2011年 7月 のアーカイブ

Can I have a word with you?―『英語談話表現辞典』覚え書き(50)―

2011年 7月 7日 木曜日 筆者: 内田 聖二

今回は「ちょっとお話があるのですが」という表現について考えてみます。

一般に「(A〈人〉と)話をする」は‘to have a word (with A)’という言い方があります。我々日本人にはすぐには思い浮かばない表現かもしれませんが、よく聞きますので、関連する言い方を含め使えるようにしましょう。本辞典でも次のように記述されています。

1 A〈人〉と(一言二言)話がある:Can I have a word with you for a minute? ちょっとお話ししたいことがあるんですが/ I’d like to have a word with your boss, please. ちょっとあなたの上司の方とお話ししたいのですが.
2 A〈人〉に一言断りのことばを言う:Have a word with the boss and take a day off. 上司に一言言って休暇をとりなさい/ Have a word with the curator, or she will not allow you to park here. 館長に一言断りを入れてください, さもないとここに駐車できません.

以下では語義1の第1例のように、直接相手に話しかける言い方をみてみます。まず、この例のように疑問文を用いるときは can ではじめるのが一番よく使われます。改まった場面や目上の人などに話しかける場合は could,may,might などが用いられます。次は三省堂コーパスからの用例を改変したものです。それに対する応答表現にも注意してみてください。

(部長が)‘Could I have a word with you? In my office, if you don’t mind.’「ちょっと話があるのだが。よければ私の部屋で」/ ‘Your Highness, may I have a word?’ ‘Certainly.’「殿下、お話がございます」「もちろん」/ ‘Might I have a word with you, please?’ ‘What do you want?’「よろしければお話があるのですが」「なんだろう」

平叙文では、‘I’d like to’ではじめるのが一般的です。

‘I’d like to have a word with you alone.’「ふたりだけで話がしたいのですが」/ ‘Excuse me, sir. I’d like to have a word with you.’ ‘Oh? . . . Quickly please.’「失礼ですが、お話があるのですが」「話?急いでお願いできるかな」

‘I want to’ではじめると‘I’d like to’に比べ、ややぞんざいな言い方になります。

‘I want to have a word with you about this painting of yours.’「君のこの絵について話がしたい」

さらに、wanna を使うとよりくだけた言い方になります。

‘I wanna have a word with you during the week.’「今週中に君と話がしたい」

もちろん、当事者が複数の場合は‘I’が‘we’となります。

(両親が子どもに)‘We’d like to have a word with you about chocolate.’ ‘What?’「チョコレートのことで話があるのだけど」「何?」/ ‘Can we have a word, Del?’ ‘Yeah, ‘course you can.’「デル、ちょっと話があるのだけど」「もちろん、いいとも」

‘a word’の代わりに‘a few words’も用いられます。

‘Jacques, can I have a few words with you?’ジャック、2,3話があるのだけど」

なお、「話す」ということを表す動詞はたくさんあり、たとえば、‘Can I speak to you?’も可能ですが、‘Can I have a word with you?’に比べると頻度は少ないようです。

‘Excuse me. Can I speak to you outside for a minute?’ 「すみませんが、部屋の外で少しお話があるのですが」/ ‘May I speak to you for a moment in private?’「ちょっとふたりだけでお話しできますか」

【筆者プロフィール】

内田聖二(うちだ・せいじ)
奈良女子大学教授
専門は英語学、言語学(語用論)
主な業績:『英語基本動詞辞典』(1980年)研究社(小西友七編、分担執筆及び校閲)
『英語基本形容詞・副詞辞典』(1989年)研究社(小西友七編、分担執筆及び校閲)
『英語基礎語彙の文法』(1993年)英宝社(衣笠忠司、赤野一郎と共編著)
『関連性理論―伝達と認知―』(初版1993年、第2版1999年)研究社(共訳)
『小学館ランダムハウス英和大辞典』(第2版1994年)小学館(小西友七・安井稔・國廣哲弥・堀内克明編、分担執筆)
Relevance Theory: Applications and Implications, 1998, John Benjamins.(Robyn Carstonと共編著)
『英語基本名詞辞典』(2001年)研究社(小西友七編、分担執筆及び校閲)
『ユースプログレッシブ英和辞典』(2004年)小学館(八木克正編集主幹、編集委員)
『新英語学概論』(2006年)英宝社(八木克正編、共著)
『思考と発話』(2007年)研究社(共訳)
『子どもとことばの出会い』(2008年)研究社(監訳)

【編集部から】

語用論的な情報をふんだんに盛り込んだ、日本発の本格的な発信型会話・談話表現辞典、『英語談話表現辞典』について、編者の内田聖二先生にご紹介いただきます。
書籍購入者は、http://dce.dual-d.netにて本辞典の全データを収録したウェブ版辞典を無料でお使いいただけます。

漢字の現在:漢字の密集地

2011年 7月 5日 火曜日 筆者: 笹原 宏之

漢字の現在 第113回 漢字の密集地

 書店の書棚には、怪しげな漢字の並びをもつ辞書もある。縦書きの背表紙で、書名の漢字が1字ずつ下から上に、逆に置かれている。いくら修飾語が後ろに置かれる性質の文法をもつといっても、これは奇妙だ。何冊かそういう物が並んでいて、漢字が読めない人がデザインしたのか、確信を持っての独自の配置法なのか、気にかかる。

