2011年 4月 のアーカイブ

漢字の現在:河内(ハノイ)の漢字

2011年 4月 5日 火曜日 筆者: 笹原 宏之

漢字の現在 第89回 河内(ハノイ)の漢字

 この年度末に、ベトナムの首都ハノイへ発った。海外旅行は、まず国内の時点で、羽田ならともかく成田までの道程が遠い。特急なのに途中、事故で止まってしまい、1日に1本しかない中国行きの便に乗り遅れさせられたこともある成田エクスプレスは、今回はこの大災害に伴う計画停電の影響で運休したままであるなど、もろもろ心配や不安をかかえた出発だった。

 ハノイ(Hà Nội)は漢字では「河内」と書く。河内と書いても無論、大阪府の「かわち」ではなく、「城舗河内」のほうだ(この4字の漢字列が何やらかっこいい)。カタカナで「ハノイ」、ローマ字で「Hanoi」と書くのとはだいぶ印象が異なるが、かつてのベトナムでは地図でもそう記されており、今でも中国語圏ではそれで通用している。旧名はタンロン、漢字では「昇龍」だ。中華料理店の名前にもありがちだが、この「皇城昇龍」は、11世紀初めに、約1000年間の悲願であった中国からの独立を果たして以来、永きにわたって首都となった地で、初めに王が入城した際に、吉祥として空に金の竜が舞ったことから付けられた地名だとされる。

 中国がベトナムに攻め入った時に、竜の親子が降りてきてそれを打ち破ったという伝承から「下龍湾」つまりハロン湾という地名も生まれている。中国から独立を果たしたり、中国を撃退したりした話にしては、中国風の伝説であり、中国式の漢語によって国土に命名するところに、ねじれを感じる向きもあろう。そもそもこれらの竜は、中国から伝わったモチーフか、この辺りに古くから広まっていたものなのか、どちらであろう。ともあれ、それもベトナムの常に北に存していた超大国である中国に対する複雑な歴史、文化と国民感情を反映しているもののようだ。

 ハノイは、かつて「東京」とも称した。つまり私は、東京(英語でTokyo)から東京(同じくTonkin)へと旅行することになる。トンキンは英語風の発音であって現地の発音はベトナム漢字音でドンキンのほうが近かろう。かのベトナム戦争初期のトンキン(東京)湾事件がまさに起きた地域だが、この入江の名は近年は北部(バクボ)湾に変わっている。

 日本では、「北の都は北京、南は南京、さて東は?」というなぞなぞが子供の頃にあり、答えとしてはトンキンはひっかけであったが、あながち間違いではない。「東」をこのように読むことは、世界史の教科書でも「東遊運動」(ドンズー運動。ベトナム語では「風潮東遊」)で、なじみがある人もいることだろう。

 何年も前に、ベトナムに出掛けたという人から、「街なかで漢字が使われていた」という証言を耳にした時に、それは現代のベトナム人がベトナム人に読んでもらうために、ベトナム語の文章を表記しているものなのか否か、それを知りたくて尋ねたことがあった。残念ながら、はっきりうかがうことができず、気掛かりとして残った。

 ポルトガルやフランスの影響を受け、符号をふんだんに加えたローマ字をクオックグウつまり「国語」と呼ぶ。それに切り替わってから、すでに一世紀以上、正式に漢字を廃止してからでも半世紀以上が流れてはいるが、今は実際にどうなっているか。また、未来を築いていく若い人たちの文字に対する感覚はどのようであるのだろう。

 ベトナムの漢字の首都での様子がずっと気に掛かったままだった。今回は、漢字を見掛けたら、できる限りそれを写真に収めて分析しよう、そして初めて対座することとなる国家大学の学生諸氏から、いろいろな意識も聞いてみようと心に決めていた。

 他の予定もあって僅か数日しか滞在できなかったが、期待していた以上に知ることの多い日々となった。その結果をこれからしばらく連載し、漢字を捨てたはずの国での「漢字の現在」について考えることにより、日本の漢字についてもその位置を際立たせていきたいと思う。

