2011年 3月 のアーカイブ

言い訳表現―『英語談話表現辞典』覚え書き(43)―

2011年 3月 31日 木曜日 筆者: 内田 聖二

前回は相手に残念な気持ち、同情の気持ちを伝える表現をみましたが、今回は言い訳表現を考えてみます。

「仕方がない」ということを表すのに「避ける、我慢する」の意の動詞 help を用いる表現があります。言い訳するのは通例話し手ですから言及されたことを it で受けて‘I can’t help it.’と言えば、「それを避けることができない」ことから「仕方ない」という意味になります。本辞典からの引用です。

2 仕方がないよ: 《迷惑がって》 “I wish you’d stop snoring all the time in bed.” “I can’t help it. I wish I could too.” 「寝てる間中ひっきりなしにいびきをかくのをやめてもらえない」「仕方がないよ. 俺だってできればそうしたいよ」.

「いびきをかくこと」が「避けられない、我慢できない」ことから言い訳表現になっています。また、そこから自分の行動に対する言い訳、つまり、そうせざるをえない理由づけにも用いられます。

3 〈渋々承諾して〉しょうがないなあ:《お金をねだる息子と父親》 “Dad, would you give me 10,000 yen? I’m clean broke today. Sorry!” “Well, I can’t help it!” 「パパ, 1万円くれない? 一文無しなんだよ! 悪いんだけどさあ」「うーん. しょうがないな」.

この不承不承の承諾には、この例のように、ことばとは裏腹に寛容な態度が表されることがあります。

以上の‘it’は先行文脈にその内容がありましたが、‘it’のところに「仕方のないこと」が具体的に述べられることもあります。

3 〈半ばあきらめて〉仕方がない, どうしようもない:I can’t lift even 10 kilograms of rice. I can’t help being old. 10キロのお米も持ち上げられない. 年には勝てないよ.

この例では歳をとっていることが10キロのお米を持ち上げられない言い訳となっています。

ここまでは主語を‘I’とした能動態の言い方でしたが、‘I can’t help it.’を受動態にした‘It can’t be helped.’という言い方もよく用いられます。

1 〈申し訳なさそうに〉仕方ありません:《機械の操作説明の場で》 The machine is going to make a terrible noise, but never mind. It can’t be helped. この機械はものすごい音がするでしょうが, 気にしないでください. 仕方ないんですよ / 《庭を眺めながら》 “My goodness, the lawn looks dead!” “It can’t be helped. There is no rain and water is rationed.” 「ああ, 何ということだ. 芝生が枯れてしまったみたいだ」「仕方ないわ. 雨は降らないし, 給水制限だし」.

この受動態では‘by me’が表現されないことに注意しましょう。動作主の‘I’が表面に出ていないということは‘it’の受ける内容が「私」の責任ではないことを示唆するのです。上の例では機械のひどい音や雨が降らないことの責任が「私」にないことを表しているのです。このように考えますと、次のような例は、場合によっては、帰宅しようと思えばできるのに、帰宅できないことをほかのことに責任を転嫁する言い訳表現と解釈することも可能となります。

2 〈言い訳として〉ほかにどうしようもない:《帰宅できない言い訳に》 I’ve got to go into London again tonight―—it can’t be helped. 今晩またロンドン入りしないといけないんだ. ほかにどうしようもないんだ.


【筆者プロフィール】
内田聖二(うちだ・せいじ)
奈良女子大学教授
専門は英語学、言語学(語用論)
主な業績:『英語基本動詞辞典』(1980年)研究社(小西友七編、分担執筆及び校閲)
『英語基本形容詞・副詞辞典』(1989年)研究社(小西友七編、分担執筆及び校閲)
『英語基礎語彙の文法』(1993年)英宝社(衣笠忠司、赤野一郎と共編著)
『関連性理論-伝達と認知-』(初版1993年、第2版1999年)研究社(共訳)
『小学館ランダムハウス英和大辞典』(第2版1994年)小学館(小西友七・安井稔・國廣哲弥・堀内克明編、分担執筆) 
Relevance Theory: Applications and Implications, 1998, John Benjamins.(Robyn Carstonと共編著)
『英語基本名詞辞典』(2001年)研究社(小西友七編、分担執筆及び校閲)
『ユースプログレッシブ英和辞典』(2004年)小学館(八木克正編集主幹、編集委員)
『新英語学概論』(2006年)英宝社(八木克正編、共著)
『思考と発話』(2007年)研究社(共訳)
『子どもとことばの出会い』(2008年)研究社(監訳)


【編集部から】
語用論的な情報をふんだんに盛り込んだ、日本発の本格的な発信型会話・談話表現辞典、『英語談話表現辞典』について、編者の内田聖二先生にご紹介いただきます。
書籍購入者は、http://dce.dual-d.netにて本辞典の全データを収録したウェブ版辞典を無料でお使いいただけます。

『枕草子日記的章段の研究』発刊に寄せて(48)

2011年 3月 29日 火曜日 筆者: 赤間 恵都子

(48) 定子崩御~歴史資料から~

 『枕草子』には、定子が長保2年12月に崩じた事についてはいっさい書かれていません。前々回お話した三条宮での5月の記事が、定子の最後の姿を記したものでした。したがって、『枕草子』では、三条宮の定子と皇子たちのその後については分からないまま、作品が終わっていることになります。

 史実によれば、長保2年の8月に定子は再度今内裏に参入しますが、20日程で退出しています。それが一条天皇との最後の別れでした。その4ヶ月後に3人目の御子を出産した直後、わずか24歳で命を落とす定子の運命と、彼女の死が世間に与えた影響については複数の歴史資料に記されています。

 『権記』によれば、長保2年12月15日、東西の山にわたって二筋の白雲が現れるという天象が見られ、それは后に関わる予兆を意味していたとあります。また、皇女誕生後、定子の後産が難航し、16日の寅の刻の終り頃(午前5時前)に崩御したことが内裏に伝えられています。その直後、女院詮子が危篤状態に陥り大騒ぎになって、加持祈祷を行ったところ、関白道隆あるいは二条参議(伊周)の霊が現れたという興味深い記事も記されています。定子崩御に対する道長側の人々の受け止め方は複雑だったと思われます。

 注目すべきは、定子の死から49日目の長保3年2月4日の記事で、左大臣道長の養子になっていた源成信(23歳)と右大臣顕光の息子藤原重家(25歳)が、突然、三井寺に向かい、一緒に出家していることです。将来有望な若君達の出家は、二人の父大臣はもとより世間の人々をおおいに驚かせました。成信は『枕草子』にも登場する人物であり、かれらの出家には定子崩御が大きく影響しているとも見られます。

