2010年 10月 のアーカイブ
An Unofficial Guide for Japanese Characters 34
2010年 10月 31日 日曜日 筆者: SADANOBU Toshiyuki<< An Unofficial Guide for Japanese Characters 33
Character Posture
Among what I call “nonverbal behaviors” are actions which should, strictly speaking, be called “postures” rather than behaviors. From the perspective of their connection with character however, there is no difference between the two. That is, characters have postures that do and do not suit them.
For example, lean forward with both elbows on your desk. Keeping your elbows on the table, lift both hands, palms cupped together as if praying, in front of your mouth. From this position, separate your palms slightly so that your right and left hands form a bow, with only the fingertips touching. With fingertips still touching, put the tips of your thumbs together to form a letter “A” in front of your mouth. Among Japanese people, this posture is assumed when communicating—when speaking to other people, or listening to what they’re saying. I have privately named this posture the “A-Posture.”
In volume 108 of Takao Saito’s(1) Golgo 13 (LEED Publishing CO., Ltd., Shogakukan Inc. pp. 178–179), Yamagishi, who is the director of a business, assumes the A-Posture once, possibly twice, during a backroom meeting with his friend Todo.
The first time, he is explaining the situation surrounding several nations’ heated rush to claim the coastal waters of the Spratly Islands to Todo. Todo correctly guesses that the reason is oil, to which Yamagishi replies “That’s right. The Indochina peninsula alone is said to contain enough oil fields to satisfy world demand for the next 50 to 100 years. We can’t even guess how much oil is in the Spratly Island region!” Here we can see Yamagishi demonstrating a perfect A-Posture.
Later, there is a panel alluding to Golgo 13 in which Yamagishi says of a certain fund: “That’s the G-Fund!” His hands, which until then had been busily stroking his chin or making shoulder-width gestures, once again return to form an “A,” its apex a few centimeters in front of his mouth. The picture is extremely unusual, in that shows him just a split second before his hands fall into the A-Posture. Since Yamagishi’s hands are not actually shown in the A-Posture, we can’t know whether or not he actually assumes this position. This is why I said “possibly twice” above.
Tara-chan, from Sazaesan(2) and the mother in Tensai Bakabon(3) never assume this posture while speaking. The A-Posture is a posture used by “adults,” and moreover by “middle-aged men” of high authority. I don’t know why. I don’t know, because, although the A-Posture is not an uncommon posture in our daily lives, we don’t really know what it means. Even if we ask the “middle-aged men” who use this posture, they would probably tell us that they don’t know either. They are not assuming this posture in order to express or communicate anything in particular. They just “naturally” fall into this posture.
That is, the A-Posture is specific to the “middle-aged man” character, but it is not ordinarily connected with the intention to express or communicate; it is just the natural “bearing” of the “middle-aged man.” This is quite alright, as character, unlike style, does not assume the existence of a motivation (see, parts 2, 3, and 4 of this series).
On another note, students of the Japanese language should note that the A-Posture is completely different from the gesture “young girls” make when surprised—clasping both hands under the chin, while exclaiming “Maa!” (Wow!).
What’s that? You say that Shigeru Ishiba(4) is performing that very gesture in the “Best of Doppelgangers” special in the March 26 issue of Shukan Bunshun (50th Anniversary Edition)? Hmm…
* * *
(1) 1936– Creator of the manga Golgo 13, which follows the adventures of the titular hit-man.
(2) See footnotes in part 24 of this series.
(3) One of the manga created by artist Fujio Akatsuka. For more on his works, see part 1 of this series.
(4) 1957– Japanese politician.
author
Toshiyuki SADANOBU.
Professor of Linguistics at Kobe University. Ph.D.: Kyoto University, 1998. Research Interests: Personal Experience in Grammar and Communication.
Selected Publications:
(1) Bonnou no Bunpou: Taikien o Kataritagaru Hitobito no Yokubou ga Nihongo no Bunpou System o Yusaburu Hanashi (The Grammar of Earthly Desires: How Our Desire to Narrate Daily Experiences Shape Japanese Grammatical Systems). Tokyo: Chikumashobo, 2008;
(2) Sasayaku Koibito, Rikimu Repootaa: Kuchi no naka no Bunka (Whispering Lovers and Creaking Reporters: Culture in Our Mouth). Tokyo: Iwanami, 2005;
(3) Ninchi Gengoron (A Cognitive Study of Language). Tokyo: Taishukan, 2000.
URL:http://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm
角色大世界――日本 34
2010年 10月 31日 日曜日 筆者: 定延利之(中文)角色的姿势
我所说的“非语言行为”中,严密地说其中一部分与其称为行为不如称为姿势更为贴切。但是,与角色具有关联这一点是不变的。也就是说,各个角色有其擅长的姿势也有其不擅长的姿势。
以前倾姿势双肘伏案,双手合十于面前,指尖接近于嘴部位置,在这个状态下,手掌向下稍微分开,使左右手各似弓形向外弯曲,只让双手指尖相碰。这样,双手拇指指尖相碰、其他各指尖也相碰,像“A”字一样放于嘴部位置,至此这个姿势完成。在这个姿势下说话或是听他人说话,这在日语交流中时而可见。我暗自称为“双肘伏案双手呈A形姿势”的便是这一姿势。
漫画家Saito・Takawo (本名斋藤隆夫)先生的 《GOLGO13 (骷髅13)》 第108集 (LEED Publishing CO.,Ltd. 小学馆 pp.178-179)中,一个叫山岸的商社常务董事在和以前的合作伙伴藤堂的密谈中,双肘伏案双手呈A形这一姿势可以说是做了两次。
第一次是就南沙群岛的海域领域化问题各国奋争的背后情况和藤堂谈论的场面。当藤堂问是不是为了石油时,山岸回答说“对,仅中南半岛附近的海底油田就储存着今后五十年乃至一百年世界需求的石油。南沙群岛整个领域会存在多少是难以想象的。” 在这个画面上,我们可以看到山岸双肘伏案双手呈A形姿势。
之后不久,山岸就一项资金问题说,“那叫……‘G资金’”,暗示杀手GOLGO13 (骷髅13)与此事有关。之前或是抚摸脸庞或是扬起或是伸展到肩宽的双手,这时又向外弯曲,在嘴部前面呈顶端没有封口“A”形,这应该是进入双肘伏案双手呈A形这一姿势之前的珍贵画面。但是作者并没有画出山岸进入双肘伏案双手呈A形这一状态的画面,所以山岸是否真的做了这个姿势我们还是不清楚,所以我在前面说“可以说是做了两次”。
《SAZAE-SAN (海罗小姐)》中的小孩子Tara-chan、《天才BAKABON》中的妈妈,不会做双肘伏案双手呈A形这一姿势,这是“大人”,而且是具有一定权威性的“中年男士”做的姿势。但是,为什么是这样我们还解释不清楚。这是因为双肘伏案双手呈A形这一姿势虽然在日常生活中不稀奇,但是其本身代表什么意思,我们并不是很清楚。即使对做这一姿势的“中年男士”进行讯问,得到的答案大概也是“不太清楚”吧。他们也许会说自己并不是为了表达什么或是传达什么而做了这个姿势,而是“自然而然地”做了这个姿势。
也就是说,双肘伏案双手呈A形这个姿势虽然是“中年男士”这一特定角色的姿势,但是,这个姿势却与表达意图、传达意图无关,仅仅是“中年男士”的一种自然而然的“形体状态”。角色与说话方式(态度)是不同的,是不以意图为前提的(第2节、第3节、第4节),所以无关是可以的。
另外,双肘伏案呈A形的双手如果变成紧握姿势支着下巴的话,就会成为“まあ! (maa!哎呀!”地表示吃惊的“少女”,两者完全不同,所以日语学习者也许有必要注意。
什么? 《周刊文春》 3月26日号 (创刊50周年特别号)的特集《ベストオブ「顔面相似形」50 (Best of 「ganmen soojikei」50》中,石破茂 (前日本防卫厅长官)做了这个姿势? 嗯??