 不可思議な書体字典も並んでいる。道士のような編者名のものもあり、気になり、ビニールが掛かっているが、2冊買ってみた。日本でよく使われている書体字典はそれ自体を遡ってみると面白い物のようだが、それを左右に組み替えたようなものがそのうちの1冊で、ベトナム書道史を反映したものでなかったのが残念だった。

 実は、文廟では売っていなかった『三千字』を探していた。

 「天地」をティエン・チョイ、ディア・ダットと、字音と、字義に対応する固有語とを重ねて読みながら学習するテキストだ。日本でいう文選読みのような読み方をするのである。ベトナム語の「訓」が代表的な漢字義と合わないものや、同語を反復させたり、対応する語が2語になっていることもある。「超」には「大きい」が対応させられていた。

 現代語では、この『三千字』式に単音節が複音節になり、重箱読みのようになっている混種語がいくつもあるそうだ。日本では広く定着し使われているのは「日にち」くらいか。そのように語を重ねないと通じないケースもあり、漢字を用いないためか、同じ意味の語を重ねていることを忘れている人もいるとのことだ。なお、朝鮮半島でも、「天はハヌル・チョン」というように漢字は字義と字音とを合わせて唱えられており、固有語によって漢字を何とか理解しようとした先人の営みが残っている。



文廟で。「師」は簡体字ないし俗字。
(クリックで拡大)

 ほかの本に気を取られていると、連れが見つけてくれた。1,000字少ない『二千字』まであった。活字版で、チュノムまで添えてあり、これは面白い。30,000ドンと、本が安い。

 もとは清朝の版本が二種あったとのことで、祖父からそれで漢字を教わって、今も持っているという人もいる。さらに『五千字』のほか、『一千字』もあるとか。

 『チュノム大字典』という分厚い辞書が書店の奥の高いところにあった。1,200,000ドン。漢喃研究院の図書館にもあるという。同名の1冊本は「私たちは使わない」というが、せっかくなので買ってみた。一つの書店にはなぜか上巻1冊だけが置いてあり、60万ドンが定価だが売値は54万ドンというシールが貼ってあった。4年ほど前のものだが、新本として扱われている。

 さらに回ってみたら、2冊揃って置いている店があった。合計で5,000頁以上、厚みも30センチくらい、10キロくらいあり、重くて大きくかさばる。4年も前に出た専門的な本があちこちの書店に置いてあるところが驚異的であった。しかも、割引ができ、値段が店によって違う。現地の方が、値引きを試みてくれたが、すでに120万ドンが102万ドンになっていたので、それで引き取った。送ると高くつくし、早く読みたいので、スーツケースにぎりぎりで収めたところ、他の手荷物がいっぱいになって溢れ出た。

 店員は内容や在庫をはっきりとは認識していないようで、うちにはないといっても、棚には配置されていることが何回かあった。中身を知りたいといえば、見るためにビニールを破いて確認してくれる。何というかとても分かりやすいアバウトさ、良い意味でいい加減さも兼ね備えた国民性に親しみを感じた。

 そして、翌日にはもっと漢字が密集している施設に訪れた。1,000年以上前に建てられたと言われている永い歴史を持つ文廟は、ヴァン・ミエウと地元では発音する。中国にもある孔子廟であった。

 ここは中国か、と見紛うほどに漢字が随所にたくさん記されている。さすが儒教を国の教えとした「科挙の国」だけのことはある。中国では辛亥革命を前に、国家公務員の登用試験である科挙はついにその任を終えたが、ベトナムはその後も十年余りの間、漢字圏で最後まで逸材発掘のために科挙を行っていた。漢字のことを、今でも「字漢」(トゥーハン)とも「字儒」(チューニョー)とも両方言うと学生たちは語っていた。その対が「字喃」(チューノム・チュノム)ということだ。

 ベトナムでは、今でも大学生のことを「生員」(シンヴィエン)と呼び、大学卒を「挙人」(クーニャン)ぶ。科挙の用語が残っている。博士は「進士」(ティエンシイ)と称する(第19回参照)。今でも博士という意味で日常的に使われているのだ。事実、ここには、15世紀以降の歴代の科挙合格者としての「進士」たちの氏名が石碑に彫って讃えられている。現在でも、教授の資格を受ける儀式がこの文廟において実施されているのだそうだ。雅楽(ニューニャック nhã nhạc)であろうか、演奏が始まる。日本の雅楽とはどこか違うものになっている。古いものは土着化しつつ周辺部によく残る。雅楽は中国に源を発したもので、韓国にもアアクとして伝わっているそうだ。

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【筆者プロフィール】

『国字の位相と展開』笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
 早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)などがある。最新刊は2010年10月に発売、“漢字の現在”を映し出す『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)

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【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「ハノイの冊(書籍)」でした。

この連載への質問、また「ここでこんな字が使われていた」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「漢字の現在」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。