 『栄花物語』では、「とりべ野」巻の前半に定子の崩御と葬送の記事を大きく取り上げています。藤原道長を理想的人物とし、その栄華を描くことを目的とした作品に定子を大きく扱うのはなぜなのでしょう。作者は道長の定子に対する政治的措置の記述を微妙に避けながら、ひたすら同情の姿勢で中関白家の悲哀を詳細に書き綴ります。すなわち定子の死は、当時、世間の人々が心を動かさずにいられない出来事であり、取り上げるに値する物語的要素を備えていたということでしょう。定子崩御直後の記事を紹介しましょう。

 「御殿油近う持て来」とて、帥殿御顔を見たてまつりたまふに、むげになき御気色なり。あさましくてかい探りたてまつりたまへば、やがて冷えさせたまひにけり。あないみじと惑ふほどに、僧たちさまよひ、なほ御誦経しきりにて、内にも外にもいとど額をつきののしれど、何のかひもなくてやませたまひぬれば、帥殿は抱きたてまつらせたまひて、声も惜しまず泣きたまふ。
(「明かりを近くに持って来い」と命じて、帥殿(伊周)が定子の御顔を拝見されると、まったく息のないご様子である。これは大変だと驚いて、お身体を手で探り申されると、もうすっかり冷たくなっていらっしゃった。ああ、とんでもない事になったと動揺している間、僧たちはうろうろ歩き回りながら誦経の声を絶やさず、部屋の中でも外でも何度も額を床につけて大声で祈るが、何の甲斐もなくそのまま亡くなってしまわれたので、伊周は定子をお抱き申し上げて声も惜しまずお泣きになる。)

 定子の最期を看取ったのは兄の伊周でした。最愛の妹の死に直面して惑乱し号泣する姿が具体的に記されています。伊周にとって、定子が政治的に重要な人物だったことは言うまでもなく、精神的にも大きな支えだったことは間違いないと思います。

 次は、最愛の妻を亡くしてもその葬儀に立ち会うことさえ許されない一条天皇の記述です。

 内にも聞こしめして、あはれ、いかにものを思しつらむ、げにあるべくもあらず思ほしたりし御有様をと、あはれに悲しう思しめさる。宮たちいと幼きさまにて、いかにと、尽きせず思し嘆かせたまふ。
(天皇も定子の訃報をお聞きになって、ああ、どんなに辛い気持ちでいらしたか、本当にもう生きていられないように思い沈んだご様子だったのに、といたわしく悲しくお思いになる。宮たちはとても幼くて、どうしているかと、限りなく心配しお嘆きになる。)

 天皇の立場上、どうにもならない面があっただけに、悔やみきれない思いが残っていたことでしょう。幼い皇子たちへの父親の思いも切実に感じられます。定子の方も最期まで夫への思い、我が子への思いを遺して旅立って行ったのでした。

* * *

◆この連載を続けて読みたい方は
⇒「『枕草子日記的章段の研究』発刊に寄せて」アーカイブへ

◆記事のタイトルから探したい方は
⇒「『枕草子日記的章段の研究』発刊に寄せて」目次へ

【著者プロフィール】

赤間 恵都子(あかま・えつこ)
十文字学園女子大学短期大学部文学科国語国文専攻教授。博士(文学)。
専攻は、『枕草子』を中心とした平安時代の女流文学。研究テーマは、女流作家が輩出した西暦1000年前後の文学作品の主題や歴史的背景をとらえること。
【主要論文】
「『枕草子』の官職呼称をめぐって」(『枕草子の新研究―作品の世界を考える』新典社 2006年 所収)、「枕草子「二月つごもりごろに」の段年時考」(『百舌鳥国文』2007年3月)、「ホトトギスを待つ女―道綱母の和歌へのこだわり―」(『日記文学研究 第三集』2009年 新典社)など。

* * *

【編集部から】

このたび刊行いたしました『枕草子日記的章段の研究』は、『枕草子』の「日記的章段」に着目して、史実と対照させ丁寧に分析、そこから清少納言の主体的な執筆意志をとらえるとともに、成立時期を新たに提案した『枕草子』研究者必読の一冊です。著者の赤間恵都子先生に執筆にいたる経緯や、背景となった一条天皇の時代などについて連載していただきます。(隔週掲載)

An Unofficial Guide for Japanese Characters 53

2011年 3月 27日 日曜日 筆者: SADANOBU Toshiyuki

<< An Unofficial Guide for Japanese Characters 52

The person I know…

When her husband was arrested under suspicion of possessing amphetamines, Noriko Sakai(1) ran away. She left her child with a mysterious person. Finally she herself was arrested for possession of amphetamines; Noriko Sakai, known as a seijunha(2) celebrity shocked the world. This incident was widely reported not only in Japan, but also in China where Sakai enjoys high popularity.

If I recall correctly, I watched a video of a drama starring her called Hoshi no Kinka with students who were studying Japanese at Renmin University of China when I was there some ten years ago. I wonder what those students think now, after hearing this news. Zhang Xiaoping dongxue, who taught me many Chinese proverbs, would probably sigh and say: “Just as you can’t measure the ocean’s water with a cup, you cannot measure a person by their appearance.”

There is a turn of phrase that goes: Watashi no shitteru ○○-san wa… (The Mr(s). so-and-so who I know…). Naturally, this is not a “usual” turn of phrase. We use this turn of phrase only after ○○-san has caused some sort of incident.

For example: “The big brother I saw is probably unlike the big brother you’ve seen. The big brother that I know is, again, not the big brother you know.” This passage is from a letter sent by H, a friend of this big brother (Ichiro) to the younger brother (Jiro), after an incident in which Ichiro undergoes a nervous breakdown (NATSUME Soseki “Koujin” 1912–1913).

We might say: “You’re a serious person.” But we wouldn’t normally say: “You’re a serious person when I’m around.” If you were to say this, it would be rude as it would clearly indicate that you were thinking: “You have a serious persona, but I can’t say whether or not you’re serious when I’m not observing you. I don’t know.”

Similarly, we might say: “That person is lively.” But we would never say: “That person is lively when we’re around.” This would strongly insinuate that “that person just acts lively to get in our good graces,” and it would be perfectly insulting to actually say it.

Expressions like “there are a lot of facets to you,” and “there’s a lot about that person we don’t know,” while incredibly commonsensical when you think about them, have the potential to freeze a conversation if you say them aloud.

In other words, in ordinary, non-joking conversation, we must take the utmost of care when saying it is possible that a person (especially our conversational partner) is hiding their true persona and putting up a character. We take it for granted of our partners that “When you’re talking to me, you are not putting on an act. Your characteristics, which I perceive in our conversation, indicate your persona.” Of course, our conversation partners also take it as read that “When talking to you, I am indicating my persona, and am not putting on any kind of act.” In other words, it is taken as read that “there is no such thing as character.”

