談話研究室にようこそ

第1回 テクストの博物誌に向けて(その1)

筆者:
2011年4月21日

談話研究室へようこそ。ですが……,まずはモグラの話から。

モグラはどんな姿をしているでしょうか。サングラスにヘルメットとツルハシというのを漫画でよく見かけますが,現実のモグラはもう少し身軽ななりをしています。こんな感じ(↓)です。

その特徴を列挙してみます。

(1)a. 前肢は短いがその手掌は大きく,太く長い爪を備える
b. 目が退化している
c. 頭部では鼻が目立つ
d. 皮膚は分厚く,毛皮はもこもことした感じ
e. いきなり地上に出ると脱糞してしまうことがある

スミマセン,少し調子に乗ってしまいました。(1e)は忘れてください。(その昔,村上たかしの『ナマケモノが見てた』という漫画で読んだのですが……)

モグラは非常に特徴的な形態をしています。その生息環境に適合した無駄のないかたちと言えるでしょう。

大きく強い爪をもった前肢は,土を掘るのに適しています。短い脚は狭いトンネル内を方向転換しないで前後に行き来するのに便利です。

光の届かない地中で生息するため目は退化し,多くの種では皮膚におおわれています。視力を持たなくてもよいのなら,いっそのこと眼裂(瞼の部分)はないほうが,異物が入る心配がなくよいのかもしれません。このあたり,弱いながらも光が存在する夜間に行動する動物――弱い光を集め込むためにたいてい大きな目をしている――と異なります。

敏感な鼻は,モグラ特有のアイマー器官という感覚器を備え,暗いトンネルの壁から這い出たミミズなどの小動物の微弱な動きを察知して捕食するのに役立ちます。

分厚い皮膚は地中をはいずりまわる際に体を保護し,毛皮がもこもこふんわりとした印象を与えるのは,ほかの多くの動物とは異なり,毛が皮膚から垂直に生えているためです。モグラはトンネル内を後ろ向きに進むことも多いので,その際の抵抗を考えたときこのような毛のつき方が都合よいのです。(川田伸一郎『モグラ博士のモグラの話』岩波書店, 2009)。

一言でいえば,モグラは必然を備えた形態をしています。これは自然のことわりとでも呼ぶべきもので,なにもモグラに限ったことではありません。チョウの口が花の蜜を吸いやすいように長いストロー状になっているとか,フクロウの羽根が敏感な小動物に察知されずに近づけるように風切り音を立てない構造になっているとか,そういったことは当該の種が存続する確率を高めています。

生物の特徴的なかたちには理由があるのです。自然は必然を育む。格言的にまとめるとそう言えるかもしれません。

さて,自然の風物を観察した記録を博物誌と呼びますが,ここで行ったモグラに関する博物誌的(?)記述には必然の裏付けがありました。形態的特徴にはしばしば生態上の理由が備わるわけです。

そこで,同様のアプローチがことばに対してできないかと考えました。ことばの産物であるテクスト――コミュニケーションに用いられたことばの実例を,それが書かれたものであれ話されたものであれ,ここではテクストと呼びます――の形態にも,そのテクストが用いられる意図や環境から来る必然が見いだせないだろうか。つまり,私たちが日ごろ用いるさまざまなことばの例は,あるべくして当該の形式を持っているのではないだろうか。とすれば,テクスト分析の新たな見方を提示できるかもしれない。

「テクストの博物誌に向けて」というこの連載の副題にはそのような意図が込められています。はたしてこの試みが理にかなったものかどうか考えるために,もう少し,モグラとことばの共通性について考えてみましょう。

筆者プロフィール

山口 治彦 ( やまぐち・はるひこ)

神戸市外国語大学英米学科教授。

専門は英語学および言語学(談話分析・語用論・文体論)。発話の状況がことばの形式や情報提示の方法に与える影響に関心があり,テクスト分析や引用・話法の研究を中心課題としている。

著書に『語りのレトリック』(海鳴社,1998),『明晰な引用,しなやかな引用』(くろしお出版,2009)などがある。

『明晰な引用,しなやかな引用』(くろしお出版)

 

『語りのレトリック』(海鳴社)

編集部から

雑誌・新聞・テレビや映画、ゲームにアニメ・小説……等々、身近なメディアのテクストを題材に、そのテクストがなぜそのような特徴を有するか分析かつ考察。
「ファッション誌だからこういう表現をするんだ」「呪文だからこんなことになっているんだ」と漠然と納得する前に、なぜ「ファッション誌だから」「呪文だから」なのかに迫ってみる。
そこにきっと何かが見えてくる。