2011年 8月 のアーカイブ
「百学連環」を読む:哲学のエンチクロペディー
2011年 8月 5日 金曜日 筆者: 山本 貴光第18回 哲学のエンチクロペディー
ちょっとオオゲサな言い方をすると、日本で最もよく知られている「エンチクロペディー」といえば、それはたぶんヘーゲル(Georg Wilhelm Friedrich Hegel, 1770-1831)によるものだと思います。
試しに書籍データベースや検索エンジンで、「エンチクロペディー」を検索すると、多くの場合、ヘーゲルの名前とセットになって出てきます。
実際、ヘーゲルは、ハイデルベルクやベルリンの大学で、「エンチクロペディー」という語を冠した講義を行っており、その講義の手引きを刊行しています。『哲学的諸学のエンチクロペディー 綱要(Enzyklopädie der philosophischen Wissenschaften im Grundrisse)』というタイトルですが、しばしば『エンチクロペディー』と略した形で呼ばれています。
この講義は何度か行われ、また、書籍版のほうも、1817年に最初の版を刊行してから、何度か増補されています。日本語訳も複数種類が出ていて、私が目にしたなかで最も古い翻訳は、1905年(明治38年)のものでした。21世紀に入ってからも何種類か出ているほどで、連綿と読み継がれている様子が窺えます。
もう少し具体的に見ると、ヘーゲルの「エンチクロペディー」は大きく三つの部分から構成されています。つまり、「論理学」「自然哲学」「精神哲学」です。
「論理学」とは、人間が世界を理解したり、ものを考えようとする際、どのように思考すれば真理(世界の真相)に近づけるかということを問題にする学術です。また、「自然哲学」では、世界や宇宙の仕組みやありようを探究し、「精神哲学」では、人間精神やその産物である共同体や社会、そこで実践される法や道徳、あるいは芸術や宗教、哲学といったものを見渡します。
言ってしまえば、世界を構成すると目される「物質(自然)」と「精神」の二大要素の全域をカヴァーして、それを人間が思考・理解するための道具となる「論理」を検討にかけようというわけです。これはある意味で、古代ギリシアやローマにおける学術体系のあり方をヘーゲルなりに換骨奪胎した学術全域の姿だと言えます。もちろんこのことは、私たちがここで読み進めようとしている西先生の「百学連環」とも多いに関係するところでもあります。
では、ヘーゲルが言うところのエンチクロペディーとはなんなのか。ここ何回かの検討から、すでにその正体は明らかになっていると思いますが、念のため、ヘーゲル先生の言葉を覗いておくことにしましょう。ヘーゲルは「エンチクロペディー」全体への「序論」で、こんなふうに述べています。
「集大成(エンチクロペディー)」の形をとる学問は、特殊な部分までがくわしく展開されることはなく、各部門のはじまりと、特殊な学問の根本概念との提示をもってよしとしなければならない。
≪注解≫特殊な部分のどこまでを特殊な学問の構成に組みいれたらいいのかは、原則を立てにくい。部分が真理だといえるためには、個々ばらばらにあるだけではなく、それ自体が一つの総体性をなさねばならない以上、どこまで組みいれるか明確な線を引くことができない。哲学の全体は、本当をいえば、単一の学問をなすが、その一方、いくつかの特殊な学問が集まって一つの全体をなすものと見ることもできる。
(ヘーゲル『哲学の集大成・綱要 第一部 論理学』、長谷川宏訳、作品社、2002)
まず注目しておきたいのは「エンチクロペディー」の訳語です。長谷川氏は、従来カタカナで「エンチクロペディー」と音写して済まされがちだったこの語を「集大成」と訳すことで、読んで一応意味の分かる訳文に仕立てています。前例としては、「哲學躰系(エンチュクロペディー)」(小田切良太郎・紀平正美訳、1905)、「哲學集成」(戸弘柯三訳、1930)などがあります。
