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漢字の現在:漢字圏内の漢語の差

2011年 6月 3日 金曜日 筆者: 笹原 宏之

漢字の現在 第104回 漢字圏内の漢語の差

 ハノイでの講義の終盤に、漢字圏で使われている漢語の比較についても話してみた。

 「注意」は、4か国で相似している。それぞれ発音してみると、笑いが聞こえる。

 「豆腐」は、ベトナム語では漢越語で「ダウフー」のようにいう。日本語の漢語「とうふ」と中国語の「トウフ」は仮名で書くと同じに見えるが、韓国では漢字(ハンチャ)語で「トゥブ」、やや違いが目立つ。英語になったtofuは、中国からか、あるいは日本からだろうか。


そのまま漢字に直すと「手続航空」。航空の手続き。
「てつづき」という和語が「手続」という漢字のまま中国に入って
字音語へと変わり、それがさらにベトナムでベトナム漢字音に変換されて、
すっかり定着している。韓国語にも「手続」が入り、「スソク」となった。
(クリックで周辺も表示)

 「豆腐」は、日本では、腐るという字を避けて「豆富」になってきた、と言うと、「ア~」と声を上げ、笑みをこぼし納得している。漢字と豆腐の本家である中国では、日本でのこの意識が不本意に感じられるそうで、意外がられるところだ。「分家」同士、少し距離があるだけに、わかり合えるのかもしれない。

 この連載で取り上げたことも、実際にいくつか話してみた。お金の単位はドンだが(第64回)、「銅」と意識しているのか、はっきりとは確かめられなかった。かつてフランス語とベトナム語(中国語ではない)で書かれたお金には、漢字で「元」と書いてあったとのこと、これは1951年や1953年などに発行された紙幣のことであろう。そのころはまだ紙幣に「越南民主共和」(右から横書き)「伍仟元」(縦書き)などと、漢字が印刷されていた。

 出かけた時期では、1000ドンがだいたい日本円で4円。ついでに、1ドルは81円。ドンは「000000」などと常に「0」が多すぎて、計算が難しい。「267981ドン」といった端数は目にしない。円高以前に国内のインフレにより、日本人はお金持ちになった気分には浸れそうだ。実際に物価が安く、とくに書籍は1/10程度だ。日本に輸入されると途端に高くなるのだろうが、それは中国本も同じだ。マッサージも、怪しげなところもあるが中国よりもかなり安い。時計のドンホーは漢字ならば「銅壺」、この古めかしい表記には笑いが起きた。

 「饅頭」は、ベトナムでは丸い「マンダウ」で、中には春雨・大豆などいろいろなものを入れるとのこと。食事のおかずとしても食べるところが、日本とも中国とも違っている。

 「茶」はtrà、それと関連するであろうcheという語形のほか、英語風にティーとも言うそうだ。「ティータイムだからお茶にしよう」と言える日本と少し似ている。緑茶もあちこちで出してもらえるが、日本の渋く濃いお茶になれてしまっていると、下手をすると出がらしのように感じられるかもしれないほど、渋みがなく淡い味だ。

 さらに「画餅」という語に関連して、「「餅」という漢字を見て思いつく物は?」と尋ねてみた。

 手ぐらいの大きさの丸いもの、それはバインセオだとのこと。この字からイメージされる食品を絵に描いてもらうと、中国、韓国、日本の間でそれぞれ違っていたのだが(第28回第29回)、やはりさらにベトナムでも異なっていた。各国の食文化が、漢字の字義にも影響を与える過程や一因を、見て取ることができたように思えた。

 「節」は、日本人も「テト」で知ってはいると話すと、日本語では「teto」と末尾に母音が付く、と先生から指摘が出る。子音、それも内破音である入声も、1音節にすることで日本語として落ち着かせたのである。「ストライク」など西洋からの外来語でも同様なのだが、関東では無声化が起こりやすく、説明が複雑になりがちだ。

 「博士」を「進士」(ティエンシー)と呼ぶことは既に触れたが、ベトナム語でその「進士」といえばどういう人をイメージするか聞いてみた。古い時代の「◇」形で左右に垂れた紐か何かが付いた帽子を被った、アオザイを着た人、という姿が思い浮かぶのだそうだ。日本のように、白衣の紋切り型のイメージはないと言う。ベトナムでも世に学生語、若者語はあるとのことだが、博士には役割語のような口調も特になく、日本のアニメソフトの影響は、まだそこまでは及んでいないようだ。現実の博士には、日本と違って何段階か設けられているそうで、若手研究者は中国よりも一層、大変そうだった。

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【筆者プロフィール】

『国字の位相と展開』笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
 早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)などがある。最新刊は2010年10月に発売、“漢字の現在”を映し出す『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)

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【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「ベトナムの「魚の心」」でした。

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2011年 6月 3日