But, this is merely a custom that is “taken for granted.” However, if a person causes an “incident,” their acquaintances and neighbors will unanimously say, “The ○○-san who I know wouldn’t do such a thing!” In this case, they place the condition “…who I know” on “○○-san” because they have detected that the person in question was putting on an act, and the existence of character has become obvious.

Character is not something that can be openly changed (like style), nor is it something that is fundamentally difficult to change (like persona). Despite the fact that character does change fairly often in response to the situation, it is something that must not be changed, as I have emphasized up until now (particularly in part 4).

In saying that character “must not be changed,” I mean that “it is considered to be identical with persona,” or ultimately that “it is taken as read that there is no such thing as character.” That is the new point that I have introduced in this column.

Huh? You say that it is ultimately the same point I have been making all along?

Uh… Well, what about the fact that I have come to similar conclusions through examining the phrase “The ○○-san who I know…” this time?

By the way, this marks the one year anniversary of this column! Let’s loosen our collars a bit, shall we?

* * *

(1) 1971– Japanese singer and actress. The drug scandal described here occurred in August 2009.
(2) Literally “pure” or “chaste.” Seijunha could be called a genre of (especially female) Japanese pop singers characterized by their “good girl” public personas.

An Unofficial Guide for Japanese Characters 54 >>

author

Bonnou no Bunpou: Taikien o Kataritagaru Hitobito no Yokubou ga Nihongo no Bunpou System o Yusaburu Hanashi (The Grammar of Earthly Desires: How Our Desire to Narrate Daily Experiences Shape Japanese Grammatical Systems)Toshiyuki SADANOBU.
Professor of Linguistics at Kobe University. Ph.D.: Kyoto University, 1998. Research Interests: Personal Experience in Grammar and Communication.
Selected Publications:
(1) Bonnou no Bunpou: Taikien o Kataritagaru Hitobito no Yokubou ga Nihongo no Bunpou System o Yusaburu Hanashi (The Grammar of Earthly Desires: How Our Desire to Narrate Daily Experiences Shape Japanese Grammatical Systems). Tokyo: Chikumashobo, 2008;
(2) Sasayaku Koibito, Rikimu Repootaa: Kuchi no naka no Bunka (Whispering Lovers and Creaking Reporters: Culture in Our Mouth). Tokyo: Iwanami, 2005;
(3) Ninchi Gengoron (A Cognitive Study of Language). Tokyo: Taishukan, 2000.
URL:http://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

角色大世界――日本 53

2011年 3月 27日 日曜日 筆者: 定延利之(中文)

<< 角色大世界――日本 52

我知道的那个人……

丈夫因携带毒品被逮捕,本人也不知去向。帮她托管孩子的人也是一个神秘人物。不久她也和丈夫一样因涉毒嫌疑被逮捕……,“清纯偶像派”明星酒井法子在社会上掀起了这轩然大波。这一事件不仅仅是在日本,在她很受欢迎的中国也被大肆报道。

回想起来,我十年前在人民大学时,和日语系的学生一起看的录像就是她主演的电视剧《星星的货币》。现在那些学生如果看到了这个消息会怎么想呢? 教过我很多中文谚语的张孝萍也许会说“人不可貌相,海水不可斗量”吧。

有“我知道的某某……”这样的说法,虽说这种说法是理所当然的,但这并不是“平常”的说法,是某某出了什么事情之后才用。

例如“我所看到的你哥哥恐怕和你们所看到的不一样。我所了解的你哥哥也和你们所了解的不一样”,这是夏目漱石的《行人》中,哥哥一郎出现神经异常之后,他的好友H给一郎的弟弟二郎写的信中一节(夏目漱石《行人》1912-1913)。

我们可以对某人说“你是一个很认真的人”,但是却不能说“你在我面前是个很认真的人”。如果说了,就是说话人心中的“我看你性格非常认真,但是我们不在一起时你是否也很认真,我就不知道了”这一想法的外漏,是很不礼貌的。

同样,可以说“他(她)是一个豪爽的人”,但是“他(她)在我们面前是个豪爽的人”却很难说出口。因为这句话强烈包含着“他(她)的豪爽是粉饰出来的(装出来的)”这一层意思,可以说这完全是在说“他(她)”的坏话。

“你也有各种面孔吧”“他(她)也有我们不知的一面吧”这样的说法,细细想来是完全有道理的,但是如果说出口,也许就会让空气变得紧张起来。

就是说,在平时的、非玩笑的对话中,如果想言及“某人(特别是听话人)有隐藏本来的性格(人格),装出某种角色形象的可能性”的话,是需要慎重考虑的。通常“现在和我说话的你,并没有粉饰自己。在对话中感知到的你的一切,是你性格(人格)的体现。”当然,通常说话人自身也是“和你说话时,我也是以真面目相对,没有粉饰自己”。也就是说,通常“并没有什么角色形象”。

但是,这只不过是通常定规而已。一旦发生了什么“事件”,熟人或是近邻都会说“我所知道的某某,不是做那种事的人”。像“我知道的某某”这样,能在“某某”前面加一个“我知道的”来限定,是因为其粉饰暴露,大家已经可以把角色形象的存在明确地说出来了。

角色形象不是可以随意公然改变的东西(如样式、态度等),但又不是从根本上难以改变的性格(人格)。随着情况的不同角色形象有时也变,但通常却又是不可改变的东西,这在之前已经强调了许多次(特别是第4节)。

这里所说的“角色形象通常不可改变”是指 “其通常和性格(人格)相同”,也就是说“角色形象是不存在的”,这节阐述的新问题就是这一点。

什么? 你说结果这和之前说的是一样的?

嗯……。那么,就当在这节里,通过对“我知道的某某”这句话的观察,也得出了和之前相同的结论,怎么样?

我说,老爷,这节可是连载一周年纪念呀!不要那么执着放轻松一点嘛,老爷! 啊!

