地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第112回 井上史雄さん:北アイルランドの方言みやげ
Dialect souvenirs of Northern Ireland

筆者:
2010年8月14日

第107回のスコットランドの方言についての補いですが、スコットランドの方言ではwikipediaも作られています。方言版wikipediaは珍しいです。つづりが標準英語と違いますから、解読にチャレンジしてみてください。
 //sco.wikipedia.org/wiki/

【写真 北アイルランドの方言絵はがき】
【写真 北アイルランドの方言絵はがき】
(クリックで拡大します)

前回はスコットランドの方言の写真は載せず、代わりにTシャツの写真を載せました。実は北アイルランドのベルファストのK教授のおみやげです。国際会議でちょっとしたジョークを交わしたのがきっかけで親しくなり、次の会で会ったときに現物をいただいたのです。そのときに、北アイルランドの方言絵はがきもいただきました。

Beefed to the oxters (slightly overweight)
 と書いてあります。
 Oxterというのは「わきの下」armpitで、英国北部(北イングランド、スコットランド、北アイルランド)とアイルランドで使われています。Beef は動詞で、「(牛を)太らせる」の意味から、「増強する」などの意味に変わったようです。つまり「わきの下まで肉付きがいい」というひゆ的な方言表現なのです。絵に哺乳瓶が見えますから、若いお母さんなのでしょう。( )の中の英語は「ちょっと太りすぎ」ですが、「ちょっと」どころか堂々たる体格です。

スコットランドと北アイルランドの英語は、イングランドからのちに広がったので、よく似ています。アイルランドは、20世紀はじめにイギリスから独立したのですが、北アイルランドは、イギリスに残りました。それがかつてのアイルランド紛争の原因だったのです。ことばが似ていても仲間意識は生まれないようです。

数年前にアイルランドの首都ダブリンに行ったときに、英語の方言みやげや方言表示を探したのですが、見当たりませんでした。今回インターネットで検索しても、成功しませんでした。英語はアイルランドの本来の言語ではないので、英語の方言みやげは売れないのかもしれません。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 井上 史雄(いのうえ・ふみお)

国立国語研究所客員教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。
履歴・業績 //www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/
英語論文 //dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/ 
「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『日本語ウォッチング』(岩波新書)『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語の値段』(大修館)、『言語楽さんぽ』『計量的方言区画』『社会方言学論考―新方言の基盤』『経済言語学論考 言語・方言・敬語の値打ち』(以上、明治書院)、『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)などがある。

『日本語ウォッチング』『経済言語学論考  言語・方言・敬語の値打ち』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。