大規模英文データ収集・管理術 第2回

2011年 7月 4日 月曜日 筆者: 富井 篤

「トミイ方式」の素晴らしさ

前回は、この連載に関する「トミイ方式」の概要を、エピソードも交えながらお伝えしました。今回から、7つの大分類のそれぞれについて、“これぞ「トミイ方式」”といえるようなテーマをそれぞれ1つないし2つ選んで説明していきます。まずは以下に示す3つですが、このうち「(3) 表現別」は、前回の「耐」のエピソードでお話ししましたので、ここでは省略し、先を急ぐことにします。

(1) アルファベット順
(2) 50音順
(3) 表現別

(1) アルファベット順から

何万とある英語の単語を、ある目的を持って収集するわけですが、ここでは、一例として available という単語を取り上げます。

この言葉は、元来、「何々が可能である」とか「何々が入手できる」などというように、肯定を表す幅広い意味を持つ言葉です。英文を読んでいて、または英文和訳の翻訳をしていて、非常に頻繁にお目にかかる言葉です。

集め方として、最初は単純なもの、ついで徐々に複雑な例文を集めて行くやり方もありますが、時間を有効に使うためには、最初から available を内包する英例文はすべて集めていったほうがよいでしょう。そうすることにより

―― is available.

というbe動詞の補語として使われている例文、以下のように、名詞を修飾する形容詞としての用法の例文

available ――

さらには、以下に示すように、後ろにさまざまな前置詞を伴った available の例文が、ごく短時間のうちにたくさん集まってきます。詳しくは後で取り上げますので、今はその訳までは触れませんが、前置詞によっていろいろな意味になることがわかります。

(a) ―― is available as …
(b) ―― is available at …
(c) ―― is available for …
(d) ―― is available from …
(e) ―― is available from … to [through] …
(f) ―― is available in …
(g) ―― is available on [upon] …
(h) ―― is available to …
(i) ―― is available with …

例えばavailable at … ならは「…という場所で入手可能」または「…という会社とか出先機関で入手可能」となり、available from … ならば「…から入手可能」となり、available to … ならば「…(だれだれ、またはどこそこ)にとって入手可能」となります。また、以下のように commercially という言葉と一緒になって、「――は市販されている」という意味として使われている例文もたくさん集まります。

____ is commercially available
____ is available commercially

これらの表現から、isを削除して

____ commercially available
____ available commercially

とすると、「市販されている____」という言葉を自分で作ることもできます。和英辞書で「市販されている」をひいても commercially available を載せている辞書はほとんどありません。これこそが「トミイ方式」の面目躍如というところです。

コレクションの数が増えれば増えるほど、「意味」ではなく「訳語」が千変万化するこの available という言葉を正確に確実に理解することができるようになり、さらに、もっと大事なことは、英文を書いたり、和文を英訳したりするときに、この available という言葉を使って、達意な英文が書けるようになるはずです。

(2) 50音順から

これは、「(1) アルファベット順」と同様、「分類」ではなく「順番」です。「分類」と「順番」の違いは、「分類」は同類のデータが数多く集まらなければ分類はできませんが、「順番」は、英語にしろ日本語にしろ、それぞれアルファベット順や50音順に手当たり次第に収納していけばよいことになります。この「50音順」では、英例文の中に含まれている該当単語をそのシチュエーションにフィットする訳を与え、和英辞書のように、その訳語の「順番」または「場所」に文章全体を収納するわけです。それにより、既存の和英辞典には収録されていない訳語に出くわすことがあり、和英辞書の力強い補助になります。

私の面白いエピソードを披露します。

どこの空港であったか記憶はありませんが、昔、全米翻訳者協会(ATA,American Translators Association)の年次総会に、毎年出席していましたが、ある年の総会の帰りの空港でのことです。空港のベンチに腰掛け、飛行機を待っていた時のこと、右隣に座っていたアメリカ人がスポーツ新聞を読んでいました。見るとはなしに横から覗いてみると、彼が読んでいた新聞の左上に

The Buffalo Bills began the instant rebuilding of their porous defense yesterday by selecting. . . .

という記事があり、その中の porous defense という言葉が目に飛び込んできました。よくいろいろなスポーツで「穴だらけの守備」などいいますが、英語でも「穴だらけの守備」ということがあり、そのことを porous defense というのだということを学びました。やがて、彼が立って搭乗口のほうへ行こうとしましたので、わけを話して、その新聞の左上を破ってもらい、いただきました。帰国早々、そのスクラップをカードに貼り、「50音順」という大分類の中の「穴だらけの」という位置に収納してあります。和英辞書の「穴」の個所を見ても「穴だらけの」という項目はありません。仮にあったとしても、porous という単語ではないことがあり、その場合には、英語での表現が1つ増えたことになります。

そのほかにも、この分類には、主にカタカナ語として日本語に入っている英語と本来の単語が一致しない場合、その言葉を収集しておくと、後で和文英訳の時などに、すごい力を発揮してくれるというメリットがあります。