author
定延利之(SADANOBU, Tosiyuki)
神户大学大学院国际文化学研究科教授。文学博士。
专业:语言学、交际学。现在正在进行的课题:《与人物形象相应的音声语法》的研究、《以日语、英语和汉语对照为基础,制定有益于日语音声语言教育的基础资料》。
著作:《Ninchi Gengoron (认知语言论)》(大修馆书店,2000)、《Sasayaku Koibito、Rikimu Repotaa―Kuchi-no-naka-no Bunka (喃喃细语的恋人、用力说话的报告人―口中的文化)》(岩波书店,2005)、《Nihongo Fushigi Zukan (日语不可思议图鉴)》(大修馆书店,2006)、《Bonno-no Bunpo―Taiken-o Katari-tagaru Hitobito-no Yokuboo-ga Nihongo-no Bunpo Shisutemu-o Yusaburu Hanashi (烦恼的语法―人们想谈体验的欲望会动摇日语的语法体系)》(筑摩新书,2008)等等。
地域語の経済と社会 第123回 「大分のフットサル・チーム「バサジィ大分」」
2010年 10月 30日 土曜日 筆者: 日高 貢一郎地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第123回 「大分のフットサル・チーム「バサジィ大分」」
プロ野球やサッカーJリーグをはじめ、各地に本拠地を置く(プロ)スポーツのチームは、何よりもまず地域密着を図り、地元ファンの声援や応援・支援を大切にし、それをパワーにして実績を挙げ、さらに広範囲のファンを獲得しようと、チーム力の強化・向上をめざしています。
その工夫の一つとして、チーム名に地元の方言を取り入れて、その地域らしさを強くアピールする方法があります。外に向かってはその土地らしさがより強く打ち出せますし、内=すなわち地元に対しては「おらがチーム」という親近感を持ってもらうことが可能になります。
フットサル(一種の5人制サッカー)も、最近人気が上昇している競技のひとつです。
Fリーグ(後述)加盟チームは、北は北海道から南は九州まで、全国に10のチームがありますが、大分では2003年に「エスペランサ」というチーム名で創設され、2006年11月に発足した日本フットサルリーグ(愛称、Fリーグ)に加盟。このときに「バサジィ大分」(Vasagey Oita)と改称し、九州地方で唯一の加盟チームとして活躍しています。
Fリーグの公式ホームページでは、各チームを紹介する欄で、
バサジィは、大分弁の「すごい」と「俊敏な」という意味と、名物のアジ、サバを彷彿とさせる造語。九州唯一の参加チームが、地元密着で旋風を巻き起こす。
と紹介されています。が、これだけではまだちょっとわかりにくそうです。
当の「バサジィ大分」のホームページの「チーム名の由来」にはこうあります。
大分弁で「すごい」という意味の「ばされー、ばさねー」と、「俊敏な」という意味の「さじい」を合わせた造語。大分名物の「アジ」「サバ」の音も含んでいる。
もう少し補足しましょう。大分の方言で〔非常に、たくさんの〕を意味する「バサレー」という言い方があります。その「バサ」と、「サジイ」を合わせて「バサジイ」です。「サジイ」は共通語の「耳ざとい、利にさとい」などの「さとい」=〔敏捷だ、すばしこい〕と関連のある語です。つまり、非常にすばしっこい、スピード感あふれるチームであるという意味を表現しているわけです。
また、いわば“隠し味”として、「関アジ・関サバ」(関は、佐賀関町の省略形)として知られる、豊後水道で獲れる新鮮な魚=「サバ」を逆にした「バサ」と「アジ」にもかけられていて、いかにも大分にあるチームであることをアピールしています。
またマスコットキャラクターは、元気な猿の男の子「バサル(VASARU)」君で、バサジィ+サルからなり、猿で有名な高崎山のある大分市のチームであることを示しています。
ホームページには「バサル日記」を連載。その中でバサル君が応援団のことを「応猿団」と言ったり、サポーターのことを「サるポーター」と言ったり、ことば遊びをしていますが、それがなかなか親しみやすくて好評だということです。
《参考》大分フットサルクラブ「バサジィ大分」(大分スポーツプロジェクト)の公式ホームページは、http://www.vasagey.com/ を参照。
写真提供:大分スポーツプロジェクト
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【筆者プロフィール】
言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)
日高貢一郎(ひだか・こういちろう)
大分大学 教育福祉科学部 教授(国語学・方言学) 宮崎県出身。これまであまり他の研究者が取り上げなかったような分野やテーマを開拓したいと、“すき間産業のフロンティア”をめざす。「マスコミにおける方言の実態」(1986)、「宮崎県における方言グッズ」(1991)、「「~されてください」考」(1996)、「方言の有効活用」(1996)、「医療・福祉と方言学」(2002)、「方言によるネーミング」(2005)、「福祉社会と方言の役割」(2007)など。
【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載の始まりです。
この連載への質問、また「ここでこんな方言みやげ・グッズを見た」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「地域語の経済と社会」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。
つなぎ語:反論4―『英語談話表現辞典』覚え書き(32)―
2010年 10月 28日 木曜日 筆者: 内田 聖二前回は反論する言い方のなかでていねい表現にかかわるものを考察しましたが、今回は相手の意見を受け付けなかったり、それ以上言わせないように話をさえぎる表現をみてみます。
まず、幅広く用いられるものに None of your business. があります。「君の関与することではない」と突き放す、いわば「問答無用」型の表現です。本辞典から引用します。
1 〈相手の質問を受けて〉余計なお世話だ, 君の知ったことか, 答える必要はないよ “How much do you earn a month?” “None of your business!” 「月給いくらもらっているの」「余計なお世話だ」 “Why are you always giving her money?” “It’s none of your business.” 「なぜいつも彼女にお金をあげるの?」「君の知ったことか」 “Is your budget all right if you spend so much money on clothes?” “It’s none of your business.” 「洋服にそんなにお金使って家計大丈夫?」「余計なお世話よ」.