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【筆者プロフィール】

『国字の位相と展開』笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
 早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)などがある。最新刊は2010年10月に発売、“漢字の現在”を映し出す『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)

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【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「位相表記の現在」でした。

この連載への質問、また「ここでこんな字が使われていた」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「漢字の現在」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。

耳の文化と目の文化(27)―地名の表記(1)―

2011年 4月 4日 月曜日 筆者: 新田 春夫

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(113)

地名などの表記はこれまで見てきたような正書法が当てはまらない場合がある。例えばウムラウトの表記である。ウムラウトは現在の正書法ではa, o, uの母音の上に点をふたつ(¨)つけて、ä、ö、üのように表す。これは地名といえども同じである:Eichstättアイヒシュテト、Kölnケルン、 Münchenミュンヒェン。

この母音の上にふたつの点をつける表記法はそれほど古いものではない。中世、近世では母音の後や母音の上にeを書いて表していた。母音の上にふたつの点をつける現在の表記法はこのeを″によって省略したことに由来する。

北西ドイツにUelzen [Yltsən]ユルツェンという2つの同名の町がある。ひとつはニーダーザクセン州に、もうひとつはノルトライン=ヴェストファーレン州にある。この地名の[Y]という音を表記するのにUeとするかÜとするかは揺れていたらしく、ノルトライン=ヴェストファーレン州のユルツェンなどは現在のような表記にすることが公式に決まったのは1961年とのことである。また、メクレンブルク=フォアポメルン州の最東端、バルト海に臨むところにUeckermündeという町がある。この町の名前は「Uecker/Ucker川の河口」という意味に由来する。この川の名前のuはもともとは長音だったが、その後、長音を表すeを加えて、Ueckerという表記が生まれ、さらにその後、eがウムラウト記号と解釈されてÜckerという表記も現れ、Ue/Üは短音になった。この川はブランデンブルク州から流れ出るのであるが、今日では連邦地理院によって、ブランデンブルク州ではUcker、メクレンブルク=フォラポメルン州ではUecker とすることが決められている。従って、河口の町Ueckermündeは[YkɐgəmYndə]ユカーゲミュンデと発音する。

しかし、eが常にウムラウトを表しているかといえば必ずしもそうではない。ノルトライン=ヴェストファーレン州のユルツェンの東方25キロばかりのところにSoestという町があるがこれは[zo:st]ゾーストと発音する。つまり、eはウムラウトを表しているのではなく、長音記号なのである。このような表記の地名として他にはシュレースウィヒ=ホルシュタイン州にItzehoe [Itsəho:]イツェホーという地名がある。

ちなみに、eや他にもiを長音表記に使うのは低地ドイツ語に見られる表記法であり、上の地名の例もすべて低地ドイツ語地域のものである。


【筆者プロフィール】
新田 春夫(にった・はるお)
武蔵大学教授
専門は言語学、ドイツ語学
『クラウン独和辞典第4版』編修委員


【編集部から】
2008年2月に『クラウン独和辞典』(第4版)が刊行されました。日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。

An Unofficial Guide for Japanese Characters 54

2011年 4月 3日 日曜日 筆者: SADANOBU Toshiyuki

<< An Unofficial Guide for Japanese Characters 53

A scary incident in China

Last time, I mentioned that I worked in China, which reminded me of a scary thing that happened there. This is not including the time there was an armed robbery at my boarding-house, and all the cops who rushed to the scene knocked off at five o’clock. Or the time I found syringes on a street I’d been warned not to walk down. Or the time my wife’s purse was stolen out of her backpack while she was riding her bicycle.

I was scheduled to visit Professor A’s research office at University A. I arrived on time and knocked on the professor’s door.

“Qingjin!”(Come in!)

Came an angry-sounding, severe voice from within. I froze in front of the door.

The voice I’d heard saying “come in” was definitely Prof. A. I couldn’t believe that this mild-mannered professor was yelling so angrily. Perhaps something terrible had happened in his office, and he had yelled in that voice, unable to control his anger. What was going on? Even though he had told me to “come in,” if I did so Prof. A would probably be embarrassed, and I’d feel awkward too. Maybe it would be better not to go in. Was it really Prof. A who had shouted “Qingjin!”? Or was it just that I, a foreigner in this country, had misheard? My head was swimming with these questions.