角色大世界――日本 54 >>

author

《烦恼的语法―人们想谈体验的欲望会动摇日语的语法体系》(筑摩新书,2008)定延利之(SADANOBU, Tosiyuki)
神户大学大学院国际文化学研究科教授。文学博士。
专业:语言学、交际学。现在正在进行的课题:《与人物形象相应的音声语法》的研究、《以日语、英语和汉语对照为基础,制定有益于日语音声语言教育的基础资料》。
著作:《Ninchi Gengoron (认知语言论)》(大修馆书店,2000)、《Sasayaku Koibito、Rikimu Repotaa―Kuchi-no-naka-no Bunka (喃喃细语的恋人、用力说话的报告人―口中的文化)》(岩波书店,2005)、《Nihongo Fushigi Zukan (日语不可思议图鉴)》(大修馆书店,2006)、《Bonno-no Bunpo―Taiken-o Katari-tagaru Hitobito-no Yokuboo-ga Nihongo-no Bunpo Shisutemu-o Yusaburu Hanashi (烦恼的语法―人们想谈体验的欲望会动摇日语的语法体系)》(筑摩新书,2008)等等。

地域語の経済と社会 第143回 鹿児島市の「キャンセビル」と「よかセンター」

2011年 3月 26日 土曜日 筆者: 日高 貢一郎

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第143回 「鹿児島市の「キャンセビル」と「よかセンター」」

 鹿児島に行ってきました。つい先日3月12日に九州新幹線が全線開業し、新大阪駅から終点の鹿児島中央駅まで最速3時間45分で行けるほど時間距離が縮まりました。が、おりしも東日本を襲った巨大地震の直後だけに、予定されていた祝賀行事などはなく、静かなスタートになったということです。

【写真1 キャンセビル入り口のプレート】
【写真1 キャンセビル入り口のプレート】

 その鹿児島中央駅東口のすぐ前に、スーパー「ダイエー」などが入っているビルがあり、その名を「キャンセビル」という由。一瞬「一体これは何語だろうか?」と思いましたが、実はこれ、鹿児島の方言にちなんだ名前だとのこと。

 鹿児島では「キバイヤンセ」〔気張りなさい、元気で頑張りなさい〕のように、「~シヤンセ」は、相手にやさしく〔~しなさい〕と勧めるときに使う敬語表現です。「キャンセ」は「来ヤンセ」をもじったもので、〔どうぞおいでください、いらっしゃい〕と呼びかけています。このビルは、駅前再開発によって、平成11年6月に完成。名前は1200点もの応募作の中から選ばれたのだそうです。

 またこのビルの7・8階には「よかセンター」があります。正式な名称は、鹿児島市長を理事長とする「財団法人 鹿児島市中小企業勤労者福祉サービスセンター」が運営する「鹿児島市勤労者交流センター」といい、「よかセンター」はその愛称(鹿児島方言でいうとシコナ(醜名)=ニックネーム)です。

【写真2 「よかセンター」の案内掲示】
【写真2 「よかセンター」の案内掲示】
(クリックで画像の全体を表示します)

 ここには、体育館やトレーニングルームなどの運動施設、多目的ホールや会議室・和室・創作室などの文化施設があり、くつろいだ雰囲気の中で雑誌や新聞を読めるサロン、囲碁・将棋を楽しめる娯楽室なども備えています。駅のすぐ前という非常に便利なところにあり、使用料も安く、市民に盛んに利用されています。

 「よか」は言うまでもなく、九州方言を代表する、「高か、安か、速か、楽しか、…」のように語尾が「~か」で終わる、いわゆる「カ語尾」の形容詞で、〔良い〕という意味ですが、もちろん「余暇」を有効に活用して充実した毎日を過ごそうという意味も含まれています。鹿児島市役所のホームページにも、この施設は「勤労者の余暇活用の充実と相互の交流を促進するために設置したもので……」とあります。

 以前、この連載の第13回で「方言名の公共施設」を取り上げ、青森駅前のビル「アウガ」〔会おうよ〕と、その中に入っている青森市の男女共同参画プラザ「カダール」〔仲間になる、語る〕を紹介しましたが、この鹿児島市の例も、期せずしてまったく同様の発想で命名されており、日本の北と南で同じようなネーミングが行われているその偶然の一致が、非常におもしろく思われます。

* * *

◆この連載を続けてお読みになる方は
「地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―」アーカイブへ

◆記事のタイトルからお探しになる方は
「地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―」目次へ

【筆者プロフィール】

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
 井上史雄大橋敦夫田中宣廣日高貢一郎山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

日高貢一郎(ひだか・こういちろう)
 大分大学 教育福祉科学部 教授(国語学・方言学) 宮崎県出身。これまであまり他の研究者が取り上げなかったような分野やテーマを開拓したいと、“すき間産業のフロンティア”をめざす。「マスコミにおける方言の実態」(1986)、「宮崎県における方言グッズ」(1991)、「「~されてください」考」(1996)、「方言の有効活用」(1996)、「医療・福祉と方言学」(2002)、「方言によるネーミング」(2005)、「福祉社会と方言の役割」(2007)など。

* * *

【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載の始まりです。

* * *

この連載への質問、また「ここでこんな方言みやげ・グッズを見た」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「地域語の経済と社会」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。

人名用漢字の新字旧字:人名用漢字の源流(最終回)

2011年 3月 24日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

人名用漢字の源流(最終回)

(第5回からつづく)

今月24日に『新しい常用漢字と人名用漢字』が発売されます。出版記念と言っては何ですが、第1章「常用漢字と人名用漢字の歴史」の内容を要約したり、あるいはちょっと脱線してみたりしながら、人名用漢字の源流を全6回で追ってみたいと思います。

戸籍法第50条改正案の顛末

人名用漢字別表の内閣告示に際しても、衆議院法務委員会は、まだ戸籍法第50条改正案に固執していました。そして、昭和26年6月5日の衆議院議院運営委員会で反撃に出ます。憲法第59条により、参議院送付後60日間が過ぎれば、衆議院で再可決をおこなうことで、法律を通過させることができます。いくら参議院が審議未了で廃案を狙っていたとしても、衆議院が3分の2以上の賛成で再可決すれば、戸籍法第50条改正案は成立してしまうのです。戸籍法第50条が改正されてしまえば、当用漢字表も人名用漢字別表も関係なく、子供の名づけにどんな漢字でも使えるようになってしまいます。

第五十条    子の名には、常用平易な文字を用いなければならない。
   常用平易な文字の範囲は、命令でこれを定める。
   市町村長は、出生の届出において子の名に前項の範囲外の文字を用いてある場合には、届出人に対してその旨を注意することができる。但し、届出人がこれに従わなくともその届出を受理しなければならない。

議院運営委員会の決定に驚いた文部事務次官の日高第四郎は、即座に、官房副長官で元国語審議会委員の剱木亨弘に泣きつきました。剱木は、昭和26年6月5日のその日のことを、のちにこう回想しています(『西日本新聞』昭和61年5月14日朝刊5頁)。