第2例や第3例は形は疑問文ですが、その言いたいことは、第2例では、「彼女にお金をあげる」ことに反対や非難の気持ちをぶつけていますし、第3例では「洋服にそんなにお金を使うべきではない」という心配する気持ちを表しています。それらに対して、None of your business. はそれぞれの意見や主張を拒否することを表しています。
また、Go to hell. は文字通りには「地獄へ行け」という命令文ですが、相手が決着済みのことを改めて言ったことに対して、「何を言っているのだ、いい加減にしてくれ」という意になります。
2 〈相手のことばに反論して〉やめてくれ, 最悪!:“I want you so much.” “Go to hell.” 「君が本当に必要なんだ」「やめてよ」/“We’re still friends, aren’t we, Jane?” “Go to hell!” 「僕たちはまだ友だちだよな, ジェーン」「とんでもない」.
いずれも「終わったことを蒸し返さないでほしい」という含みがあります。
Go on. も「…し続けなさい」という基本的な意味をもつ命令文ですが、おもしろいことに、反語的にも用いられます。日本語でも「そんなうそをつくな」という意味で「うそをつけ」と言いますし、「そんなばかなことを言うな」という意味で「ばか言え」と言うのと同じです。
4 〈相手の発言に異議を唱えて〉うそをつけ, ばか言え, 何だって, 帰れ:“I am planning to go on a diet and lose 10 kilograms in a month.” “Go on with you!” 「僕ダイエットして1か月に10キロ減量するつもりなんだ」「冗談はよせよ」/“By the way, I am going to marry next month.” “Go on, you are joking.” 「ところで, 僕, 来月結婚するからね」「何だって, 冗談だろう」.
第1例は「1か月に10キロ減量」という到底無理な目標を掲げるなという気持ちを表し、第2例では「結婚する」ということがまったくの予想外であったことを伝えています。
Who cares? という疑問文も反語的に用いられます。文字通りには「誰が気にするか、いや、誰も気にしない」という意ですが、相手から気に障ることを言われて、「ほっといてくれ」というほどの突き放した言い方になります。
2 〈落ち度を指摘されて〉 (そんなつまらないことを)構わないでくれ:《朝の出勤前の慌しいときに》 “You missed shaving.” “Who cares?” 「あなた, ひげそりを忘れているわよ」「誰も気にしないさ」 / 《友だち同士の会話》 “Don’t throw away the empty can!” “Who cares?” “I care! So don’t!” “You’re not my mother, are you?” 「空き缶を捨てないで」「どうだっていいだろう」「いいことないわ! だからしないで!」「君は僕の母親じゃないだろう?」.
相手の意見や主張に反論するときにも用いられます。
3 〈反論して〉それがどうした:“I don’t think it’s a good idea.” “Who cares?” 「それはあまりよい考えとは思わないんだが」「それで?(どうでもいいだろ)」.
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【筆者プロフィール】
内田聖二(うちだ・せいじ)
奈良女子大学教授
専門は英語学、言語学(語用論)
主な業績:『英語基本動詞辞典』(1980年)研究社(小西友七編、分担執筆及び校閲)
『英語基本形容詞・副詞辞典』(1989年)研究社(小西友七編、分担執筆及び校閲)
『英語基礎語彙の文法』(1993年)英宝社(衣笠忠司、赤野一郎と共編著)
『関連性理論-伝達と認知-』(初版1993年、第2版1999年)研究社(共訳)
『小学館ランダムハウス英和大辞典』(第2版1994年)小学館(小西友七・安井稔・國廣哲弥・堀内克明編、分担執筆)
Relevance Theory: Applications and Implications, 1998, John Benjamins.(Robyn Carstonと共編著)
『英語基本名詞辞典』(2001年)研究社(小西友七編、分担執筆及び校閲)
『ユースプログレッシブ英和辞典』(2004年)小学館(八木克正編集主幹、編集委員)
『新英語学概論』(2006年)英宝社(八木克正編、共著)
『思考と発話』(2007年)研究社(共訳)
『子どもとことばの出会い』(2008年)研究社(監訳)
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【編集部から】
語用論的な情報をふんだんに盛り込んだ、日本発の本格的な発信型会話・談話表現辞典、『英語談話表現辞典』について、編者の内田聖二先生にご紹介いただきます。
書籍購入者は、http://dce.dual-d.netにて本辞典の全データを収録したウェブ版辞典を無料でお使いいただけます。
漢字の現在:「真面目」復権への道のり
2010年 10月 26日 火曜日 筆者: 笹原 宏之漢字の現在 第68回 「真面目」復権への道のり
前回、列記してみた「まじめ」の「誤字」(誤表記)は、よく考えてみると当て字へのさらなる当て字といえる部分が含まれていた。誤字は、きちんとした字を書こうと意図したのにそうはならなかったという側面に着目して使われることが多い用語である。当て字は、より意図的な行為や結果を指すことがあるが、誤字と案外重なるものである。前回の誤字には、
字義・語義の表記への干渉、
別字の字体との混淆、
別の熟語との混淆、
「目」(め)と「面」(メン)との音や意味の範疇の類似による混淆、
「ジ」に「面」を当てることの異例さの回避、
字順への不審による転倒
などが起こっていて、ときに別の字や表記が侵入して起こっていたらしいことが、筆記結果や筆記段階の観察によってうかがえる。また、「面白い」とセットで覚えさせられたという人もいて、混乱の状況の一端が垣間見える。
「真自目」というような字体における同化現象、つまり後の字の「目」が前の字に干渉して似た字体をもつ「自」を導き出すという、音韻面に顕著な現象になぞらえうる現象もかかわるような表記がしばしば見られた。それは、「真面目」には正式な教育機会が与えられておらず、色々な面でイレギュラーさをもつ表記を、自然に何となく覚えるために、どうしても避けがたいことであった。上記には、WEB上でも引用文や自身の文の中で、入力されているものがある。
「真地目」は、漫画「こち亀」のキャラクターの名にも、あえてであろうが見られる。「真地面」は、「真地面な(に)」と使用されているものが目に付き、もしかしたら「まじめんな」「まじめんに」と字面の通りに発音している人もいるのかもしれない。辞書で見たイメージや自分のイメージからこう書いたという者もいる。「真面目」を「真」剣な「面」と「目」をしているためと解釈した、という者もいた。字義と字面から、「真剣」とかかわりを見出すことは、あながち俗解ともいえないものであった。
学生たちは、「真面目」が常用漢字表に認められていなかった表記であるにもかかわらず、以下のような記憶を語ってくれる。
小学生の時に習った
小学校・中学校の漢字ドリル・漢字練習帳で習った
高校ではすでに漢字テストに出ていた
塾で習った
