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‘That’s enough.’―『英語談話表現辞典』覚え書き(58)―

2011年 10月 27日 木曜日 筆者: 内田 聖二

今回は‘That’s enough.’あるいは‘That is enough.’という表現を考えてみたいと思います。

enough は数量的に十分な数、量を表しますが、一方で「必要なだけの数量」であることを表す意味もあります。たとえば、COBUILD英英辞典では次のように説明しています。

Enough means as much as you need or as much as is necessary.

‘as much as necessary’の意は enough に一般的に当てられる日本語「十分な」では表現しにくい意味です。

以上のふたつの意味は本辞典に記述してある語義1に相当します。

1 ちょうどよい, 十分だ:“How much salt should I add to this soup? This much?” “That’s enough.” 「スープに塩はどのくらい入れたらよいかしら. このくらい?」「そのくらいね」/ I finally found the right man and got married. That’s enough! Money can’t buy love. やっと自分にふさわしい人と出会って結婚したのよ. これぐらいでいいの. お金で愛は買えないし.

第1例は具体的な数量の例ですが、第2例はいわば比喩的な言い方になっています。さらに、相手がそのときしている行動に対して「十分である」と言えば、その行動を阻止する意味となります。

2 〈相手の行動を制止して〉やめなさい, もういいかげんにしなさい:“Look. I can jump from here. This wall is much higher than that.” “That’s enough! You are going to hurt yourself this time.” 「見て. ここから飛び降りることができるよ. あっちのよりこの塀の方がずっと高いし」「やめなさい. 今度は怪我をするわよ」 / That’s enough now, children. Put your toys away and go to bed. さあ, もういいかげんにしなさい. おもちゃを片づけて寝なさい.

次の語義3もその延長線上で、それ以上の発言を制止する言い方です。

3 〈相手の不愉快な発言に対して〉もうたくさんだ, やめてくれ:“I could go on with complaint after complaint. I could grumble all week.” “That’s enough!” 「文句だったらいくらだって言ってあげるわよ. 1週間だって大丈夫だわ」「もうたくさんだ. やめてくれ」.

語義2,3では enough の基本義のひとつ、「必要な数量」というポジティブな意味が消え、ネガティブな言動を止めるところに主眼が置かれています。

ちなみに、‘This is enough.’という言い方もみられ、三省堂コーパスに次のような例がありました。

‘How long do you want to stay president?’ ‘I will continue to be the president until the moment they will say to me “This is enough.”’「いつまで大統領の座にいたいと思われますか」「国民に「もう十分やった」と言われるまでは大統領でいたいと思います」

ここで、‘That is enough.’と言うと失政など悪いことが続いたあとで「もうたくさん」といったやや突き放した言い方になるでしょうが、‘This is enough.’ではそのようなニュアンスはなく、「十分責務を果たした」といった意味合いが出てくると思います。大統領自らの発言であることに注意しましょう。

* * *

今回をもちまして「『英語談話表現辞典』覚え書き」を終わらせていただきます。‘That’s enough.’と言われないうちに退きたいと思います。長い間ご愛読いただき、ありがとうございました。

【筆者プロフィール】

内田聖二(うちだ・せいじ)
奈良女子大学教授
専門は英語学、言語学(語用論)
主な業績:『英語基本動詞辞典』(1980年)研究社(小西友七編、分担執筆及び校閲)
『英語基本形容詞・副詞辞典』(1989年)研究社(小西友七編、分担執筆及び校閲)
『英語基礎語彙の文法』(1993年)英宝社(衣笠忠司、赤野一郎と共編著)
『関連性理論―伝達と認知―』(初版1993年、第2版1999年)研究社(共訳)
『小学館ランダムハウス英和大辞典』(第2版1994年)小学館(小西友七・安井稔・國廣哲弥・堀内克明編、分担執筆)
Relevance Theory: Applications and Implications, 1998, John Benjamins.(Robyn Carstonと共編著)
『英語基本名詞辞典』(2001年)研究社(小西友七編、分担執筆及び校閲)
『ユースプログレッシブ英和辞典』(2004年)小学館(八木克正編集主幹、編集委員)
『新英語学概論』(2006年)英宝社(八木克正編、共著)
『思考と発話』(2007年)研究社(共訳)
『子どもとことばの出会い』(2008年)研究社(監訳)
『語用論の射程』(2011年)研究社

【編集部から】

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2011年 10月 27日