例えば、家電用の「コンセント」という日本語ですが、カタカナになっているから「コンセント」が英語であろうと思い違いして consent と書いてしまったら大きな誤りです。英語では outlet とか wall outlet などと言います。ネジ回しの「ドライバー」もそうです。これを driver と書いたら大間違いで、screwdriver とワンワードで書かなければなりません。これらは、学生の「単語帳」のように単語単位で取っておいても構いませんが、やはり、センテンス単位で取っておいた方が、使い道は広いです。

【筆者プロフィール】

富井篤(とみい・あつし)
技術翻訳者、技術翻訳指導者。株式会社 国際テクリンガ研究所代表取締役。会社経営の傍ら、英語教育および書籍執筆に専念。1934年横須賀生まれ。
主な著書に『技術英語 前置詞活用辞典』、『技術英語 数量表現辞典』、『技術英語 構文辞典』(以上三省堂)、『技術翻訳のテクニック』、『続 技術翻訳のテクニック』(以上丸善)、『科学技術和英大辞典』、『科学技術英和大辞典』、『科学技術英和表現辞典』(以上オーム社)など。

An Unofficial Guide for Japanese Characters 67

2011年 7月 3日 日曜日 筆者: SADANOBU Toshiyuki

<< An Unofficial Guide for Japanese Characters 66

“Men” and da

“Men” and “women” do not differ only in the sentences they use (part 66). Here we will look at clausal phrases. Again, the “man” character in Japanese is easily associated with the auxiliary verb da. This was true in the case of sentences too, as in the example I gave of “Ame da” (It’s raining) in which ame is paired with the auxiliary verb. This becomes even clearer in clausal phrases. For example, in “Bengoshi ga, zaisan o…” (The lawyer [did something about] the assets…), the speaker does not sound specifically “masculine” or “feminine.” However, if the auxiliary verb da is added “Bengoshi ga da, zaisan o da…” (1) the speaker becomes a “man.”

In the above example, the clausal phrase “bengoshi ga da” terminates in the auxiliary verb da, but cases in which an interjectory particle follows da are roughly equivalent. On the other hand, in “bengoshi ga da sa,” the interjectory particle sa, oddly enough, does not co-locate with da, so I can’t really say anything regarding sa here. We cannot ignore the differences between individual interjectory particles, so below we’ll look at the main interjectory particles, excluding sa (ne, na, and yo).

First up is the ne interjectory particle. While it is not unusual for men to say “Bengoshi ga ne, zaisan o ne…” this style of speech is not “masculine.” However, if the auxiliary verb da is inserted— “Bengoshi ga da ne, zaisan o da ne…”— the speaker is a “man.”

Next let’s look at na. While the phrase “bengoshi ga na” is much more “masculine” than “bengoshi ga ne,” it is masculine in tone only. For example, an elderly mother could tell her children, slowly and carefully, “bengoshi ga na…” without sounding the least bit unnatural. If the auxiliary verb da is inserted —“Bengoshi ga da na, zaisan o da na…”—the speaker can no longer be anything but “male.”

With yo intonation is crucial. Regardless of whether or not an interjectory particle is used, there are at least two intonations for clausal phrases. One is an abruptly rising intonation at the end of the phrase. The other is the returned rising final intonation (see part 14 of this series), in which the intonation rises sharply towards the end of the clausal phrase, then drops. In the case of the interjectory particle yo, the difference between these two intonations separates the “men” from the “women.”

For example, pronouncing “Bengoshi ga yo, zaisan o yo…” with an abrupt rise in intonation at the end of each clausal phrase seperately—“bengoshi ga yo,” and “zaisan o yo”—is a “feminine” style of speech. In “bengoshi ga yo-o, zaisan o yo-o…,” as you might imagine from the way the phrase is written out, when the speaker’s intonation rises at the end of the clausal phrase (at the yo), then drops (at the -o), the speaker is “male.” If the auxiliary verb da is added, the possibility of the speaker being a “woman” disappears. Only a “man” would say “Bengoshi ga da yo, zaisan o da yo…” This is true even if just an abruptly rising intonation is used at the end of the clausal phrase.

So, we have looked at the major interjectory particles, excluding sa —ne, na, and yo— and seen that while there are differences between them, in all cases the auxiliary verb da is linked to “male” speakers.

Are you bothered by the focus on “major interjectory particles?” You think there are “not-so-major” interjectory particles too?

Ha ha! I’m no match for you, esteemed reader! But this page is almost out of space. I’ll talk more about it next time.

* * *

(1) Here and below, the fragment “Bengoshi ga, zaisan o…” is re-punctuated with various combinations of particles and the auxiliary verb da. These do change the tone of the fragment, but not its basic meaning.

