地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第138回 日高貢一郎さん:徳島県上勝町の会社の広報紙『しわしわゆこう』

2011年2月19日

「しわしわゆこう」とは、方言なのですが、さて、一体どういう意味でしょうか?

実は、『しわしわゆこう』というのは、徳島県のユニークな町おこしの会社が出している広報紙の名前です。徳島県勝浦郡上勝町(かみかつちょう)は、日本料理の彩りや飾りに使う木の葉などをお年寄りが集めて出荷し、活き活きとした町づくりをしていることで知られています。「葉っぱビジネス」と呼ばれ、昭和62(1987)年にスタートしました。

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【写真 『しわしわゆこう』紙(vol.3)】
【写真1 『しわしわゆこう』紙(vol.3)】
【写真 同紙の紙面(vol.4)】
【写真2 同紙の紙面(vol.4)】

そういう仕事の運営をしている会社「いろどり」が、お年寄りに呼びかけて、この仕事が始まりました。同社のホームページには、次のように説明されています(抜粋)。

徳島県上勝町は、徳島市中心部から車で約一時間程の場所に位置しており、人口は1,997名 854世帯(平成21年9月1日現在)、高齢者比率が49.5%という、過疎化と高齢化が進む町です。しかし一方で、全国でも有数の地域活性型農商工連携のモデルとなっている町でもあります。昭和56年2月に起きた寒波による主要産業の枯渇という未曾有の危機を乗り越え、葉っぱ(つまもの)を中心にした新しい地域資源を軸に地域ビジネスを展開し、20年近くにわたり農商工連携への取り組みを町ぐるみで行っています。(中略)
 「葉っぱビジネス」とは“つまもの”、つまり日本料理を美しく彩る季節の葉や花、山菜などを、販売する農業ビジネスのことです。 株式会社いろどり代表取締役である横石が「彩(いろどり)」と名づけてスタートしました。
 葉っぱビジネスのポイントは、軽量で綺麗であり、女性や高齢者でも取り組める商材であること。現在の年商は2億6000万円。中には、年収1000万円を稼ぐおばあちゃんもいます。(以下、略)

『しわしわゆこう』には、紙名の由来が、次のように書かれています。

しわしわとは『ゆっくり』という意味を持つ阿波弁。『ゆっくりとあせらずに行こうよ』というメッセージを込めたタイトルです。ちなみに『ゆこう』は『ゆこう(柚香)』という徳島県内の総生産量の半分以上を上勝町が占めている香酸柑橘です。

「しわしわ……」という表現からは年輪を刻んだお年寄りたちを連想させます。「ゆこう」は、「(ゆっくりと、あせらずマイペースで)行こう」という意味あいをも感じさせる、なかなかおもしろい、個性的なネーミングです。

季刊、B4版2ページのコンパクトな紙面に、ひと・もの(特産品、料理、観光情報、……)・うごき(行事、書籍紹介、……)などがカラーで掲載されています。人物インタビューでは方言での直接話法を活かしたり、見出しに方言使ったりして、親しみのもてる工夫がなされています。

また、上勝町に関するブログを集めたインターネット上のページも「やるでないで上勝」 (//www.tm-i.net/kamikatsu/index.htm)と言い、これも〔(なかなか)やるではないか〕という意味の方言です。

なお、この葉っぱビジネスに関する人間ドラマが映画化されて(仮題「そうだ、葉っぱを売ろう!」)、来年公開予定だということです。

《参考》株式会社「いろどり」のホームページは//www.irodori.co.jp/own/index.aspを参照。また、『読売新聞』(平成22年12月19日付)の「ひと物語 道を極める」欄で、上勝町の葉っぱビジネスの記事が、写真入りで紹介されました。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 日高 貢一郎(ひだか・こういちろう)

大分大学名誉教授(日本語学・方言学) 宮崎県出身。これまであまり他の研究者が取り上げなかったような分野やテーマを開拓したいと,“すき間産業のフロンティア”をめざす。「マスコミにおける方言の実態」(1986),「宮崎県における方言グッズ」(1991),「「~されてください」考」(1996),「方言によるネーミング」(2005),「福祉社会と方言の役割」(2007),『魅せる方言 地域語の底力』(共著,三省堂 2013)など。

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。