ヘーゲルはここで、エンチクロペディーが当該学問領域(哲学)の概観を与えるものであること、また、その学問領域を構成する諸学問は、個別ばらばらにあるだけでなく、全体として一つの学問をなすべきだと述べています。これはまさに、ここ数回見てきた他の学術領域のエンチクロペディーと同様の説明ですね。
ただし、ヘーゲル先生はこの後に、同じエンチクロペディーといっても、哲学とそれ以外の学術ではわけが違うのだと強調しています。つまり、哲学以外では、「学問とは名ばかりで、実態は知識のたんなる寄せ集めにすぎない」エンチクロペディーもあると言うのです。具体例として名指しされているのは、文献学(Philologie)と紋章学(Heraldik)です。なにもここでケンカを売らんでも、とも思いますが、かえって気になる存在だったのかもしれません。ともあれ、当時(19世紀初め)の大学において、哲学以外にもいろいろなエンチクロペディーが開講されていた様子が、このくだりからも垣間見えますね。
さて、そろそろエンチクロペディーを巡る旅を終えて、「百学連環」に戻りたいと思います。
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◆この連載のほかの回をお読みになる方は⇒「「百学連環」を読む」目次へ
筆者プロフィール
山本貴光(やまもと・たかみつ)
文筆家・ゲーム作家。
1994年から2004年までコーエーにてゲーム制作(企画/プログラム)に従事の後、フリーランス。現在、東京ネットウエイブ(ゲームデザイン)、一橋大学(映像文化論)で非常勤講師を務める。代表作に、ゲーム:『That’s QT』、『戦国無双』など。書籍:『心脳問題――「脳の世紀」を生き抜く』(吉川浩満と共著、朝日出版社)、『問題がモンダイなのだ』(吉川浩満と共著、ちくまプリマー新書)、『デバッグではじめるCプログラミング』(翔泳社)、『コンピュータのひみつ』(朝日出版社)など。翻訳書:ジョン・サール『MiND――心の哲学』(吉川浩満と共訳、朝日出版社)、ジマーマン+サレン『ルールズ・オブ・プレイ』(ソフトバンククリエイティブ)など。目下は、雑誌『考える人』(新潮社)で、「文体百般――ことばのスタイルこそ思考のスタイルである」、朝日出版社第二編集部ブログで「ブックガイド――書物の海のアルゴノート」を連載中。「新たなる百学連環」を構想中。
URL:作品メモランダム(http://d.hatena.ne.jp/yakumoizuru/)
twitter ID: yakumoizuru
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【編集部から】
細分化していく科学、遠くなっていく専門家と市民。
深く深く穴を掘っていくうちに、何の穴を掘っていたのだかわからなくなるような……。
しかし、コトは互いに関わり、また、関わることをやめることはできません。
専門特化していくことで見えてくることと、少し引いて全体を俯瞰することで見えてくること。
時は明治。一人の目による、ものの見方に学ぶことはあるのではないか。
編集部のリクエストがかない、連載がスタートしました。毎週金曜日に掲載いたします。
「実は」:in factとactually―『英語談話表現辞典』覚え書き(52)―
2011年 8月 4日 木曜日 筆者: 内田 聖二日本語の「実は」は相手の話を受けて「実はそうなんです」という肯定的な応答と「実はそうではないんです」といった否定的な応答のふたつの意味に使うことができます。この日本語にほぼ対応する英語表現に in fact があります。in fact についてはこの「『英語談話表現辞典』覚え書き」の第27回に解説があります。詳しくはそちらを参照していただきたいのですが、簡潔に言えば、「肯定的な」用法では、前言より強い言い方やほかの補足的事実が続き、「否定的な」用法では、前言と逆の事実を述べるということです。典型的な例をひとつずつあげておきます。
1 〈前言を強調して〉それどころか, むしろ:I don’t like sake much, in fact I hate it. 日本酒はさほど好きじゃない. むしろ, 嫌いな方だ.