An Unofficial Guide for Japanese Characters 68 >>

author

Bonnou no Bunpou: Taikien o Kataritagaru Hitobito no Yokubou ga Nihongo no Bunpou System o Yusaburu Hanashi (The Grammar of Earthly Desires: How Our Desire to Narrate Daily Experiences Shape Japanese Grammatical Systems)Toshiyuki SADANOBU.
Professor of Linguistics at Kobe University. Ph.D.: Kyoto University, 1998. Research Interests: Personal Experience in Grammar and Communication.
Selected Publications:
(1) Bonnou no Bunpou: Taikien o Kataritagaru Hitobito no Yokubou ga Nihongo no Bunpou System o Yusaburu Hanashi (The Grammar of Earthly Desires: How Our Desire to Narrate Daily Experiences Shape Japanese Grammatical Systems). Tokyo: Chikumashobo, 2008;
(2) Sasayaku Koibito, Rikimu Repootaa: Kuchi no naka no Bunka (Whispering Lovers and Creaking Reporters: Culture in Our Mouth). Tokyo: Iwanami, 2005;
(3) Ninchi Gengoron (A Cognitive Study of Language). Tokyo: Taishukan, 2000.
URL:http://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

角色大世界――日本 67

2011年 7月 3日 日曜日 筆者: 定延利之(中文)

<< 角色大世界――日本 66

“男人”与“だ (da)”

“男人”与“女人”不仅仅在“句子”上有区别(第66节),在“文节(构成日语句子的最基本成分)”上也有区别。

在上一节,对“男人”与助动词“だ (da)” 容易进行搭配这一点,例句了一对“雨だ (Ame-da,下雨了)”和“雨 (Ame,雨)”的句子来说明。这一观点,在“文节”上会显得更加清晰。比如,“弁護士が、財産を、… (Bengoshi-ga, zaisan-o;律师,把财产…)”这句话很中立,不能特定是“男人”还是“女人”说的。但是,如果加上助动词“だ (da)”说成“弁護士がだ、財産をだ、… (Bengoshi-ga-da,zaisan-o-da;律师,把财产…)”的话,那么这句话就是“男人”说的了。

在这里举了以“だ (da)”结尾的文节“弁護士がだ、 (Bengoshi-ga-da)”的例子。在“だ (da)”后边附加感叹助词的时候也几乎相同。不过,“弁護士がださ、 (Bengoshi-ga-da-sa)”就有点不自然了。因为,感叹助词“さ (sa)”原本就不能与助动词“だ (da)”连在一起,所以关于感叹助词“さ (sa)”也说不上什么。正因此,每个感叹助词的个性不可忽略。以下将对“さ (sa)”以外的主要的感叹助词(“ね (ne)”,“な (na)”,“よ (yo)”)进行叙述。

首先来看一下感叹助词“ね (ne)”吧。在现实社会当中,虽然,说“弁護士がね、財産をね、… (Bengoshi-ga-ne,zaisan-o-ne;律师呢,把财产呢…)”的男士并不少见,但这种说法丝毫没有“男人”色彩。但是,加上助动词“だ (da)”说成“弁護士がだね、財産をだね、… (Bengoshi-ga-da-ne, zaisan-o-da-ne)”的话,就很像“男人”了。

其次是感叹助词“な (na)”。虽说“弁護士がな、 (Bengoshi-ga-na,律师哪)”比“弁護士がね、 (Bengoshi-ga-ne,律师呢)”更有“男人”色彩,不过那也只是个倾向罢了。例如,年迈的母亲慢慢地跟儿子说“弁護士がな、 (Bengoshi-ga-na,律师哪)”的时候,这个说法也不是不成立的。但是,当附上助动词“だ (da)”说成“弁護士がだな、財産をだな、… (Bengoshi-ga-da-na, zaisan-o-da-na)”的时候,那么说这句话的只能是“男人”了。

最后是感叹助词“よ (yo)”。当感叹助词“よ (yo)”出现的时候,语调会变得非常重要。原本,不管是否加感叹助词,文节至少就有两种语调。其一是,陡然提高文节末尾的语调;其二是,将文节末尾的音调升高再降下的“戻し付きの末尾上げ(modoshitsuki-no-matsubiage,回降型句尾升高)”的语调(第14节)。如果在感叹助词“よ (yo)”上附上这两种不同的语调的话,就会出现“男”“女”之别了。

比如说,把“弁護士がよ、財産をよ、… (Bengoshi-ga-yo, zaisan-o-yo)”当中的各个文节末尾的“よ (yo)”用陡然上升的语调来说的话,就会成为“女人”的说话方式。把另外一个语调,标写为“弁護士がよぉ、財産をよぉ、… (Bengoshi-ga-yoo, zaisan-o-yoo)”时会不会容易懂一些呢。也就是说,先把文节末尾的语调陡然升高(“よ (yo)”的部分),然后再降下(“ぉ (o)的部分”)的话,那就是“男人”的说话方式了。但是,如果附上助动词“だ (da)”的话,就完全没有是“女人”的可能性了。因为,说“弁護士がだよ、財産をだよ、… (Bengoshi-ga-da-yo, zaisan-o-da-yo)”的只能是“男人”。即使文节是以陡然上升调来说的。

由上所述,在观察“さ (sa)”以外的主要的感叹助词“ね (ne)”,“な (na)”,“よ (yo)” 时,可以发现每个感叹助词都有其独特的特点。不过,还有一个共同的特点,那就是助动词“だ (da)”会与“男人”结合在一起。
什么? 对这个“主要的感叹助词”有些质疑? 是不是想问,既然回绝到“主要的”的话,那么是不是还有“不主要的”感叹助词存在呢? 是吗?

