漢字の現在

第75回 「馬路(マジ)」、そして…

筆者:
2010年12月14日

関西のテレビ番組で、『当て字・当て読み 漢字表現辞典』からクイズ形式で、当て字の読み方を答えさせるコーナーが放送されたそうだ。後で見せてもらったところ、「本気」に対しては「マジ」との答えが正解とされ、続けて「真剣」に対しては、漢字が得意と評されるタレントが「ガチ」と答えた。ところが、答えは「マジでした」と言われ、がっかりするというような場面があった。準備された解答を受け入れ、一問一答式を好むテレビらしさの感じられる一瞬であった。実際には、「真剣」で「ガチ」もWEBなどですでに現れている。

さて、パソコンやケータイで「まじ」を変換させると漢字表記として、「馬路」しか選べない機種が多いことは前回触れたとおりである。それらの機器を辞書のように意識する使い手によって、これが本気などを意味するマジという語の一つの表記と解釈されたり認識されたりして使われることが若年層で広まりつつある。

「馬路」は、実は、島根県大田市仁摩町にある地名「馬路」を打つために設けられた変換候補なのであろう。JR西日本の山陰本線には馬路駅(まじえき)も存在する(なお、高知県の馬路村は「うまじむら」)。ここは、

最盛期の大正期に約3000人を数えた馬路地区の人口は今では約700人。国道9号からの交差点には信号もなく、小さな看板が立つだけ。

(//hochouki.p-kit.com/page69846.html)

とのことだ。この人口が700人程度ののどかな出雲の地区の名を打つための候補が、漢字表記を変換によって得ようとする一部の若者たちの希求と合致したようだ。WEB上では少なくとも2006年には使用されていた。中学の時にケータイメールでギャル文字のように皆が使っていたとの証言もある。中学生は手紙にも使うという。WEBでは、中学生のブログにも見られる。さらに小学生がプリクラに使うとテレビで放送されたとのこと。

このように「馬路」が本気という意味で使われていることはすでに一部で知られていて、限られた範囲では非常によく使われている様子がうかがえる。ライトノベルでも「馬路(まじ)」と使うものがあるそうだ。

AKB48主演のテレビドラマ「マジすか学園」(2010)では、ヤンキーばかりの「馬路須加女学園(マジ女)」が舞台となった。ライバル校は「矢場久根女子高校」であり、不良の好む当て字というイメージを全面に打ち出している。

この「馬路」という2字を、さらにひねって「うまろ」と言い換える人たちも、WEB上に現れている。こうした二次的な加工はやむことなく、種々に試みられていく。いわゆるギャル文字で、「馬足各」と書く人も、やはりいる。

話すと面白ィし馬足各で大好き×∞なノ★

ケータイはもの凄い速さで普及した。ただ、変換機能は開発が間に合わなかったものもあったようだ。「まじ」と打つと「爻」という字が出る機種がある。この易者が使うような見慣れない漢字は、「まじわる」という訓義をもつために、語幹で「まじ」が変換ソフトに組み込まれていたのだ。もとはそれが何の役に立つのか、むしろその場で求める表記の選択を阻害する候補の一つに過ぎないものであったのであろう。しかし、それさえも、「マジ」の表記に利用されているのである。(続く)

筆者プロフィール

笹原 宏之 ( ささはら・ひろゆき)

早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』、この連載がもととなった『漢字の現在』(以上2点 三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、『日本人と漢字』(集英社インターナショナル)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。『漢字の現在』は『漢字的現在』として中国語版が刊行された。最新刊は、『謎の漢字 由来と変遷を調べてみれば』(中公新書)。

『国字の位相と展開』
『漢字の現在 リアルな文字生活と日本語』

編集部から

漢字、特に国字についての体系的な研究により、2007年度金田一京助博士記念賞に輝いた笹原宏之先生から、「漢字の現在」について写真などをまじえてご紹介いただきます。


ついに『当て字・当て読み 漢字表現辞典』が刊行されました! その奥深さを、ほんのちょっと教えていただきたいと編集部がリクエストし、今回、笹原先生に「漢字の現在」の特別編としてご執筆いただくこととなりました。まさに“漢字の現在”を映し出す『当て字・当て読み 漢字表現辞典』について、数回にわたって、その内容のご紹介や本文におさめきれなかった情報をつづっていただきます。