2 〈前言を否定して〉ところが実際は:The issue sounds rather simple, but in fact it’s very difficult to solve. その問題は一見容易そうだが, 実際は, 解決するのはとても難しい
この例は同じ発話内の用例ですので、会話のやりとりの例を三省堂コーパス(改変)から付け加えておきます。ひとつ目は相手のことばをさらに強調している例で、ふたつ目はそれまでの流れとは異なる展開であることを示唆する in fact の例です。
‘Kate never told us she had friends like him.’ ‘In fact, we never knew she had any friends.’「ケイトに彼のような友だちがいるなんて、彼女一言も言ってなかった」「それどころか、彼女に友だちがいるなんて知らなかったよね」/‘Somebody knocks on the door. We thought it was somebody coming round to rob us or something like that, so we actually phoned the police.’ ‘In fact it was the police, wasn’t it?’「誰かがノックをしたので、物とりかなんかと思って警察に電話したんだ」「ところが、ノックしてたのが警察だったんだな」
この in fact のほかに会話でよく耳にする語に actually という副詞があります。この語にも肯定的意味と否定的意味の両方があります。本辞典からの引用です。
1 実際に, 現実に(◆文頭・文中・文尾で) “Do you have an alarm system in this building?” “Yes, actually we do . . . but we haven’t been using it.” 「このビルには警報装置はありますか」「はい, あることはあるんですが, ずっと使っていないのです」
2 〈相手に注意を喚起して〉実は(◆文頭・文中・文尾で) “Do you still live in downtown Tokyo?” “Oh, no, we actually moved to Yokohama last year.” 「今も東京の都心部に住んでいるの?」「あ, いえ, 実は去年横浜に引越しました」
3 〈相手の予測に反して〉実は, 本当のところは(◆下降上昇調で) “Something’s wrong with this computer. You didn’t use it?” “I did, actually.” 「このコンピュータ, 調子が悪いなあ. 君, 使わなかったよね」「使ったけど」
語義1は肯定的な用法で、yes とともに用いられています。また、語義2は yes/no 疑問文に否定文で応答し、語義3では相手の予想とは逆の答え方になっています。この語義3の文尾にくる actually に注目してみましょう。この actually は「下降上昇調で」とありますように、独特のイントネーションで言われます。ことばではなかなかそのニュアンスを伝え切れないのが残念ですが、一度聞くと忘れないと思います。
アメリカ英語よりむしろイギリス英語でよく観察されるようですが、相手の言ったことを何気ない調子で否定したり修正したりします。三省堂コーパスから改変した例を付け加えておきます。
‘You could have insisted.’ ‘I couldn’t, actually.’ 「強く言おうと思ったら言えたんじゃないか」「いや、言えなかったよ」/‘There was no way that we could have done at the time.’ ‘Well there was, actually.’「あのときはなにもできなかった」「いや、実はできたさ」
【筆者プロフィール】
内田聖二(うちだ・せいじ)
奈良女子大学教授
専門は英語学、言語学(語用論)
主な業績:『英語基本動詞辞典』(1980年)研究社(小西友七編、分担執筆及び校閲)
『英語基本形容詞・副詞辞典』(1989年)研究社(小西友七編、分担執筆及び校閲)
『英語基礎語彙の文法』(1993年)英宝社(衣笠忠司、赤野一郎と共編著)
『関連性理論―伝達と認知―』(初版1993年、第2版1999年)研究社(共訳)
『小学館ランダムハウス英和大辞典』(第2版1994年)小学館(小西友七・安井稔・國廣哲弥・堀内克明編、分担執筆)