日高次官の話を聞いた私は「いまとなってはどうしようもない」とは思ったが、文部省を見殺しにもできない。最後の努力をしてみようと、自由党国会対策委員長の小沢佐重喜先生のところへ走った。衆院本会議が開会される直前だった。
「先生、戸籍法一部改正案の上程を何とか取りやめて下さい。これが成立すると文部省の国語政策は根本から崩れます。当用漢字制度の危機です」
「君、もうだめだ、全会一致で可決することに決まっている」
と、とりつくしまもない。私は、とっさに「剱木亨弘」の名刺を差し出して「私の名前をお読みいただけますか。読めたら引きさがります」とつけ加えた。
「ケンノキ、は分かる」「いや下の名前です」「分からんなあ」―ここまで問答が進んだところで、私は開き直った。
「私の父がつけた名前ですが、今日まで一度も正確に読んでもらったことがありません。改正案は、子供の名前をつけるのは親の基本的人権だという理由ですが、子供の人権はだれが守ってくれるのですか。人が読めもしない名前を親の勝手でつけていいものでしょうか。子供の人権こそ国が守ってやるべきです。私の名前は“としひろ”です。亨(とおる)をもじって“とし”と読むのです」と言って、可決阻止をお願いした。
小沢先生が各党の了解をとり、法案の本会議上程中止が決まった時は、もう開会のベルが鳴っていた。危機一髪。「亨弘」の名刺が当用漢字を守った。

戸籍法第50条改正案は、審議未了で廃案となりました。出生届に書ける漢字は、当用漢字表と人名用漢字別表に限定されたままとなりました。子供の名づけに対する漢字制限は、こうして死守されたのです。

それから60年、時代の波に翻弄されて、人名用漢字はどんどん変化していきました。人名用漢字はどのような原因でどう変化していったのか。そして人名用漢字は日本の社会にどういう影響を及ぼしていったのか。それらについては、ぜひ『新しい常用漢字と人名用漢字』を御一読ください。


【筆者プロフィール】
安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。
京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)、『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。
http://slashdot.jp/~yasuoka/journal で、断続的に「日記」を更新中。

漢字の現在:位相表記の現在

2011年 3月 22日 火曜日 筆者: 笹原 宏之

漢字の現在 第88回 位相表記の現在

 中国の湖南省南部に伝わる「女文字」(女書)についての意義深い集いに、先日うかがった。その地では、以前、若い娘たちが義理の姉妹となる約束をして、彼女たちの間で通じる独特の表音文字を用いていた。中国語の方言を記し、生活上の苦しみ、別れの辛さなどを女性同士で伝え合ったものだ。漢字に由来するものもあるが、刺繍に適したような菱形の個性的な文字であり、70年以上前に祖母(清朝末期の生まれであろう)から指でその文字を教わり、木の棒で地面に書いて覚えた、という事実上最後の伝承者の女性の肉筆を拝見した。そこに込められた思いの一端に触れられたような気がした。

 だいぶ環境は異なるが日本でも、女子には友達と数人のグループを形成する傾向がうかがえる。そこでは独特な文字・表記が発達しがちである。「へ」に「〃」を貫く平仮名は、第54回に触れたように、すでに戦前から女学校で書かれていたそうだ。

 二人で一つ、というほど仲良しな様子をお互いに確認し、それを表明するために、
  2娘1
と書いて「にこいち」と読ませることが流行していると、愛知の女子学生たちが言う。「娘」を「こ」と読ませるのは意外と古くからあり「訓読み」といえなくもないが、それをうまく取り入れている。人数に合わせて「3娘1」で「さんこいち」というものもあるそうで、プリクラにも記されるとのことだ。

 これも以前、少なくとも首都圏辺りでは「02娘01」と、一見不要な「0」が添えられていた。しかも、「0」の中にスラッシュのような斜線(/や\)が書き込まれていて、いかにもコンピューターの時代という趣があった。しかし、局地的に、あるいは全国的に、この「0」はなくなる方向に変わってきたのだろうか。よく書かれるうちに筆記経済が求められた可能性がある。

 このようなものに地域差が現実にあるとすると、その原因は何に求められるだろう。こうした表記の発信源の一つであるファッション雑誌『Hana*chu→』(ハナチュー)の売れ行きに、地域によって差があるのだろうか。あるいは、プリクラの機種に地区による違いがあり、初めから搭載されている表記法に違いがあって、機械的な制約が使用表記に影響を与えているのかなど、検証してみたくなってくる。

 「バイ2」「いろ2」「毎日2」など、繰り返し記号の働きを代行する「2乗マーク」は、1984年に、歌手の小泉今日子のロゴマークとして現れた「Kyon2」から、一気に若年層やマスメディアに広まったものであった。これに関しては、都内の女子大学の職に就いた時に、その記録の意味も込めてひっそりと文章にしたことがあった。これはその後、「いろ×2」、「いろ②」などと進化を遂げ、近年ではやはりスラッシュ入りの「0」の形で、「いろ02」のように姿を変えていた。

 鉛筆やシャープペンシルではなく、インクを使ったペンで字を書いている時、人はどうしても書き間違いを起こす。その字を直す際に、修正テープなどがなかったり、急いでいたりすると、男子はグシャグシャに黒く塗りつぶしがちだ。古来、誤った字を修正する時に行われてきた方法である。二本線などで消す「見せ消ち」のようなことも行われている。

 女子は、友達への手紙の類であれば、その形態に装飾性を帯びさせることが多い。まずは線で上から長細めの●(黒丸)を作るように抹消する。ただ、丁寧な円形ではなくギザギザした粗い横線の集合である。ここまでは昔とそう変わらない。その後に、その塗抹の上か下に、まん丸の目玉を2つ描き添えて、ミノムシや毛虫のようなものに仕上げる。そうすると、汚い書き損じも、かわいらしく感じられるようになるそうだ。むろん古書の書蠹(しょと 紙魚:しみ)や虫損(ちゅうそん)など縁のない層だ。それに各々で名前を付けてあげている人たちもいる。○印や×印にさえなかなか名称を定着させない韓国とは、そうした符号類への思い入れ方が違っているのだろう。

 このミノムシ風の抹消方法もまた、愛知県辺りでも共通なのだそうだ。ただ、首都圏内でしばしば現れる東京ディズニーランドのミッキーマウスのようにはあまり仕立て上げないようだ。見たことのないカニの姿に仕上げたものなど、独特な形が新鮮に映った。

 このように位相表記にも、地域差や時代差がある。アラビア数字や記号など、国語科の規範の希薄な位相的な表記だからこそ、漢字などよりも一層移ろいやすいのであろう。

* * *

◆この連載を続けてお読みになる方は⇒「漢字の現在」アーカイブへ

◆記事のタイトルからお探しになる方は⇒「漢字の現在」目次へ

【筆者プロフィール】

『国字の位相と展開』笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
 早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)などがある。最新刊は2010年10月に発売、“漢字の現在”を映し出す『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)

* * *

【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「位相表記の地域差」でした。

この連載への質問、また「ここでこんな字が使われていた」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「漢字の現在」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。

