クラウン独和辞典 ―編集こぼれ話―

109 耳の文化と目の文化(26)―正書法を乱すもの(2)―

筆者:
2011年2月14日

ドイツ語の正書法を乱すものとして他には外来語がある。外国語にはドイツ語にない音の語や同じアルファベットで書かれていても読み方、発音が異なる語がある。

Restaurant [rɛstorã:]「レストラン」やToilette [toalɛtə]「トイレ」はフランス語からの外来語であるが、綴りも発音も原語のままである。au はドイツ語の正書法では [au] の音を表しているが、[o] と発音し、rant は [rant] ではなく、鼻母音のまま [rã:] である。また、oi もドイツ語正書法では [oi] と読むところであるが、[oa] と発音される。

Friseur [frizø:ɐ]「美容師」もフランス語からの外来語である。eu はドイツ語では [ɔy] の音を表すが、原語のままに [ø:] と読まれる。しかし、[ø:] はドイツ語にもある音であり、ドイツ語では ö と表記するので、Frisör と綴ることも認められている。また、Büro [byro:]「事務所」もフランス語の bureau から来ており、発音は強勢が後にあるなどフランス語のままであるが、表記は完全にドイツ語化している。

Streik [ʃtraik]「ストライキ」は英語の strike [straik] から来ているが、語頭の st を [ʃt] と発音し、英語の i [ai] を ei と表記し、語尾の e を省略して、完全にドイツ語化している。

Café [kafe:]「喫茶店」(フランス語)、Cello [tʃɛlo]「チェロ」(イタリア語)、Computer [kɔnpju:tɐ](英語)は原語の書法と発音が保持されている。c はドイツ語では使われないから、これらは外来語であることがすぐわかる。

Violine [vIoli:nə]「ヴァイオリン」(イタリア語)、privat [priva:t]「私的な」(ラテン語)などのv、また、Journalist [ɜUrnalIst]「ジャーナリスト」(フランス語)、Job [dɜɔp]「アルバイト」(英語)などのjはドイツ語の正書法ではそれぞれ [f], [j]の音を表すが、これらも原語の音が保持されている。

Chaos [ka:os]「混沌」(ギリシア語)、Chef [ʃɛf]「主任」(フランス語)、Couch [kautʃ]「寝椅子」(英語)などのchはドイツ語では [ç, x]の音を表すが、これらは原語の音をほぼ保持している。また、Philosophie [filozofi:]「哲学」、Thema [te:ma]「テーマ」、Rhythmus [rYtmUs]「リズム」などはギリシア語であり、ph, th, rh は本来、気音を伴った p, t, r であるが、ドイツ語では [f, t, r] となっている。ただ、表記はギリシア語のままである。しかし、Mikrophon [mikrofo:n]「マイク」などの -phon は Mikrofon のように f で書いてもよく、Telephon [telefo:n]「電話」は古形であり、Telefon と書くとされる。また、Panther [pantɐ]「豹」、Thunfisch [tu:nfIʃ] 「マグロ」は Panter, Tunfisch と書いてもいい。

筆者プロフィール

『クラウン独和辞典第4版』編修委員 新田 春夫 ( にった・はるお)

武蔵大学教授
専門は言語学、ドイツ語学
『クラウン独和辞典第4版』編修委員

編集部から

『クラウン独和辞典』が刊行されました。

日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。

(第4版刊行時に連載されたコラムです。現在は、第5版が発売されています。)