地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第141回 田中宣廣さん:『いちびり精神』による天保山登頂記

筆者:
2011年3月12日

「日本一の山」はどこか? の質問に,多くの人は「日本一『高い』山」(また『美しい』)の意で「富士山」と答えるでしょう(80歳以上では,つい新高山と言うかも……)。

それでは皆さん,「日本一『低い』山」はご存知でしょうか?テレビその他で取り上げられて意外と有名です。大阪市港区の「天保山(てんぽうざん)」で,現在の標高は4.53mです。(「現在の~」というのは,以前の高さから削られたり地盤沈下で低くなったからです)

天保山の頂上には「二等三角点」【写真1】が設置されていて法的に「山」なのです。「山岳会」もありますし,万一に備えて「山岳救助隊」も編成されています。

(画像はクリックで拡大します)

【写真1】上:天保山山頂
(中央の四角形表示が三角点)
下:植え込みの中にある看板

私も先頃,長年の念願叶って登頂に成功しました。また,山岳会より「登山証明書」【写真2】の発行を受けました。この証明書が,大阪方言の方言グッズになっています。後半に「よって,その快挙を称えあなたを「いちびり精神」の持ち主であることを証明します。」とあり,天保山登山=いちびり精神の持ち主=の証明となっています。

【写真2 天保山「登山証明書」】
【写真2】天保山「登山証明書」

「いちびり」について山岳会の橋本会長から「大阪弁で,ふざけて,はしゃぎまわる という意味です」とのご教示を戴きました。あり得ないと分かっていても,それをあえて受け入れることのユーモアを楽しむ心です。大阪方言の言語行動の思想的基軸をなすとも言えましょう。インターネット検索でヒット件数,約354,000件でした。

天保山は,上で紹介した標高で,全体が公園です【写真3】。一般に理解される山の遭難もほぼありません。そこを『山』として楽しむのが,この場合の「いちびり」です。

【写真3 天保山公園の山頂付近;赤矢印の先が「写真1」の山頂,左のオベリスク様の塔は明治天皇行幸記念碑】
【写真3】天保山公園の山頂付近
赤矢印の先が「写真1」の山頂,
左のオベリスク様の塔は
明治天皇行幸記念碑

私も,登山証明書発行申請書では,一行を「登山隊」,宿泊ホテルを「ベースキャンプ」,安倍川の対岸からの大阪市営渡船の天保山渡船場を「ファイナルキャンプ」,三角点まで歩くのを「頂上アタック」などと,登山用語を使いました。登山隊員の一人(長女)が,旅行後に少し熱を出したのは「低山病」(高山病でなく)と書いたりしました。山岳会からの添え状も,「田中登山隊様」(「登山隊」は印刷)の宛名で,別に「下山後の苦難の数々……涙なくしてお便り拝見できませんでした」とのお手紙も戴きました。

《付記》
 天保山山岳会より,登山証明書発行時に本文に示したご教示を賜りました。ここに記して感謝の意を表します。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 田中 宣廣(たなか・のぶひろ)

岩手県立大学 宮古短期大学部 図書館長 教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,地域の自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『近代日本方言資料[郡誌編]』全8巻(共編著,港の人)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。『Marquis Who’s Who in the World』(マークイズ世界著名人名鑑)掲載。

『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。