“Qingjin!”

Again came the loud, angry, somewhat desperate voice. I timidly opened the door and entered.

Before me was a computer. The man sitting in front of it swiveled his chair around grumpily to face me. But as soon as he recognized me, the grouchy face broke into a smile, and the Professor A who I knew appeared before my eyes.

I don’t recall what Prof. A talked about, or how, after that. As I closed the door to his office with sweaty hands, all I could think over and over was: “I always thought Prof. A was a friendly, good person. But I was wrong. I was wrong. Ahh. I saw something I wish I hadn’t.”

I hesitated to tell others of this incident, as I was worried that it would hurt Prof. A’s reputation. However, I had opportunities to speak with the Chinese researchers about differences in Japanese and Chinese linguistic culture, and I eventually hesitantly broached the subject, while not using the professor’s name. To my surprise, or maybe not, I learned that this sort of thing was not considered the least bit embarrassing in Chinese society. The explanation I was given did not go much beyond natural style changing: “When you’re not sure who the other person is, you use an aloof style. When you know the other person, you use a warm style.” In other words, there is no problem whatsoever with Prof. A, who had a warm character, using an aloof style.

I only half-believed this “no problem whatsoever” part, and in this regards there definitely seems to be some differences between Japan and China. No matter how many times I saw it, I couldn’t comprehend the shouting and tussling matches of the middle-aged female shoppers at the marketplace.

Making one’s voice gruff and angrily is not something that a “good person” can do in Japanese society. In Japan, always smiling at everyone is the foundation of the “good person.” Perhaps Japanese stewardesses—or should I say flight attendants—never let their smiles fade, no matter the circumstances, because they are modeled on the Japanese “good person” character.

An Unofficial Guide for Japanese Characters 55 >>

author

Bonnou no Bunpou: Taikien o Kataritagaru Hitobito no Yokubou ga Nihongo no Bunpou System o Yusaburu Hanashi (The Grammar of Earthly Desires: How Our Desire to Narrate Daily Experiences Shape Japanese Grammatical Systems)Toshiyuki SADANOBU.
Professor of Linguistics at Kobe University. Ph.D.: Kyoto University, 1998. Research Interests: Personal Experience in Grammar and Communication.
Selected Publications:
(1) Bonnou no Bunpou: Taikien o Kataritagaru Hitobito no Yokubou ga Nihongo no Bunpou System o Yusaburu Hanashi (The Grammar of Earthly Desires: How Our Desire to Narrate Daily Experiences Shape Japanese Grammatical Systems). Tokyo: Chikumashobo, 2008;
(2) Sasayaku Koibito, Rikimu Repootaa: Kuchi no naka no Bunka (Whispering Lovers and Creaking Reporters: Culture in Our Mouth). Tokyo: Iwanami, 2005;
(3) Ninchi Gengoron (A Cognitive Study of Language). Tokyo: Taishukan, 2000.
URL:http://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

角色大世界――日本 54

2011年 4月 3日 日曜日 筆者: 定延利之(中文)

<< 角色大世界――日本 53

在中国的可怕体验

在上节说了我曾在中国待过一段时间,说起来,我在中国曾有过一个可怕体验。虽说可怕,既不是宿舍里进了强盗,而赶来的警察一到五点都回家了;也不是我走在告诉我不要走的路边上发现了毒品注射器;也不是我妻子在骑自行车时背包里的钱包被偷了。

这个可怕的体验是我按照约定的时间,到A大学的A老师的办公室拜访,在敲A老师办公室门时发生的事情。

“请进!”

一声怒吼一样的严厉声音从里面传出来,我在门口顿时僵住了。

刚才的“请进”的确是A老师的声音。但是,那么温厚的A老师怎么会这么大声呵斥!一定是房间里出了什么大事,让在火头儿上的A老师发出了这么大声音。这可怎么办?虽然A老师说了“请进”,但是现在我进去的话,A老师一定会觉得不好意思,我自己也会发窘。还是不进去为好吧?而且,刚才A老师真的说了“请进”了吗?不是外国人的我听错了吗?——这些想法正在脑子里打转时,

“请进!”