Relevance Theory: Applications and Implications, 1998, John Benjamins.(Robyn Carstonと共編著)
『英語基本名詞辞典』(2001年)研究社(小西友七編、分担執筆及び校閲)
『ユースプログレッシブ英和辞典』(2004年)小学館(八木克正編集主幹、編集委員)
『新英語学概論』(2006年)英宝社(八木克正編、共著)
『思考と発話』(2007年)研究社(共訳)
『子どもとことばの出会い』(2008年)研究社(監訳)
『語用論の射程』(2011年)研究社
【編集部から】
語用論的な情報をふんだんに盛り込んだ、日本発の本格的な発信型会話・談話表現辞典、『英語談話表現辞典』について、編者の内田聖二先生にご紹介いただきます。
書籍購入者は、http://dce.dual-d.netにて本辞典の全データを収録したウェブ版辞典を無料でお使いいただけます。
報告:深谷先生の辞書引き学習体験会(7月23日)
2011年 8月 3日 水曜日 筆者: ogm夏休み特別企画
「深谷先生の『辞書引き学習』を親子で体験しよう!」イベント報告
夏らしい気持ちのよい風が吹く7月23日、有隣堂たまプラーザテラス店さまにて「深谷圭助先生の辞書引き学習体験会」が開催されました。
夏休みも始まったばかりのこの日、たまプラーザテラス内のホールに集まってくださった方の中には、友達どうしでご参加の方も。プールや習い事のお話も聞こえ、学校がお休みとはいえ忙しい夏休み、しっかりこの体験会を予定してくださったことに、始まりから嬉しくなりました。1年生や就学前のお子さんも多く、なかには既に付箋がたくさんついた辞書をお持ちのお子さんも。この地域の方たちの熱心さもうかがえました。
先生のご講演のなか、「知らないことばでなく、知っていることばから引いてみる」「お父さんお母さんは『辞書をちゃんと読んでいるの?』と聞かないで、『なんて書いてあるか教えて』と言う」「辞書をひく行為そのものをほめる」とのアドバイスに大きくうなずく保護者の方々。その傍らで一心不乱に辞書を引く子どもたち。あっという間の1時間半でしたが、体験会がお開きとなる頃には、色とりどりの付箋がついた辞書を誇らしそうに見せるお子さんをさっそくほめているお父さん、お母さんの姿がありました。
お寄せいただいたアンケートには、「これまで家でやってみたものの、うまくいかなくて困っていた」「この体験会であらためて辞書引き学習の意欲がわき、今後は親子で楽しめそう」といった声も。先生からの直接のご指導だからこその、有意義な体験会であったことが感じられました。
今回の体験会では、ご参加くださった方みなさまに本イベント限定「特別ロゴ入り辞典」と、深谷先生のサイン入り「オリジナル『辞書引き学習』授業実況DVD」をプレゼントいたしました(右写真)。このDVDはぜひ復習にご活用いただければと思います。
お集まりくださった皆さまはもちろん、深谷先生、有隣堂スタッフの皆さま、ありがとうございました。
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【編集部からのお知らせ】
■最新のイベント情報は右にあります「おすすめ記事」からご覧ください。今後のイベント情報、また、これまでの報告など関連情報は以下からもご覧いただけます。
⇒辞書引き学習についての情報
■「辞書引き学習」基本のステップは五つ! 今すぐ始めたい方はこちらをご覧ください。
⇒「辞書引き学習」とは(監修:深谷圭助)
「やってみよう!」 「辞書引き学習」への取り組み―先生方・保護者の方へ―
■このウェブサイトにて、深谷先生のインタビューを掲載しています。以下をご覧ください。
⇒インタビュー「辞書引き学習」の深谷圭助先生《前編》
⇒インタビュー「辞書引き学習」の深谷圭助先生《後編》
■編集部で立命館小へうかがいました。以下に訪問記を掲載しています。
⇒「辞書引き学習」の立命館小訪問記1
⇒「辞書引き学習」の立命館小訪問記2
★深谷先生から推薦をいただいております
例解小学国語辞典 第五版
編者:田近洵一
B6判 1,248ページ 1,995(本体1,900)円 ISBN 978-4-385-13827-5
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例解小学漢字辞典 第四版
監修者:林 四郎・大村はま 編者:月本雅幸・濱口富士雄
B6判 1,184ページ 1,995(本体1,900)円 ISBN 978-4-385-13958-6
