漢字の現在:越の国の漢字
2011年 4月 22日 金曜日 筆者: 笹原 宏之漢字の現在 第92回 越の国の漢字
かつて外務省は、表記法もやや独特な決まりを有し、「ベトナム」 (Việt Nam)を「ヴィエトナム」としていると報道された。「ヴェトナム」は一般にも見られ、内閣告示・訓令の認める範囲にあろう。これは漢字で書けば「越南」であり、日本の新聞などでも、ベトナム訪問は「訪越」、中国とベトナムは「中越」などと省略されることもある。かつての「訪ベト」や「ベ平連」は、漢字離れをした略し方だった。こうした漢字による略記は、日本となじみ深い国であることの証左となる。学生たちは、すでにベトナムのこの1字での略を忘れつつある。国境紛争の記憶も薄れ、新潟の人には新聞見出しの「中越」は、つい新潟中央部の中越地方に見えてしまうと言う。漢字への反応には、国内でも小さめながら地域差がある。
この国名の漢字表記は、「アメリカ」を「亜米利加」と書くの似ているようだが、これは本来、ベトナム人自体が選択した字と語であり、当て字とは言えない。清朝の時代に、阮王朝の皇帝が建国に際して「南越」という国名にしようと中国皇帝にお伺いを立てた。しかし、歴史的な遺恨もあって認められない。そこで、2字の語順を転倒させてやっと公認してもらえたものであった。日本以外の国は、国号をこうして決めてもらうことがあった。朝鮮王朝も、王朝を立てた李氏が「和寧」と「朝鮮」という二つの候補から、明の皇帝に選んでもらったものだった。
ただ、ベトナム人にとっては、むしろ修飾語が後置されるこの語順の方がなじみが持てて、好ましかったのかもしれない。ベトナム社会主義共和国も、
国共和社会主義越南
の順となっている。このうち国だけは固有語で、残りには和製漢語が混ざっている。
「越」は、周の春秋時代まで遡れば、現在の中国は浙江省周辺にあった国の名でもあり、都は会稽、今の浙江省紹興市だが、当時は漢族とはことばが通じなかった。漢代に漢字で音訳された「越人歌」と称するものも残っており、楚との関係も難しいが、タイ系の言語(中国語と同系ともオーストロ・アジア語族とも)をしゃべっていたのではないかともいわれている。ベトナム語は、それに接した西洋人が、かつてシナ・チベット語族の中国語の一方言であると勘違いしたそうだが、オーストロ・アジア語族に属するという説が強く、クメール語と同系となる。
広東省を指す「粤(エツ yue4 ユエ)」とも同音の類義語であり、福建(閩越〈びんえつ〉)などを含めた江南以南の人たちのアイデンティティーとして、「越」は共有されているのだ。「鉞」が当てられることもあり、重要なのはその発音だった。これらのさらに南にある地域であるために「南越」や「越南」と呼ばれるようになったものである。きっと、中国南方航空の待合ロビーにおいては、こうした漢字表記が見られるのだろう。
現地で知り合いになれたチュノムを専門とする研究者の先生から、名刺を頂いた。台湾に知人が多いそうで、名刺の裏面には中国語で、そのまま漢字表記にした中国名(チャイニーズネーム)と、住所として「越南,河内市」「青春區」「阮廌街」などの漢字が印刷されていた。
「臥薪嘗胆」で名を残した越王の勾践や、「呉越同舟」の語を生んだ周の春秋時代の「越」を建国した諸越、百越の中にいたともいわれる民族は、やがて南下しつつ勢力を強め、越族とか京(キン)族と名乗るようになる。ちなみにこの「諸越」を日本で訓読みして「もろこし」という中国全体を指す語ができ、さらにそこから伝わったと思われた植物としてもう一度「唐」が加えられて「トウモロコシ」(玉蜀黍 トウキビ)などの語を派生した。

ハノイ市内で 木の陰には「望崇山祠」と右から書かれている。
彼らは、さらに南へと版図を拡大し、チャンパ王国などを構成する異民族を同化し、あるいは山岳地帯に追いながら、人口を増大していった。同時に、中国に取り込まれずに独立国として対抗するために、逆説的ではあるが中国の律令や科挙の制度、儒教、仏教(主に大乗仏教)、道教というまとめていうと三教や文芸などを積極的に採り入れた。そこには常に漢字が存在していた。ベトナム語の語彙を豊かにし、ベトナム語に表記法を与えたのである。
そのため、文廟つまり孔子廟も、立派なものが1000年以上前に建立されており、今回、その中に入ってみた(詳しくは後の回に)。街中にも、ところどころに寺院のような建物も見られ、決まって扁額と対聯のようなものに筆字風の漢字がやや厳かに連なっていた【写真】。
ベトナムでは、古典に「
」という略字が使われていた。文人、これは「儒」である。また、「
」という略字も用いられていた。天人、これは「佛」(仏)である。これらは中国で生まれた俗字のようであり、近世に中国から漢字圏各国に広まったものと考えられる。それらの字は、漢字が儒教や大乗仏教とともに伝わり、通俗的にもよく使われた証拠であろう。ベトナムでは、そうした思想や宗教と道教や民間信仰、キリスト教などとが習合し、世俗化することが見られ、外国文化の受容の姿勢に日本と似たところがあるようだ。
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【筆者プロフィール】
笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)などがある。最新刊は2010年10月に発売、“漢字の現在”を映し出す『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)。
【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「越南(ベトナム)の「行李」」でした。
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2011年 4月 22日







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