世の趨勢を取り入れた教員や参考書などもあるのであろう。また、「真面目」を幼いときから知っていて、ケータイでも見て覚えていたという学生もいた。「当用漢字表」に代わって内閣告示された「常用漢字表」(1981)は、漢字使用の「範囲」から「目安」へと性格を変え、その後にちょうどワープロやパソコンが仮名漢字変換という技術を可能としていった。「真面目」は、手書きの時代を生き抜いて、電子情報機器の時代に入ってからも、キーボードを通して入力され続けたのである。
情報化時代を迎え、このたび改定される「常用漢字表」の付表に、「真面目」は、ついに採用される方向にある(2010答申)。これについては、私の覚えている限り、少なくとも委員会内などではとくに反対もなく、すんなりと決まったことであった。
「まじめ」とその表記の紆余曲折についての話は、このくらいにして、『当て字・当て読み 漢字表現辞典』で取り上げたこれと関わりながらもう少しくだけた語について、次回からは述べていきたい。(つづく)
* * *
【編集部から】ついに『当て字・当て読み 漢字表現辞典』が刊行されました! その奥深さを、ほんのちょっと教えていただきたいと編集部がリクエストし、笹原先生に「漢字の現在」の特別編としてご執筆いただくこととなりました。まさに“漢字の現在”を映し出す『当て字・当て読み 漢字表現辞典』について、数回にわたって、その内容のご紹介や本文におさめきれなかった情報をつづっていただきます。
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【筆者プロフィール】
笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)などがある。最新刊は2010年10月に発売、“漢字の現在”を映し出す『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)。
【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「「真面目」の苦難」でした。
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『枕草子日記的章段の研究』発刊に寄せて(38)
2010年 10月 26日 火曜日 筆者: 赤間 恵都子(38) 職曹司の雪山作り~賭けの始まり~
長徳4年12月中旬、京都に大雪が降りました。大雪といっても、平安貴族たちの日常に一興を添える程度の量だったようで、あちらこちらの御殿の庭で雪山が作られたと、内裏からの使者が清少納言に話しています。
職曹司の女房たちも、最初は下級の女官たちに雪を運ばせ、縁側に小さな山を作っていたのですが、そのうち、庭に本当の雪山を作ろうということになり、本格的な雪山作りが始まりました。
雪山作りの作業は中宮からの命令として下されたため、清掃係りの宮中役人や職曹司勤めの役人が次々と集まって、日当まで補充されることになります。それを聞きつけた者がさらに加わって、総勢20名ほどの男たちの手で制作したというのですから、かなり大きな雪山が完成したことでしょう。
職曹司の役人たちが報酬を受け取って退出した後、中宮定子は女房たちに、「この雪山はいつまで消えないであるかしら」と問いかけます。女房たちが、「十日はあるだろう」「十数日はあるだろう」など、年内の期日ばかりを予想する中で、清少納言だけが翌年正月の中旬という遠い日にちを答えます。中宮も「そこまではもたないだろう」と思っている様子、他の女房たちも皆、口をそろえて、「年末まではもたないだろう」と言うので、さすがの清少納言も自信がなくなってきます。心中では、「あまり遠い日にちを言ってしまったかな。皆が言うように、そこまではもたないだろうな。せめて年明け早々と言えばよかった」と後悔するのですが、そこは彼女らしく、「一度口に出したことは撤回しないでおこう」と意地を張ります。
さあ、雪山の賭けの始まりです。二十日頃に雨が降り、雪山は少し小さくなりました。清少納言は雪深い北陸の白山の観音様に向かって祈ります。雪山は消えないまま年を越し、一日の夜には新雪が降り積もりました。しかし、賭けの約束とは違うということで、中宮からクレームがつき、新雪は捨てられました。それでも消えそうもない雪山を見て、清少納言は賭けに勝ったと思います。
賭けの決着のつく日を皆が心待ちにしていたところ、正月三日に定子が内裏に参入することになりました。清少納言はもとより中宮まで、賭けの結果を直接見られないのを残念に思うのですが、実はこの突然の中宮参内は、歴史的に見ると大変重大な事件でした。
長徳2年春、伊周・隆家の不祥事により内裏退出を余儀なくされた中宮定子は、それ以降も立て続けに起こった不幸を乗り越え、ようやく職曹司に参入し滞在していました。しかし、まだ内裏に入ることは許されない状況でした。長保元年正月の定子内裏参入は、二年近くの時を経て、久しぶりに一条天皇と中宮定子が再会することを意味しています。
清少納言もどれほどこの時を待っていたかしれません。そんな二人の再会を意味する記述が、雪山の賭けの結果が見届けられなくなる理由として、さりげなく挟み込まれているのです。この時の定子参内は、公式記録には書き留められない極秘のものだったようです。それがなぜ、『枕草子』に記されたのか。当時の歴史的背景を対照させながらこの段を読むと、作者の意図していたことが見えてくるように思います。次回に続きます。
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【著者プロフィール】
赤間 恵都子(あかま・えつこ)
十文字学園女子大学短期大学部文学科国語国文専攻教授。博士(文学)。
専攻は、『枕草子』を中心とした平安時代の女流文学。研究テーマは、女流作家が輩出した西暦1000年前後の文学作品の主題や歴史的背景をとらえること。
【主要論文】
「『枕草子』の官職呼称をめぐって」(『枕草子の新研究―作品の世界を考える』新典社 2006年 所収)、「枕草子「二月つごもりごろに」の段年時考」(『百舌鳥国文』2007年3月)、「ホトトギスを待つ女―道綱母の和歌へのこだわり―」(『日記文学研究 第三集』2009年 新典社)など。
【編集部から】

このたび刊行いたしました『枕草子日記的章段の研究』は、『枕草子』の「日記的章段」に着目して、史実と対照させ丁寧に分析、そこから清少納言の主体的な執筆意志をとらえるとともに、成立時期を新たに提案した『枕草子』研究者必読の一冊です。著者の赤間恵都子先生に執筆にいたる経緯や、背景となった一条天皇の時代などについて連載していただきます。(隔週掲載)
ドイツのお菓子(11)―アーモンド―
2010年 10月 25日 月曜日 筆者: 石井 正人クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(96)
お祭りの屋台で世代を超えて馴染みの食べ物といったら、綿菓子、たこ焼き、天津甘栗、いか焼き、あんず飴、といったところか。的屋も流行り廃りに敏感で、売れない物はいつの間にやら見られなくなり、代わりに新機軸を色々打ち出してくる。都筑道夫のエッセイを読むと、戦前の東京の屋台には、水でといた小麦粉にウスターソースを混ぜ込んで食パンの両面に塗り、油で焼いた「パンカツ」と称するものが売られていたそうで、都筑道夫は好きだったようだが、私は見たこともない。