[ワイド版] A5判 2,205(本体2,100)円 ISBN 978-4-385-13959-3
漢字の現在:日本の孔子廟
2011年 8月 2日 火曜日 筆者: 笹原 宏之漢字の現在 第119回 日本の孔子廟
総武線でその界隈を続けて通る日々だが、今日はお茶の水で降り、湯島へ向かう。
会議でなく、散策でもなくそこへ行くのは初めてだ。神田川に架かる聖(ひじり)橋は、湯島聖堂だけでなく、正教会のニコライ堂という大聖堂をも指しているとか、儒教からキリスト教までを同じ字で、それも「日知り」に由来するともいわれる和語によって表現してしまう漢字という文字の守備範囲の広さを、改めて実感する。
周辺の様子から考えてみれば、ハノイの孔子廟は、より賑やかだった。東京のそれは建物が黒く塗りかえられたためばかりではない。都心にあって訪れる人の姿も少なく、落ち着きが深いのは、あいにく土日など、施設内の公開日ではなかったためなのかもしれない。
庭には、有名な楷の木が2本見つかった。山東省曲阜にある孔子廟から種が持ち込まれ、育てられたそうだ。書体の楷書の名の元になった木だとされるが、緑の葉が生い茂っていて、枝葉が整然とした、ときに角張って直線的だといわれる枝振りがよく見えない。古文とよばれる書体が全盛の孔子没後に植えられている点や、模範といった字義との関連など、整理が必要そうだ。国立国語研究所にも、湯島の種子が移植されたとのことだったが、立川移転後、今も変わらぬ姿であるのだろうか。
聖堂に、真新しいが、昭和11年の文部省による文言が転記された掲示板が設けられていた。そこには、「混凝立」に「コンクリート」と振り仮名が付してある。
最後の字が「立」ではなく「土」となった「混凝土」は、よく見かけたものだが、これは原文でこうだったとすると、なかなか味わいがある。両字の字体が似ていて、「立」でも発音も近い点が気にかかる。当て字を否定する方針を固め、示していたはずの戦前の文部省による、当て字の工夫だったのだろうか。また、原物まで確かめたくなってきた。
今日は、高校の漢文の先生たちが多くお集まりになっているとのことで、そうした中であえて選んだ日本における漢字の話の中で、昌平坂学問所の故地であることとの関わりから、「濹」(ボク)という字について、触れてみた。林家(りんけ)八代目の林述斎先生が隅田川のほとりに別荘を設けて、漢詩文にその名を記すためにこの字を造ってから、ほぼ200年が経過した。その川は墨田区と同様に「墨田川」とも書かれ、漢学者たちは「墨水」などの雅称を設けていた。述斎は、中国における「河」「江」「漢」「湘」など川の名に対する1字による表現という先例にあやかり、その造字を実践したのだ。そのゆかりの地で、この字が成島柳北によって再び命を吹き込まれ、そして永井荷風の『濹東綺譚』によって、文学史にその名を残し、文芸だけでなく教科書などを通じてもかなり一般化したことをお話しする機会に恵まれた。これも奇縁であった。
来場された方々に親しみをもって伝わりやすそうで特徴ある例をあれこれと挙げる中で、多様性を極めつづける日本の文字と表記は、人々が十分にはコントロールできない状態にあるという点では、主催者の方々との話でたまたま出ていた原発事故と同じであるが、文字・表記の爆発的な拡大状況を被害として感じる人は、そう多くはないことに気付く。
漢字は、かつて庶民へ抑圧の力を発揮する苦難の象徴であると同時に、栄達への手段ともなった。古典に残る漢字を崇める現在のベトナムと、生活にありふれた漢字を楽しむ現在の日本。夏の日が少し翳り始めたころ、漢字圏に確かに今なおありながら、ハノイの孔子廟よりも人のまばらな湯島の聖堂を発った。
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【筆者プロフィール】
笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)などがある。最新刊は2010年10月に発売、“漢字の現在”を映し出す『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)。
【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「ハノイの街の漢字」でした。
この連載への質問、また「ここでこんな字が使われていた」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「漢字の現在」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。