人名用漢字の新字旧字:人名用漢字の源流(第5回)

2011年 3月 21日 月曜日 筆者: 安岡 孝一

人名用漢字の源流(第5回)

(第4回からつづく)

今月24日に『新しい常用漢字と人名用漢字』が発売されます。出版記念と言っては何ですが、第1章「常用漢字と人名用漢字の歴史」の内容を要約したり、あるいはちょっと脱線してみたりしながら、人名用漢字の源流を全6回で追ってみたいと思います。

人名用漢字別表の内閣告示

国語審議会は、昭和26年3月13日に固有名詞部会を発足させ、子供の名づけに使える漢字の審議を始めていました。子供の名づけに対する漢字制限を緩和することで、戸籍法第50条が骨抜きにされてしまうのを防ごうとしたのです。一方、参議院議員で元国語審議会委員の山本勇造は、参議院文部委員会を動かし、衆議院から送付された戸籍法第50条改正案に関して、参議院法務委員会に連合審査を承諾させました。連合審査となれば、法務委員会だけで本会議への上程を決めることができず、審議未了で廃案にできる可能性が高くなったのです。

固有名詞部会は『標準名づけ読本』(第1回参照)の500字をチェックし、 500字のうち75字が当用漢字に含まれていないことを確認しました。そして、この75字に17字を加えた92字を、追加すべき人名用漢字として国語審議会に報告しました。これを受けて、国語審議会は昭和26年5月14日、人名漢字に関する建議を発表しました。

国語審議会は、漢字に関する根本政策に基き、人名に用いる漢字について、次のことを建議する。子の名にはできるだけ常用平易な文字を用いることが理想である。その意味から子の名に用いる漢字は当用漢字によることが望ましい。しかしながら、子の名の文字には社会習慣や特殊事情もあるので、現在のところなお、当用漢字表以外に若干の漢字を用いるのはやむを得ないと考える。国語審議会では、この見地から、従来人名に使われることの多かった漢字を資料として審議し、慎重に検討を加えた結果、別紙に掲げる程度の漢字は当用漢字以外に人名に用いてもさしつかえないと認めた。この問題は国語政策に及ぼす影響がすこぶる大きいので、その点じゅうぶんに考慮し、善処されることを要望する。

jimmei5.png

人名用漢字92字は、5月21日の次官会議に持ち込まれ、さらに5月22日の閣議で了承されました。そして、昭和26年5月25日、人名用漢字別表92字は内閣告示されました。同じ日に戸籍法施行規則も改正され、子供の名づけに使える漢字は、当用漢字表に加えて人名用漢字別表92字もOKとなったのです。

(最終回「戸籍法第50条改正案の顛末」につづく)


【筆者プロフィール】
安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。
京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)、『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。
http://slashdot.jp/~yasuoka/journal で、断続的に「日記」を更新中。

An Unofficial Guide for Japanese Characters 52

2011年 3月 20日 日曜日 筆者: SADANOBU Toshiyuki

<< An Unofficial Guide for Japanese Characters 51

From “high” to “low”? (Part II)

A ship called the Ejima Maru is headed from Yohohama to Seattle. On board, Mrs. Tagawa and Yoko Satsuki meet as “superior” and “inferior” respectively. However, over the course of the long sea voyage, Yoko’s overwhelming beauty is gradually perceived by the others, and buoys her status in place of reputation and learnedness, which are meaningless in the absence of the external world. These are the events of Takeo Arishima’s novel “Aru Onna” that we covered previously.

Superimposed on Yoko’s rise in status from “low” to “high,” these events as depicted by Takeo Arishima, must have been very painful for Mrs. Tagawa, who was originally in the “superior” position.

After returning to Japan, Yoko’s life is turned upside-down by a report in a certain newspaper. This was instigated by Mrs. Tagawa; in other words, after their return to Japan, Mrs. Tagawa tries to destroy Yoko and is clearly her enemy. This shows how much Mrs. Tagawa has come to hate Yoko, and it all started with that change of status that occurred on the boat.

While the boarding plank was still connected to the Ejima Maru at Yokohama, Mrs. Tagawa had been the focus of attention, but next to Yoko, who seemed to be a mermaid given life by the ocean air itself, all of Mrs. Tagawa’s grave competence—her reputation, her career, her scholarship, her seniority—made her seem stiff and old-fashioned; she gave an impression of empty grandeur, like a vacated Shinto shrine that had no object of worship. Apparently Mrs. Tagawa woman’s intuition quickly picked up on this. She heard nothing but rumors about Yoko, and people’s esteem for Mrs. Tagawa herself began to wane. Even Dr. Tagawa seemed to forget about his own wife’s existence—or at least there were times when she thought this. Yoko also got a quick glimpse of Dr. and Mrs. Tagawa sitting across from each other at a table in the dining-room, glancing at one and other like two strangers. Mrs. Tagawa’s attitude underwent a sudden change, despite the fact that she had been treating Yoko like her own daughter. Her feelings of cynical feminine jealously could be clearly read on her face: how dare you ensnare people from behind that mask of yours. However, Mrs. Tagawa had no real choices other than to swallow her anger and either lower herself to Yoko’s level, or elevate Yoko to her own level. Her treatment of Yoko changed direction drastically. Yoko pretended not to notice and let Mrs. Tagawa do as she pleased. She knew from the beginning that Mrs. Tagawa’s hasty actions would be Mrs. Tagawa’s own downfall, and were a convenient stroke of luck for Youko. As she expected, by compromising Mrs. Tagawa did not gain any added sympathy or respect, and her influence declined more and more; before she knew it, Yoko’s position was so elevated that it did not seem at all strange for her to address Mrs. Tagawa as an equal. Thus diminished in stature, Mrs. Tagawa became upset in a manner quite unbecoming of her age. She would treat Yoko with unnerving kindness and gentleness, speak in sarcastically over-polite language, or suddenly treat those around her with remarkable iciness. Like a snake charmer witnessing the writhing throes of a dying snake, Yoko watched Mrs. Tagawa’s inner conflict with cool detachment.

[ARISHIMA Takeo “Aru Onna” 1911–1913.]
Editor’s note: emphasis removed.

What did you think? Did you feel your heart freeze? Women are scary.

What about the phrase that described how Mrs. Tagawa’s “attitude underwent a sudden change?” She should have been able to just change her attitude in response to the changing situation, i.e. the rise in Yoko’s status. Why couldn’t she?

The answer, of course, is character. Precisely because Mrs. Tagawa’s “superior” attitude towards Yoko was a matter of character, not style, she could not easily retract her “superior” character.

Why is there no demotion for Yokozuna(1) ranked wrestlers in professional sumo? Why can they only be forced to sit out tournaments or retire?