一声似豁出一切的呵斥声又传了过来,我提心吊胆地开门走了进去。

研究室正面放着一台电脑,正在盯着画面看的一个男子把椅子转了一下很不高兴似的看过来。就在一瞬间,认出是我,他板着的面孔立刻改为笑脸,我所熟悉的A老师在那里出现了。

之后,和A老师谈了什么,怎么说的,我不记得了。只记得我用汗水淋漓的手关上研究室的门以后,“A老师总是面带笑容,我以为他是个好人,原来不是。不是。啊~啊,被我看到了”这个想法一直在我的脑子里打转。

这天的事情,我觉得对A老师来说应该是丢面子不光彩的事情,所以也没有告诉别人。但是,后来,与中国学者有个就中日语言文化差异进行谈论的机会,我隐去A老师的名字小心翼翼地一询问,不知是该说“竟然如此”还是该说“果然如此”,原来在汉语社会里这种事情并不是什么令人羞愧的事情,“对于不知道是谁的人采取冷淡的(说话)方式,对于熟人用热情的(说话)方式”,这并没有跳出理所当然的方式(样式)变化范围。就是说A老师温厚的角色形象和他冷淡的(说话)方式是可以毫无问题并存的。

对于“毫无问题”这个部分,我有些半信半疑,但是,作为一种倾向来说,这种中日差异似乎确实存在着。在市场买东西的中年妇女吵嘴、动手的场面,我不知道看见了多少次。

声音粗暴、眉头紧皱这样的事情,日语社会的“好人”是不可以这样做的。无论对谁都总是面带微笑是日本“好人”的基本条件。无论在什么时候都决不失去笑容的日本空姐,不,最近也许应该说成航空乘务员,是以日本的“好人”角色为典范来工作的吧。

角色大世界――日本 55 >>

author

《烦恼的语法―人们想谈体验的欲望会动摇日语的语法体系》(筑摩新书,2008)定延利之(SADANOBU, Tosiyuki)
神户大学大学院国际文化学研究科教授。文学博士。
专业:语言学、交际学。现在正在进行的课题:《与人物形象相应的音声语法》的研究、《以日语、英语和汉语对照为基础,制定有益于日语音声语言教育的基础资料》。
著作:《Ninchi Gengoron (认知语言论)》(大修馆书店,2000)、《Sasayaku Koibito、Rikimu Repotaa―Kuchi-no-naka-no Bunka (喃喃细语的恋人、用力说话的报告人―口中的文化)》(岩波书店,2005)、《Nihongo Fushigi Zukan (日语不可思议图鉴)》(大修馆书店,2006)、《Bonno-no Bunpo―Taiken-o Katari-tagaru Hitobito-no Yokuboo-ga Nihongo-no Bunpo Shisutemu-o Yusaburu Hanashi (烦恼的语法―人们想谈体验的欲望会动摇日语的语法体系)》(筑摩新书,2008)等等。

地域語の経済と社会 第144回 ハワイの日本語の方言

2011年 4月 2日 土曜日 筆者: 山下 暁美

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第144回「ハワイの日本語の方言」

 日本語教育史上にはじめてハワイの記事が登場するのは、1893年開校の日本語学校です。ハワイ島ハラワ公立学校の校舎を借りて発足しました。それより1年前の1892年には、ハワイ初の日系新聞「日本週報」が発刊されています。続いて、1895年にマウイ島クラのメソジスト教会で日本語学校が、1896年には、日本人小学校が設立されました。

(画像はクリックで拡大します)
【写真1 Chichi Mochi】
【写真1 Chichi Mochi】
【写真2 Taro】
【写真2 Taro】
【写真3 Hanapua】
【写真3 Hanapua】

 ハワイ大学に日本研究コースが開設されたのは、1909年でした。1923年には、ホノルル教育会編『日本語読本』が発行されています(詳しくは、山下暁美著『解説日本語教育史年表』国書刊行会をご覧ください)。