嘿嘿嘿,还是主子您厉害啊。不过,这次的页面已满,且等我下回接着跟您讲下去吧。

角色大世界――日本 68 >>

author

《烦恼的语法―人们想谈体验的欲望会动摇日语的语法体系》(筑摩新书,2008)定延利之(SADANOBU, Tosiyuki)
神户大学大学院国际文化学研究科教授。文学博士。
专业:语言学、交际学。现在正在进行的课题:《与人物形象相应的音声语法》的研究、《以日语、英语和汉语对照为基础,制定有益于日语音声语言教育的基础资料》。
著作:《Ninchi Gengoron (认知语言论)》(大修馆书店,2000)、《Sasayaku Koibito、Rikimu Repotaa―Kuchi-no-naka-no Bunka (喃喃细语的恋人、用力说话的报告人―口中的文化)》(岩波书店,2005)、《Nihongo Fushigi Zukan (日语不可思议图鉴)》(大修馆书店,2006)、《Bonno-no Bunpo―Taiken-o Katari-tagaru Hitobito-no Yokuboo-ga Nihongo-no Bunpo Shisutemu-o Yusaburu Hanashi (烦恼的语法―人们想谈体验的欲望会动摇日语的语法体系)》(筑摩新书,2008)等等。

地域語の経済と社会 第157回 勧誘・もてなしの方言「なんしょ」のグーグルマップ全国分布

2011年 7月 2日 土曜日 筆者: 井上 史雄

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第157回「勧誘・もてなしの方言「なんしょ」のグーグルマップ全国分布」
Nationwide distribution of performative expressions “nansho” by Google maps

 このシリーズ第155回長野県の「もてなしの方言」には見覚えがあります。グーグルマップで調べました。「なんしょ」を引くと、まずその名の店が出ます。図1左の例をよく読むと、クチコミの使用例が多く、東京付近では「なのでしょう」を縮めた「なんしょ」が使われ、関西では「何しよる」の変化「なんしょん」が使われます。この際無視しましょう。もてなしの方言の「おいでなんしょ」や「~てくなんしょ」は、長野県南部以外に、福島県と九州の一部で使われていると、分かりました。

【図1 グーグルマップによる「なんしょ」の施設名とクチコミ使用例(2011/06/16)】
【図1 グーグルマップによる「なんしょ」の施設名とクチコミ使用例(2011/06/16)】
(クリックで拡大)

 似た言い方の「らんしょ」のグーグルマップ日本分布図をみると(井上2011「Google言語地理学入門 Introduction to Google Linguistic Geography」『明海日本語16』PDF)、福島から静岡にかけてで、使用地域はやや狭いです。

【図2 図1左の例部分の拡大】
【図2 図1左の例部分の拡大】

 日本語の歴史をみると、①古代には目上にも目下にも動詞の命令形を使っていました。②中世に目上に動詞の敬語の命令形を使うようになり、③今は「てください」「てもらえませんか」などを付けた、長い間接的な表現が使われます。「なんしょ」は、②の敬語の命令形で、古い言い方が方言に残ったものです。店や施設で人を呼び込むための表現として、各地でこの類の方言が再活用されています。勧誘・もてなしの方言も、全国を見渡し、日本語の歴史とからめると、新たな位置づけができます。

 グーグルマップで、日本中、世界中のことばの使い方が分かります。グーグルマップの活用法は第127回に、活用例は第132137142154, 159回に出ています。

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【筆者プロフィール】

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
 井上史雄大橋敦夫田中宣廣日高貢一郎山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

『社会方言学論考―新方言の基盤』『日本語ウォッチング』井上史雄(いのうえ・ふみお)
明海大学外国語学部教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。
履歴・業績 http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/
英語論文 http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/ 
「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『日本語ウォッチング』(岩波新書)『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語の値段』(大修館)、『言語楽さんぽ』『計量的方言区画』『社会方言学論考―新方言の基盤』(以上、明治書院)、『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)などがある。

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【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載の始まりです。

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この連載への質問、また「ここでこんな方言みやげ・グッズを見た」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「地域語の経済と社会」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。

漢字の現在:ハノイの冊(書籍)

2011年 7月 1日 金曜日 筆者: 笹原 宏之

漢字の現在 第112回 ハノイの冊(サッキ 書籍)

 夕刻、書店街に連れて行ってもらった。本を探して路地裏にまで行くと、往年の香港の九龍城もかくや、と思わせるようなワクワクしてしまう空間へ。便利なGoogle Earthだってここまでは入り込んで見せてはくれまい。

 地元の先生は普通に入っていく。ついていくと、アーチの中は薄暗い。生活圏を垣間見られた。通りの窓から誰かの室内が見え、筆字の漢字文が額に入っているようだ。フランス統治時代からの有名なアイス屋がなぜかそこにあり、一番おいしくて人気だという大豆から作られたアイスを買ってかじる。

 ベトナムでは本は「冊」、助数詞は「巻」。日本では「1冊の本」「本1冊」が一般的で、「冊子」や「1巻」というと質が変わる。中国では「1(一)本書」が普通の言い方。韓国は、なんとベトナムと同じだ。漢字は失われてたとしても、古い中国語は、辺境に残りやすいのだ。