キリスト教の教会でもクリスマスや復活祭やKirmes, Kirchweih「教会開基祭」(献堂記念日)といった例大祭に市が立って、屋台が並ぶ。焼きソーセージBratwurstは当たり前として、ドイツの屋台で昔ながらのお馴染みのお菓子といったら、綿菓子Zuckerwatte、アーモンド(Mandel)の飴がけ、ハート型のレープクーヘンLebkuchen、それからマーゲンブロートという、一口大の菱形のパンに香料のきいたチョコをまぶした、九州銘菓の「黒棒」のような見かけのお菓子だろう。
ハートの形をした大型のレープクーヘンにはきれいなデコレーションが施してあって、気の利いたテキストが書いてあったりする。娘がドイツの小学校で聞いたところでは、見かけの誘惑に負けてドイツの子供は大抵一度は渋る親にねだってあのハート型レープクーヘンを買ってもらうが、親の警告した通りやはり不味く、全部食べられなかったという経験を持っているそうだ。親も子供の頃に同じことをしたからこそ成り立つ話であろう。
天津甘栗と同じように美味しいのがアーモンドの飴がけである。大粒のロースト・アーモンドが香ばしく砂糖にくるまれている。大学芋のように砂糖で煮詰めて作るらしいが、アーモンドはかりっと乾いている。このアーモンド屋はお祭りの市だけでなく、観光名所の教会やお城の前の広場にひっそりと単独で店を広げていることがあって、思わず買ってしまい、家族全員で競争で食べてしまう。ルートヴィッヒスブルクというシュトゥットガルトの直ぐ北にある小都市で食べたアーモンドが忘れられないほど美味しかった。いやしいことを言うようだが、アーモンドの倍はあろうかというほどたっぷりの砂糖が付いていたのが印象的だった。それ以後、あれほど美味しいアーモンドに出会えない。大都市にあるのはどれも、けちっていて砂糖が薄い。六本木で本格的なドイツのクリスマス・マーケットWeihnachtsmarktをやるというので喜んで行ってみたら、なるほど内容は本物だったが、値段が高すぎて閉口した。いくら大好物でも、たかがアーモンド一袋に千円も払えない。
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【筆者プロフィール】
石井 正人(いしい・まさと)
千葉大学教授
専門はドイツ語史
『クラウン独和第4版』編修委員
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【編集部から】
2008年2月に『クラウン独和辞典』(第4版)が刊行されました。日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。
An Unofficial Guide for Japanese Characters 33
2010年 10月 24日 日曜日 筆者: SADANOBU Toshiyuki<< An Unofficial Guide for Japanese Characters 32
A Calculated (?) Amateurishness
As we discussed last time, the vertical one-handed wave is basically an “adult” refusal technique. Continuing this discussion, I should note the relatively “adult” behavior of some “young ladies.”
For example, if complemented on her appearance (“Miss So-and-so, you’ve gotten so pretty!”) a “young lady” might bashfully perform the vertical one-handed wave, saying “Ie ie” (No, no.) with a falling intonation in a display of modesty. As a further example, a “young lady” might furtively use the vertical one-handed wave from a distance to tell someone about to say something inappropriate: “No, no! I don’t want you to talk about that here!” This is why I qualified my statement by saying that the vertical one-handed wave is basically an “adult” refusal technique.
However the “young lady’s” technique is the technique of a “young lady.” The “adult technique” is, in the end, different. The “adult” vertical one-handed wave is not quite a chopping motion, as in the previously discussed manga, but the wrist is supple, straight, and gracefully extended. In the “young lady’s” hurried gesture, the wrist is limp, and the fanning motion follows an inconsistent trajectory. The fingertips are slightly bent too, reducing the gesture’s elegance.
In fact, the “young lady” knows perfectly well that her gesture is inelegant, and that is actually her aim. Perhaps she feels that waving with a limp wrist using a sporadic motion, with fingertips spread and bent is more suitable for a “young lady” and that any elegance in the gesture would give the game away, although she is probably not normally clearly aware of this.
At any rate, a “young lady” might also pucker her mouth and childishly say “…nan desuuuu”(1) . In all truth, she never spoke like this when she was a child. Maybe her grade school teacher even praised her: “You’re always on the ball!” What happened to that girl? She begins using expressions like “desuuuu” after she has grown into a “young lady” and begun secretly affecting immaturity and innocence.