 このように、ハワイの日本人移民は、2世の日本語教育に熱心でしたが、1924年の排日移民法締結以後は、英語によるアメリカ市民育成の教育に重点が置かれるようになりました。2世、3世は、学校では標準語の英語、家では両親、祖父母とは日本語、兄弟とは英語と日本語という生活を送りました。しかし、ハワイの日常生活の英語は、ピジン英語といってハワイ語、中国語、ポルトガル語、日本語などの影響をうけた英語です。ですから、正確には3言語の生活です。

 日本語は、日本の教科書を基準に使用していましたから、読み書きは、日本語学校で学んだ標準語、話し言葉は、移民出身者の多い山口県、広島県、熊本県、福岡県など西日本の方言の影響を強く受けた共通語が使用されました。今日、ハワイを訪れると元気な2世、3世の方と日本語で移民の歴史や日系人社会についていろいろ聞くことができます。

 ハワイで使用されている日本語の中に、西日本の方言の影響を受けたことばのほかに、ハワイで新しく生まれた日本語があります。

 「Chichi Mochi(乳餅)」【写真1】は、その例の一つです。Chichi-Mochiは、乳白色の色をしたやわらかくて丸くて甘い餅です。台湾や北京には、乳餅が存在するようです。あんが入っています。

 次の「Taro(タロ)」【写真2】は、タロイモのポテトチップスです。日本で「タロ、ちょうだい」と言っても通じないでしょうね。タロイモと、さつまいも(Sweet Potato)と、Trio(タロイモ・サツマイモ・ジャガイモのミックス)はそれぞれ8ドル、シャガイモだけのポテトチップスは、6ドルで売られていました。Taroは、元々ポリネシア語でTaloと表記されていたもので、原産はどうも太平洋諸島のようです。日本のさといももその一種とされています。ハワイには、タロイモのパンケーキ、パラオのみやげには、タロイモ焼酎もあります。

 「Hanapua」【写真3】は、日本で花札と呼ばれるもので、ハワイ・フラワー・カード・ゲームと訳がついています。日本語の「Hana・花」とハワイ語の「Pua・花」で新語を作っています。

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【筆者プロフィール】

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
 井上史雄大橋敦夫田中宣廣日高貢一郎山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

『海外の日本語の新しい言語秩序―日系ブラジル・日系アメリカ人社会における日本語による敬意表現』『書き込み式でよくわかる 日本語教育文法講義ノート』山下暁美(やました・あけみ)
明海大学外国語学部・大学院応用言語学研究科教授。博士(学術)。
専門は、日本語教育学・社会言語学。研究テーマは、移民百年を迎えた、ブラジル、アメリカ合衆国などにおける日本語の変化、外国人の日本定住化による共生時代の日本語教育政策。
著書に『書き込み式でよくわかる日本語教育文法講義ノート』(共著、アルク)、『海外の日本語の新しい言語秩序』(単著、三元社)、『スキルアップ文章表現』(共著、おうふう)、『スキルアップ日本語表現』(単著、おうふう)、『解説日本語教育史年表(Excel 年表データ付)』(単著、国書刊行会)、『ふしぎびっくり語源博物館4 歴史・芸能・遊びのことば』(共著、ほるぷ出版)などがある。

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【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載の始まりです。

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この連載への質問、また「ここでこんな方言みやげ・グッズを見た」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「地域語の経済と社会」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。

新連載のお知らせ

2011年 4月 1日 金曜日 筆者: ogm
★来週から新連載はじまります★

新連載画像新しい年度がスタートしました。そこで、今月から新しい連載も二つスタートを予定しております。

まずは来週金曜日4月8日スタート予定のものからお知らせします。

……と言いつつ、詳細は来週をお待ちください。ヒントとしましてはこの画像に関係するものです(念のため申し上げておきますと、百科辞典についてではありません)。筆者は文筆家・ゲーム作家の山本貴光さん。詳しいプロフィールは下記をご覧くださいませ。