This is because among sumo wrestlers, the Yokozuna is the ultimate “superior.” If a Yokozuna became weak, thus changing his character, and started bowing and scraping to the Komusubi(2), it would be unseemly; no one would want to watch that.

* * *

(1) The highest rank in professional sumo.
(2) The fourth-highest rank in professional sumo.

An Unofficial Guide for Japanese Characters 53 >>

author

Bonnou no Bunpou: Taikien o Kataritagaru Hitobito no Yokubou ga Nihongo no Bunpou System o Yusaburu Hanashi (The Grammar of Earthly Desires: How Our Desire to Narrate Daily Experiences Shape Japanese Grammatical Systems)Toshiyuki SADANOBU.
Professor of Linguistics at Kobe University. Ph.D.: Kyoto University, 1998. Research Interests: Personal Experience in Grammar and Communication.
Selected Publications:
(1) Bonnou no Bunpou: Taikien o Kataritagaru Hitobito no Yokubou ga Nihongo no Bunpou System o Yusaburu Hanashi (The Grammar of Earthly Desires: How Our Desire to Narrate Daily Experiences Shape Japanese Grammatical Systems). Tokyo: Chikumashobo, 2008;
(2) Sasayaku Koibito, Rikimu Repootaa: Kuchi no naka no Bunka (Whispering Lovers and Creaking Reporters: Culture in Our Mouth). Tokyo: Iwanami, 2005;
(3) Ninchi Gengoron (A Cognitive Study of Language). Tokyo: Taishukan, 2000.
URL:http://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

角色大世界――日本 52

2011年 3月 20日 日曜日 筆者: 定延利之(中文)

<< 角色大世界――日本 51

由上到下?(下)

从横滨开往西雅图的“绘岛丸”号船。在那里,田川夫人作为“地位高的人”,早月叶子作为“地位低的人” 完成了相遇。但是,在长时间的船上生活中,叶子那压倒群芳的美貌,代替了与外界没有联系就毫无意义的身份、学历等,渐渐抓住了人们的心,使叶子的地位高了起来。上节介绍了有岛武郎的《一个女人》中的这一部分。

与此相叠有岛武郎又描写了叶子由“下”到“上”地位的上升,对于本来地位在上的田川夫人来说是多么痛苦的一件事。

归国后,叶子的生活因一个报纸报导乱作一团。这都“归功于”田川夫人的暗中唆使,就是说归国以后的田川夫人成为要搞倒叶子的明显敌人。让田川夫人如此记恨叶子的一切原因就是在船上地位的变化。

绘岛丸与横滨栈桥还连在一起时,处在人们注目中心的田川夫人,现在站在就像呼吸到大海洋的空气苏醒过来的美人鱼一样的叶子旁边,她那些身份、阅历、学识、年龄等富丽堂皇的资格,结果反而把她镶在了一个坚硬破旧的框框里,让人感觉她只是像没有神体的空虚宫殿一样空有庄严毫无趣味。来自于女人本能的敏锐似乎马上使田川夫人觉察到了这一切。传到夫人耳边的都是关于叶子的话题,对于夫人自身的评价却眼看着淡了下去。时不时的甚至连田川博士也做出似乎忘记了她的存在的举止,让夫人有这种感觉的事情也是有的。对坐于餐厅餐桌两侧的夫妻二人像陌生人一样相互窃视对方的举动被叶子马上看在眼里的事情也有发生。虽说如此,至今为止像对待自己的孩子一样对待叶子的田川夫人,现在已经很难做出郑重礼貌的态度了。竟然带着面具把人往陷阱里推! 女人的这种扭曲的嫉妒与乖僻明显地表现在夫人的脸上。但是到了实际做起来,虽感懊恼也要压住火气,只能把自己的地位降到和叶子一样,或是把叶子的地位提高到和自己一样。夫人对叶子的做法有了一百八十度的不同。叶子却装作不知任由夫人去做。因为叶子知道田川夫人这种慌乱的举措对她有着致命的不利,而对自己却是一件好事。不出所料,田川夫人的这种让步,不但并没有给她增加什么同情或是尊敬,而且其气势反而越来越低,叶子不知什么时候使自己提高到了和田川夫人对等交谈也不会让人觉得奇怪的地位。走了下坡路的田中夫人言行变得与其年龄不相称的杂乱无章。时而对叶子温柔亲切得让人觉得可怕,时而又像讽刺似的过分礼貌地和叶子说话,或是突然对待叶子又装出像对待路人一样疏远冷淡。叶子就像观望奄奄一息的蛇在痛苦打滚的耍蛇人一样,冷冷嘲笑田川夫人的同时,又看出了她心中的纠葛。

[有岛武郎《一个女人》1911-1913.]
编辑部注:原文的着重点符号省略

怎么样? 心中感到丝丝冷意了吧! 女人,真可怕呀!

但是,田川夫人为什么“现在已经很难做出郑重礼貌的态度了”呢? 状况变了叶子的地位升高了,那么,与此相应的改变应对方式应该可以,可是为什么她会做不到并感到为难呢?

答案是角色形象。田川夫人至今以“上位”身份来对待叶子,这“上位”不是方式(样式)问题而是角色形象问题,正因如此夫人没那么容易收回自己的“上位”角色形象。

什么? 日本相扑的横纲为什么没有降级,而只有不出场后退役?

横纲是相扑力士中地位最高的,虽说实力已经下降了,但是如果对比自己地位低的小结等力士费神在意点头哈腰,产生角色形象变化,就非常的不体面,这种事情难道不是大家不想看到的吗?

角色大世界――日本 53 >>

author

《烦恼的语法―人们想谈体验的欲望会动摇日语的语法体系》(筑摩新书,2008)定延利之(SADANOBU, Tosiyuki)
神户大学大学院国际文化学研究科教授。文学博士。
专业:语言学、交际学。现在正在进行的课题:《与人物形象相应的音声语法》的研究、《以日语、英语和汉语对照为基础,制定有益于日语音声语言教育的基础资料》。
著作:《Ninchi Gengoron (认知语言论)》(大修馆书店,2000)、《Sasayaku Koibito、Rikimu Repotaa―Kuchi-no-naka-no Bunka (喃喃细语的恋人、用力说话的报告人―口中的文化)》(岩波书店,2005)、《Nihongo Fushigi Zukan (日语不可思议图鉴)》(大修馆书店,2006)、《Bonno-no Bunpo―Taiken-o Katari-tagaru Hitobito-no Yokuboo-ga Nihongo-no Bunpo Shisutemu-o Yusaburu Hanashi (烦恼的语法―人们想谈体验的欲望会动摇日语的语法体系)》(筑摩新书,2008)等等。

