談話研究室にようこそ

第5回 テクストとコンテクスト(その1)

筆者:
2011年6月16日

第3回第4回ではアイロニーについて観察しました。ファックスによる通信と対話のやりとりでは,アイロニーの伝達プロセスに若干の違いがありました。

対話においてアイロニーを理解するとき,聞き手は目の前の状況に加え,話し手の声質・表情なども参考にして,額面通りの発話が行われたわけではないことを理解します。これに対し,書面による通信では,書きことばを用いることで失われた作者の皮肉な声を,テクストの解釈過程において読者が復元します。

このような違いは,もちろん,対話のやり取りと書面による通信という,コミュニケーションが行われる状況の差によるものです。

対話は,もっとも基本的で原初的な伝達のコンテクストです。私たちが最初にことばに接し,ことばを習得するのは対話です。書きことばを持たない言語は数多いですが,対話のことばを持たない自然言語は存在しません。対話のことばがすべてのことばの根となります。

対話において話し手と聞き手は,互いの声質,抑揚,表情,ジェスチャーなど豊かな情報を駆使し,相互の理解を確認しつつやりとりを行います。互いの理解に支障があれば,すぐさま当事者間で修復作業がおこなわれます。たとえば,「えっ? ダルマ研究室はじめたの?」「いや,談話研究室なんだけど…」というように。

一方,書きことばを用いる場合,書き手が文字を書いて文書を送り,それを読み手が時間を隔てて解釈するという一連の行為が加わるわけですから,その分,伝達のコンテクストは複雑になります。しかも,対話で利用できた情報手段のいくつかは用いることができません。対話のように即座の応答もふつうはできません。したがって,相手の受け取り方をよく考え,用意周到で計画的な伝達が必要となります。

つまり,もっとも基本的なコンテクストである対話では比較的単純だったものが,書きことばを用いると,それに応じて多少なりとも間接的で複雑なものにならざるをえないのです。

コンテクストが複雑になると,ことばも複雑になる。次回では,対話とファックス通信文に見られたアイロニーの例にさらに小説のケースを重ねて,この考え方を検証してみましょう。

筆者プロフィール

山口 治彦 ( やまぐち・はるひこ)

神戸市外国語大学英米学科教授。

専門は英語学および言語学(談話分析・語用論・文体論)。発話の状況がことばの形式や情報提示の方法に与える影響に関心があり,テクスト分析や引用・話法の研究を中心課題としている。

著書に『語りのレトリック』(海鳴社,1998),『明晰な引用,しなやかな引用』(くろしお出版,2009)などがある。

『明晰な引用,しなやかな引用』(くろしお出版)

 

『語りのレトリック』(海鳴社)

編集部から

雑誌・新聞・テレビや映画、ゲームにアニメ・小説……等々、身近なメディアのテクストを題材に、そのテクストがなぜそのような特徴を有するか分析かつ考察。
「ファッション誌だからこういう表現をするんだ」「呪文だからこんなことになっているんだ」と漠然と納得する前に、なぜ「ファッション誌だから」「呪文だから」なのかに迫ってみる。
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