地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第147回 井上史雄さん:方言店名の盛衰―石垣島のテレビ効果
Rise and fall of dialect shop names — TV effect in Ishigaki Island

筆者:
2011年4月23日

東日本大震災による地震、津波と原発事故という「三重苦」で、被害を受けた方々をお見舞い申し上げます。津波といえば、石垣島で1771年に高さ85メートルの山肌まで達したと伝えられる大津波があり、住民の半数近くが亡くなりました。今回の東日本大震災でも、石垣市からは多くの義援金が寄せられました。

その石垣市では方言が元気で、店の名前で方言が目立ちます。アーケード街の商店名簿の方言店名は、20年前の3店(89店中)から、2011年には13店(102店中)に増えました。

隣の繁華街にも方言店名があります。南山舎という地元の出版社の『やえやまGUIDE BOOK』にはこの美崎地区の地図があります。尋ねて行って、最初の版から、地図のコピーをいただきました。現地と照合し、電話帳で調べ、統計ソフトに入力して整理したら、21世紀に入ってから方言店名が増えたと読み取れました。グラフをごらんください。

【グラフ 石垣市美崎 方言店名店舗数の推移】
【グラフ 石垣市美崎 方言店名店舗数の推移】

地元の人の話では、NHK連続テレビ小説の『ちゅらさん』のおかげということです。グラフに放送の年(続編を含む)を記しました。観光客数の増加(沖縄県八重山支庁による八重山入域観光客統計概況のPDFへ)とも関係します。

方言店名については、このシリーズの第127回第132回で世界の分布を扱っています。『明海日本語』16号にも論文が載っています(『明海日本語』のページに論文のPDFが公開されています)。大阪市の方言店名は1980年代に増えたようです。全国の動き、そして世界の動きはどうでしょう。実はUNESCOでは、石垣島を含む沖縄県南端のことばを、絶滅の危機に瀕した言語と扱っています(UNESCO Atlas of the World’s Languages in Dangerのページへ)。だとすると、世界各地の言語復興運動と連動していると、みることができます。

これから方言店名がどうなるか、追跡したいところです。新たに生まれた方言店名は、住宅地図で探せます。今の店がいつまでもつかは、インターネットの電話帳で分かります。

そんな趣味の方のために、2011年現在の石垣市美崎町の方言店名(計25種)を(掲載年の古いものから)リストにしました。

【1.今も存在する店名15】 ゆうな マーミヤ ぐるくん亭 まーさん道 ゆくい スブンテ ゆんた ゆらてぃく てぃーだ やいま日和 tilla earth(ティーラアース) ニーランカーナン やーちゅー ふがらっさ SANSIN 
【2.今はない店名6】 ばがー島 かりゆし ウムッシャ とーい なんくる亭 やいま
【3.南山舎から「ある」とご教示いただき、インターネットの住宅地図にもあるが、インターネットの電話帳で出ない店名(集計表に算入)2】 美ら島屋 花ぐるむ
【4.新たに見つけた店名(集合ビルのスナックなど)2】 マヤマヤ にいにい

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 井上 史雄(いのうえ・ふみお)

国立国語研究所客員教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。
履歴・業績 //www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/
英語論文 //dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/ 
「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『日本語ウォッチング』(岩波新書)『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語の値段』(大修館)、『言語楽さんぽ』『計量的方言区画』『社会方言学論考―新方言の基盤』『経済言語学論考 言語・方言・敬語の値打ち』(以上、明治書院)、『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)などがある。

『日本語ウォッチング』『経済言語学論考  言語・方言・敬語の値打ち』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。