地域語の経済と社会 第142回 勧誘表現「らっしぇ」「らっせ」の方言差

2011年 3月 19日 土曜日 筆者: 井上 史雄

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第142回「勧誘表現「らっしぇ」「らっせ」の方言差」
Dialectal differences of Solicitation expressions “rasshe” & “rasse”

 人に誘いかける言い方は、方言差が豊かでした。今は使われなくなったその勧誘表現が、新たな価値を持って、商品名や施設の名などに使われています。

 伊豆半島の稲取温泉には、「くわっせ」というお菓子があります。「食べなさい」の意味です。一方この地域のパンフレットなどでは「こらっしぇ」という言い方が使われます。インターネットのGoogle mapで検索すると、稲取温泉の店の宣伝やクチコミ以外に、他の地域でも使われることが分かります【下図参照】。

図 Google mapの「らっしぇ」
【図 Google mapの「らっしぇ」】(画像はクリックで拡大します)

 またGoogle mapでは、似た言い方の「らっせ」「らんしょ」などの分布も分かります。このような表現は、方言集にはあまり出ませんが、インターネットで集められるのです(Google地図の保存方法については、第127回をご覧ください)。

 これまでのシリーズでも、第13回第143回で東北や九州の施設で似た発想の方言が使われていることが指摘されています。また第39,44,49,54,59,64,69回で扱われた各地の「もてなしの方言」にも、似た表現が混じっています。

 商品名やクチコミの用例でなく、店名施設名として確立した勧誘表現は、電話帳で分かるはずです。様々なインターネット全国電話帳を見ましたが、Yahoo電話帳http://phonebook.yahoo.co.jp/が便利で、全国の店名が一覧できます。

 「らっしぇ」を使っている施設名は、福島県の一つでした。
   JA会津みなみ藤の郷直売所よらっしぇ

 それにひきかえ、「らっせ」は、あちこちの施設で使われています。「道の駅 らっせぃみさと そばの郷」は、岐阜県恵那市三郷町にあります(ホームページhttp://www.rassei.com/)。

 他に以下の店が見つかりました。
   宇都宮餃子「来らっせ」【池袋餃子スタジアム】
   こらっせ新庄(山形県)

 インターネットを使うと全国(ときには全世界)の様子が分かります。これは面としての情報で、鳥瞰図にあたります。研究者が偶然目にする、または足を運んで確かめるという調査法は、点としての情報で虫瞰図と言えます。

 今回の東日本大震災の津波被害は、立体航空写真の撮影技術を持った民間機と自衛隊機と自治体が連携すれば、被害の様子が全地域総なめで分かるはずです。これも鳥瞰図のレベルの情報です。

* * *

◆この連載を続けてお読みになる方は
「地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―」アーカイブへ

◆記事のタイトルからお探しになる方は
「地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―」目次へ

【筆者プロフィール】

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
 井上史雄大橋敦夫田中宣廣日高貢一郎山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

『社会方言学論考―新方言の基盤』『日本語ウォッチング』井上史雄(いのうえ・ふみお)
明海大学外国語学部教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。
履歴・業績 http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/
英語論文 http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/ 
「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『日本語ウォッチング』(岩波新書)『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語の値段』(大修館)、『言語楽さんぽ』『計量的方言区画』『社会方言学論考―新方言の基盤』(以上、明治書院)、『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)などがある。

* * *

【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載の始まりです。

* * *

この連載への質問、また「ここでこんな方言みやげ・グッズを見た」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「地域語の経済と社会」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。

人名用漢字の新字旧字:人名用漢字の源流(第4回)

2011年 3月 18日 金曜日 筆者: 安岡 孝一

人名用漢字の源流(第4回)

(第3回からつづく)

今月24日に『新しい常用漢字と人名用漢字』が発売されます。出版記念と言っては何ですが、第1章「常用漢字と人名用漢字の歴史」の内容を要約したり、あるいはちょっと脱線してみたりしながら、人名用漢字の源流を全6回で追ってみたいと思います。

衆議院の戸籍法第50条改正案

昭和26年2月6日、衆議院予算委員会において、子供の名づけに対する漢字制限の問題を、川端佳夫議員が天野貞祐文部大臣に問いただしました。子供の名づけに使える漢字が、当用漢字1850字だけでは不十分なので、これを緩和する考えはないか、と詰め寄ったのです。この質問に対し天野大臣は、「名前についてはいかにもおっしゃる通りで、私もあれではどうかという考えを持っておりますので、これもよく研究してもらって何とか緩和しなければいけないという考えを実は持っております。」と答えてしまいました。

翌2月7日、眞鍋勝を中心とする13人の議員は、戸籍法の一部を改正する法律案を起草すべく、立法理由書を国会に提出しました。

常用平易な文字の問題は今や改正に着手すべき時期に達したと思う。子供の名につける常用平易な文字の範囲を国語審議会の定めた当用漢字の範囲と同じと断定したことは軽卒である。両者の範囲を同一と誤認し、当用漢字を国民に強制することによって、国民は多大の迷惑を受けている。たとえば無名、無籍の日本人が出現したり、戸籍事務担当者が54字を増加することを協議したり、同名異人が各地に現われたりしている。文部大臣が名につける漢字の緩和を答弁しているのは時宜に適している。

この立法理由書を受けて2月22日、衆議院法務委員会のもとで、戸籍法改正に関する小委員会が発足しました。これにあわてたのは国語審議会です。3月2日の部会長会議で衆議院法務委員会の動きを知った土岐善麿国語審議会会長は、副会長の宮沢俊義とともに、法務委員会に対して、拙速な審議をおこなわないよう申し入れをおこないました。しかし法務委員会は、この申し入れを無視し、戸籍法第50条を改正する法案を3月27日に仮決定しました。これに対し、3月29日に衆議院文部委員会が連合審査を申し入れましたが、法務委員会はこれを拒否、法案を3月30日の本会議にかけることを決定します。

第五十条    子の名には、常用平易な文字を用いなければならない。
   常用平易な文字の範囲は、命令でこれを定める。
   市町村長は、出生の届出において子の名に前項の範囲外の文字を用いてある場合には、届出人に対してその旨を注意することができる。但し、届出人がこれに従わなくともその届出を受理しなければならない。

この法案は、子供の名づけに対する漢字制限を、事実上、骨抜きにするものでした。昭和26年3月30日の衆議院本会議では、この戸籍法第50条改正案は全会一致で可決、参議院に送付されたのです。

(第5回「人名用漢字別表の内閣告示」につづく)


【筆者プロフィール】
安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。
京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)、『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。
http://slashdot.jp/~yasuoka/journal で、断続的に「日記」を更新中。

次のページ »