(クリックで拡大)

 本屋に入ると、表紙に漢字が散見される。クオックグウと併記されたものがある。漢字の方が従の存在であるものが多い。書店はあえて避けていた場所なのだが、やはり路上で分かることは限られている。店内にいると時間がどんどん過ぎてゆく。中国の書店に入る時と同様に、あまり期待しないで行ったのだが、意外と面白い本が置いてある。ベトナムの人は、中国の古典に出る故事を概して好むのだそうで、日本でもよく尋ねてくる方がおいでである。日本語以上に、漢語のままであっても、自国語に取り込みやすいようだ。

  36KẾ

 これは虚を突かれた。すぐに、逃げるにしかず、逃げるが勝ちで有名な兵法、「三十六計」と察することができたのは、表紙を見たお陰だったか。日本語でも、漢数字を読みやすくアラビア数字に変えることが進んでいるが、さすがに「36計」とは書きがたい。韓国ではどうだろう。やはり「三十六計」をそのままハングルに直した「삼십육계」あるいは「36계((g)gye ケ)」と書くとのこと、漢字を廃するとアラビア数字への抵抗感も薄れる。

 本来の表記が漢字であると意識にも焼きついていると、かえって当てアラビア数字、当てローマ字というように感じてしまう。こうした概念も、当て字など表記を広く捉え直すためには必要なのであろう。ここに日本人のいだく違和感は、漢籍に出たことが明白な歴史的な用語で、他の数字が代入もできないためであろう。

 もちろん日本でも、どこまでを漢数字で、どこからをアラビア数字で迷うことがある。出版も新聞も悩み続けてきた問題だ。「10人から数100人」、「10人から100数十人」といったケースでは後ろの数字を「数百」「百数十」とすれば、表記上の対称性は犠牲となり、泣き所といえる。さらに、「50歩100歩」なんてものも見ることがある。アラビア数字は、表意文字といわれるだけに何とでも読め、漢数字もそれに準じる面を持っている。中国の学生がある時、「〇〇七」という数字はスパイのようだ、と話した。漢数字を格が高いものとしがちな日本人だが、さらに微妙な感覚の差が漢字圏内ではありそうだ。

 学生もよく「1番好き」と書いてくる。順位は「1番」、副詞は「一番」、あるいは「いちばん」とするルールも一部にはある。しかし、テレビ字幕もしょっちゅう「1番」と表示する。横書きだからかと思っていると、学生が縦に書いた原稿用紙にも出てくるときがある。

 ベトナムの本屋に戻ろう。現代の北京語だけでなく、日本語の教科書も置いてあり、表紙にはそれらの漢字が印刷されているのは当然である。

 ベトナム語の本にでも、表紙や背表紙に漢字が見られる。「金瓶梅」など中国物に多く、

  孫(簡体字)子兵法
  内経(簡体字)
  大伝(簡体字)

などと簡体字が目立つが、

  三國演義

など繁体字も散見される。それらにはクオックグウが添えられているのが常であり、無いものは筆字による雰囲気を醸し出すための装飾としての使用のようだった。

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【筆者プロフィール】

『国字の位相と展開』笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
 早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)などがある。最新刊は2010年10月に発売、“漢字の現在”を映し出す『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)

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【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「ハノイの博物館で」でした。

この連載への質問、また「ここでこんな字が使われていた」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「漢字の現在」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。

「百学連環」を読む:知のリレー

2011年 7月 1日 金曜日 筆者: 山本 貴光

第13回 知のリレー

 「百学連環」冒頭二つの文を読みました。わずか2行にも満たない文章ですが、その裏側には千年単位の言葉のリレーとその来歴が折り畳まれている次第が見えたと思います。

 私たちはいま、明治期に書かれた文書を読んでいます。しかし単に明治の文書を読んでいるのではありません。私たちは、同時に、それを成り立たせている近代西洋の知、その近代西洋の知の源にある古典ギリシア・ローマの知、そして漢語という中国の知とが、西周という一人の知識人の脳裏で結びあわされて、日本語として述べられるという事態に立ち会っているのです。

 このことを、「100年以上も昔の話だろう」といって済ませるわけにもいきません。なぜなら、私たちはいまもって西先生たちが西洋の言葉を日本語に移入するために造りだした数々の言葉を使い、考えを表現しているからです。

 そう思うと、漢文の素養もなければ、外国語もからっきしの私のようなものが(どうかすると日本語も怪しい……)、「百学連環」を読もうということ自体、一種の蛮行であるかもしれません。読者諸賢におかれましては、ここでの読み解きの試みをご覧いただきながら、いまの私が見落としているであろうことを、さまざまに補完しながらお読みいただけたら幸いです。

 さて、気を取り直して続きを読んで参ります。まずは原文を掲げましょう。

從來西洋法律等の學に於ては、總て口訣を以て教授なすと雖も、此Encyclopediaなるものを以て口授するの教あることなし。

(「百學連環」第1段落第3文)