When she covers her mouth to laugh(2) , she uses the same affectation. An “adult” (“madam”) would supplely extend her fingertips in a graceful gesture. This doesn’t look youthful. It isn’t cute. So, the “young lady” covers her mouth with fingertips spread and bent. This gesture shows she has an ulterior motive. Or at least, that’s how it looks to old guys like me.
“Youth” has come to mean “cute,” “unrefined,” and “amateurish.” But amateurishness is not something that can be intentionally constructed; it normally is natural and unaffected. Whether this is in fact the case is another problem however (see parts 2 and 3). In any case, keep your wrist limp, and wave sporadically with fingers spread and bent. This is how “young ladies” do the vertical one-handed wave.
* * *
(1) The expression “…nan desuuuu” usually makes the statement explanatory. E.g. “Sou nan desu” (that’s how it is/that’s how things stand). Drawing out the final vowel in the verb desu is an affectation, used to make one’s mode of speech cuter. It is considered “childish” sounding, although, as pointed out here, children rarely actually use it.
(2) Many (though by no means all) Japanese women tend to cover their mouths when laughing, apparently because it is considered more demure to do so.
author
Toshiyuki SADANOBU.
Professor of Linguistics at Kobe University. Ph.D.: Kyoto University, 1998. Research Interests: Personal Experience in Grammar and Communication.
Selected Publications:
(1) Bonnou no Bunpou: Taikien o Kataritagaru Hitobito no Yokubou ga Nihongo no Bunpou System o Yusaburu Hanashi (The Grammar of Earthly Desires: How Our Desire to Narrate Daily Experiences Shape Japanese Grammatical Systems). Tokyo: Chikumashobo, 2008;
(2) Sasayaku Koibito, Rikimu Repootaa: Kuchi no naka no Bunka (Whispering Lovers and Creaking Reporters: Culture in Our Mouth). Tokyo: Iwanami, 2005;
(3) Ninchi Gengoron (A Cognitive Study of Language). Tokyo: Taishukan, 2000.
URL:http://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm
角色大世界――日本 33
2010年 10月 24日 日曜日 筆者: 定延利之(中文)精打细算( ?)的稚拙
上节提到了“单手竖起左右摆动”这一表示否定的肢体语言一般情况下是“大人”所特有的动作。这节说说与之相关的、也是我们需要注意的话题。那就是,“年轻的女孩子(少女)”也会做出完全似是“大人”的动作。
例如,当被某人夸奖说“你变漂亮了”,“少女”会急忙不好意思地进行否定表示谦虚,用降调说“いえいえ (Ieie 不不)”,同时用单手在面前左右摆动。再比如,“少女”在别人要对大家说出自己不想让人知道的事情时,想暗示对方说“啊!不行不行!那件事不能在这说”也会单手小幅度地不停地左右摆动。之所以在“单手竖起左右摆动是‘大人’的动作”这句话中加一个“一般情况下”,原因就在于此。
但是,“少女”特有的动作有其特有的特点,和“大人”的特有动作毕竟还是不同的。“大人”的单手竖起左右摆动这一动作,如上节提到的漫画描绘的那样,说是像刀一样左右摆动有些过头,但是,从肘部到手腕到指尖确实是一条平缓笔直的直线,带着几分优雅。与之相比,“少女”慌忙摆动的手并没有形成一条直线,手腕软软、左右摆动的弧线也不一致,手指也微妙地弯曲缺少优雅之感。
但是,“少女”对于这种区别其实是心知肚明的,这种动作倒不如说是她们精打细算做出来的。我平时没有清楚地意识到,但是细细想来,手腕软软、弧线不定、手指不齐呈弯曲状的左右摆动才像“少女”的动作,如果非常优雅的话,反而让人觉得不像“少女”。
“少女”会像小孩子一样掘着嘴说“いやなんですぅ (Iya-na-n-desuu 我不嘛!)”拉长“す(su)”的母音“u”成“すぅ (suu)””,而她们在孩童时代却不会这么说话。“这是个利落爽快的孩子”曾经被小学老师这样夸奖的你跑到哪里去了?成为“少女”之后,使用“~すぅ (~suu)”可以说是看准了孩子幼稚与天真的可爱一面而暗自表现出来的。
笑的时候,遮住嘴角的手也是一样的。自然伸平手指遮住嘴角是显得优雅的“大人”(贵夫人),一点也不年轻、不可爱。“少女”在用手遮住嘴角时,手指间稍有缝隙并且是弯曲的,这其中一定隐藏着什么意图——中年男士会这么认为吧。
年轻、可爱代表着没有经过精心锤炼,有着幼稚与笨拙。这种稚拙应该不具有意图性的谋划,应该是自然的、本有的,但是,是否确实如此又是另一个问题(参照第2节、第3节)。总之,手腕软软、弧度不定、手指不齐呈弯曲状,这是“少女”的单手竖起左右摆动。
author
定延利之(SADANOBU, Tosiyuki)
神户大学大学院国际文化学研究科教授。文学博士。
专业:语言学、交际学。现在正在进行的课题:《与人物形象相应的音声语法》的研究、《以日语、英语和汉语对照为基础,制定有益于日语音声语言教育的基础资料》。
著作:《Ninchi Gengoron (认知语言论)》(大修馆书店,2000)、《Sasayaku Koibito、Rikimu Repotaa―Kuchi-no-naka-no Bunka (喃喃细语的恋人、用力说话的报告人―口中的文化)》(岩波书店,2005)、《Nihongo Fushigi Zukan (日语不可思议图鉴)》(大修馆书店,2006)、《Bonno-no Bunpo―Taiken-o Katari-tagaru Hitobito-no Yokuboo-ga Nihongo-no Bunpo Shisutemu-o Yusaburu Hanashi (烦恼的语法―人们想谈体验的欲望会动摇日语的语法体系)》(筑摩新书,2008)等等。
地域語の経済と社会 第122回 「イタリアの方言みやげ」 Dialect souvenirs of Italy
