漢字の現在

第132回 ドット文字と略字

筆者:
2011年9月30日

野球は、サッカーよりも得点が入る傾向がある。しかし、バスケットボールのようには入らない。ある年のプロ野球公式戦では、1試合平均合計9点程度だったそうだ。そうした点数を表示する野球場も、世の中の趨勢を受け、あるいは先取りし、電光スコアボードがすっかり一般化して久しい。アナログな点画を点描で示そうとするドット文字というものは、そもそもいつからあるのだろう。人間が動いて文字の形を体現する人文字は、唐代ころから舞としてあったように記憶するが、球場の座席のように人々の配置がマトリックス(ここでは格子状くらいの意)になっていたわけではなさそうだ。

地方で大文字焼きなどとも呼ばれることのある京都五山(の)送り火も、よく見るとドット文字的だが、元より升目が碁盤の目状に定まっているわけではないようだ。はらいなどの斜め線をきれいに描くために、どこにでも点を置けるものは、偽ドット文字というほどでも、こずるいというほどでもないが、なにか違う。碁盤といえば、戦前には、碁盤の絵に、碁石を並べて文字を表した宣伝広告があった。これは、升目に従って点画を表すもので、一部ではタイルでも同様の表示が行われることがあるが、むろんそれらは発光はしない。高層ビルの窓ガラスのブラインドを上げ下げして文字や絵を表示するものもある。それは、発光はしているが、窓ガラスは縦長の物が多く、表せる文字に限界がある。

「0」から「9」の数字を、「日」のような形にして7本の線で示す方式は、従来デジタル時計や株式市場の株価表示などで活躍し、「A」から「Z」までのローマ字(小文字も)も表そうとすることがあるが、後者は無理がある。昔、それをかっこよく感じて買った腕時計でも、月や曜日を表すローマ字は、「A」は何とかなっても「B」くらいから早くも表現上でも弁別上でも苦しくなり、線を何本か足して表示せざるをえなかった。

ドット文字に戻ると、食品の包装には、「賞味期限」の4字とその期日の数字(とときには記号)がたったの7ドット前後で記されることがある。数字の部分が肝心な情報であり、元よりこの漢字列は点画が間引かれてもつぶれても何となく読める。後楽園が最後まで避けたいわば美学を軽々と突破している。書風のお手本となるわけではないので咎められることもない。読めれば十分な文字で、そこにお金を掛け、エネルギーを浪費する必要もない。明朝体の点の微妙な形やうろこ、筆押さえ、筆の入りまで示そうとするフォントから、地下鉄やバスの行き先などでのわずかに明朝体を意識した表示、「一」だけは鱗を付けて他の「-」「ー」などの記号と区別を表した表示もあれば、こういう素朴なドット文字も必要に応じて存在している。デザインする人も読み取る人間も、字を認識する能力を備えていればこそのことだ。

濾、沪

「濾」のように、JISの表示装置用16ドット、ドットプリンタ用24ドットの字形には、点画の間引きをできるならば避けようとする目的もあったのだろうか、既存の理系社会での位相的な略字(沪)が選択された例がある。ビットマップフォント全盛期には、画面やプリントアウトにもよく登場したはずだ。一方、間引き字形を創出することで、元の字体として読ませる手法は、高速道路の公団文字が積極的なもので、見せるため、認知させるための極めて味のある位相字形だった。これは、新規には用いられなくなってしまった。

高速道路の公団文字

(画像クリックで周辺を含め拡大表示)

ケータイの低解像度画面でのドット字形は、メーカーの人たちが点画を省きながらデザインしていったと報道されたことがあった。NTTドコモの絵文字だって、元は一気にデザインされたものと言う。ワープロソフトのワードも一太郎も、各種のメールソフトもWEBのページも、ブラウザ上ではかなり点画の略された字形が表示されているが、ふだんは気付かれていない。理解字であれば、その字として瞬間的にパターン認識されるためだ。ただ、あやふやに覚えられている字では、まれにそれをそのまま写した字体も紙面に登場することがある。

筆者プロフィール

笹原 宏之 ( ささはら・ひろゆき)

早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』、この連載がもととなった『漢字の現在』(以上2点 三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、『日本人と漢字』(集英社インターナショナル)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。『漢字の現在』は『漢字的現在』として中国語版が刊行された。最新刊は、『謎の漢字 由来と変遷を調べてみれば』(中公新書)。

『国字の位相と展開』
『漢字の現在 リアルな文字生活と日本語』

編集部から

漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。