大規模英文データ収集・管理術 第4回
2011年 8月 1日 月曜日 筆者: 富井 篤「トミイ方式」の素晴らしさ(続々)
今回は、残った下記の2つの大分類について説明します。
(6) 数量表現別
(7) その他
(6) 数量表現別から
この大分類では、技術文において決して避けて通ることのできない、「数」と「量」に関するさまざまな英文データを収集します。「以上・以下、超え・未満」、「数詞と単位」、「数と量の概念」など、大事なことがたくさんありますが、ここではmore than one ―― について述べます。
なお、以下の説明で「数」とか「量」などとあるのは、英語において、それぞれ「数」または「量」の概念でとらえられる名詞のことを意味しています。「数」でとらえられるならば「可算名詞」、「量」でとらえられるならば「不可算名詞」ということになります。
○ more than one ――
技術文によく出てくる表現としてmore than one ―― があります。この表現を正しく理解するためには、more thanは「以上」ではなく「超え」であること、そして「以上」とは、例えば「5以上」といった場合「5を含んでそれより大きい」ことであり、「超え」とは、例えば「5を超え」といった場合「5を含まないでそれより大きい」ことであること、この2つのことをしっかりと理解しなければなりません。そしてもう1つ大事なことは、―― に「量」ではなく「数」でとらえられる名詞が来た場合、たとえば「車」とか「コンピュータ」などが来た場合には、more than one carとかmore than one computerは、決して「1台以上の車」とか「1台以上のコンピュータ」ではなく、「2台以上の車」とか「2台以上のコンピュータ」とすることです。なぜならば、more than oneが「oneを含まないでそれより大きい数字」ということは、more than one即「2」となるからです。
ところが、―― に「量」でとらえられる名詞が来た場合、例えば、more than one poundという場合、「1ポンドを超えること」即「2ポンド以上」とはなりません。なぜならば、1ポンドと2ポンドの間には、無限の数があるからです。
もう少しつっこんで考えてみましょう。――に「数」でとらえられる名詞が来た場合には、ニュアンスは若干違いますが、数値的に考えた場合、意味的にはmore than one ―― はtwo or more ――sと同じであることが分かりました。それならば両者は、全く同じなのか、どこか違うところはないのかということになります。筆者も、最初は両者の違いがわかりませんでした。ネイティブにも何人かに聞いてみました。しかし、違いを分かりやすく説明してくれるネイティブには、ついにお目にかかることはできませんでした。中には、「違いますよ。more than one ―― はmore than one ―― であり、two or more ――s はtwo or more ――sですよ」といって、決して筆者をばかにしているのではなく、真剣な顔でそのようにいうわけです。よく考えてみると、彼らにとってはそうとしか理解しようがないのです。それを、日本人は、意味がどちらも「2つ以上の ――」であるから、この両者を同じものと考えてしまうわけです。
この両者の違いに行きつくまでは、大分、時間がかかりました。ここでお決まりの「トミイ方式」が出てくるわけですが、この疑問が出てきてから
more than one ―― とtwo or more ――sの例
more than two ――s とthree or more ――sの例
more than three ――s とfour or more ――sの例
more than x ――s とx+1 or more ――sの例
を徹底的に集め、それぞれの英文を精査してみました。その結果、ついに発見しました。more than one ―― は、1を強く意識した上での「2つ以上」であり、two or more ――sは、普通の「2つ以上」であるということが分かりました。
次の例文は「トミイ方式」で集めたものです。
Often, they give more than one name to the same thing.
中・上級者の方は、ニュアンスから考えると次の文ではおかしいことが分かると思います。
Often, they give two or more names to the same thing.
