全3種を拡大表示)

ポスターの方言メッセージを紹介します。ここで『タイトル』のみ共通語訳を付けます。“ / ”はポスターでの改行箇所です。

(緑)じゃじゃ どでんした (あらあら おどろいた)
むがすむがす平泉にはな / 黄金文化が栄えでいだんだど。 / ほがにもいわでにはな, / 縄文の遺跡だの,神楽だの,昔話だの, / 歴史の浪漫や伝統文化があふれでんのす。 / むがすのものを大事にしてきたがらな。 / いわでも,ながながたいしたもんだよ。

(赤)まんず おあげんせ(まあまあ めしあがってください)
いわではな,まんず / うんめぇのぁいっぺあっから / とびぎり新鮮な海の幸だべ,
お日さんの恵みをまんまんど受げだ / 山の幸や里の幸も絶品だ。 / おらほ自慢のいわでの味を, / 腹いっぺぇ,おあげんせ。

(青)『たいした いいながめだ』(とても,いいながめだ)
いわてはな,どこさいっても / ためいぎでるよな眺めさ会えっから / 海だの,山だの,高原だの, / なんもかんも,きれいだがら / いわでさ来たら,うんめぇ空気吸って / のーんびりしでげばいいんだ / まんず,いわでさあべ。

まんず,いわでさおでってくたせんせ。

みやごでゃーば,なずも,すずすごぜぁんすー。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 田中 宣廣(たなか・のぶひろ)

岩手県立大学 宮古短期大学部 図書館長 教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,地域の自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『近代日本方言資料[郡誌編]』全8巻(共編著,港の人)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。『Marquis Who’s Who in the World』(マークイズ世界著名人名鑑)掲載。

『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。