国語辞典入門

第30回 品詞表示を無視するのはもったいない―名・スル・サ・形動・ダナニ・タルト・形・副・自・他って?

筆者:
2010年8月20日

漢字表記欄の下には、品詞表示の欄があります。(名)(形)(副)などとあるのがそれです。この品詞表示、読者はどう役立てているのだろうと、考えこむことがあります。

ある単語の品詞は何か、動詞か、形容詞か、ということに関心を持つ人は、残念ながら少数でしょう。日本語・日本文学専攻の大学生に聞いても、「中学で何か習ったような気はしますが……」という程度の認識です。文法が実生活に役立っていません。

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それなら、国語辞典に品詞表示はいらないじゃないか、ということにもなりそうです。現に、いわゆる実用辞典では、品詞表示は省かれています。でも、品詞についての知識を持っておくと、実生活でもけっこう役立つものです。

たとえば、テレビのニュースで、〈私は最初、唐突と始まった話の中身がよく分かりませんでした。〉という発言がありました(NHK「ニュース7」2006.2.23)。「唐突に」は私も使いますが、「唐突と」とは言うだろうか、と疑問を持ちました。こういうときに、国語辞典の品詞表示を参考にしてみます。

いくつかの国語辞典を見ると、「唐突」の項目には、(形動ダ)、〔ダナ〕などと書いてあります。これは、「唐突」が「ダ」型の形容動詞で、「唐突だ・唐突な・唐突に」などと活用することを示しています。この記述に従えば、一般的には、「唐突と」ではなく、「唐突に」のほうが伝わりやすそうだ、ということが分かります。

あるいは、こんな例もあります。自動車会社の人が、〈〔運転のコンピューター化が進むと〕いつもいつも漫然な運転〔を〕されてしまいますので〉と発言していました(NHK「特報首都圏」2010.7.23)。

ふたたび国語辞典で「漫然」を引くと、こんどは(形動タルト)、〔ト タル〕などと書いてあります。「漫然」は「タルト」型の形容動詞で、「漫然たる・漫然と」と活用します。「漫然な運転」よりも「漫然とした運転」のほうが伝わりやすいと考えられます。

国語辞典の中で、形容動詞は多数の項目を占める品詞のひとつです。これに「ダ」型・「タルト」型の2つのタイプがある、ということを頭に入れておくだけでも、読み書きの際に役に立ちます。品詞表示を無視するのはもったいない話です。

自サ・他サとは何さ?

国語辞典に多く出てくる品詞表示としては、(名・自サ)(名・他サ)も無視できません。たとえば、「安眠」は(名・自サ)、「批判」は(名・他サ)と示されます。

これは、次のような意味です。「安眠」「批判」は、(名)、つまり名詞としても使われるし、「する」をつけて「安眠する」「批判する」のようにも使われます。「する」は「さ・し・する・すれ・せよ」などとサ行に活用するので、「サ」という略号をつけてあるのです(辞書によっては、「ス」「スル」などの略号を使っていますが、同じことです)。

では、その間の「自」「他」は何かと言うと、自動詞・他動詞のことです。英語に両者の区別のあることは知られていますが、国語辞典でも、自動詞・他動詞を区別しています。ごく大ざっぱに言えば、「首相を批判する」のように、「○○を」の形で、誰か(何か)に対してはたらきかけるのが他動詞です。一方、「彼は安眠していた」のように、「○○を」の形をとらず、周りにはたらきかけないのが自動詞です。

私たちが動詞を使うとき、その動詞が「を」「に」のどちらをとるかで迷うことは、しばしばあります。たとえば、ある落語家が〈新しいインフルエンザが、まあ、世界を蔓延しておりまして〉と語っていました(NHK教育「日本の話芸」2009.7.14)。でも、こういうときは、「世界に蔓延」と言うのではないかと思われます。

国語辞典を引いてみると、「蔓延」は(名・自サ)と書いてあります。「自」、つまり自動詞は「を」を取らないので、「世界に蔓延」のほうがいいことが分かります。

あるいは、〈基地に依存している沖縄経済にも考慮しなければならない。〉(『週刊文春』2006.10.26 p.55)という例。「考慮」は、国語辞典では(名・他サ)と出ています。「他」、つまり他動詞ですから、「を」を取ります。そこで、この文章は「沖縄経済をも考慮」(または、「沖縄経済も考慮」)と書いたほうがいいことになります。

自動詞・他動詞の表示も、こんなふうに、実際の用に役立てることができます。もっとも、国語辞典によって、自動詞・他動詞の認定のしかたはけっこう違いがあって、単純に「『を』を取らないか、取るか」だけでは判断していない場合もあります。ただ、以上のような実用性を踏まえるなら、「『を』を取れば他動詞、取らなければ自動詞」という分け方を原則にしたほうがいいと、私は考えています。

筆者プロフィール

飯間 浩明 ( いいま・ひろあき)

早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。

URL:ことばをめぐるひとりごと(//www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

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編集部から

これまで「『三省堂国語辞典』のすすめ」をご執筆くださった飯間浩明先生に「国語辞典の知っているようで知らないことを」とリクエストし、「『サンコク』のすすめ」が100回を迎えるのを機に、日本語のいろいろな辞典の話を展開していただくことになりました。
辞典はどれも同じじゃありません。国語辞典選びのヒントにもなり、国語辞典遊びの世界へも導いてくれる「国語辞典入門」の始まりです。
2010年 1月 6日