ちなみに、130年前の4月8日は、三省堂が出発した日です。その日のスタートにとてもふさわしい内容と、担当者として思っております。

毎週金曜日、ご期待くださいませ。

新連載の筆者ご紹介

山本貴光(やまもと・たかみつ)さん

文筆家・ゲーム作家。
1994年から2004年までコーエーにてゲーム制作(企画/プログラム)に従事の後、フリーランス。現在、東京ネットウエイブ(ゲームデザイン)、一橋大学(映像文化論)で非常勤講師を務める。代表作に、ゲーム:『That’s QT』、『戦国無双』など。書籍:『心脳問題――「脳の世紀」を生き抜く』(吉川浩満と共著、朝日出版社)、『問題がモンダイなのだ』(吉川浩満と共著、ちくまプリマー新書)、『デバッグではじめるCプログラミング』(翔泳社)、『コンピュータのひみつ』(朝日出版社)など。翻訳書:ジョン・サール『MiND――心の哲学』(吉川浩満と共訳、朝日出版社)、ジマーマン+サレン『ルールズ・オブ・プレイ』(ソフトバンククリエイティブ)など。目下は、雑誌『考える人』(新潮社)で、「文体百般――ことばのスタイルこそ思考のスタイルである」を連載中。「新たなる百学連環」を構想中。
URL:作品メモランダム(http://d.hatena.ne.jp/yakumoizuru/
twitter ID: yakumoizuru

近刊案内(2011年4月)

2011年 4月 1日 金曜日 筆者: 辞書ウェブ 編集部
三省堂の辞書・事典、また言語関連の本で2011年4月に出版が予定されているものは…

こども もののなまえ絵じてん 小型版

三省堂編修所 編
B5変型判 240ページ ¥2,205
ISBN 978-4-385-15011-6
2011年4月18日 販売会社搬入

ロングセラーに待望の小型版登場!
食べ物、洋服、乗り物、動植物、家庭内の道具・家具など、幼児を取り巻くさまざまな物とその名称の関係を、分野別にイラストで図解。
言葉を覚え始める1~3歳には名詞だけの初めての辞典として、4~6歳には図鑑として使える、言葉と物の総合カタログ。
項目数2,100。オールカラー。

『こども もののなまえ絵じてん』『こども もののなまえ絵じてん 小型版』のページへ

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「のだ」の文とその仲間 文構造に即して考える

山口佳也 著
A5判 312ページ ¥6,930
ISBN 978-4-385-36513-8
2011年4月18日 販売会社搬入

「のだ」を理解するために、一語であるという先入観を捨て、これを本来の「~の+だ」という形に戻して、文の構造に即して観察し直してみたらどうだろうか。
本書は、そんな立場から、「のだ」の問題、さらに、「わけだ」「はずだ」その他の問題に取り組む。
日本語学必携の一冊。

『「のだ」の文とその仲間 文構造に即して考える』のページへ

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新しい国語表記ハンドブック 第六版

三省堂編修所 編
四六判 272ページ ¥735
ISBN 978-4-385-21137-4
2011年4月25日 販売会社搬入予定

日本語表記の目安となる国語施策を網羅、手軽に調べられると好評の実用資料集改訂版。「常用漢字表」(平成22年11月30日告示)の改定内容、「人名用漢字」「送り仮名の付け方」「現代仮名遣い」の改正内容を反映、さらに「敬語の指針」(抜粋)を収録するなど最新情報を増補。「公用文作成の要領」や、編修所作成の「書き間違いやすい漢字」「同音異義語の使い分け」、検索に便利なように工夫された「学年別漢字配当表」、また「常用漢字表」の総画索引・字訓索引も。2色刷。

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図解 日本の文字

沖森卓也・笹原宏之・常盤智子・山本真吾 著
A5判 160ページ ¥2,100
ISBN 978-4-385-36480-3
2011年4月28日 販売会社搬入予定

好評の「図解シリーズ」第二弾!
日本語の文字や表記についてもっと知りたい、学習したいと思っている人の待望の入門書。
見やすい二段組みレイアウト。上段は平易で具体的な解説、下段は解説に対応する図表や、理解をより深める脚注・関連資料などを掲載。
図版・グラフ・文字資料・地図等、約150点。
事項・人名・書名索引付き。

『図解 日本の文字』のページへ

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