 現代語に訳せばこうなるでしょうか。

従来、西洋の法律学などでは、すべて口伝えで教えるものだけれど、このEncyclopediaというものをそんなふうに直接口で言って教えることはない。

 「口訣」とは、昨今あまり見かけない表現ですが、「文書に記さないで、口で直接言い伝える秘訣」(『日本国語大辞典』)、奥義を秘伝するといった意味があります。法学などは口伝えで教えるけれども、Encyclopedia(百學連環)はそうではないというわけです。裏を返せば、Encyclopediaは、書かれた言葉として伝えられるということでしょうか。

 特に「法律等の學」と、法学を代表例に選んでいるところも気になります。そういえば、西周は、この「百學連環」講義に先立つ1862年(文久2年)に、幕命を受けて津田真道とともにオランダに留学したのでした。留学先では、ライデン大学の教授シモン・フィッセリング(Simon Vissering、1818-1888)の教えを受けて、帰国後に講義の筆記録を「和解」、つまり翻訳しています。

 そのとき西先生が訳したのは、『萬國公法』(Volkenregt)、現代の言い方では「国際法」あるいは「国際公法」となるでしょうか。この文書は『西周全集』の第二巻にも収録されています。その『萬國公法』に対して西先生がつけた「凡例」冒頭にこんな一文が見えます。

此書ノ原文ハ、吾カ師ナル荷蘭陀ノ國來丁府ノ大學ニテ博士ノ職ナル畢酒林氏ノ口ツカラ授ケラレタルヲ、余等親ニカノ石墨モテ書キトレルモノニソアリヌル

 文中「畢酒林」がフィセリングの名前です。要するに、「フィセリング先生の口から授けられたことを書き留めた」と言っています。つまるところ、先に見た「從來西洋法律等の學に於ては、總て口訣を以て教授なすと雖も」とは、自らの留学体験に基づくことでもあったのです。そして今度は、自分が「百學連環」の講義を、学生たちに口授しているというわけです。

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筆者プロフィール

山本貴光(やまもと・たかみつ)

『コンピュータのひみつ』(朝日出版社) ジマーマン+サレン『ルールズ・オブ・プレイ』(ソフトバンククリエイティブ)文筆家・ゲーム作家。
1994年から2004年までコーエーにてゲーム制作(企画/プログラム)に従事の後、フリーランス。現在、東京ネットウエイブ(ゲームデザイン)、一橋大学(映像文化論)で非常勤講師を務める。代表作に、ゲーム:『That’s QT』、『戦国無双』など。書籍:『心脳問題――「脳の世紀」を生き抜く』(吉川浩満と共著、朝日出版社)、『問題がモンダイなのだ』(吉川浩満と共著、ちくまプリマー新書)、『デバッグではじめるCプログラミング』(翔泳社)、『コンピュータのひみつ』(朝日出版社)など。翻訳書:ジョン・サール『MiND――心の哲学』(吉川浩満と共訳、朝日出版社)ジマーマン+サレン『ルールズ・オブ・プレイ』(ソフトバンククリエイティブ)など。目下は、雑誌『考える人』(新潮社)で、「文体百般――ことばのスタイルこそ思考のスタイルである」、朝日出版社第二編集部ブログで「ブックガイド――書物の海のアルゴノート」を連載中。「新たなる百学連環」を構想中。
URL:作品メモランダム(http://d.hatena.ne.jp/yakumoizuru/
twitter ID: yakumoizuru

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【編集部から】
細分化していく科学、遠くなっていく専門家と市民。
深く深く穴を掘っていくうちに、何の穴を掘っていたのだかわからなくなるような……。
しかし、コトは互いに関わり、また、関わることをやめることはできません。
専門特化していくことで見えてくることと、少し引いて全体を俯瞰することで見えてくること。
時は明治。一人の目による、ものの見方に学ぶことはあるのではないか。
編集部のリクエストがかない、連載がスタートしました。毎週金曜日に掲載いたします。

『大辞林』と『ウィズダム英和・和英』をiPadでも!

2011年 7月 1日 金曜日 筆者: ogm
★三省堂 創業130周年記念セール開催中★

物書堂から販売のiPhone / iPod touch / iPad 用アプリケーション「大辞林」と「ウィズダム英和・和英辞典」が、小社の創業130周年記念ということで、AppStore にてセール特価で販売されています。

期間は2011年7月1日から20011年7月31日まで。セール期間中、「大辞林」は2,500円→1,500円、「ウィズダム英和・和英辞典」は2,800円→1,800円、と1,000円のディスカウント!

インターフェースの使いやすさはもちろんですが、iPadに入れれば、画面サイズも気にせず自在に操れることまちがいなし(※「大辞林」は7月1日からiPadに最適化した無償アップデート版を提供)。 ※内容は言うまでもなくおすすめです、念のため。

お得に手に入るこの期間、ぜひご検討くださいませ。

■製品の詳しい内容は、以下をご覧ください。

三省堂 創業130周年記念セールを実施(物書堂のページへ)

三省堂のニュースリリース(PDF:約2MB)

『大辞林 第三版』については以下をご覧ください。
http://daijirin.dual-d.net/index.html
『ウィズダム英和辞典 第2版』『ウィズダム和英辞典』については以下をご覧ください。
http://wisdom.dual-d.net/index.html

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