英文を読んでいるとmore than one ―― という表現にはよく出合いますので、「トミイ方式」で片っ端から集めて吟味するとmore than one ―― とtwo or more ――sとはニュアンスが違うということが分かります。このことを理解するには、例文をたくさん集める以外方法はありません。
(7) その他から
この分類は、上記の6つの分類に属さないすべてのデータを入れていますが、ここではパンクチュエーションの中の1つ、「セミコロン」についてお話します。
「セミコロン」の用法には大きく分けて
句や節や文を分割する用法
接続詞としての用法
の2つがあります。ここでは後者の「接続詞としての用法」についてお話しします。
日本語にはセミコロンが無いため、英文和訳の際など、英語に使われているセミコロンを無視してしまったり、日本語にもセミコロンをそのまま使って澄ましてしまったりする人がいます。しかし、セミコロンにはちゃんとした意味があるわけですから、その意味に訳出しなければおけません。ただ、厄介なことに、筆者が今までに集めた範囲内だけでも、therefore(したがって)、however(しかし)、that is(すなわち)、because(なぜならば)、on the other hand(一方)、rather(むしろ)、for instance(たとえば)、補足説明、追加説明、but also(~もまた)、furthermore(さらに)、otherwise(さもないと)など11個の意味に使われます。中には、therefore(したがって)とhowever(しかし)のように、全く反対の意味に使われていることすらあります。
詳しくは、後日、当該セクションの中で例文を挙げて説明しますが、ぜひ「トミイ方式」を駆使してたくさんの例文を集め、ご自分でそれぞれのセミコロンに訳を与えてみてください。そうすれば、英文和訳の際には正しい、自然な日本語に訳すことができ、それよりも大きな収穫は、英文を書く時とか、和文英訳するときなど、セミコロンを上手に使うことができ、ストレスの抜けた格調のある英文を書くことができるようになります。ことによると、さらなる用法も発見できるかもしれません。
これで、この連載の第1回に述べたように、7つの大分類を、1) 学習機能および2) 活用機能から見たエピソードのご紹介を終えることにします。そして次回の第5回では、3) 発表・制作機能という切り口から見たエピソードを、「前置詞」を例にとってお話しすることにします。
【筆者プロフィール】
富井篤(とみい・あつし)
技術翻訳者、技術翻訳指導者。株式会社 国際テクリンガ研究所代表取締役。会社経営の傍ら、英語教育および書籍執筆に専念。1934年横須賀生まれ。
主な著書に『技術英語 前置詞活用辞典』、『技術英語 数量表現辞典』、『技術英語 構文辞典』(以上三省堂)、『技術翻訳のテクニック』、『続 技術翻訳のテクニック』(以上丸善)、『科学技術和英大辞典』、『科学技術英和大辞典』、『科学技術英和表現辞典』(以上オーム社)など。







![『新明解国語辞典 第七版[机上版]』7年ぶりに改訂『新明解国語辞典』の机上版。判型は並判より大きいA5判で、さらに文字が大きく見やすい。2色刷。紙面内容は並版と同一。 『新明解国語辞典 第七版[机上版]』](http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/wp-images/smk_kijo.jpg)
![『新明解国語辞典 第七版[小型版]』7年ぶりに改訂『新明解国語辞典』の小型版。並判より一回り小さいA6変型判で、携帯にも便利。2色刷。紙面内容は並版と同一。 『新明解国語辞典 第七版[小型版]』](http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/wp-images/smk_kogata.jpg)
![『新明解国語辞典 第七版[革装版]』7年ぶりに改訂『新明解国語辞典』の革装版。丈夫で使うほどに手になじむ。判型は並版・特装版と同じB6判。2色刷。紙面内容は並版と同一。 『新明解国語辞典 第七版[革装版]』](http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/wp-images/smk_kawaso.jpg)












































































































































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