2010年 10月 23日 土曜日 筆者: 井上 史雄地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第122回「イタリアの方言みやげ」
Dialect souvenirs of Italy
これまで何回か海外の方言みやげを紹介しました。今回はイタリアです。何度か行く機会があって、みやげ店などをのぞきましたが、見つかりませんでした。その後教え子がイタリアに滞在して見つけたのを、送ってくれました。
イタリア北西部(トリノ周辺)のピエモンテ方言のカレンダーです。【写真1】表紙と【写真2】10月のページを示します。
左上にotoberと書いてあります。イタリア語辞典に載っている10月はottobre で、8を指すラテン語octoの子音が単純化されたものです。オットと発音します。どうやらこの方言では短くなってオトと発音すると、見当がつきます。
細かい字の説明文の半分もピエモンテ方言で書かれているようです。イタリア標準語で書かれても、ド素人には分からないのですが、辞書に出ていないつづりで書かれていますから……。補助記号(文字飾り)で発音を表す工夫をしています。
イタリア語、フランス語、スペイン語、ポルトガル語とルーマニア語などは、ローマ帝国のラテン語からのちに分かれた言語で、ロマンス語と呼ばれて、お互いによく似ています。イタリアは、中世の封建領主の力が強かったので、方言差が大きくなったと言われています。
曜日の名もイタリア語とフランス語に似ています。曜日や月の名前はカトリック教の影響を受け、宗教的な命名が広がりました。国境を越えて隣国に広がったので、言語の境界と一致しない方言差が見られます。ヨーロッパ全体の「土曜日」の地図は、拙著『変わる方言 動く標準語』(2007.2)筑摩新書p.85に再録してあります。残り約100冊で絶版予定だそうです。新本がほしいならお早めに。もっともAmazonか何かで1円で出るのを待つ手もありますが。
ふと思いついて、インターネットでdialettoと入れて画像を検索してみました。イタリア語の方言についての画像が出るのを期待したのです。昔の方言絵はがきの画像が見つかりました。また最近のもありました。方言を使ったみやげ品や広告は、もっとあるに違いありません。今度イタリアに行く機会があったら、じっくり時間をかけましょう。
* * *
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【筆者プロフィール】
言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

井上史雄(いのうえ・ふみお)
明海大学外国語学部教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。
履歴・業績 http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/
英語論文 http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/
「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『日本語ウォッチング』(岩波新書)、『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語の値段』(大修館)、『言語楽さんぽ』『計量的方言区画』『社会方言学論考―新方言の基盤』(以上、明治書院)、『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)などがある。
* * *
【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載の始まりです。
この連載への質問、また「ここでこんな方言みやげ・グッズを見た」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「地域語の経済と社会」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。
「明解PISA大事典」の北川達夫先生の新刊情報
2010年 10月 22日 金曜日 筆者: ogm「明解PISA大事典」をご愛読くださっている皆さまに、北川先生の新刊情報をお知らせいたします。
このウェブサイトで連載「明解PISA大事典」を書いてくださっている北川達夫先生の書籍が先月発売。ご案内が遅くなってしまったため、既にお読みになっている方もいらっしゃると思いますが、もしまだという方がと思い、ご案内いたします。
昨年2009年5月にほぼ同じタイミングで、こちらと『週刊東洋経済』で北川先生の連載が始まりました。こちらでの連載は“PISA”を軸に、『週刊東洋経済』の連載「わかりあえない時代の「対話力」入門」では“対話”を軸に展開。両方を読むことでさらに理解が深まる、そういう関係にあるなぁと思っておりました(担当者個人の感想です)。また「わかりあえない時代の「対話力」入門」は、明日からの自分の心構えに役立つ内容。毎週、発売を楽しみにしておりました。
そして、その「わかりあえない時代の「対話力」入門」の約1年分(※)がまとまったのが『不都合な相手と話す技術―フィンランド式「対話力」入門』。 (※)連載は現在も続いています。
「明解PISA大事典」はネットやケータイから読むことができ、『週刊東洋経済』の連載は本にまとまっている。いつでも参照できるというのは嬉しいことです(担当者個人の感想です)。
ぜひ、「明解PISA大事典」といっしょに『不都合な相手と話す技術―フィンランド式「対話力」入門』も。おすすめです。
第1章 フィンランド式「話し方」の秘訣
「話せばわかる」ではないのだ/おとなしいのは悪いことなのか/分をわきまえるということ/しゃべりすぎの無理は禁物/日本人がおとなしいのは教育に問題があるからだ/きちんと意見を言える子を育てるにはどうしたらよいか/文化や考え方まで身に付ける必要はない/理念と現実の上手な使い分け/戦うコミュニケーションはもう古い/「正義」の異なる者が歩み寄るには/習得すべきは対話力か英語力か
第2章 対話の道は「論理思考」から
厳しい対立状況でこそ有効な対話/論理的であること、非論理的であること/言葉で埋め尽くす必要、言葉で埋め尽くす寂しさ/東洋的対話術指南/対話で「より良い未来」を目指す/特殊性に逃げてはいけない/多様性を生かすことの利点と難点/人間の尊厳への危険な鈍感力/フワフワした強さとガチガチとした強さ/相手が対話に応じない場合/自分の情が相手に伝わるとは限らない/変化することは成長すること/一方的に断定する相手との対話/相対主義の危険な誘惑/価値観を押し付けることの功罪/多文化が共生できる世界へ/対話のもたらす相互理解と相互不信/フィンランドの対話型問題解決教育
第3章 交渉ごともうまくいくこの手法
悪意の対話者に対抗するには/心理戦を有利に進めるエンパシー入門/自己呈示で自分を演出する/仮面を検証して相手を見極める/戦略的な仮面に対処するには/独自の対話スタイルを確立するには/交渉において対話を成立させるには/対話が終わるとき戦いが始まる/同じ論拠から多様性を見出すには/「みんな」を通じて対話を成立させる/迷惑行為にどう対処するか/教養のある人は「絶対に」とは言わない/多文化共生社会の対話力養成方法/日本人の「弱さ」をどうするか/叡智を継承・発展させる対話型読書術指南/日本人の「弱み」を「強み」に転化するには/すべてに疑問をもつためのフィンランド式実践技法
人名用漢字の新字旧字:「来」と「來」と「徕」と「徠」
2010年 10月 21日 木曜日 筆者: 安岡 孝一第74回 「来」と「來」と「徕」と「徠」
新字の「来」は、常用漢字なので子供の名づけに使えます。旧字の「來」は、人名用漢字なので子供の名づけに使えます。では、「徕」と「徠」はどうなのでしょう。実は、「徕」も「徠」も、「來」の異体字なのですが、「徠」の方だけが子供の名づけに使えて、「徕」はダメなのです。
