「百学連環」を読む

第20回 書物としての「エンサイクロペディア」

筆者:
2011年8月19日

さて、これで「百学連環」冒頭の第5文までを読みました。続きを見て参りましょう。

併かし歐羅巴中Encyclopediaなる書籍あるは、甚タ許多にして、英國の如きはalphabeticalとて、我かイロハといふに同しく、彼のABC等の符を以て部分し、其符に依て種々の學科を引出す所の書籍凡そ十二卷とす。

(「百學連環」第1段落第6文)

 

現代語訳を並べてみます。

ただし、ヨーロッパでは「エンサイクロペディア」という書物が何種類も刊行されている。イギリスでは「アルファベット順」のものがあって、私たちの「イロハ」と同じように、〔英語の〕ABCという記号で分けて、その記号によってあれこれの学科を引いて読むという書物が十二巻ほどのものがある。

こちらの「エンサイクロペディア」は、前回まで追跡していた講義のエンサイクロペディアと違って、私たちにも馴染みのあるものですね。比較的近現代に近いところで言えば、それこそよく知られているディドロとダランベールたちの『百科全書(Encyclopédie)』や、彼らが当初翻訳しようとしていたイギリスのチェンバーズによる『百科事典(Cyclopaedia)』をはじめとして、19世紀末にかけての欧米ではこぞって「百科事典」が編纂されています。

また、西先生がアルファベット順の分類について、わざわざ注釈しているのが目に止まります。明治以前の日本における「百科事典」風の書物では、ほとんどの場合、項目をアルファベット順/イロハ順ではなく、部門別に分類して並べていたことが背景にあると思われます。

例えば、江戸時代に中村惕斎(てきさい, 1629-1702)によって編まれた『訓蒙圖彙(きんもうずい)』は、当世風に言えばさしずめ「挿絵入り百科事典」です。これを覗いてみると、その項目立てに目がゆきます。面白いものなので、並べてみましょう。

巻之一 天文之部
巻之二 地理之部
巻之三 居處之部
巻之四 人物之部
巻之五 身體之部
巻之六 衣服之部
巻之七 宝貨之部
巻之八 器用之部
巻之九 器用之部
巻之十 器用之部
巻之十一 器用之部
巻之十二 畜獸之部
巻之十三 禽鳥之部
巻之十四 龍魚之部
巻之十五 蟲介之部
巻之十六 米穀之部
巻之十七 菜蔬之部
巻之十八 果蓏之部
巻之十九 樹竹之部
巻之二十 花草之部
巻之二十一 雑類

これは、『訓蒙圖彙』を後に増補した『頭書増補訓蒙圖彙大成』の「巻一」に入っている目録から取ったものです。同書は、早稲田大学の古典籍データベースで見ることができます。

いかがでしょうか。いきなり「天文之部」から始まり、「地理之部」「居處之部」(住居・建築)、「人物之部」と続きます。「身体」「衣服」「宝貨」はよいとして、「器用」とはなにかといえば、これは各種道具のこと。「器用」の下には、紙や筆から始まって楽器やオモチャ、武器、乗り物などいろいろなものが並びます。ここまでは人間に関するもので、以下は動植物。まさに森羅万象を覆い尽くさんという広がりのある構成です。

こう眺めてみてお気づきかもしれません。この『訓蒙圖彙』の目録は、大きく眺めると天・地・人(その他)というふうに並んでいます。これはつまり『易経』などに見られる中国古来の宇宙観、森羅万象を天と地と人の三つの要素「三才」で分類する知の枠組みです。天文、地文(地理)、人文といえば、学術名にもなっていますが、これは「天の文(あや)を読み解く」という意味でもあります。

「三才」とは、中国における「百科事典」に相当する「類書」に採用された構成でもありました。例えば、明の時代に編まれた『三才圖會』は、書名そのものに「三才」が現れています。これを手本に寺島良安が編んだのが『倭漢三才圖會』でした。同書でも、天人地と順番こそ入れ替えていますが、三才が分類の枠組みとして使われています。

日本の中世から近世にかけて編まれた「百科事典」風の書物は、中国の「類書」に倣っていることが多く、項目の立て方や並べ方も、アルファベット順やイロハ順のような語彙の音順ではなく、一種の宇宙観に従った整理の仕方になっています。

こんなこともあって、西先生は「アルファベティカル」について一言したのではないかと思います。

また、わざわざ「凡そ十二巻とす」と物量にも言及してくれているのですが、残念ながら力及ばず「百学連環」講義以前に刊行された12巻組のそれらしい百科事典を特定するには至りませんでした。これは今後の課題にしたいと思います。

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=卽(U+537D)

=徵(U+5FB5)

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筆者プロフィール

山本 貴光 ( やまもと・たかみつ)

文筆家・ゲーム作家。
1994年から2004年までコーエーにてゲーム制作(企画/プログラム)に従事の後、フリーランス。現在、東京ネットウエイブ(ゲームデザイン)、一橋大学(映像文化論)で非常勤講師を務める。代表作に、ゲーム:『That’s QT』、『戦国無双』など。書籍:『心脳問題――「脳の世紀」を生き抜く』(吉川浩満と共著、朝日出版社)、『問題がモンダイなのだ』(吉川浩満と共著、ちくまプリマー新書)、『デバッグではじめるCプログラミング』(翔泳社)、『コンピュータのひみつ』(朝日出版社)など。翻訳書:ジョン・サール『MiND――心の哲学』(吉川浩満と共訳、朝日出版社)ジマーマン+サレン『ルールズ・オブ・プレイ』(ソフトバンククリエイティブ)など。目下は、雑誌『考える人』(新潮社)で、「文体百般――ことばのスタイルこそ思考のスタイルである」、朝日出版社第二編集部ブログで「ブックガイド――書物の海のアルゴノート」を連載中。「新たなる百学連環」を構想中。
URL:作品メモランダム(//d.hatena.ne.jp/yakumoizuru/
twitter ID: yakumoizuru

『「百学連環」を読む 』

編集部から

細分化していく科学、遠くなっていく専門家と市民。
深く深く穴を掘っていくうちに、何の穴を掘っていたのだかわからなくなるような……。
しかし、コトは互いに関わり、また、関わることをやめることはできません。
専門特化していくことで見えてくることと、少し引いて全体を俯瞰することで見えてくること。
時は明治。一人の目による、ものの見方に学ぶことはあるのではないか。
編集部のリクエストがかない、連載がスタートしました。毎週金曜日に掲載いたします。