昭和21年11月16日に内閣告示された当用漢字表には、旧字の「來」が収録されていました。昭和23年1月1日に施行された戸籍法施行規則は、子供の名づけに使える漢字を当用漢字表1850字に制限しました。したがってこの時点では、旧字の「來」は出生届に書いてOKだったのですが、新字の「来」はダメだったのです。昭和24年4月28日、当用漢字字体表が内閣告示され、新字の「来」が当用漢字になりました。これを受けて法務府民事局は、当用漢字表に加えて当用漢字字体表も子供の名づけに使ってよい、と回答しました(昭和24年6月29日)。この結果、「來」も「来」も、どちらも出生届に書いてOKとなったのです。 その後、常用漢字表の時代になって、「来」は常用漢字になり、「來」は人名用漢字になりました。
平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、常用漢字や人名用漢字の異体字であっても、「常用平易」な漢字であれば人名用漢字として追加する、という方針を打ち出しました。この方針にしたがって人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、平成12年3月に文化庁が書籍385誌に対しておこなった漢字出現頻度数調査、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。
| 追加候補選定基準 | 漢字出現頻度数調査 | |||
|---|---|---|---|---|
| 200回以上 | 50~199回 | 1~49回 | ||
| 不受理の法務局数 | 11以上 | JIS第1~3水準 | JIS第1・2水準 | JIS第1・2水準 |
| 8~10 | JIS第1~3水準 | JIS第1・2水準 | JIS第1水準 | |
| 6~7 | JIS第1~3水準 | JIS第1水準 | JIS第1水準 | |
| 0~5 | JIS第1・3水準 | - | - | |
「徠」は、JIS X 0213の第2水準漢字で、漢字出現頻度数調査の結果が201回で、全国50法務局のうち5つの管区で出生届を拒否されたことがありました。したがって、同じ第2水準漢字で不受理の法務局数が5の「澤」(出現頻度1221回)と同様、人名用漢字の追加候補に選ばれないはずでした。ところが、平成16年6月11日に発表された578字の追加案には、どういうわけか「徠」が含まれていました。一方、「徕」は、JIS X 0213に収録されていなかったため、審議の対象になりませんでした。
平成16年9月8日、法制審議会は、「徠」を含む488字を、人名用漢字追加候補として法務大臣に答申しました。そして平成16年9月27日、戸籍法施行規則が改正され、「來」に加えて「徠」が人名用漢字になりました。この結果、現在では、「来」「來」「徠」は出生届に書いてOKですが、「徕」はダメなのです。
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【筆者プロフィール】
安岡孝一(やすおか・こういち)
京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。
京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)、『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。
http://slashdot.jp/~yasuoka/journal で、断続的に「日記」を更新中。
漢字の現在:「真面目」の苦難
2010年 10月 19日 火曜日 筆者: 笹原 宏之漢字の現在 第67回 「真面目」の苦難
戦後、「当用漢字」が当て字のたぐいを正式に廃する方針を実施に移した。これは、戦前からの流れを汲む施策であり、次々と具現化したその音訓表や付表によって、「まじめ」という漢字表記は認められないことが明確となった。この表に従うかぎり、「面」を「じ」と読めないためである。
しかし、「真面目」という表記がかなり一般化しているため、それを覚えた生徒がいて何かで書いたことに対してだったか、それは当て字だから良くない、あるいは「まじめ」とは読めない、と言ってその表記を否定した教員がいたことを覚えている。
私が小中学生のとき、「まじめ」ということをあざけるような風潮があった。ちょっときまじめな態度をとると、「まじめだなあ」、「まじめぶっている」などと蔑む光景が校内ではしばしば見られた。「まじめくさる」や「くそまじめ」という語は、戦前からあったもので、場をわきまえない態度やその程度の行き過ぎを戒めたり評したりする表現であったのだろうが、たんに他者と違う律儀さを揶揄するどころか、嘲笑ったり批難したりする場面が確かにあった。「まじめ人間」と言われても、反撃が苦手そうな人がからかわれる状景はしばしばあった。
面白みを他者に示すことを惜しむ人は、今の私はもったいない面があるとは思うが、そうではない生真面目な性質の人も少なくないのである。テレビ界の趨勢によったものだったようにも思われるが、日本テレビで1983年に「おもしろまじめ放送局」がアナウンサーによってキャンペーン展開された。「まじめ」が妙な形ながら表舞台に立ち、復権していくように思えた。
一般には、「まじめ」は、和語の名詞であることに加え、語のもつ意味内容からも、表記としては漢字によるものが適している、と感じられるのだろうか。当用漢字の制限下においても、近世以来の漢字表記である「真面目」は根強く残りつづけた。小学生でも、ときに違和感を抱えつつも、読める者がある。韓国人留学生は、面白い疑問を呈した。韓国では、「シンメンモク」に当たる字音語が真の面目という意味しかもたない。そのため、「まじめ」にこの3字を用いる日本では、シンメンモクを書くときにはどう表記するのか。漢字と語とが1:1で対応することを大原則とする中国に近かった韓国らしい見方といえよう。
この表記が当て字であり、教育機会も乏しいためか、誤記のたぐいがたいへんに目立つ。
真剣目
真字面
真実面 真実目
真事面 真事目
真面め
真自面 真自目
真白面
真地面 真地目
真目面
概して漢字は、誤字とレッテルが貼られればそれでおしまいとなりがちだが、これらは、誤字といって切りすてるだけでは惜しい背景を語ってくれているように思えてならない。当て字は、発音を利用するタイプと、意味を利用するタイプ(多くの熟字訓はその中に入る)など、多様なグループ化が可能である(詳しくは、『当て字・当て読み 漢字表現辞典』に記した概説を参照されたい)。これらをよく考えてみれば、当て字への当て字といえるのである。(つづく)
* * *
【編集部から】ついに『当て字・当て読み 漢字表現辞典』が刊行されました! その奥深さを、ほんのちょっと教えていただきたいと編集部がリクエストし、今回、笹原先生に「漢字の現在」の特別編としてご執筆いただくこととなりました。まさに“漢字の現在”を映し出す『当て字・当て読み 漢字表現辞典』について、数回にわたって、その内容のご紹介や本文におさめきれなかった情報をつづっていただきます。
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【筆者プロフィール】
笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)などがある。最新刊は2010年10月に発売、“漢字の現在”を映し出す『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)。
【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「「真面目」な「当て字」」でした。
この連載への質問、また「ここでこんな字が使われていた」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「漢字の現在」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。
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2007年









